奥美濃 三周ヶ岳東面 3つの谷
その1 北三周谷 門前払い(8/28)

 三周ヶ岳の南方、越美国境稜線上のJP付近から三周東面を見ると、藪に覆われた急斜面にしか見えない。しかし、地形図を見ると南にある夜叉壁と共通する、チャート主体の複雑に入り組んだ急崖が隠されていることがわかる。

 春の終りに、金ヶ丸から根洞谷を周回した時は、ひたすら娑婆への帰還のみを目指して歩いていたものだから、じっくりその東面を観察する余裕などまるでなかった。その後、偶然手にした「日本登山大系10」を見て、東面に3つの谷が食い込んでいることを知った。記述は、東面の3つの谷(中根洞谷、三周谷、北三周谷)の存在を示唆するのみで、詳細については触れられていなかった。あの緑の魔境を思わせる斜面の谷を、この目で確かめたいと思った。

 三周東面に入る方法は、何かと問題が多い。まず、門入からアプローチするのは、谷の登攀が加わることを考えると、日帰りではまず不可能。帰路の長い根洞谷の下降、それにつづく門入までの林道歩きを考えながら谷を登るのは、精神衛生上も好ましいものではない。このトシでは、登った後にそんな元気残っているはずがないのだ。
 となると、好むところではないが、夜叉ヶ池経由の一般道から入るか、池の又林道終点から池の又の枝谷経由、黒壁の最低コルを経由して入るしか方法はない。そのうちどちらが早く根洞本流へ降り立つことができるかと言うと、それは黒壁最低コルから入るのが早いだろう。

北三周谷F3 両岸被って手の出しようがない

 実は、予定では三周谷を登るつもりでいた。しかしなぜか、北三周に入ってしまった。

 装備は本格的なものではない。今日はお仲間なしなので、谷で行き詰まれば左右の尾根へ逃げるつもりで、20m*9mmロープとシュリンゲ数組、カラビナ4枚。ハンマー、ハーケンは持参しない。
 朝、7時台には歩き始めたいと考えていたが、いつもながらの朝寝坊で、滋賀県側から八草トンネル経由池の又林道を遡り、終点についたら7時半を過ぎていた。すでに何台かのクルマが停まっていて、夜叉ヶ池目指して歩く準備をしている人たちがいる。8:00。


黒壁コルへの藪沢
黒壁最低コル付近
三周東面、意外に岩が多い

 整備されたハイキングコースを歩き、駐車場から二つ目の枝谷を目指す。二つ目の枝谷出合からハイキングコースは枝谷の右岸沿いに尾根を登っているので、しばらくこれを伝い、谷に最も近づいた地点で藪を横断して谷に入る。予想どおり絵に描いたような藪沢だが、朝で涼しいのが救いだ。クモの巣とイラクサふり払いつつ、階段状の谷を登る。途中いくつかテープマークを見る。黒壁山(高丸)を雪のない時に登るためなのだろうか。1時間ばかり細い谷を詰めると水流がなくなり、適当に斜面の藪をこぐと最低コル付近に出る。北側の木の間ごしに三周の巨体がぼんやり見える、9:18。
 下りは、春の記憶を頼りに北へ斜面を下る。すぐに右手に小沢が現れるが、まだまだ何があるかわからないので、左岸の斜面をブッシュ頼りに下る。尾根状が左手遠くなり、斜面が谷に消えてしまう所で谷芯へ追い込まれる。小さな滝を4つほど下ると滝音が大きくなり、7mくらいの滝の落ち口に出た。左右は雪国の谷らしく草付きで、手がかりも何もない。仕方なく下って来た滝を2つほど登り返し、左岸のブッシュにすがりながら大きく巻き下った。この先は、問題になる滝もなく、前方にチラチラ三周東面を眺めつつ、根洞本流に降り立つ、10:10。ううむ、すでに予定を40分オーバー。

根洞谷で見たヤマナメクジ15cm
三周谷のはずが、実は北三周谷出合
F1 2段5m

 と、ここまではルートはシンプルで迷う事はなかったが、さて目指す谷は見つかるだろうか。地形図とにらめっこしながら本流を下る。目印になる右岸(黒壁側)の枝谷が、藪に覆われてわかりにくく、なかなか現在地点の確認ができない。1本、三周側から流れが出合うが、これを頂上やや南から延びる尾根の末端中間沢と認識したのが間違いのもとだった。実はこれが三周谷で、間違ったままさらに根洞を下降する。遠いなと感じ出した頃、ようやく左岸に谷を合わせ、これを三周谷と考え、おにぎりを詰め込んだあとやおら登り始めた、11:10。予定がますます遅れている。

 谷は、問題のない階段状の流れと、いくつかの岩層帯を断ち割る滝が交互に現れるものだった。F1、ねじれ2段5mは左岸、F2、ねじれ斜小滝は流芯を越えると、その先で右に細流を分け、さて谷相はいよいよ本番を告げる。草付き壁に突き当たるように、複数段のF3、最下段7mが姿を現す。さあ困った、両岸かぶり気味に立っていて手が出せない。右壁(左岸)の藪に突入するが、さながら木登り状態で、先ほど分けた細流との境界尾根まで追い上げられる。さらに、尾根の先は岩峰となって取り付くシマもない。滝上へ抜ける糸口が見出せないまま、右支流の方へ追いやられる。10mほど藪を伝って下るが、その先10mほどは垂直に切り立って、立ち木を支点に懸垂で支流へ降り立つ。ここから再度左の本流へ戻ることも考えるが、一筋縄では行きそうもない様子だ。この時すでに12時半を過ぎていて、泥試合を挑むには時間がなさすぎる。今日の所は尻尾をまいて、比較的なだらかな右支流を詰め上がることにした。しかし、いくら地図を見ても三周谷にはこんなやさしい支流があるはずないのだがなあ...(とこの時は本気で考えていた)。

 あとは特に悪場もない支流を上へ詰め上がる。藪以外、悲しいくらい何も障害のない沢から斜面を詰めると、なぜか広い藪尾根に出た、13:10。いくら勘の悪い自分でも、あまりにも早い稜線着に、ひょっとしてこの谷は三周谷ではないかも、と考え始めた。

F2は流芯を突っ張って
三周北尾根の藪
国境稜線JP付近から三周東面

 三周谷でないとすると、北三周なのだが、その右支流を詰めたのなら、頂上までかなりの距離がある。この藪がずっと続くのか? いや、しかしコンターもさして詰まっていないから、いくら奥美濃の藪といってもたいしたことないさ、予想以上に早く稜線に上がったしな...、と楽観的に考えていた私は幸せ者だった、その時までにかぎっては...。

 北尾根の藪は、結論から言うとただものではなかった。ここから三周の頂上まで、それは地獄の苦しみとでも言えばいいのか、どういえばいいのか、詳しく書いても自分がみじめになるだけだが、体の地につかない濃密な藪漕ぎが続いた。ひとつだけあるプランが浮かぶ、奥美濃を知らない奴を騙して、「死の藪漕ぎ体験ツアー」をこの尾根で敢行する、というアイディアだ!。精魂尽き果てて、三周頂上へ着く、15:30。根洞谷から上がって来られたことよりも、ここから普通の道を歩けることだけが、ただただ単純に嬉しかった。しつこいブヨとアブに追われながら、ガスの巻き始めた道を池の又へ戻る、17:34。

 肝心のF3から先については、北三周谷から門前払いを食ったかたちになった。予想通り、この谷は一人で行くには厳しすぎる。(以下続報)