土曜会の時代からガリ版刷の会報「土曜会通信」が発行されていたが、それも「探偵作家クラブ会報」へと発展・継続された。
そのクラブ会報第六号に、海野十三が寄せた「探偵小説雑感」は、ちょっとした物議をかもした。 |
|
〈本格探偵小説を尊敬するのは結構だが、面白くない探偵小説は一向に結構でない。そのような作品ばかり読まされては、たまったものじゃない。そういう風潮を薦めているものがあるとしたら、それは探偵小説というものを見誤っている者だろう。(中略)そういうことが分っていながら、若い作家たちを、そういう方向へ追い立てるような者があったら、その人は変態男であるといわれても仕方があるまい〉 |
これは本格物を推奨していた乱歩に対する、明らかな批判だった。
海野十三が、どのような意図でこの文章を草したのか、判断を下すのは難しい。探偵作家クラブそのものが、乱歩の私邸での集まりから発展したことからも分かるように、当時、乱歩の人気・権威は絶大だった。また会報に載せた以上、当然、乱歩自身が読むことを前提にしていたはずだ。
空想科学小説の発展に情熱を燃やしていた海野としては、探偵小説が本格一辺倒になり、変格物が発表の場を失うことに危機感を感じていたのかもしれない。また海野は、乱歩の魅力は怪奇幻想・異端耽美の変格的作品にこそ最大限に発揮されると考えていたので、乱歩自身がそうした作風を敬遠して、本格物の、しかも創作ではなく、分類や評論といった仕事に労力を費やしていることを残念に思い、あえて挑発的な書き方をしたのかもしれない。さらに想像をたくましくすれば、あらかじめ乱歩にも打ち明けたうえで、探偵小説の方向についての議論を盛り上げるために仕組んだものという可能性もある。探偵作家やSF作家は、人間的に信頼している相手にこそ、鋭い舌鋒で真剣な議論を挑む傾向がある。 |