ラッコの道標:中村 元著/パロル舎刊 2001,1.1
ラッコの道標
第5章 いたずラッコのコタロウ


5-1 動物の子供は好奇心が強い 
 「いたずラッコ」とは、ラッコが初めて来たときのイラストポスターに使ったコピーである。 あのクルクルと回る元気さを表そうと、友人のイラストレイターと2人で3日ほど昼夜関係無しに議論を重ねたらこのコピーになった。
 コピーが出来上がった頃には、毎夜のアルコールで二人の肝臓がフォアグラのようになっていたのは言うまでもない。
 しかしラッコは、私たちが考えていた以上に、もっといたずら好きだったのだ。 とりわけ、母親のプックから赤ちゃんを取り上げるという、とんでもないいたずらをしでかしたコタロウは、さしずめいたずラッコの王様だった。

 コタロウは、飼育係の持っているもの何にでも興味を持った。 空になったエサのバケツ、掃除をするのに使うデッキブラシ、水を流すホース・・・・、そういったものが目に付くと、何でも持っていこうとした。しかも彼のしつこさというか執着心の強さは並大抵のものではなく、いつまでたっても毎日のように繰り返すのだ。
 ラッコたちはそれを、振り回したり囓ってみたりするのだが、特に好きなのはどこかに叩きつけることだ。 これはラッコの特性である。

 現在いるオスは、当時のコタロウではなく、コタロウ2世なのだが、血の繋がっていない彼もやっぱり同じように飼育係から何かを奪っていくと、とにかくどこかに叩きつけるのである。
 叩く時に、高くて軽い音がすると、とても気に入るらしい。鈍くて重い音だとあまり気に入らないのかすぐに捨ててしまう。 貝を割る音に似たカンカンカンという音が好きなのかもしれない。

 ラッコたちがやってきてすぐの頃、コタロウはアルミ製のドアを見事に開いてしまった。 もちろん、ドアのノブをぐるりと回して開いたのである。
 ラッコはいろんなノブを引っ張るとは聞いていたので、サッシのノブや、水道のバルブなど、ワンタッチで開くものは、すべてラッコの背の届かないところにしてあったのだが、まさか丸いドアノブを回して開くとは考えてもいなかった。
 私たち凡人の想像力は、いつの時代になっても、真実というものを見極めるにはいたらないものなのだ。

 その後飼育係は、かならずドアには鍵を架けることにしたのだが、おかげで、ある日女性担当者がプール内に入って作業をしているときに、もう誰もいないと思った誰かが外から鍵を架けてしまい、彼女は夜遅くまで凍えながらラッコと一緒に過ごすことになった。 コタロウのいたずらのおかげでとばっちりをくった犠牲者の一人である。

 ドアノブだけではない、窓ガラスを潜水掃除するときには、レバー付きの吸盤をつかって、窓に体を固定して掃除するのだが、その吸盤も、ラッコたちにかかれば、いとも簡単にレバーを引いて外されてしまう。 気が付くと吸盤がなくなっていて、ラッコがお腹の上でグルグルと回しているというあんばいである。

 旧水族館ではこんないたずらもあった。
 ラッコは食べた貝の貝殻を海へポイポイと捨ててしまう。 旧水族館のラッコ舎のプールは、深さが3.5メートルもあるプールだったので、飼育係は週に一度ほど潜水して底に散らばった貝殻を拾わねばならなかった。
 そのたびに、コタロウは飼育係にいたずらをしかけた。 最初は背中に背負ったタンクから空気を送るホースを引っ張ったり、脚ヒレに噛みついたりする程度だったが、チャチャが一緒にいたずらぶりを発揮するようになると、2頭ですることはちびっ子ギャング並みにエスカレート。
 飼育係の髪の毛を引っ張ったり、掃除用のブラシを奪っていったり、飼育係が彼らを振り払おうとするのが楽しくてしょうがないのだろう。 ついには頭にガブリと噛みついた。

 ある時、石原がプールの底で貝殻を集めていると、頭上から貝殻がパラパラと降ってくる。なんだ?と思って手を止めると、今度は頭にズシンと重いモノが直撃した。
 それはなんと、さっきまで苦労して集めた貝殻を入れた大きな袋だった。 彼が陸に置いておいたその袋を、コタロウとチャチャが力を合わせて、よいしょこらしょと、プールへ落としたのである。
 これは何度もやられた。 陸で別のスタッフが外に運び出すのだが、そのわずかな隙をついて、彼らはいたずらを繰り返すのである。
 しかしまあ、こんな程度なら可愛いラッコのことだもの、微笑ましいいたずらだとしておこう。 やられる飼育係はともかくとして、少なくとも見ている分には十分笑える。ところがコタロウは、笑うに笑えないいたずらを始めたのである。 なんと自分たちの住んでいるプールを壊し始めたのだ。



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(C) 2000Hajime Nakamura.

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