旅の手帖 連載「海からのメッセージ」 (最終回)
      99年4月号(3/15発売)


地球の友人たちと(アフリカオットセイ)
中村 元

 なんと!というか、ついに!というか、この連載は今回で最終回となった。それは大変、あそこのことも紹介してないし、あの事も書いてない。最後はいったいなんの話しにしようか・・・と思い悩んだけれど、やっぱり最後は、私の一番好きなオットセイの話しになってしまうのを許して欲しい。

 昨年の今頃、私は南アフリカのケープタウンにいた。右に大西洋、左にインド洋を臨む、喜望峰のある都市だ。大陸の南の果てというのは、どれも同じ様相をしている。荒れた海と荒涼とした大地、短い草や灌木が、半ば砂漠化したような土地にサラサラと風になびいているのだ。考えてみれば、南極を中心に、同じような距離にあるのだから、それは不思議でもなんでもないのかもしれない。

 私は基本的に、寒いのと海が荒れているのは好きではないので、そんな地はさほど好みではないのだが、一つだけ楽しみにしていることがある。どの大陸でも南の海岸には、私の大好きなアシカの仲間が暮らしていて、野生の姿を見せてくれるのだ。
 そして、ここ南アフリカの南端には、アシカ科の中でも、私が飼育係をして初めて任された哺乳動物であり、それ故に特別に愛してやまない、アフリカオットセイが生息している。初めての出会いからショーデビューに至るまで、苦労を共にした彼らの故郷を、いつか訪れてみたい思っていたのだ。
だから、ケープタウンでの撮影は、他の動物の撮影はどうであれ、アフリカオットセイに会えることが一番の楽しみだった。

 以前に紹介したが、寒い地域に住んでいるオットセイは、英語では「fur seal:毛皮アザラシ」であり、アザラシと共に毛皮の材料として捕獲されていたのだが、その名前の由来となったのは、どうやらここ南アフリカのアフリカオットセイである。
 特に狙われるのは子どものオットセイ。子どもの毛皮の方が、柔らかくて質がいいためだ。子どもが生まれて育ってくると、棍棒を持ったヨーロッパ人たちが彼らを殴り殺しにやってきた。鉄砲や刃物を使わないのは、商品である毛皮に傷を付けないためである。
 母親たちは、深い悲しみと怒りの中で、次の年にまた子どもを産むが、その子を育てると、再び悪魔たちが子どもの命と毛皮をさらいにやってくる。すべての野生生物は商業資源と考えられていた頃のことである。

 もちろん今では、アフリカオットセイたちは、厳しい保護条例の下に守られて、容易に彼らの繁殖地に足を踏み入れることは許されない。私は許可されている彼らの凍えるように冷たい海に潜ることにした。
 海に潜ったとたん、見覚えのある連中が周りを取り囲む。大きな目をグリグリしながら興味津々の様子で私を観察しているのは、アフリカオットセイの若者たちである。ヒトのかつての蛮行を知ってか知らずか、若者たちは好奇心が旺盛なのだ。
 手で触れられるほどの近さまでやってきて、私の持つ水中ビデオのハウジングを飽きずにのぞき込む者がいると思えば、首にぶら下げた水中カメラを持っていこうとする者もいる。そのうち、足に履いている黄色いフィンを咬まれ、引っ張られた私はひっくり返る。それでもヘラヘラ笑っていると、ついには髪の毛を引っ張る奴まで現れた。
 あまりの痛さに、手を振り回してそいつをどつくと、ケケケッと笑った顔をして私をのぞき込む。それが気に入ったのか、そいつは何度も私の髪の毛を引っ張った。彼らはとても乱暴だったけど、私は嬉しくてしょうがなかった。今日ではもう、彼らにとってヒトは、ただの不格好な地球の仲間なのだ。

 フィールドに出て野生生物を撮影しているときには、水族館の人間として、ヒトの社会に動物たちの暮らしを紹介するつもりでいたのだが、実はマヌケなヒトの代表として彼らに挨拶をする役目も負っていたらしい。それから、1時間弱、私は体の芯が冷えるまで、かれらの乱暴な歓迎に付き合ったのだった。
 3年間に渡って、そんな私とおつき合いいただいた皆さんに感謝を申し上げる。これからも、皆さんの気持ちとは裏腹に、マヌケなヒトの代表として、彼らと地球を共感しながらフィールドを歩いていきたいと思う。
 ところで本誌次号からは、自然史系の博物館(もちろん水族館も)を巡る旅「ミュージアムな気分(仮題)」の連載で再びお目にかかれるそうな。お楽しみに・・・。


■写真キャプション(写真は後で入れます)
こいつが、私の毛を引っ張る遊びを楽しんでいたアフリカオットセイだ。あまりにも近くに来すぎて、写真やビデオにはほとんど納まってくれなかった。

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(C) 1996 Hajime Nakamura.

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