伊奈川 東川本谷 '05.7

 朝の準備をしているとき、小雨がパラパラ降り出した。キャンプから空木頂上まで標高差1400m、水平距離約4kmだから、早出をしないと東川本谷を登れても明るいうちに帰って来られないと思っていたので、小雨で一気にモチベーションが失われてしまった。このぶんだと日和見しながら登るしかないな、ゆっくり朝メシでも食べるか...。と、いつもの失敗パターンである。情けないことだけど、ワタクシ的には本谷を忠実に詰めることは、今日は気分的にも無理だろう。

別山岩場 伊奈川林道を金沢出合あたりまで登って来ると、林道脇のガードレールでアオダイショウが集団でひなたぼっこしていた。いったい何匹いるんだ

 雪のない時期に空木へ来るのは、学生時代に一度、夏休みの終りに急に思い立って、一人で空木東面の荒井沢を登りに行った時以来だから、もう35年以上前のことになる。当時、京都起点に飯田側から入れば、汽車賃がかかるというので、中央線倉本から中八丁越で倉本道をたどり、いったん空木頂上を越えてから、谷へ入った。あのころは、長い倉本道も、汽車賃のためなら気にならない、ということだったのか、途中で渡る伊奈川の記憶も定かではない。当時、須原から伊奈川を遡るコースは、今のように林道が奥まで入っておらず、倉本道が木曽側から空木への最短コースだった。その時は、尾根の右手にけっこう深い谷があるのだな、としか思っていなかったが、「がおろ亭」のサイトを見せてもらって、面白そうな谷であることを知った。
 あらためて伊奈川のことを地図を見ると、伊奈川沿いに、えんえん林道が延びている。35年前には、中八丁を下って伊奈川本谷へ降り立つと、いかにも山深いところへ来た、という気がしたものだが、今や木曽川との合流点まで道がつながている。あの夏、食糧が尽きて中八丁で空腹で寝込んでしまったことも昔物語りになる。

 この夏最初の連休にどこへ行こうか相談していたら、まだ白山の谷は雪が多いだろうということで、久しぶりに中央の谷へ行こう、ということになり、急遽この東川本谷の名が浮かび上がってきた。白山や奥美濃の谷に比べて、重苦しさがないぶん気楽に取り組めそうだ。メンバーは、K仙人、H女史が参加。いつもながら、例外なくあちこち体が壊れたポンコツ隊である。

別山岩場
なかなかどうして堂々たる川
F1 つるつるで近づけん
気持ちよい遡行を楽しむ

 で、伊奈川東谷の北沢出合の下のキャンプに話を戻すと、出発したのは、午前7時をすっかりすぎていた。左岸の踏み跡をたどり、広い灌木の生えた北沢出合をすぎると、谷は下流よりも堂々としてきて、ときおり大岩に行く手を遮られる。がおろ亭主、石際さんの通過タイムは全く参考にならない。彼はこの谷を文字通り走っている。倉本を朝出発しての時間だから、なんとも恐れ入る。我が隊は、がおろ亭主のプレッシャーをものともせず、...というか、できずに、ほぼ倍の時間をかけ、よろよろと遡るしかない。

 谷が屈曲し、両岸が立ってくるとF1。ここはがおろ亭トポ通り右岸の踏み跡を巻いた。滝の直下はツルツル、ナメナメで近づくことさえやっかいそうだ。F1を越えると、ふたたび谷はゆるやかな流れになり、ときおり美しいナメ状の小斜滝をかける。左岸に中山沢を分け、しばらくで、F2 15mが谷を大きく塞ぐ。がおろ亭記録では右岸を巻き、越えて懸垂となっているが、滝下でしばらくカンサツしていると、右手の濡れた脆いルンゼを使えば落ち口近くへ出られそうな感じ。これなら懸垂しなくてよい。落ち口に渡る一歩だけがブッシュがはがれそうだが、K仙人のリードで難なく落ち口へ抜ける。

別山岩場
F2は右の脆いルンゼから越える
本谷上部、最後は両岸脆そうだ
支流入口は小滝になっていた

 すぐに、本谷を見通すところへ来たが、休み休みの我々は、すでにこのとき13時を過ぎていた。本谷をそのまま詰めるのは当然時間が許さないので、木曽殿越へ向かおうと、右岸から小滝をかける支流に入る。小滝を越えると、沢はやけに広く浅くなるが、正面に見えるはずの木曽殿越が見えない。谷は上へゆくほど谷の形状を失い、急な灌木の斜面に消えている。ただ、正面、ゴーロの尽きるあたりに、細い流れが2つほど、ぺろんとした斜滝をかけて落ち合っている。おかしいなあ、地図上からは、木曽殿越はすぐなのに、とか言いながら、正面の20mほどの斜滝の広い左岸壁に取り付くが、固い岩盤に見えた滝は、傾斜は緩いが表面に泥が乗って、足の置き場がない。K仙人流に、滑る前に間髪を入れず次の足を出す、これしか手がないヒヤヒヤものの登りだった。ここは、岩が堅い流芯を登った方が確保点も得やすそうだし、何かと安心だろう。滝場の上は、堅い磨かれたルンゼがしばらく続き、やがて草付にルンゼは消える。後ろを振り返ると、すでに木曽殿越への沢は遥か下になり、木曽殿越じたいの高さも越えているようだ。地形図を確認すると、どうやら1本奥の支流に迷い込んでしまったようで、このまま浅い草付の窪みを登れば、空木の北の2782m標高点へ上がってしまうので、左上へ方向転換する。

別山岩場
谷が浅くなると前方に滝がかかる
堅そうに見えた滝は泥付き壁だった
泥付きを越えるとあとは堅いルンゼ

 草付と、深いハイマツの藪漕ぎにほとほと疲れ果てて、木曽殿越の上、100mほどの稜線へ這い上がった時は、すでに15時ちかかった。あとは長い倉本道を休み休み下り、北沢の橋から北沢伝いにキャンプへ戻る。
 翌日、伊奈川林道の終点駐車地に戻ると、昨日の涼しさはどこへ行ったのか、焼け付くような日差しが待っていた。

 伊奈川の東川本谷、この歳になってはややアプローチが長い気もしないではないが、明るいよい谷だった。

(7/16-18歩く。7/17の時間:泊地発7:15〜F1 9:00〜F2 11:55〜本谷支流出合13:25〜支流滝場 13:53〜稜線 15:05〜北沢(橋) 18:10〜東川本流18:45〜泊地19:00)

後記:今回、参考にさせてもらい、本サイトのリンクでも紹介している「がおろ亭」のWEBサイト運営が今夏、亭主石際さんの諸般の都合で残念ながら終了となった。しかし、ご好意により今までに公開されたコンテンツは当分公開していただけるようだ。がおろ亭主のご都合も考えない勝手な言い分ではあるが、全方位アルパインの愉快なWEBサイトが、いつの日か再開されることを心待ちにしている。