揖斐川西谷 金ヶ丸谷から根洞谷
スノーブリッジの谷 '05/5/27
 どこの山でも、道路がよくなり、山のアプローチもだんだん簡単になってきているというのが世の中の常識というものだが、その常識が通用しない山もある。少し前には林道が使えて、入山がやさしかった所でも、徐々に入りにくくなっている所もあるのだ。揖斐川西谷の支流、金ヶ丸谷もそんな谷の一つだ。
 金ヶ丸谷を行く場合、まず第一にどこから入るのかが問題となる。三周ヶ岳の頂上を踏むだけなら、今は越前側、美濃側のどちらにもコースが整備されているのだが、金ヶ丸入りとなると、とたんに厄介なことおびただしい。
 交通の便が、徳山ダム工事のために信じられない程悪くなった西谷方面へは、アプローチにはクルマを使うしかないが、そうすると帰りは、簡単に越前側へ抜ける訳にはゆかない。やっかいだが、隣の未知の根洞谷を下るしか方法はない。
 昔、門入近辺をうろつき回った時の記憶はほとんど失っているので、金ヶ丸じたいもふくめ、自分にとってまったく未知の谷といってよい。地図上では、金ヶ丸出合付近まである林道の状態もまったくわからない。まして、去年秋口の豪雨でどうなっているやら。だとすると、しっかり門入から歩き通す覚悟を固めないといけない。所要時間はどう見積もるか、越前側へ抜け出る場合も、一泊が必要というのが金ヶ丸の常識になっている。しかし、長い林道、長大な谷を重荷で歩くよりも、1日で抜ける方が今の私にはいいだろう、そんなことを考えながらクルマを走らせる。
 真夜中でも煌煌と異様に明るいダム建設現場を過ぎ、門入の先、入谷橋の分岐へ着く。金ヶ丸林道へは泥水がたまった橋を渡るのだが、暗闇ではためらわれる。置車をこの分岐にすることにして、もう少し明るくなるまで仮眠。

 4:55、入谷にかかる橋を渡り出発。林道から眺める周辺の稜線はガスに覆われ、このまま長い谷へ入るのが不安になる。金ヶ丸林道は地図上の終点までの中間部あたりで山側の崖が崩壊して、これ以上車の乗り入れは不可能。ここまで徒歩約45分。途中、釣り師のものらしい車を2台見る。
 金ヶ丸への下降点となる長者平から、細い踏み跡を下って、6:35金ヶ丸谷へ降り立つ。この先へ進めば、何が何でも今日中に根洞谷を下ってこの地点へ帰ってくるしか方法はない。

長者平までは長い林道歩き
金ヶ丸本流へ降り立つ
予想外に早くスノーブリッジ現る
 谷の中は、かっての奥美濃を思わせる自然そのままの景観が展開し、美しい流れを遡る。小さなゴルジュを過ぎ、谷が屈曲すると何やら水温が急に下がり始め、谷中に霧が湧いている。すぐその先に巨大なスノーブリッジが谷を塞いでいた。この季節だからスノーブリッジの一つや二つはあるとは思っていたが、うかつにも励谷手前から出てくるとは、想定の範囲外でマゴつく。励谷出合までに2カ所のスノーブリッジがあり、いづれも上に乗り移る部分の雪が薄く、緊張させられる。励谷出合7:20通過。励谷出合からしばらくは平穏な谷歩きが続くが、徐々に両岸が迫って来て、またまたスノーブリッジが連続しはじめる。ゴルジュ状の部分には必ず残っていて、取り付きは例外なく切り立っているので、ルート探しに苦労させられる。今日はどうやら、沢タビでの雪の処理が課題のようだ。しかし、ブリッジの上に乗れないと、その時点で金ヶ丸から追い返されることになるので、必死で両岸のルートを探す。

 左岸遥か上に岩峰を見るあたりでは、ますますスノーブリッジは凄みを増し、取り付き、谷芯へ戻る為に、泥だらけのラントクルフトをチムニー登りしたり、か細いブッシュにすがったりと、考えられることは何でもやらされる。最も恐ろしかったのは、紙のように薄いブリッジがかかっている所で、これは乗り越える訳にはいかない。これが崩れたら、踏みつぶされたカエルみたいにお陀仏だと思えば、笑うしかない。この下を息を殺してくぐり抜けた時には、もう金ヶ丸を下ることはできないと、思い知った。
心休まる草地もあるが...
谷が狭まると雪が...
ここは右手泥壁を這い上がる
 いくつ谷に挟まったビルのような雪を越えただろうか。高巻いている途中で、シャクナゲの花に慰められたりもしたが、時間の感覚もなくなるほどだった。まともに岩をつかんで滝場をへつったのは1カ所だけで、夏のゴルジュ帯は、すべてスノーブリッジの処理で抜けてしまったようだ。
 時折ゆるやかな雪渓が現れる源流になると、ようやく気分が落ち着き大休止。が、ここで失敗する。支流ごとに地図で確認しながら進んでいたが、最後の二俣付近まで来て、無造作にポケットに突っ込んでいた地図を落としてしまったことに気づく。地図なしでは、黒壁山のコルから根洞谷への下降が不安なので、落とした地図を探しに戻る。幸い30分ほど戻った雪渓の上で地図を見つける。これで1時間のロス。がっかりするが、身からでた錆である。

 最後の二俣付近では、三周側の谷より楽に見える右手の溝状をたどるが、これが間違いだった。三周分岐から街道の尾へ続く越美国境に出たのだが、ブナ林が続く谷筋とは一変して、シャクナゲなどの険悪な灌木が密生している。ここからJPまでは20分ほどの物凄い薮漕ぎをさせられた。三周の肩JP着13:40。ここからは、整備されたハイキングコースが続いているが、こちらはまだまだ後半の行程が残っている。JPの端から覗き込むと、幸いガスも切れて、根洞谷の様子も何となくわかる。直接本流へ下るには急峻すぎ、谷中に何があるかわからないので、予定通り黒壁山への最低コルまで行ってから、比較的開けた支流を下ることにする。
 当初の予定から1時間遅れで、黒壁山への薮尾根に突入する。JPからは尾根というより、ところどころ岩の混じる急斜面で、見通しがきかない。池ノ又側の斜面をブッシュにすがりながら下り、かなり下ってから尾根へ戻る。薮が濃く、予想よりも時間と体力を消耗する。最低コル着14:30。

下を潜る時は神頼みするしか
雪渓に見えるが...
唯一、沢登りらしいことができた釜
 ここから根洞谷へ入る。はじめは尾根状のところをブッシュをつかんで下り、やや見通しが利くようになってから、雪の続く谷へ入る。急だが、雪が続いており、時折現れるクレバスは、左岸を巻いて下る。谷は広々しているので、圧迫感はない。三周側から本流を合わせると雪も切れ、ようやく落ち着いて休むことができる。
 これから下流の根洞谷も、いくつかスノーブリッジがかかっていたが、金ヶ丸ほど切り立っていないので、通過は容易だった。なだらかに続く長い谷をひたすら下って行く。小茂津谷の出合までの長かったこと。長い歩きの疲れが出始め、余計に遠く感じる。徒渉以外何もないと思っていた根洞谷だったが、金ヶ丸の出合近くで、谷はゴルジュになり、谷通しに進めなくなる。左岸から高巻き、途中で右岸へ渡りかえし、精魂尽き果てる頃、ようやく金ヶ丸出合着18:10。谷中での孤絶感から解放され、一挙に気分が緩んでしまう。ともかく、日没前に戻ることができて幸運だった。すでに低血糖状態に陥った体をなだめつつ、長者平への登りかえしに耐える。あとは長い林道を、登りと同じくらいの時間をかけ、ライトをつけふらつきながら、出発点の入谷橋帰着20時。ほぼ15時間の行程を終了する。
谷が開けても雪はズタズタ
源流に来て、ようやく一息つける

 門入からする金ヶ丸谷は、林道の管理がなされていないこともあいまって、今後とも長いアプローチを強いられ、アクシデント時の人的サポートもますます得にくくなるだろう。その反面、流域には素晴らしい自然が残されていて、訪れる者を歓迎してくれる。本来の奥美濃の雰囲気を楽しむことのできる今となっては得難い地域として、このままの姿が保たれることを心から願う。(5/27歩く)

入谷出合発4:55--長者平6:20--金ヶ丸谷降立6:37--励谷出合7:20--二股付近11:40--越美国境稜線13:10--JP13:40--黒壁山との最低コル(根洞谷下降点)14:30--根洞谷出合18:10--長者平18:30--入谷出合20:00

*手違いにより、越美国境着以降の写真がありません。