2007年8月中旬
11日 お芝居のお知らせのあと腹を立てます
14日 初瀬街道に立て札が登場しました
15日 突然ですがカラマーゾフ
18日 死んでませんかあ
 ■8月11日(土)
お芝居のお知らせのあと腹を立てます 

 さーてきょうも朝からいいだけ腹立てることで一日をはじめねばならんのか。まったくろくなことねーなー名張市などという低能自治体を相手にしてた日にゃ。

 その前に本日はお知らせをひとつ。

 ミステリ専門劇団フーダニットの第七回公演が8月24日から26日までの三日間、東京都江戸川区はタワーホール船堀の小ホールで催されます。上演作品は若竹七海さんの書き下ろし戯曲第三弾「汽笛が殺意を誘うとき」。「誘う」は「いざなう」と読んでくださいね。以下、リーフレットから引用。

時は昭和初期、場所は豪華客船『櫻花丸』船上。
一等船室のラウンジに一人の紳士がじっと座っていた。
物も言わず、目を伏せて……
目の前で起こっている騒ぎは彼の耳には聞こえていないようだった。
やがて彼が口を開いた時…… 止まっていた「時」が動き出す!

 演出は松坂晴恵さん。チケット予約などの詳細はオフィシャルサイト「Whodunit」でどうぞ。

 それではきのう記しました方針どおり、名張市オフィシャルサイトにあるこのページからさらにリンクをたどりまして──

 図書館協議会の2005年度の協議内容をたーっと見てみることにいたします。

 まず2005年6月3日の第一回協議会をどうぞ。

 乱歩の名前が出てくるところを引用しましょう。

(委員)
乱歩の顕彰会がスタートしたとのことだが、今館にある乱歩関係の資料もゆくゆくはそちらに移行するのか。
(事務局)
顕彰する組織というのは、「乱歩蔵びらきの会」のことで、これは民間主導型でしていただいている。乱歩生誕地碑建立50年ということで、今年の11月に記念行事を計画している。資料をどうするかについては未定。新町の細川邸の活用法も含め、今後検討。

 まいったな実際。乱歩蔵びらきの会と市立図書館とを同列に論じてるのかよ。その程度の認識しかないのかよ。あえていっとく。ばーか。

 つづいて10月14日の第二回。

 特記すべきことはありません。念のために申し添えておきますと、「今回新委員として中委員に加わっていただく」とありますのは私のことではありません。

 おつぎは2006年1月24日の第三回。

 「名張市立図書館業務民間委託実施計画(案)について」なんてのが出てきてます。行政サイドの思惑と魂胆が剥きだしになってきたわけです。この図書館協議会の協議検討によって図書館業務の民間委託をオーソライズしてしまおうということでしょう。早く民間委託したくってうずうずしちゃう、という名張市の姿勢にはいうまでもなく委員から危惧や懸念が表明されていて──

協議会全般について、委員からの意見等(要旨)
・ 重要な案件については、もっと時間を掛けるべき。今回についても、せめて事前に資料の配布等があって然るべき。今日この場で決めてしまうことには危惧がある。
・ 目標が4月で、(案)では7月と書かれているが、4月でも7月でも大差なく、性急すぎる。委託にしろ、内部改革にしろ、充分に準備する時間がないのではないか。本当にできるのか不安である。
・ 市民の代表である図書館協議会での意見は、事務局がまとめて、教育委員会に持ち帰り協議をしてほしい。それを再度協議会の場へ戻す。そうでないと協議会の意味がない。

 もうひとつ、「『市民の図書館』づくり基本方針(案)について」に関する協議もあって、要するに民間委託にともなって制度をちょこっと変更いたしますということなんでしょうけど、「既に市の内部でも10回程度の検討を行っております」なんてことが書いてあります。うすらばかが何十人と集まって何十回も検討したところでだめなものはだめなんだぞ。ていうか、もっと正直に「既に市の内部でも民間委託を大前提として10回程度の検討を行っております」と説明するべきだと私は思うぞ。

 で、事務局による説明としてこんなことが書かれてる。

図書館資料の充実として、新刊図書、雑誌、視聴覚資料等の充実を図り、利用者の多様な要求に応えられるような冊数の購入に努めます。また、郷土資料、江戸川乱歩関係資料、観阿弥関係資料等の充実に努めます。

 名張市役所というところにはあれか、うわっつらのきれいごとしか口にしてはならないという内規でもあるのか。問題の本質に眼を向けたら死刑だという決まりでもあるのか。乱歩関係資料の充実に努めますってのはいったいどういうことなのか、具体的に何をどうするのか、誰も説明できないだろうが。何も考えてないんだからなこのうわっつら自治体が。

 そして3月15日の第四回。

 第三回にひきつづいて民間委託に対する危惧や懸念が表明されております。興味がおありの方はご閲読ください。しかしまあ結局のところ、この図書館協議会による協議検討は図書館業務の半分をしか対象としていません。つまり名張市教育委員会にしても図書館協議会にしても、図書館ってのがいったいどういう施設であるのかが理解できておらんということでしょう。要するに図書館はただの無料貸本屋であるという認識しかないみたいだな。だからあえていっとく。ばーか。

 さて、8月8日の算盤の日、私が名張市役所を訪れて、

 ──名張市教育委員会の職掌内において、江戸川乱歩への言及があるすべての公文書

 なんてものの公開を請求してきたことは8月9日付伝言に記したとおりです。で、請求の受付である総合窓口センターのスタッフが名張市教育委員会の事務局へ電話で問い合わせてくれた結果、名張市教育委員会にはそんな文書は一枚もないという返答があったことも記したとおりではあるのですが、あれ? おかしいなあ。名張市オフィシャルサイトに掲載されている図書館協議会の2005年度の議事録には、上に引用したとおり二か所にわたって乱歩への言及が見えるのじゃが。この議事録はまぎれもなく「名張市教育委員会の職掌内において、江戸川乱歩への言及があるすべての公文書」に含まれるはずなのじゃが。

 こら名張市教育委員会。毎度毎度適当なことばっかやってんじゃねーぞたこ。しまいにゃ水ぶっかけるぞ。


 ■8月14日(火)
初瀬街道に立て札が登場しました 

 毎日とても暑くてかったるくてほんとにいやになりますけど、二日間のお休みのあとはまたお知らせから。

 昨13日、名張まちなか十八か所にこんな立て札が登場しました。

 これは何? といったあたりの事情は毎日新聞のこの記事でどうぞ。

初瀬街道:魅力アピール、立て札18カ所に設置−−名張古町を考える会 /三重
 名張市の初瀬街道の魅力を知ってもらおうと、市民団体「名張古町を考える会」(福田敬子代表、会員17人)が街道沿いの風景写真を展示する木製立て札を18本制作した。明治末から昭和にかけて撮影された、映画館(廃業)や商店、祭礼など懐かしいモノクロ写真を1本に6〜8枚掲示しており、タイムスリップしてもらう。立て札は13日、旧町(名張地区)の各会員の商店前と名張藤堂家邸跡前に設置する。

 同街道は大和時代に開け、江戸時代には関西と伊勢神宮を結ぶ主要道としてにぎわった。旧町を縫うように通じており、古い木造建築や、ひやわい(路地)など今も宿場町の面影が残る。同会は街道の魅力を多くの観光客や地元住民に発信しようと04年3月に発足。これまでガイドマップ作製などに取り組んできた。

 立て札を案内するリーフレットも発行されました。

 これすなわち名張市の市民公益活動実践事業のひとつです。市民公益活動実践事業といえば思い出されるのがこれでしょう。

 2005年度には市民公益活動実践事業のひとつとして細川邸の裏にこんな看板が掲げられたものでした。大丈夫か名張市。

 ちなみに大河漫才「僕の住民監査請求」では──

僕の住民監査請求(pdf)
第一部 迷走篇
第二部 惑乱篇
第三部 猜疑篇
第四部 零落篇

 第四部「零落篇」に市民公益活動実践事業のことをこんなぐあいに記しておきました。

「難しいこと考える必要はありません」
「どないしました」
「ただの思いつきでOKです」
「なんの話ですねん」
「だいたいわれわれにもただの思いつきしかないんですから心配ご無用」
「君いったい誰やねん」
「お役所の人です」
「どうゆうことなんですか」
「お役所の人たちが“新しい時代の公”というお題目を掲げて地域住民に呼びかけるときの心の声はこんなんかなと」
「そんな心の声では困りますがな」
「けど“新しい時代の公”の実態はこんなもんですから」
「深いことは考えないんですか」
「お役所の人が公とは何かみたいなことを真剣に考えたりすると思いますか」
「考えなあきませんがな」
「そんなお役所の人たちが“新しい時代の公”とか呼びかけたおかげで公というものがすっかり変質してしまいました」
「どうしてなんですか」
「官民のみなさん双方ともに公とは何かとか公と私との関係はどうあるべきかとかまったく考えようとしませんから」
「けどいちおう公の話なんですから」
「ですからそれは表層的で個別的で恣意的で欲望の器でしかない公なんですね」
「ちょっと難しいんですけど」
「ひとことでゆうたら私にとっての公」
「私にとっての公ですか」
「個人が思いつきで公を規定する。それをそのまま一般化してあやしまない」
「そんな適当なことでええんですか」
「しかも私にとっての公は私にとって心地よいものでなければならない」
「心地よいといいますと」
「公に携わる私の名誉欲とか権力欲とか自己顕示欲とか金銭欲とかを満足させてくれるのが公でなければならない」
「えらい身勝手な話ですな」
「けど伊賀の蔵びらきにおける“新しい時代の公”はまさにそうでしたから」
「そうやったかもしれませんね」
「ですから名張市の市民公益活動実践事業なんかもね」
「市民からいろいろ事業プランを募集して毎年やってますけど」
「完全にプチ伊賀の蔵びらきですから」
「伊賀の蔵びらき事業の縮小版ですか」
「たとえば細川邸の裏にピラミッドとスフィンクスの看板を立てて喜んでる気のふれたようなあほがいましたけど」
「おととしの夏のことでしたか」
「名張市はあんなインチキ事業を税金でバックアップしてたわけですから」
「あれが公益活動実践事業やと主張されたらさすがに引いてしまいます」
「結局“新しい時代の公”の名のもとに公という概念が変質してさらにその公の断片化や私物化が進行してるわけです」
「公の私物化ですか」

 さらにちなみに名張市オフィシャルサイトの「市民公益活動実践事業について」から「平成19年度市民公益活動実践事業実施(予定)一覧」を転載するとこんなあんばい。

スタートコース
01 名張市精神障害者連絡会 講演会 & 交流会「ありのままに歩き出そう」
02 名張史跡顕彰会 伊賀・名張 郷土の文化・伝統・歴史サミット
03 なばりふれあい会 学生と名張の児童との意見交流
地域づくり委員会との協働コース
01 歩け歩け家から動こう会 歩け歩け家から動こう会
02 特定非営利活動法人 子育て支援 NPO ぽかぽかはうす 〜おじいちゃん、おばあちゃんと一緒にそうめん流しとミニ縁日〜
政策課題への提案コース 課題1:市民が健康でゆたかに暮らせる“なばり農業”
01 伊賀南部農業協同組合 なばな部会 なばな摘み取りイベント
02 しぜん・ふしぎ・ワンダーランド 「農と自然の めぐみ塾」
政策課題への提案コース 課題2:健康長寿社会の創造
01 ゆる体操同好会 ゆる体操地域限定(名張市内) ボランティアリーダー
02  NPO 法人 ナルク・伊賀名張拠点・生きがいクラブ 介護予防人材養成講座事業
03 特定非営利活動法人 和嬉会愛 「ぼけてもいいよ!共に暮らそう 心のバリアフリーな町で」
政策課題への提案コース 課題3:男女共同参画社会の創造
01 名張きらめきの会 いっしょに進めませんか?男女共同参画!
02 名張女性の会 世界平和女性連合伊賀支部 シンポジュウム開催・性教育と男女共同参画について
政策課題への提案コース 課題4:家庭・地域の教育力を向上をめざす事業
01 夢と技の伝承 カーペンター 世代を超えて風と語ろう
02 MIK 運動推進委員会 親子ふれあいコンサート“なばりカンタービレ”
03 名張市 PTA 連合会 家庭教育研修講演会
政策課題への提案コース 課題5:「団塊の世代」地域デビュー支援事業
01 特定非営利活動法人 赤目の里山を育てる会 「市民公益活動って何、生き甲斐支援講座開講」
政策課題への提案コース 自由
01 特定非営利活動法人 地域と自然 みんなで自然に親しもう、なばり水みち診断
02 花見つけ自然教室 チョット変わった里山づくり
03 名張古町を考へる会 なつかし写真によるタイムスリップ名張初瀬街道へのご案内
04 名張文化協会 第37回名張市民文化祭
05 みてみて名張 切りえ絵葉書による名張文化の発信・探求
06 温故会 藤堂高吉と名張(歴史講演会)〔その2〕
07 なばり赤目・梅の会 赤目滝フェスタ
08 名張第九を歌う会 市民による市民のための市民参加型「第九」コンサート
09 特定非営利活動法人 スポーツ応援団 IGA マナーキッズテニス教室
10 名張アコースティック倶楽部 市民参加の演奏活動およびそのサポート
11 世代間交流事業実行委員会 自然をみんなで楽しもう!〜鮎のつかみ取り & 竹筒ごはんづくり〜
12 箕曲コーラス La. pesca 「被弾ピアノコンサート」〜もう一度、平和への思いをピアノと共に〜
13 名張シンクス 伊賀の手づくり作家展
14 ホットポイズン 名張のいいとこどり〜NABARI ストリートフェスタ07〜

 断片化し私物化された公がラインダンス踊ってるように見えないでもありませんけど、「政策課題への提案コース 自由」の三番目、なぜか団体名が旧かなで表記されている名張古町を考える会の「なつかし写真によるタイムスリップ名張初瀬街道へのご案内」という事業の一環がこの立て札とリーフレットなわけです。

 この事業では講演会も催されることになっていて、名張古町を考える会の会長さんからご指名をいただきましたので私が講師をあいつとめます。たぶん11月3日、名張市総合福祉センターふれあいで開かれる予定なのですが、会長さんから頼まれて提出した講演会のレジュメ、ていうか配付資料がこんな感じ。

 タイトルがいささかベタな感じなんですけど、事業名にあわせて素直に「タイムスリップ初瀬街道」としておきました。ただし講演内容は初瀬街道という近世から近代にかけての呼称にはまったくこだわらず、ちはやぶる神代の昔から当代までたーっと突っ走ることにしております。

 それでまあ名張まちなかの商業者のみなさんがですね、こんなこといったら叱られますけど零細な商いのかたわら地域の魅力を PR する活動を進めたいとおっしゃるのですから、そのひとかたならぬ名張まちなかへの愛着に鑑みても、たとえば講演依頼なんざふたつ返事でお引き受けするべきであるとはよく承知しているのですけれど、あの真っ昼間でも死んだように人通りのない時間帯が普通に存在する名張まちなかに立て札を立ててもその効果はいかほどのものか、と私は思わないでもありません。おれだったら名張まちなかのポータルサイトを開設するけどなあ、とも考えますし、もしも開設するのならいくらだってアイデアも提供できるのだし、いやもういっそおれが名張まちなかのポータルサイトをつくってしまうことも充分に可能なのであるけれど、ていうかそうでもしなければ誰にも開設なんかできんのではないかとも思われるのですけれど、残念ながら私にはとてもそんな時間はありません。

 それにしても名張まちなかはいったいどうなってしまうのか。

 「広報なばり」8月二週号(テキスト版)にはこんな記事が載ってました。

平成20年春オープン予定
「細川邸」が「やなせ宿」になります
お問い合わせ 市街地整備推進室 電話63‐7746
 細川邸(新町)は、幕末から明治にかけて建設された代表的な商家のひとつです。現在、「名張まちなか再生プラン」に基づき、名張まちなか再生委員会や各種まちづくり団体、地域の皆さんとの協働により整備に取り組んでいます。
 この細川邸の管理・運営は公設民営方式とし、交流の場としてだれもが気軽に集える空間とするために、建物の補修やトイレの新設、駐車場の整備などを進めます。

 驚くべし。この期におよんでまだ「交流の場としてだれもが気軽に集える空間」なんてことほざいてるだけで、具体的にどんな施設として運営するのかが明示されておらんではないか。大丈夫か名張市。

 それに名張市の6月市議会では、6月16日付中日新聞の記事を引いて先日来くどくどお知らせしておりますとおり──

 【名張市】15日再開。梶田淑子(共生)中川敬三(沖津藻)石井政(公明)の3氏が一般質問した。主な答弁は次の通り。
 ▽市が保管するミステリー図書や江戸川乱歩関連資料の展示場所 旧桝田医院第二病棟跡地は地域の生活の場であり難しいが、近くの初瀬街道沿いに展示する場所が必要と考える

 名張市がこんな方針を打ち出してるわけです。「近くの初瀬街道沿い」というのは要するにこのあたり。

 新町の細川邸ということになるはずで、つまり名張市立図書館の乱歩コーナーを閉鎖して細川邸に乱歩関連資料を展示するという方針がここに明確に打ち出されておるわけなのですが、おかしいなあ。おっかしいなあ。「広報なばり」には「交流の場としてだれもが気軽に集える空間」とあるだけで、細川邸改めやなせ宿に「ミステリー図書や江戸川乱歩関連資料」を展示するなんてひとことも書かれておらんではないか。おかしいなあ。おっかしいなあ。大丈夫か名張市。大丈夫ではないのであろうなあ。


 ■8月15日(水)
突然ですがカラマーゾフ 

 ありゃりゃ。暑さのせいでおつむがいかれておったのか、きのうの伝言に脱字がありました。

 「おれだった名張まちなかのポータルサイトを開設するけどなあ」

 と記してありましたのは、正しくは次のとおり。

 「おれだったら名張まちなかのポータルサイトを開設するけどなあ」

 さっき読み直していて誤りに気がつきましたので、伝言録のほうを訂正しておきました。

 読み直していてといえば、ただの思いつきでスタートさせました若いころ読んだ長篇小説をアトランダムに再読するシリーズは、新潮文庫『細雪』につづきましてお盆の幕開けとともに光文社古典新訳文庫『カラマーゾフの兄弟』に突入しております。

 若いころ読んだといっても内容はほぼ忘れてしまっていますから、たとえば、

 ──人類を愛する者は隣人を愛せない。

 みたいなことがこの作品に書かれていたのではないかしら、といったあいまいな記憶をちゃんとした文辞で確認できるのがこのシリーズの面白い点のひとつです。面白いといいますか、懐かしいといいますか。三十年あまり無沙汰であった知人に再会したようなしみじみ懐かしい気分が味わえます。

 とはいえとくに翻訳の場合、彼は昔の彼ならず、みたいな印象を抱かざるをえなくなるのも事実でしょう。この『カラマーゾフの兄弟』でいいますと、訳文はよくこなれていて読みやすいのですけれど、これがゾシマ長老かよ、と思ったりしてしまわないでもありません。長老と呼ばれるような人物はやはり「わし」という一人称で語り、「じゃ」という助動詞を頻用してくれなければ感じが出ないのではないかしら。むろんゾシマ長老の語りからそうした通俗的類型性みたいなものを排除することこそが訳者のねらいなのであろうけれども、「わし」や「じゃ」や、それから大時代なあるいは生硬な訳語があったほうがいかにも19世紀ロシアの小説じゃ、という感じになるのではないかしら。

 ゾシマ長老はたとえばこんなぐあいにしゃべるわけです。光文社古典新訳文庫の亀山郁夫さんの訳文です。

 「だいぶ以前のことですが、それとよく似たことを、ある医者がわたしに話してくれましてね」と長老が口をはさんだ。「すでに年もいっていて、文句なしに頭のよい人でした。その方が、あなたと同じように率直に話してくださったのです。冗談まじりに、といっても、けっして笑える話ではありませんでしたがね。その人が申すには、わたしは人類愛に燃えているが、自分で自分に呆れることがある。というのも人類一般を好きになればなるほど、個々の人間を、ということはつまり一人一人を個々の人間として愛せなくなるからだ、と。自分は夢のなかで、人類への献身という狂おしい考えにたどりつき、何かの機会に不意に必要が生じれば、じっさいに人々のための十字架にかけられてもいいとまで思うと申すのです。そのくせ、同じ部屋でだれかとともに過ごすことは、たとえ二日でも耐えられない、それは経験でわかる。だれかが自分の近いところにいると、それだけでもうその人の個性に自尊心をつぶされ、自由を圧迫されてしまう。どんなによい人でも、自分は一昼夜のうちに相手を憎みだしてしまうかもしれない。ある人は食事がのろいから、またある人は鼻かぜをひき、しょっちゅう鼻をかんでばかりいるからといって。
 また、こうも申すのですよ。人がわたしに少しでも触れるがはやいか、自分はその人の敵になってしまう。でもそのかわり、個々の人間にたいする憎しみが深くなるにつれ、総じて人類に対する愛はいよいよ激しく燃えさかるとね」

 これが新潮文庫『カラマアゾフの兄弟』になるとこうなります。訳者は原久一郎(1890−1971)。

 「それは、と言っても、もうずっと以前のことだけれど、ある医者がわしに話したのと、そっくりそのままおんなじじゃ、」と長老はこたえた。「もう相当年配になった、まさしく賢い人であったが、この人があんたと同じようなことを、尤も、語調は冗談半分だったけれど、しかし、悲愁にとざされた冗談の形で、やはりあけすけに打ちあけたことがありましたわい。その人がいうには、じゃな、その人がいうには、『私は人類を愛するけれど、しかし、実は、自分で自分に驚いている。ほかでもないが、全体としての人類を愛す度が高ければ高いほど、個々の人間を愛す度合が低くなる。空想の中では、人類への奉仕ということについて、むしろ奇怪なほどの想念に達し、ふと何かの拍子で、そういう必要にせまられでもしたら、真実人類のために十字架を背負いかねない意気込みにさえなるけれど、それでいて個々人の場合には、誰とだって二日と一つ部屋に暮らすことなど思いも寄らず、これは経験でわかっている。相手がちょっとでも自分のそばへ近寄ってくると、すぐにもうそいつの個性が、こちらの自尊心を圧迫し、こちらの自由を拘束する。だによって、私は僅か一昼夜の間に、すぐれた人格者をさえ憎むような事態となりかねない。食事の時間が長いといって甲の人物を、鼻風邪をひいてのべつ洟をかむといって乙の男を、憎悪するような事になる。つまり、私という人間は、他人がちょっとでも自分と接触すると、突如として敵になってしまう。が、そのかわり、個々の人間にたいする憎悪が強くなるにつれて、全体としての人類に対する私の愛は、ますます熱烈になってくるのだ』──ま、その医師はこんな風に言いましたのじゃ。」

 私はこのあたりを読んで何かしら深く共感するところがあったがゆえに、

 ──人類を愛する者は隣人を愛せない。

 という警句めいたフレーズを記憶のなかにとどめていたということなのでしょうけれど、はじめて読んだときの具体的な印象だの感想だのはまったくといっていいほど思い出せません。たとえば食事が遅いからとかよく洟をかむからとかいった理由で誰かを憎悪するのは自分だけではなかったのか、といった安心を与えられたみたいなことであったのか。ほんと、昔のことなんて人間きれいに忘れているものです。

 そんなことはともかく、こうして対比してみると新潮文庫の古い訳文にも捨てがたい味わいが感じられます。

 いや、そんなこともともかくとして、問題は名張まちなかのポータルサイトをどうするか、いやいやそんなことでもなくて、何度もしつこく書きますけれど、名張市は市立図書館の江戸川乱歩コーナーを閉鎖し、新町の細川邸改めやなせ宿に「ミステリー図書や江戸川乱歩関連資料」を展示するという方針を明らかにしたわけです。しかし「広報なばり」によれば来年春にオープンするらしいそのやなせ宿は「公設民営方式」、つまり民間が運営することになるそうですから、「ミステリー図書や江戸川乱歩関連資料」はミステリのミの字も乱歩のらの字もご存じないみなさんで組織されたそこらの NPO の手にゆだねられてしまうことになります。本気かよ。仔細はいっさい不明ながら、正気の沙汰とは思えません。

 大丈夫か名張市。ていうか、誰かひとりでもいいからまともにものを考えられる人間がいないのか名張市。いないのであろうなあ名張市。


 ■8月18日(土)
死んでませんかあ 

 なんか毎日もう死ぬほど暑いではないか。さすがに死んではおらんけれど、何も考えることができないような暑さである。サボれることはすべてサボってしまい、本を読む気にもなれんぞこりゃ。みなさんも暑さにはどうぞお気をつけください。きのうの天気予報では猛暑もきょうまでとのことでしたから、とりあえずまたあした。それにしてもきょうも暑そうだなあ。