氷河の歩行(ロープワーク)について
 --- 余計なおせっかいですけど ---
 あたりまえのことだが、日本の山では日常的に氷河歩行の技術を考えたことはなかった。
しかしアルプスでは、ガイドを頼まないかぎり、たちどころに氷河でのロープワークへの習熟が求められる。氷河知らずにとっては、過酷な--というほどでもないが--.自己責任の世界が待っている。
しかし、その手の情報が日本ではなかなか見当たらない。そこで、アレッチホルン南西尾根の氷河歩行の際、現地のクライマーから教わった事も含め、氷河歩行に必要な最低限の技術をまとめておきたい。「グーテンターク、日本人、氷河ノ技術マルデダメネ、カミカゼ登山者ダー! ダンケ」なんて言われないために。
私はもう言われちまいましたけど。

以下の記述は筆者の個人的な見聞と体験によるものです。すべての局面に対応できる技術との保証をするものではありません。

手許での文献というと、まずは古典。
・ウィンパー著「アルプス登攀記」 には、図解入で詳しく述べられている。
(ex;講談社学術文庫版(H.E.G.ティンダル編、新島義昭訳)、p.449-453)この要約は次の通り。

1 氷河ではロープを結び合う
2 横に並んで歩いてはいけない
3 ロープを弛ませて歩いてはいけない(ピンと張る)
4 傷むので、ロープを引きずってはいけない
(...そう言われても難しいなー...(^^;
5 ロープ(人)の間隔は12フィートくらいが適当
6 常にロープの傷み具合を調べること
7 ロープさばきに習熟するには経験を積み重ねること
(...ペーパードライバーではいけないってか?)
 次に
・シュイナード著 坂下直枝訳「アイスクライミング」 山と渓谷社1980刊 がある。
ここでは、図解はないが、墜落後の脱出技術を重点に、およそ次のように書かれている。(p.164-170)
1 雪がかぶった氷河では必ずロープを結び合うこと
2 クレバスと直角に進行すること(同時複数の転落防止の為)
3 雪面の微妙な変化を感知する能力を養うこと
(...どうやって?(^^;
4 休憩中もクレバスの存在を忘れない
5 スキーでの歩行は体重分散の見地から好ましい
6 気温変化で転落の危険も変化する(雪が緩むとますます危険)
7 墜落者があれば、確保者はただちにロープを固定できるようにする
8 墜落者は自力で脱出できるよう準備できること
9 確保者はロープの墜落者との反対の端、または別のロープを墜落者に送り出せること
10 確保者は墜落者が意識不明状態になっても対処できる救助方法を心得ていること
 原則はこうだが、果たして具体的にはどうするのか、オーバーアレッチで現地クライマーから教わった現代の方法を以下に記す。
(イラスト参照。わからないヒトは氷河への立ち入り禁止ですね。ただし、ゴルナー氷河などハイキングコースが設定されている所は例外です)
1 ロープの間隔2mごとに8(エイト)ノットの結び目(コブ)を作る(これがクレバス縁でロープの流れの抵抗となる)
2 前後の人の間に3〜4ノットの結び目があるようにする(則ち人の間隔は8〜10m)
3 歩行者間のロープは弛ませないこと
4 間隔調節の為の手許ループはないに越したことはない (少なくとも1m以下(1ループ以下)にしたい <- 筆者主観(でないと、足が遅いもんでヒジョーに苦しい(><)/
5 各歩行者は、墜落時にすばやく取りだせるスリング3本、カラビナ1個(以上)を常に確保しておく(脱出、固定用)
 以下、墜落が発生した場合の対応は、
6 確保者がロープを固定(および、ロープテンションの自己解放)するのには、ピッケル支点とプルージック結びによる
 (アイススクリューやバーを打ち込む余裕はないでしょうからね...。一旦自己解放した後は、安全確保のためのスクリュー等による複数プロテクション設置は常識です。)
7 墜落者は背負った荷物をスリングで確保した上、両肩から解放し体勢のコントロールをしやすくする
8 墜落者は2本のプルージックをロープにセットし、脱出を試みる。確保者はこれを支援する
 
(クレバスが充分狭い場合は、これには及ばない場合もあるが、ほとんどの場合、下に落ちるほどクレバスの巾は広がっているものと考えて間違いない。)
9 以上の事がパーティー全員に共有された知識、技術であること(これが重要。不必要なのはプロガイドに引率されている時だけ!)
 白状すると、私はこれを教わるまで、日本の冬の氷雪上のコンテ歩行と同じ様に、狭い間隔と多量(4m以上)の手許ループ、中間8ノットこぶなしで氷河歩行をしていました。落ちたら御陀仏だった訳。アルプスでこれが有効な場所は、氷河の危険がない部分だけ...。はて、スタカットの部分以外で、そんな所あるのかな?。

 雪があれば、稜線間近でも氷河とヒドゥンクレバスがある、と考えるのがアルプスの常識。現にミシャベルのナーデルホルンの稜線の岩場(ナーデルグラート上)をちょこっとまいたスイス人パーティーが、高所氷河のヒドゥンクレバスに落ちるのを目撃、脱出の手助けをしたことがある。その危険性を指摘されて始めて、氷河歩行の原則への無知を思い知らされたのです。

*記述内容について、認識の誤り等あればご教示いただければ幸いです。

p.s.
ジョン・クラカワー著"A Mountain Higher Than Everest"中、「デヴィルズ・サム単独登攀」の章には、アラスカの氷河の単独歩行の場合の解決策として、カーテンレールを何本か束ねて引きずって歩いたと記されている。万全とは言えないが、けだし名案!(朝日文庫から邦訳出版されている)

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