日野川支流 岩谷川 真ノ谷
薮沢で年がいもなくアスレチック三昧
 根がシャイな仲間が寄り集まっているので、人の大勢集まるトコロには足が向かない(嘘ツケ)。だから、日野川でも岩谷へは今まで入ったことがなかった。K仙人も行ったことない、と言う。ここはひとつ、谷の賑わいには目を瞑って、岩谷の上流へ向かうことにした。
 しかし、朝のアプローチから、早くも後悔が始まった。クルマの行列が夜叉ヶ池を目指している。こんなにたくさんのクルマが入ったら、駐車場はどうなるんだ!(アンタモソノ人達ノ一人ダゼ)。しばらく広野ダムでK仙人と考え込む。一昨日の台風でどの谷も水量が多いので、他に行くあてがない。しかたない、登山道と干渉しない真ノ谷(しんのたに)を登ろう。
岩谷川上流概念図
のっけから濡れたくないぜ!
鏡花もこんな景観を頭に描いていたか...
 いつものように、あまり期待せずに入った谷だったが、出合の上の堰堤を捲くところから、けっこう厳しい感じがある。上に何かあるかもしれない。谷の両岸はけっこう傾斜がきつく、堰堤上、左岸の枝谷は細いが長い滝となっている。広い草の茂る河原を行くと、すぐにゴルジュになる。ほほう、結構早いお出ましなのだ。無理をすれば突破できなくもないように見えるが、濡れるのを嫌って捲く。しかし、すぐに降りられると思っていた読みは裏切られ、しばらくゴルジュ上端に沿ってズルズルの斜面を行き、やや穏やかな感じになったところで谷へ戻る。まずは真ノ谷に先制パンチを喰らったカタチだ。
 両岸草深い、一見平凡そうな谷だが、その後も時々捲くのが厄介な小さなゴルジュが出てくる。一つ目のゴルジュに学んで、越えられない所はできるだけ小さく捲く。なかなか一筋縄では行かん、その陰影の濃いおだやかな見かけによらず、アスレチックな谷なのだ。有名ハイキングコースのすぐ隣だからと言って、気を抜いてはいけません。いくつかの小滝では、落ちたら痛いだろうな、ロープを出そうか、と考え込むようなところもある。仕方ない、そんな天気と気分ではないが、濡れる覚悟を決めよう。でないと追い返されてしまいそうだ。
見かけの割には気が抜けない
あちゃー、これは濡れるわ
捲くのは不可能、行けるんかいな?
 いつ追い返されるかはらはらしながら、かといって特に急ぎもせず、とにかく最後の二又まで来る。もうここから下るのはイヤである。稜線まで抜け出るしか手段はない。右又は三国ヶ岳と夜叉ヶ岳とのコルへ向かい、左又は信露貴山へ突き上げている。右又は遠いぜ、ということで、ここは急峻な左又に入る。
 二又までも結構な体操をさせられたのに、結果的に左又は今まで以上に全身運動をさせられるハメになる。中間部まで、両岸は捲くのが大変厄介な斜面が続き、小さな滝とゴルジュが連続し、谷のスケールにしてはけっこう威圧感のある登高が続く。K仙人、金草岳で傷めた左膝でイテテと言いながら大股開きの連続技。いつ追い返されるのか、ちょっぴり不安と楽しさが交錯する充実した一時。こいつが醍醐味なのだ、とほほ。少し谷が開けて来て、どう見ても詰めの様相になっても、前日までの影響で、水がなくならない。こいつは稜線にまで水が流れてるんじゃないの?と一瞬本気で考えてしまう。おまけに谷はどんどんルンゼ状になり、廻りは貧弱な草付で、もう隣の斜面に移ることもできない。

 見上げるようなルンゼの草の間をよじ登ると詰めの最後は、何と岩壁になって消えている。急なのは10mほどだが、良く見ると逆層の岩で、手がかりになる薄い草は、掴むと根っこから簡単に剥がれる。直登はあきらめるしかなく、傾斜の緩い部分を探りながら、ヒヤヒヤものの乗り越し。滑れば草は体重を支えてはくれない。アイゼンが欲しい! 30mほど登り、ようやく立ち木を掴んでホッとする。ロープを出しても出さなくても、プロテクションがとれないので同じことなのだ。上から見ると、谷の詰めはグルリと草付の岩場になっていて、逃げるとなると左手ズッと遠くの尾根まで水平に横断しないといけない。この谷は上からは下れない。詰めの様子を知っていたら、迷うことなく右又を選択しただろう。

流芯行くしかない詰めのルンゼ
国境稜線はまだか〜
夜叉ヶ池のコルはナイアガラ状態
 ここからは枝尾根に乗り、ものすごい薮を漕ぐ。下の岩場に比べたら落ちる心配がないのでリンボーダンス姿勢の密薮も気楽なもんだ。痩せた尾根には、枝尾根にも関わらず古い鉈目がある。たぶん、右又の方からつけられたものと思われるが、左又から来た我々には、不思議な鉈目だ。国境稜線直下でますます薮は濃くなるが、行く手が明るくなると、ぽんと夜叉ヶ池から三国ヶ岳へ続く踏み跡に出る。後ろを振返ると、三国から上谷山への稜線が霧に煙ってやけに遠くに見える。雪のない時期にははじめての稜線は、心配したほど薮もなく、はっきりしたものだった。霧に捲かれてもこれなら心配ない。信露貴山の頂上から、大きなガスの滝となった夜叉ヶ池のコルが見おろせた。

 帰りは静かになった、完璧に整備された道を下る。ハイキング道は掴む所がないので転びそうじゃ、谷よりもなんぼか恐いわ、とかK仙人は言いながら、美しいブナ林の中の広い道をどんどん下って行く。思わぬ授かりものを貰ったような一日が終わる。
 (04.10.3歩く 時間:真ノ谷出合9:40--奥の二又13:00--終了(信露貴山)14:20) 

*真ノ谷は福井の岳人にはよく知られた谷のようだが、関西圏では余り知られていない、静かな佇まいを保っているのが嬉しい谷だ。しかし、奥の二又は右をとるべきであろう。詰めの草付岩壁は、ルート取りによっては進退極まる恐れがある。