ラッコの道標:中村 元著/パロル舎刊 2001,2.21
ラッコの道標
第6章 ラッコの子育て


6-1 ラッコの母さん大奮闘 
 いろんなことがめまぐるしく起こったラッコの飼育だが、その中でもトップニュースは、やっぱり赤ちゃんの誕生だ。
 コタロウ事件によって、サブプールに隔離された母子は、やっと落ち着きを得て、赤ちゃんは順調に育っていった。
 しかしその間に頑張ったのは飼育係ではない。 お母さんラッコのプックである。 克明に記された観察記録を追いながら、母親の奮闘ぶりを紹介してみよう。

 プックは元来図太い性格だったが、子供が産まれてからは突然神経質になった。
 特に一度コタロウに赤ちゃんを奪われてからは、防衛本能が常駐しているようだった。 2日目に行った隔離の作業の時にも、飼育係に赤ちゃんを奪われると思ったのか、赤ちゃんを抱いたまま何度も潜水を繰り返した。 母子ともずぶぬれになったが、どんな時でも母親は赤ちゃんのグルーミングを優先する。 プックは自分自身のグルーミングは完全にはできていないようである。

 さらに、1日目にエサをほとんど食べなかったにもかかわらず、2日目のエサも非常に少ない量だった。 ラッコはよくグルーミングされた毛と、大量のエサによって体温を保っている。 その上出産の疲れとミルクの生産をしていることを考えあわせると、母親の状態はギリギリの状態であるのに違いない。

 3日目の夜。 プックが眠っている間に、お腹の上の赤ちゃんが滑り落ちてしまった。 しかしプックは19分ものあいだ気付かずに眠っていた。 赤ちゃんがキィーキィーと鳴く声でやっと目を覚まして抱き上げた。
 おそらく育児に専念するあまり、体力に限界がきているのだろう。 この時の観察記録には、心配でたまらない飼育係の気持ちがよく表れている。
 しかし飼育係は何もしてやれないし、してはいけないのが原則である。産婦人科の病室の前でウロウロとする夫のようなものだ。 最近では夫が分娩室に入ることを奨励しているらしいが、見ていたらなおのことオロオロとしてしまうだろう。 私にはとてもそんな勇気はない。

 母親の乳首はお腹のかなり下の方に付いている。 だから授乳するときには赤ちゃんは母親の尻尾の方を向く。
 授乳の回数はその日によって違う。 例えば観察記録を見ると、一日目の授乳は11回、二日目の授乳は13回、三日目には21回に増えている。
 一回の授乳にかかわる時間も最短でおよそ1分、最長でおよそ30分とばらつきがある。しかし、その合計時間は、3日ともおよそ240分前後だった。 その後も180分から300分の間に納まっている。 つまり1日に4時間程は授乳に費やしているのだ。

 その長い授乳の間、母親は、赤ちゃんの尻尾の方を中心にグルーミングしているのだが、もう一つ大切な仕事がある。 それは赤ちゃんのウンチの始末である。
 赤ちゃんはオッパイを飲みながらウンチをするのだが、母親はそれをきれいに舐め取ってしまうのだ。 汚いなんて思わないで欲しい。 いや汚いと思うのは男だけだろうか?母親になったことがある方なら、自分の赤ちゃんのウンチが汚いなどと思ったこともないはずだ。

 ウンチを舐め取るのは動物ではよくあること。 コアラもやっぱり赤ちゃんのウンチを母親が舐め取ってしまう。 排泄された直後のウンチは不潔なものではない。 不潔だったらそれまでお腹の中に入れておけるわけがないのだ。
 それよりもお尻などにこびりついたウンチの方がバイ菌の温床になるから、舐めて赤ちゃんのお尻を常にきれいに保つことは、抵抗力のない赤ちゃんの健康にとってとてもいいことなのである。
 特にラッコは消化不全ぎみの胃腸持ちだから、大人になっても自分のウンチから未消化のエサを探し出して食べることがあるほどである。 母親がつくったミルクしか飲んでいない赤ちゃんの未消化のウンチは、母親からすればまだ使える貴重な栄養源なのだろう。



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