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鳥羽水族館機関誌「Toba Super Aquarium」に、連載されている「地球人トーク」が、出版社の目に留まり、一冊の本になりました。 この連載は、TSA編集長である著者が、さまざまな世界で活躍されている地球人と、環境や動物、ヒトや命などの地球人トークをしてくるというもので、読者ののみなさんからも大変好評をいただいていました。 この本では、機関誌TSAでは、限られた誌面での編集上カットせざる得なかった興味ある部分まで広げて編集されています。 著名人たちのさまざまな経験による、常識を超えた哲学と価値観に、きっと共感されることでしょう。 220ページ 1500円 |
対談していただいたみなさん 名前をクリックすると、それぞれの対談を終えた著者の感想の部分だけ読むことができます。 ■坂田 明 ジャズミュージシャン 「天界のミジンコ、地上のヒト」 ■松島 トモ子 女優 「動物とのコミュニケーション」 ■中村 幸昭 鳥羽水族館館長 「4500万人が訪れた水族館」 ■中村 宏治 水中写真家 「海は幻想曲を奏でない」 ■藤田 紘一郎 寄生虫学医学博士 「回虫+ヒトが40年前の日本人だった」 ■小谷 実可子 シンクロナイズドスイミングメダリスト 「ヒトがクジラとむき合うとき」 ■松岡 達英 自然イラストレーター 「より本物を語るイラストレーション」 ■萱野 茂 二風谷アイヌ資料館館長 「アイヌの自然観と生活観」 ■荒俣 宏 作家、博物学者 「生存のバランス」 ■岡野 薫子 作家 「動物の視点で見る人生観」 ■黒田 勇気 俳優 「裸族とくらした一週間」 ■宇治土公 貞明 猿田彦神社宮司 「日本の神社に森がある理由」 ■チチ 松村 音楽家 「クラゲと拾い物と音楽と」 ■立松 和平 作家 「自然のパワーが人のパワー」 |
■はじめに わが師の一人である国際協力活動の大家に初めて出会ったときのことである。 師曰く。 「世界中の人が同じ考えになれば平和が訪れるという考え方が、世界統一の征服思想に発展するんだよ。それぞれの民族の価値観を理解し合うことから、本当の世界平和は訪れるんだ」 私は、その通り!と相づちを打ちながら、理解とは認め合うこと、それにはぞれの強い意識が必要で、それを戦わせなくてはならない。などと意見を述べた。 しかし国際協力に素人の私がそんなことを得々と述べることが、師にはちょいと気に入らなかったのだろう。この知識だけ小僧が・・・というような目を向けてのたまった。 「おまえさんはいったい、どこでそんなことを聞きかじってきたんだい?」と。 私はとまどった。私の言っているのは何も国家や民族間のことではなく、アシカショーのトレーナーだった頃に、毎日アシカに咬まれながら体験的に得た真実だったのである。 それを話すと、師は「なるほど、それなら分かる!」と大きく頷いた。 その時、私の頭の中で朝のカーテンが開かれたように光が満ちた。何かしらうれしさがこみ上げる。な〜んだ、アシカショーなんかでも、極めれば世界平和のことだって理解できるようになるんだ! よく考えればそれは大発見だった。 かたや国際協力、かたやアシカショー。 しかしそれが同じ結論に達するのだから面白い。 どうやら、哲学者たちが求めていた真理というやつに近づくには、どんなアプローチもありらしい。 それから私は、世の中の何かを極めようとしている人、何かに夢中になっている人と、好んで話をするようになった。 その人たちはある意味でちょっと変わり者である。 そしてそんな変わり者たちの感性が追求しつくした世界は、まあ一般的に考えればとても非常識であるように思えるのだが、彼らの世界に立って周りを見渡せば、今まで常識だと思っていたことに疑問を感じ、今まで見えていなかった常識が見えてくるのだった。 そしてその常識は、なんだかキラキラと輝いていた。 その輝きは、人間社会の勝手な価値観を、あっさりとすくい投げしてしまうような、実にしなやかで力強い真実そのものの輝きである。 地球上には、さまざまな生命のさまざまな価値観が、それはもう見事に多様にあるのだが、その多様な価値観の根底には、生きる者すべてに共通する哲学があって、それは現代社会の常識などどうでもよくなるような真実なのである。 この本にご登場いただいたみなさんは特に、それぞれが多様な価値観や能力あるいは経験を通して、地球や命に深く触れられてこられた方々である。 私がアシカとのつき合いで得たような生半可な価値観ではなく、人生や経験に裏打ちされた確固とした哲学をお持ちである。 私たちはその言葉の隅々に、地球から観た地球観を、命から観た生命観を、ヒトから観た人間観を発見することができるだろう。 そしてふと我に返るに違いない。ヒトはもしや、人間社会だけの価値観で地球を統一し征服しようとしているのではないだろうか?と。 ■あとがき この本は、鳥羽水族館の機関誌「TSA(Toba Super Aquarium)」で連載している「地球人トーク」のコーナーでの13人のみなさんと私の対談を、編集しなおしたものである。 たいていは押し掛けていって、1時間ちょっとのお話をさせていただくという形だったが、私にとってはどの対談もとても楽しいものだった。 少なくとも、水族館の会議室で眉の間にシワを寄せて、入館者誘致の企画や収支予算を練っているのとはまったく次元の違う時間である。 楽しい時間はすぐに過ぎてしまうのだが、テープ起こしをして文字にすると、それはびっくりするほどの量になっているのが常だった。 機関誌の限られたページには収まらなかった部分の方が多く、そのエッセンスのほとんどが、私のあまり機能的とはいえない脳の中にとどめられるに終わっていた。 今回、インターメディア出版から一冊にまとめる話が出されたのは、きっと、みなさんの話を私の記憶に眠らせるには、あまりにも惜しいと神様が判断されたからに違いない。 できあがって一気に読んでみれば、ご登場いただいたみなさんが、それぞれまったく違う経験を積み、まったく別の人生を歩んでおられる方々なのにも関わらず、まるでどこかで打ち合わせをしてきたかのように、共通するメッセージを発しておられるのに気づく。 その大きな流れの一つが、すべての生命とそれをはぐくむ地球への賛美であり。もう一つが、ヒトとしてシンプルに生きることの追求である。 多くの指導者そして我々は、そんな感覚を、ヒトの限りなき未来への希望に相反する過去へのノルスタジックでロマンティックな空想だと決めつけるのだが、それは違う。 人類の限りなき未来は、人類が生まれたこの惑星の理(ことわり)を探求し、ヒトとして未来に生きることの意味を自問し続けなくては、道を誤ってしまうのではないだろうか。 ヒトはなぜ存在するのか? この世界はどんな意志が作ったのか? 人類は物心ついたころから、そんな疑問を探究しつづけることになった。 それがいわゆる哲学だ。 そしてその哲学を探究するために、歴史や文学、物理や天文学、芸術やスポーツが育まれてきた。 それが学問なのだと思う。 ところがどうやら我々は、その哲学や学問よりも、ただの手段でしかない年代や文法や計算式や音符や記録や・・・そんなことばかりしか目に入らなくなっていたようなのだ。 それはあたかも社会において、経済の仕組みよりもお金に目がいき、政治よりも選挙に目がいくのと同じである。 まあ、そんなことが一番大切だという御仁はけっこう多くいらっしゃるのだろうが、ここに登場頂いたみなさんは、そしてきっとこの本を手にとっていただいたみなさんも、そんな無意味な価値観はどうでもいいと考えているに違いない。 自分自身が何にどれだけ納得しているか?それが一番大切なのだと。 星の王子さまが言った「本当に大切なものは目にみえないんだ」と。 そんな目に見えないものが見える自分でいたいと、心より思っている。そして、この本を読んでいただいたみなさんと一緒にそれをずっと大切にしていきたいと思うのである。 最後に、地球人トークを快く受けて頂いた上に、本誌の編纂にもご承諾を頂いたみなさんに心からお礼申し上げ、今後も益々地球人としてのご活躍をお祈りするとともに、出版の企画と編集をいただいたインターメディア社の辻晋泰編集長と野路聡之氏には、ねぎらいとお礼を申し上げる。 |