山の本棚
山の本あれこれ

一回目は、私が強く影響を受けた本をサカナに
"超私的"なインプレッションを、思い付くままに...

 なにしろタイトルにど胆を抜かれる。グサリと心にこの言葉が突き刺さる。「お前には会心の山はあるのか?」と。著者の本との最初の出会いは学生時代、高須茂氏との共著による「新稿劔岳」だった。しかし、あの本は駆け出しの新人にはちと難しすぎた。最初の劔合宿を終えてはじめて、その真価がわかったものだ。どの文章も日本の山を登る者にとって強い印象を刻むが、とりわけ若き日の単独行を描いた「ある生還」、そしてもちろん「白倉山再会」。就中、当時の日本山スキーの到達点を示す「剣沢から片貝東又谷へ」は何度読み返しても飽きることはない。(中公文庫 S.60)
 黒部と言えば、黒檜山岳会か魚津岳友会か。一時、黒檜山岳会によって書かれた「岳人」の毛勝ガイドは私のバイブルだった。その黒檜の黒部での活動を描くのが本書。岳人紀行でも印象的だった「新雪の東芦見尾根 - ある危機・不幸は予告なしにやってくる」 のラストへ至る臨場感あふれる文章は瞑目に値する。また片貝南又支流「小沢」の紀行は、毛勝へ私を強く誘って放さない。著者、湯口氏は、佐伯先生と同じく、富山で長く教員をされていた。今もお元気で登っておられるだろうか?(北日本出版S.48)
 今もなお、世界で最も優れたヨーロッパアルプスガイド、と書いてしまえばミもフタもないが...。もちろん、マッターホルン登頂がメインテーマなのだが、私にはジョンブル魂と当時のアルプスガイドとのやりとりが愉快でならない。驚くのは、ガイドが山行中、ミサに行くとか、ミルクを飲みたいとか言って、しばしば片道3時間もかかる山道を半日で往復したり、1日でブリコラからコル・デランを越えてツェルマットへ抜けたりすること。当時の人の足は私とは出来が違うのだ。手にとるたびに、ヴァリスやゼクランの山に行きたくなる、罪作りな本でもある。(講談社学術文庫など)
 どーしても、山の名著をナナメ読みしてしまう私は困ったもんだ。この本もメインテーマは(ちょっぴり苦くもある)屏風の中央カンテ初登攀がテーマなのだが。エエ?ウソー!と大声上げたくなるのは、敗戦後の登山装備事情のこと。風呂敷包みで雪山合宿は常識で、お古の地下タビやベニヤ板製のマット?、それにコンロと炭が雪山装備だなんて...丸ビハイカーを自認する私はハダシで逃げたくなってしまうのです。(碩学書房)
 著者は今所属する会の大先輩でもあるので、悪口は書けない。でないと二度と焚き火仲間には入れてもらえない(^^; この本以後も、類書は数多く出たが、モダンクライミングの原点はここにあって、今なお古びていない。昔は単に技術書として読んでいたが、なかなかどうして、登山の倫理の書でもある。興味を引くのは、「山の危険」の章で、'64当時の登山人口の爆発的な増加に詳しい考察が加えられている点。山の事故は交通事故に似る、ということは、全く今のシニア登山の問題点と同じなのだ!(東京中日)
 北陸の山に生涯をささげた岳人の知恵、論理、そして理想が一杯詰まった書。この書を読んでない人はモグリである、と私は言い切る。(実は私もだいぶ長い間、モグリだったけど...)FootPrintsのページのシニア登山情報室には、著者、佐伯先生の許可をいただいて、「ツエルトザックを見直せ!」の一章を掲載させてもらいました。旧来の山岳会の疲弊した状況のなかでも、明日はあるんだ、と勇気づけられました。(持っていなくて悔しい人は佐伯先生に残部があるか問い合わせなさい。CAP '95)
 同じく佐伯氏の山スキー紀行。一般に、アルピニズムそれじたい、というよりも登山者の「個」の質を自問しつづけるというのが、著者の文体の基調になっているけれど、この本は、全体的に明るい光彩が支配している。山岳スキーの普及啓発が一つの目的だからそれも理解できる。ガイド書というものは、本来こうあるべきだと私は思う。最近本屋にはJTBの旅行(小)知恵本みたいな山本しか並んでいないものね。(ヤマケイ)
 この本だけは、出てほしくなかった。当時「岳人」にわらじの会の台高の沢登攀速報がしばしば掲載されていたので、出るのは時間の問題だったのだけれど....。おかげで、私達の地域研究計画は雲散霧消してしまいました。台高へは足が向かなくなったのです。また、この書(上下二巻)をガイド書と見なしている人がいるようだけれど、それは間違い。あくまで記録書なのだ。紀伊半島の森林伐採について関西岳人に注意を促した点はおおいに評価しております。(大阪わらじの会 '76)
 一般に、最近の西欧の登攀記はドライでスポーツ的なものが多いのだけれど、この本は私のような土着ニッポン人にも心の琴線を揺らすものがある。著者、ジョン・クラカワー氏は、今ではクライミングをリタイヤして、ジャーナリズム業に専念しているようだが、最終章「デヴィルズサム初登攀」にあるように若い日の野望や挫折、登山と日常生活との折り合いの付け方などが、ユーモアとペーソス、そして一抹の苦味をもって語られると、オジサンももらい泣きしちゃうのだな、夜中に。(朝日文庫 '00)
 ヴァリスアルプスの山スキーガイド書。ガイド書は興味が拡散していけない。内容がカタログだからだ。しかし本書の内容は、かのレビュファの「モンブラン山群100ルート」同様、確固とした信念で構築されている。安易なグレードを付したどこかの国のガイド本とは大違いだ。しかし、絶句するのは、最難コースには、レンツシュピッツェ北東壁、オーバーガーベルホルン北壁、リスカム北壁、モンテローザ西壁、と登攀すら困難なコースが...。こりゃ、墜落スキーぞなもし(^^; (Bruckmann '87)
 スイス山岳会発行の、ヴァリスアルプス全域登山ガイド。ヴァリスアルプスの山にガイドレスで登るには、どうしてもこの本が必要。レスキューヘリの誘導の仕方から、スイス山岳会のヒュッテの全リストなど、情報がぎっしり詰まっている。ヨーロッパ方式のグレーディング(ルートグレードと部分ピッチグレード)はわかりやすく分別されている。フランス語、ドイツ語の二種が発行されている。(SAC '96)
 著者は最後の劔北方紀行書の仕事だ、みたいなことを言っておられるが、なかなかどうして、沢あり、山スキーありで、「センセ、人を担ぐのもエエカゲンにして!」と言いたくなる。'03春のブナクラ谷〜片貝南又山スキーなど、昔日の面目躍如というべきで、俎上にあげられた同行者にはご愁傷様と言いたくなる。かくいう私も、軽薄オヤジとして、釜谷の章でサカナにされちまった。やられました。冒頭の劔北方稜線論、それに「釜谷-田部重治から90年」は著者全精力をささげた圧巻です。読まずに登るな!(白山書房 '03 まだ入手可能です、急げ!)