山の本棚3

「山との語らい--劔岳のふもとから」
佐伯邦夫のフォト&エッセイ集

 佐伯邦夫先生*の新刊、写真とエッセイ集である。
(*学生時代からのご縁で、連れ合いともども、失礼ながらこう呼ばせていただくのが癖になっている)

 美しい日本の山を、印画紙に定着することのできる写真家は数多い。佐伯氏の本はそこのところが他と少しおもむきを異にする。
 美しさを愛するだけではない「何か」がそこにはある。
...あえてコトバにすれば、たとえば、けだるい春先のうららかな日差し、ブナ林の湿った空気、りんとした晩秋の山肌...。そして、そんな山に対峙し、人生の大半を地域の山に生きた筆者の息づかい。そういう「空気」が、写真と文章から伝わってくるのが特徴なのだろうなと、つくづく感じるのだ。

 この春、「ワシはもう山登りは引退じゃ」とのお便りをいただいた。
 ふふん、また何か企んでおられるのだな、とは思っていたが、もうその頃には、本書の企画は半ば完成していたわけなのだ。その「何か」が顕在するのは、もう少し先のこと、との私の予測は、嬉しい読み違いだった。そして「劔」とはいっても、北は僧ヶ岳から、東は頸城の山まで、あくまで筆者のふるさとの山のシンボルとしての「劔」がテーマなのも、すこぶる嬉しいことだ。
(昔、お話を伺っていて、私が当時の室堂の俗化ぶりを嘆くと、
「劔に登るのは、何もアルペンルートからだけではないよ、室堂から行かなきゃいいんだよ。」と教えられたことを思い出す。当然のこと本書は、室堂側についても本物の自然の姿だけを取り上げているのが清々しい。)

 個人的に特に印象に残るのは、
 15p、ブナグラ谷の春のデブリの圧倒的な量感。
 65p、夏の毛勝西北尾根からのウドの頭。僧ヶ岳から毛勝へ向かう時のやっかいな岩峰が、迫力というよりも、まるで愛すべき掌中の玉のようなイメージで定着されており、著者のあふれるばかりの山への慈しみが伝わる。
 そして、79p、初冬の南又から振り仰いだ猫又山。
幻となった風景、というサブタイトルが示す通り、砂防工事によって堰堤が建設される寸前の、失われてしまった眺めが、新雪の頃のピリリとした空気とともに記録されており、見る者の心を震わせる。

 愉快なのは105p、馬場島。写真は秋の小窓尾根。
 エッセイが筆者を知る人にはたまらない。馬場島に某Lクラブの建立した、--例のデカイ--記念碑のことが取り上げられているのだけれど、
 ”『試練と憧れ』、言いたいことはわかる。しかし、折角だけど、貴クラブから言われる筋合いはない...”と、あいかわらず毒舌も健在だなと、ニンマリさせられる。

 はしがきに、山登りについては「門前の小僧」のまま終わっていこうとしている、と前置きし、「山は小さな人間の野心の対象のみとするには、あまりに深く大きい。 ...それが自分の行き着いた結論だともいえる」と記されている。自分のことを語ると見せてその実、これを読むお前はどうなんだ、と鋭い問いかけを読者に投げつける。

 しっかりこの言葉を受け止めたい、と思った。

「山」を愛することとは何なのか、そのことを問い続けるすべての人達に本書を捧げたい。('05/6/9記)


    20cm*23cm オールカラー 上製本 150頁 山と渓谷社発売 1,500円
    
*文庫本も1000円を超えるいまどき、1,500円はいささか安すぎるような気が...(^^;
     連絡先:937-8790 富山県魚津市大海寺新573 佐伯邦夫事務所 宛 

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