旅の手帖 連載「海からのメッセージ」(第5回)
   96年8月号)  


勝手に可愛いイロワケイルカ
中村 元

 子供の頃から白人は大きいと思いこんでいた。生まれて初めて会った外国人というのが、大阪万博の会場で会った白人女性だった。彼女はそのとき私の隣の列に並びながらミカンを食べていたのだが、なんとそのミカンの皮は、私の頭上に突き出た彼女の大きなおっぱいの上に乗せられていたのだった。その衝撃的なシーンによって、私には白人はすべて大きいという先入観が植え付けられている。

 そんな私にとって意外だったのは、チリの人たちの体格が日本人と変わらないことだった。公称170センチの私が言うんだから間違いない。チリ人は大きくないというよりも、小さいのだ。勝手な話だがそれは日本人にとってとても好感の持てることである。
 実際見下ろされないというのはいいものだ。
 とりあえずチビの日本人でもどうにか格好がつく。取材スタッフと機材に囲まれていた私は、空港で子供達にムービースターと間違えられてサインをねだられ、しょうがないからブルースリーの真似までしてあげた。…まあどうでもいいことだけど。

日本に留学もしていたチリ人のカルロスの説では、チリは土地が貧困でかつては食い物にも困るほど貧しい国であり。その貧しかったというところが日本と同じなのだそうだ。
 食事が貧しいから双方の国民は小さくなったのだとか。その証拠に陸上で蛋白源を求めることのできない両国では、海の幸をなんでも食べる。タコやイカは言うに及ばず、ウニやホヤまで食べている国はチリと日本だけだとのこと。
 ちょっと違うような気もするけど、確かに海の幸が日本並に食べられているのは、彼らの低い背とともに、日本人にはウケがいい。
 さすがにホヤのスープを喜んで食べていたのは、仙台の水族館仲間だけだったが、小さなイカの煮っ転がしなんて日本酒が欲しくなるくらい。そして何といっても圧巻はエゾバフンウニそっくりの大きなウニだ。名前は知らないので仮にチリバフンとでもしておこう。(なんていいかげんな水族館職員)

 このチリバフンは日本と同じように生で食べる。ちょっと違うのは大きなボールに300グラムほどぼーんと盛られて、そいつにレモン半個をグシャーとかけて食べることだ。これが前菜だから恐れ入る。
 味は最高だし値段も安いから毎日喜んで食べていたのだが、1週間もするとウニのありがたさが無くなってきてしまう。ウニ好きのスタッフなど、「これはウニに対する冒涜です」と言い放ち、食べることを止めてしまったほどだ。

 さてさて、そんなぐあいに体の小さなチリ人と同じように、イロワケイルカもたいへん小さいイルカだ。体長は約1、2メートル、アマゾンに生息するコビトイルカと並んで、世界で一番小さいイルカといっても差し支えないだろう。小さい上に白と黒がくっきりとパンダ模様についているから、これはやっぱり可愛い。鳥羽水族館の中でも人気者の一つとして必ず上がってくる。日本人は小さい者と白黒カラーリングには好意的なのだ。

 でもこんなにはっきりとした白黒模様では目立ってしょうがないとはお思いにならないだろうか?パトカーの白黒カラーリングだって目立つためのものなんだから…。
 ところがさにあらず、海面下ではこの白黒模様が、敵の目を欺くのに役立つらしい。海面を太陽光が通ってきて作る明暗の下では、この白黒が迷彩色になって、かれらの輪郭がつかめなくなるというわけだ。
 もちろんイロワケイルカに直接聞いたわけではないから、ことの真相はわからないが、われわれ人間、特に研究者という連中はなにやかにやと説明を付けるのが好きだから、とりあえずそんなもっともらしい解説がつけられている。ちょうどカルロスが考えた、日本人とチリ人の体格の相関関係の解説のようなものであり、ウニの価値観の話のようなものなのだ。

なにはともあれ、イロワケイルカはどんな解説をつけられようと関係なく白黒模様を見せびらかせて泳いでいる。小さくて美しい体であることなど、彼らにとってはどうでもいいことなのだ。日本人に好かれるために得た体ではなく、厳しいマゼラン海峡で生きるためにそうなったんだから…。そしてその完成された体は、誰が見てもバランスのとれた美しさとして映るのである。

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(C) 1996 Hajime Nakamura.

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