「大変革夜明け前」村岡兼幸著(1997年パロル舎刊)にて掲載
メダカたちのデモクラシー

地球流民 

 ぽかぽかと気持ちのいい、ある晴れた日でした。
 小川をのぞいていたカエルが、川のメダカに声をかけました。
「お〜い、おまえたち、なんで川上ばっかり向かって泳いでるんだあ?」

 白メダカが答えました「川上の水が、つめとうて、気持ちええけん」
 中メダカが答えました「わからん、わからんけど、これでええんや」
 村メダカが答えました「なんでも、ちりぽり上るのが、私の生き方なんです」
「そっかあ、そりゃご苦労なこった」カエルは、ぴょ〜んと跳んで田んぼに消えてゆきました。

 次の日、昨夜の雨で川の流れは少し速くなっていて、川上に向かって泳いでいるメダカたちも、ちょっと大変そうでした。
 昨日のカエルがまたやってきて、川のメダカに声をかけました。
「お〜い、おまえたち、下の方にエサがたくさんいたぞお。行って食ってこんかあ?」

 白メダカが答えました。
「わし、糖尿じゃけん、エサぎょうさん食べるより、運動せなあかん」
 中メダカが答えました。
「エサは、口開いてりゃ、川上から流れてくるし、まあこれでええんや」
 村メダカが答えました。
「なんでも、ちりぽり食べるのが、私の生き方なんです」

「そっかあ? そんなしんどい思いしてまで泳いで、疲れて死んでもしらんぞ」
 カエルはせっかくエサのことを教えてあげたのに、それでも川上に向かってしか泳がないメダカたちに、ムッときました。
 でも、もともと人のいいカエルです、もしかしてあいつらはマヌケなのかもしれないと同情しながら、ぴょ〜んと跳んで小川を横切っていきました。

 またまた次の日、朝から一日中降っている雨で、小川はすごい速さで流れています。
 それでもメダカたちは必死になって川上に向かって泳いでいるのでした。
 今日もやっぱりカエルはやってきました。雨の好きなカエルは上機嫌です。
「お〜い、おまえたち、こんな日くらいはゆっくり休んだらどうだあ?」

 白メダカが、うなるように答えました。
「や、休んだら、おしまいやけんの」
 中メダカが、ぜいぜい息を切らせながら答えました。
「あ、あかんのや、オレ、苦しい方へ体が向いてしまうんや」
 村メダカは、顔色を変えずに、でも歯をくいしばって答えました。
「ど、どんなときでも、ちりぽり、ちりぽり、困難に向かうのが、私の生き方です」

「そ、そっかあ? でもおまえたち、いっこうに進んでないぞ」
 カエルは、不思議そうに彼らを見て、ぴょ〜んと跳んで小川に浮かびました。
「こうやって、浮かんでれば楽なのになあ・・・、川下に向かって泳いだら、ほ〜ら速く泳げるし・・・」

 そう言って泳いでいるうちに、カエルは大変なことに気がつきました。 増水していた小川の流れに乗ってしまって、いつの間にか川の本流に出てしまっていたのです。
「げろげろっ、大変だ、この川には大ナマズがいる!」
 カエルは必死になって草につかまり、ほうほうのていで川から脱出しました。
「そうか、メダカの連中は、自分たちの場所を守るために、川上に向かって泳いでいたんだ。あの体じゃ、ここまで流されたらもう二度と帰れないものなあ・・・」

 メダカは、困難な方向に向かって泳ぐことが、自分の居場所を確保することであり、それだけが彼らの生きる道であることをよく知っていたのです。
 カエルは、ちょっと、メダカたちをみなおしたのでした。

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(C) 1996 Hajime Nakamura.