ラッコの道標:中村 元著/パロル舎刊 2001,1.21
ラッコの道標
第5章 いたずラッコのコタロウ


5-3 エサでメスを誘惑 
 コタロウは、他にもいろいろと興味深いことをして見せてくれた。
 子供ではあるが、なんといってもオスだから、メスの気を引こうとしたり、ちょっかいをかけるのならお手の物だった。
 あなたが女性なら、子供の頃、男の子に「お尻ターッチ!」なんてちょっかいかけられたり、カエルでいたずらされたり、口喧嘩をふっかけられたりしたことがあるだろう。 コタロウがするのもあれなのだ。
 私にも経験がある、もちろんやったほうだが、気になる女の子がいると、それが恋心だとかなんだとかも分からないので、とりあえず関わり合いを持ちたくてちょっかいをかける。
 まあそれで喧嘩相手になれればまだいいほうで、たいていの場合は「子供の頃、すごく意地悪な男の子がいたのよ」という思い出にされてしまうのがオチなのだが、コタロウがメスたちの気を引こうとする方法は、ヒトの男の子がするそんなちょっかいと全く同じレベルだった。

 メスのラッコが食べているエサを横取りしようとする。 メスのラッコが持っているものを奪いに行く。 プックから赤ちゃんを奪ったのもそんな気持ちがあったからかもしれない。 相手が嫌がっているのに、まとわりついたり咬んだりする。
 長いこと、コタロウはメスたちより小さかったから、反撃されたら相手の方が強いのが分かっているのに、何度も同じことを繰り返すのだ。

 プックとチャチャが、コタロウ事件で隔離されてから、コタロウには遊ぶ相手がエミだけしかいなくなった。 エミはコタロウの母親代わりをしてくれていたから、コタロウのそんな遊びには付き合ってはくれない。
 コタロウのほうだって血は繋がっていないとはいえ母親代わりなのだから、エミにちょっかいをかけてもしょうがない。
 それで、プックとチャチャと、それに美人のモコモコがいる隣のプールが気になってしょうがないようだった。

 隣のプールとの仕切は、陸上部のアルミ製のドア(これは飼育係がきっちりと鍵を閉めていく)と、水中部の分厚い檜で造られた頑丈な落とし戸の2カ所であるが、落とし戸の方は、どんなことをやってもびくとも動かない。
 そこで、暇さえあれば陸上に上がって、ドアノブをガチャガチャと回していた。 飼育係が鍵を閉めるようになるまでは、一度は自分で開けたことがあるのを覚えていたのだろう。
 でもそれがどうにもならないのを知ると、今度はドアの下の隙間から、鼻面を押し込んだり、手を出したりして、隣にいる3頭の気を引こうと必死だった。
 しかしサブプールにいるのは、子育てで忙しくてよその子のことどころではないプックと、ドアをガタガタさせたらそれだけで驚いてしまう臆病なモコモコである。 コタロウはなんの成果も得られないままに、しかしあの持ち前の根気強さで、毎日そんなことを繰りかえしていた。

 そのうち赤ちゃんだったチャチャが、一人で泳いだり歩き回ったりすると、ドアの下からおいでおいでをしているモノはいったいなんだ?と興味を示すようになった。
 しかしそれに乗ってうっかり手を差し入れたら、コタロウに思い切り咬まれてしまった。 チャチャはビエーと鳴いて母親の元に駆け戻るなり、二度とその誘いには乗ろうとはしなかった。
 すると、コタロウは次なる作戦に出たのである。 今度は、水中開口部の仕切板にある隙間に目をつけたのだ。
 仕切り板は、水の流通もあるように造られていたので、板と角材との間に複雑な隙間があったのだ。 こういう隙間だとか、切れ込みだとか、穴だとか、そんなものがコタロウは大好きなのである。 そういったものを見つけると、すぐに掘り返してみたり、エサの残りだとかなにか宝物を隠してみたりする。
 コタロウは、この隙間に自分にもらったエサを差し入れてみたのである。

 サブプールから見ると、エサがヒラヒラとおいでおいでをしているように見える。 それをプックやモコモコ、そしてちょっと大きくなってきたチャチャが捕まえると、しばらく綱引きをして、最後にくれてやってしまうのだ。
 ラッコ釣りをしているつもりなのか、綱引きを楽しみたいのか、よく分からないが、とにかく彼女たちの気を引きたかったのは間違いない。 コタロウはその遊びをことのほか気に入っていた。

 当時私は、自分のエサを他人にあげてまで、チャチャの気を引こうとしているなんて気前のいいお兄ちゃんラッコなんだ!と感心していたのだが、石原によれば、コタロウはチャチャよりも大人のプックやモコモコに関心を寄せていたのだとか。
 それに気前がいいのではなくて、コタロウはイカの胴体の部分が好きではなかったのだそうだ。
 だからそれ以前でも、早く大好きなゲソ(イカの足)をもらおうと、石の下などに胴体を隠してきて、食べたふりをしていたのだという。 そしてあとでお腹が減ってくると、その胴体を出してきて食べるのだ。 まったくずる賢いコタロウである。
そのイカの胴体を使って、今度は隣のメスたちを誘惑しはじめたわけだが、飼育係には水面下でコタロウがやっていることは見えない。
 エサを与え終えて隣のプールに行くと、こっちのプールではあげていないはずのイカを、プックたちが食べていて、またやられたかと苦笑するのである。



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