しかし、そうやって元気いっぱいで期待を膨らませてくれたチャーリーも、鳥羽水族館のメスラッコたちにはひどく手こずることになったのである。 次から次へと襲いかかるのはいいのだが、どのメスたちからも相手にしてもらえないのだ。 飛びかかっては逃げられ、抱きついては咬まれる。 今まで乱暴者のコタロウを相手にしてきたメスたちだから、まだ子供でチビのチャーリーなど、簡単にあしらわれてしまう。 ラッコの交尾は基本的には乱交である。 メスと子供たちがつくるラフト(筏)と呼ばれる群れの回りに、オスたちがたむろし、その気になってくるとメスたちのラフトに入り込んで、これぞと思うメスに挑みかかるのだ。 メスの方でもその気になれば、数日の間一緒に同棲生活をすごすのが普通である。 ただし乱交とはいっても、メスはオスに挑みかかられたら、いつでもOKという訳ではない。 育児をしているときには赤ちゃんの方が大切だし、それどころか母性本能に刺激された母親は、育児を邪魔しに来たり子供に危害を与えそうなオス対しては鬼神のごとく立ち向かう。 また、オスがへなちょこだと、そんな奴の子供など残したくないとでもいうように撃退してしまう。 さてそこで、オスが立派な奴かへなちょこ野郎かはどうやって決めるのだろうか? 繁殖場所や繁殖時期も決まっているアシカの仲間だと、子育てをするのに最適な縄張りを持っているオスが立派なオスだということになっているし、ライオンやオオカミは、エサを確保する縄張りを持っているかどうかがその基準になる。 またクジャクは羽根の美しさで競い合い、トナカイは大きな角で相撲をして、だれが一番立派なのかを決めることができる。 しかし、ラッコの場合は、エサはそこらへんにいくらでもあるし、子育ての場所にいたっては母親のお腹の上なのだから縄張りなど必要とはしない。 そして交尾時期が決まっていないラッコのオスにはオス同士競い合う理由もないのである。 だから乱交が当たり前ということなのだろうが、それでもメスにとっては、大切な自分の子供の配偶子をもらわねばならない連れ合いなのだから、やっぱり立派なオスでなければ困るのだ。 その答えは、きっとラッコの交尾テクニックにあるのではないかと思う。 ラッコの交尾はかなり激しいものである。 オスはメスを後から羽交い締めにして交尾に至るのだが、その時の常套手段としてオスはメスの鼻を咬む。 メスの大きな鼻を咬んでメスをのけぞらせておいてからペニスを挿入するのだ。 仰向け泳ぎのラッコも交尾は多くの動物と同じく後背位だから、メスの背中を真っ直ぐに伸ばすとことがスムーズに確実に行えるのである。 だから、交尾した多くのメスが、鼻に大きな傷を持っている。 ずいぶん乱暴過ぎる交尾のようにも思えるが、実はこれが彼女たちの婿選びの方法なのではないかと思うのだ。 彼女たちを強引に押さえ込むことができる体力と、交尾をしやすい体位をとらせる手管がなければ、子供を残す資格などないということだ。 それができないオスは、まだ子供で交尾の資格がないか、あるいは虚弱体質で出来のよくないオスで、そんなオスの遺伝子をもらっても自分の子供の将来は心配である。 だから強引で乱暴な交尾テクニックをしっかりとできるオスだけがメスに選ばれるのである。 またヒトなどは、乱暴にされたときのほうが、排卵や受精の可能性が高くなるのだそうだが、おそらくラッコにも同じことが言えるのではないだろうか。 ということは、彼女たちの真新しい鼻の傷は、虐待をされた痛々しい傷などではなく、「いい男を見つけてしちゃったのよ」なんていう具合に、ちょっと誇らしげに見せつけている嬉し恥ずかしキスマーク程度のことなのかもしれない。 ところがチャーリーは、いつまでたっても、鳥羽水族館のメスたちの鼻にキスマークを付けることはできなかった。 すでに子供を作った経験があると言っても、当時のチャーリーはまだ3歳。普通野生ではオスの性成熟は5歳前後とされているから、一番若くても5歳のチャチャという鳥羽水族館のメスたちにとっては、まだまだ未熟者の若造ラッコにしか思えなかったのだろう。 それでも最終的には、一番若いチャチャに狙いを定め、執拗に追いかけていたチャーリーだったが、結局チャチャにも交尾を果たせることなく、半年間の長い雇われ新婚生活に幕を下ろすこととなった。 チャーリーが失意のうちに古巣に帰ったのか、それとも自分の自由になるメスたちとやっと会えると喜んで帰ったのかは、 よく分からないのだが、いずれにしても心残りとホッとした気分が同居していたことは確かだろう。 鳥羽水族館にやってきてつかの間大喜びであったのに、いいことは何もなかったのだから。 でも、大いに喜んだラッコがいる。もうすっかり忘れられようとしていたコタロウである。 とにかくチャーリーが帰ったおかげで、コタロウは今まで通りメスたちと一緒に暮らすことができるようになったのだ。 ドアを開けてメインプールに迎え入れられた彼は、コタロウに貞操を立ててくれたメスたちにお礼を言うかのように、次々と飛びかかっては熱烈なスキンシップを繰り返した。 あいかわらず、ペニスは腹の中で勃起したままだったが、かれはとても満足そうだった。 石原たちは、チャーリーを送り出し「残念です」を繰り返しながらも、どこか嬉しそうでもあった。 メインプールへのドアを開けてコタロウを誘導するときには、満面の笑みを浮かべていたのを知っている。 結局、それから、鳥羽水族館では未だにラッコの赤ちゃんは生まれていない。 きっとこれも、コタロウが残していったラッコのメスたちへの思いなのだろう。 その証拠に、コタロウが愛したメスたちが天寿をまっとうしてから、コタロウ二世が突如元気になってきた。 今後のラッコプールでの新しい社会に期待している毎日である。 |
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