2007年8月下旬
21日 ほぼ三十年ぶりのダイハンであった
22日 ひさかたぶりの RAMPO Up-To-Date です
23日 公文書不存在決定通知書が届きました
24日 シュルレアリスムと人間椅子がラフォーレ原宿で邂逅する
25日 あるブログの記事にもとづいてお役所の御法度を考える
26日 ヤフーオークションはいかがでしょう
27日 駈け足で『国枝史郎伝奇浪漫小説集成』のお知らせ
28日 無料週刊コミック誌と地域間格差
29日 率爾ながら乱歩の談話に話柄を転じます
30日 とんだところへ横光太宰
31日 とんでもないことになって北村大膳?
 ■8月21日(火)
ほぼ三十年ぶりのダイハンであった 

 暑気の盛りというか暑さ疲れ(飲み疲れも含みますが)のピークというか、そういったものをなんとかやり過ごせたみたいだなと思って起きてきたところへ服部まゆみさんの訃報である。きのうは山口小夜子さんの訃報にも接しましたし。なんかもう五十代がばたばた死んでるなという印象があります。おれも澁澤龍彦が死んだ齢まであと五年か、とか思ったりもしてしまいますし。

 飲み疲れのピークはきのうでした。つまりおとといの日曜日、なんだかばかみたいに飲んでしまったということになります。名張市中町にあるダイハンという喫茶店のような食堂のような、そういったたぐいの店の二階で真っ昼間からお好み焼きをつつきながらビールを飲み、河岸を変えて焼酎、ワイン、ウイスキーと快調に飲み進んだのですが、ダイハンの二階にあがったのは三十年ぶりくらいのことであったか。

 小学校時代の同級生が東京から里帰りしてきて、座敷にすわってお好み焼きを食べたいというものですからほぼ三十年ぶりのダイハン二階となったわけなのですが、八月の光に白く灼かれるような中町の通りを見おろしながらビールを飲んでいると、往時茫々という言葉が身に迫ってくるのをおぼえます。

 三十年ほど前というと、ほとんどの喫茶店にコンピューターゲーム機が設置されていて(つまりインベーダーゲームとかそれが進化したゲームとかのことですが)、ダイハンの二階にもそれはありました。昼食のために立ち寄り、二階にあがってゆくと、近所の呉服屋のご主人が大きなからだを丸めるようにしてゲームに興じていた。そんなことも思い出されてきます。あのご主人は慶應大学出身のインテリで、しかし若くして亡くなってしまったなあとか、あるいは、ダイハンの前には小さなおもちゃ屋があったなあとか、三十年ほどのあいだに名張のまちもすっかり変わってしまった、ありていにいえば見る影もなく衰退してしまったという事実が、やはり身に迫るようにして感じられてくる。

 なーにがまちなか再生だばーか、とかいうふうにも思われてきたのですが、ここでお知らせしておきますと、名張まちなか再生プランに端を発した住民監査請求の結果はいまだもたらされておりません。いっぽう、名張市教育委員会に提出した公文書公開請求に関しましては、教育委員会側から公文書百十点のリストが提示されたのですが、私が必要としている公文書は一点も存在せず、予想どおり「不存在」という結果となりました。

 私が必要としている公文書というのは、名張市立図書館が乱歩に関してどういったサービスを提供すればいいのか、その構想なり方向性なりを明示する書類のことなのですが、少なくとも文書上では、名張市教育委員会はそうしたことをまったく考えてこなかったということになります。そんなことではいかんがな。

 せいぜいがまあ、先日もお伝えしたとおり名張市オフィシャルサイトに掲載されている図書館協議会の「平成17年度第3回図書館協議会 会議録(概要)」に、「『市民の図書館』づくり基本方針(案)について」として──

 図書館資料の充実として、新刊図書、雑誌、視聴覚資料等の充実を図り、利用者の多様な要求に応えられるような冊数の購入に努めます。また、郷土資料、江戸川乱歩関係資料、観阿弥関係資料等の充実に努めます。

 とある程度です。江戸川乱歩関係資料の充実に努めます。こんなことしかいえないわけね。充実させてどうするのか。それがまったく考えられていない。資料を収集してそれで終わりか。何のために、誰のために資料を収集するのか。収集した資料をどのように活用するのか。そんなことはただの一度だってまともに考えたことがないのである名張市教育委員会なんてところは。

 いかんいかん。まーた腹が立ってきた。暑さ疲れ飲み疲れの残る身のこととて、本日はこれくらいにしておきます。

 ダイハンの二階でお好み焼きを食してみたいとおっしゃる方にお知らせしておきますと、場所はこのあたりだとお思いください。

 毎週火曜日は値引きのサービスがあるとのことでした。酔っ払って聞いたことですから、あまりあてにしないでいただきたいのですけれど。


 ■8月22日(水)
ひさかたぶりの RAMPO Up-To-Date です 

 ひさかたぶりで「RAMPO Up-To-Date」を更新いたしました。こんなことではいかんがな、とは思いつつ、猛暑その他にかこつけてずーっと更新をサボっていたそのせいで、編集兼発行人の山本和之さんから早くにご寄贈をいただいておりながら、この伝言板でお知らせするのがすっかり遅くなってしまったのが雑誌「sai」の0003号。乱歩特集となっております。購入申し込みなどの詳細は下の画像のリンク先でごらんください。

 内容はこんなあんばいです。

雑誌特集
江戸川乱歩と池袋
sai 0003号
5月1日 山本和之
編:山本和之
乱歩のあつい夏再来へ 渡辺憲司
乱歩を作って 石塚公昭
「『乱歩! 乱歩!』と歌い上げるしかないでしょう!」 曽我部恵一(談)、「sai」編集人(インタビュー)
蜃気楼の手触り 堀江敏幸
新池袋モンパルナス第二回回遊美術館
乱歩通りを考える
池袋モンパルナスの集い
古本屋時代からの夢(江戸川乱歩に始まる文化政策への挑戦)
 高野之夫

 特集中の一篇「乱歩通りを考える」には、

 ──西口のメイン・ストリート(要通り)を「乱歩通り」と名付けることで、豊島区は新たな「まちづくり」にチャレンジしています。

 とあります。

 その豊島区の高野之夫区長は、やはり特集中の一篇「古本屋時代からの夢(江戸川乱歩に始まる文化政策への挑戦)」において、江戸川乱歩記念館構想の蹉跌と2002年度に開催された江戸川乱歩展の成功を紹介したあと、こんなことを記していらっしゃいます。

 そして、この乱歩展は、まさに豊島区が文化を中心とする行政を進める大きなきっかけになりました。郷土への愛着と関心を高め、豊島の文化と歴史を内外に発信することです。今、豊島区では様々な文化に取り組み、魅力と活力を作り上げ、価値あるまちづくりを目標として強力に推進しています。
 あらためて江戸川乱歩に関わることによって学んだことは、経済力があるとき文化をつくり挙げるのではなく、文化が経済力を作り上げるということだと思います。文化はいくら追い続けても、ここで終わりということはありません。まさに永遠です。

 私は「文化」や「まちづくり」といった言葉を好みませんので、じつはいささか鼻白まないでもないのですが、名張市役所のみなさんにとっては慎んで拝読すべき文章であろうなといっときましょうか。

 うーん。また腹が立ってきたから本日はここまで。


 ■8月23日(木)
公文書不存在決定通知書が届きました 

 本日は新聞記事の話題から。読売新聞オフィシャルサイトに「パノラマ島奇談」がらみで鳥羽を紹介する記事が。

夢想と現実 織り成す絶景…鳥羽(三重県)
 日本推理小説の父、江戸川乱歩の残した耽美(たんび)的な作品の中でも奇抜さで群を抜くのが、『パノラマ島綺譚(とうきだん)』。自分と瓜(うり)二つの富豪とすりかわった夢想家が、無人島に禁断のユートピアを作り上げる、妖(あや)しさに満ちた名編だ。

 真珠王こと御木本幸吉(みきもとこうきち)が19世紀末、世界初の真珠養殖に成功し、今はミキモト真珠島の名でテーマパークになったこの相島が、モデルとも言われている。

 「乱歩は、対岸の鳥羽造船所に1917年(大正6年)から1年あまり勤務して鳥羽湾の島々を毎日、目にしていた。触発された可能性はあったと思います」。同島の松月清郎(きよお)真珠博物館館長(55)は言う。

 ただ、作品中のパノラマ島の場所は、「M県」「T駅」からモーター船で1時間の沖。鳥羽市中心部に面した真珠島とは違う。「おどろおどろしい結末なので、現実にない島を作ったのでしょう」と松月さん。

 あくまで夢想の中の島とは分かっていても、空中回廊のような橋を渡って真珠島に入り、展示品の真珠の輝きに見入っていると、パノラマ島に迷い込んだ気分にもなる。

 街中の鳥羽みなとまち文学館で、岩田準子館長(40)から不思議な話を聞かされた。「乱歩の空想世界がこの町で形を変えた現実になっている」と言うのだ。

 「新青年」誌でこの作品が発表されたのが、大正、昭和の変わり目をまたぐ26年〜27年。幸吉はその直後の29年から真珠島の整備を始めている。「実現しなかった遊園地計画もあり、幸吉は『パノラマ島』を読んで発想したのかもしれません」

 鳥羽にとって「パノラマ島奇談」は乱歩が遺してくれた財産のようなものかもしれません。乱歩夫妻のロマンスがいまも伝説として語り継がれているのかどうか、そこまではよくわかりませんけれど、乱歩が青年時代の一時期を過ごし生涯の伴侶に出会った土地なんですから、鳥羽は名張なんかより乱歩とのゆかりがはるかに深い。私も一度は訪れなければと思いつつ(まだ行ったことないのかよ、とわれながらびっくり)、しかし私は旅行だの観光だのには、ついでにいえば美酒だの美食だのにもまるで興味のない人間ですからなんだかなあ。

 パノラマ島といえば月刊コミック誌「コミックビーム」の話題の連載、丸尾末広さんの「パノラマ島綺譚」は9月号で第三回を迎えました。

漫画
パノラマ島綺譚 丸尾末広
コミックビーム 9月号(13巻9号)
9月1日 エンターブレイン
連載第3回(第四章)
原作:パノラマ島奇談

 芥川龍之介の自殺を報じる新聞記事が出てきたり、遊園地の建設によって財産を蕩尽する過程が原作より具体的に描かれていたり、なかなかに興趣あふれる展開となっておりますが、このあとはいよいよ妻に対する主人公の疑心暗鬼がねちねちと、といったことになるものと思われます。

 さて、さてさて、乱歩に関する話題は記していても楽しいのですが、

 ──名張市は乱歩をどうする気?

 という話題に移るととたんにむらむら腹が立ってくるこの私。とりあえず筆を進めることにして、名張市教育委員会の8月21日付「公文書不存在決定通知書」がきのう郵送されてきました。こんな感じのものです。

 「公開の請求にあった公文書の内容」の欄にはこう書かれています。

名張市教育委員会の職掌内において、江戸川乱歩への言及があるすべての公文書

上記「言及」の範囲について(下記のとおり請求者に確認)
江戸川乱歩に関係する資料の将来的活用や政策的方向性について、長期的展望を示した公文書を指す

 「存在しない理由」には──

教育委員会において、上記公文書は作成されていない。

 なんか笑えます。名張市教育委員会は乱歩のことをまともに考えたことがあるんですか、そうした事実を示す公文書が残ってるんですか、と私は訊いてみたわけです。そんな公文書は存在していません、という答えはまだわかりますけど、わざわざ「存在しない理由」まで記されているのが笑えます。どうして公文書が存在していないのかというと、じつはそうした公文書が作成されなかったからなんです、なんて書いてあるのは人を笑わそうとしてるのだとしか思えんぞ実際。問題の本質からは完全に眼をそらし、人を唖然とさせるようなうわべだけの理由を並べてその場をやり過ごすのがお役所的対応というやつであるにしても、それにまあこの場合、作成されない公文書はすなわち存在しないのであるというのはじつに理にかなった話ではあるにしても、これは結構笑えるぞ。

 ここで眼を転じて、名張市オフィシャルサイトの「教育行政の方針と施策」を見てみましょう。平成14年度から19年度まで六年分が掲載されておりますが、なかに乱歩の名が見えるのは「平成16年度 教育行政の方針と施策」のみ。「文化芸術の振興」の項に、わずかにこう記されているばかりです。

 また、市の内外から多くの観衆を集め開催しています、「名張薪能」は、本年は、「秘蔵のくに伊賀の蔵びらき事業」として実施するとともに、市制施行50周年記念事業の一環として、江戸川乱歩作品の創作狂言を「乱歩狂言」として開催し、能楽等の伝統文化を活かした、まちづくりを一層推進し、「スロータウン名張」の実現に向けて努めてまいります。

 乱歩がメインなのではなく、創作狂言で乱歩作品をとりあげるという話です。要するに単発的なイベントのレベルでしか乱歩のことが考えられてこなかったという寸法なのですが、それにしても「能楽等の伝統文化を活か」すことがどうして「スロータウン名張」に結びつくのか、私にはなんとも理解できかねます。能狂言のスローな所作がスロータウンにふさわしいということなのかな。

 いやいや、名張市内ではいまやスロータウンなどという言葉はとんと耳にしませんからそんなことはどうだってよろしく、そういえばここに記されている「秘蔵のくに伊賀の蔵びらき事業」で打ち出された「からくりのまち」なんてコンセプトもとっくの昔に忘れ去られている次第で、ほんとにこんなことはどうだっていいんですけど、それはそれとしてうたかたのごとく生まれては消えてゆくうわっつらの思いつきはなんとかならんものかしら。

 もっとも、名張市教育委員会が乱歩に関して何もまともには考えてこなかったということなど、私にはとっくに知れております。「乱歩文献打明け話」の第四回「ああ人生の大師匠」から引用しますと──

 さて、嘱託になった私は、名張市や名張市教育委員会が乱歩についてどう考えているのかを知りたいと思った。私は私なりに、名張市立図書館が乱歩に関して何をすればいいのか、そのプランはもっていた。しかし、それが名張市や名張市教育委員会の考えと整合性をもったものかどうかは判らない。早い話が、名張市は昭和四十年代のなかばに乱歩記念館の建設構想を打ち出しているのだが、その構想が生きているのか死んでしまったのか、生きているとすればどういう形で残っているのか、そしてその構想と図書館との関係はどうあるべきなのか、そのあたりを確認しておかなければ動きようがないのである。そこで私は、教育委員会のしかるべき地位にある方に文書で質問を提出した。図書館が乱歩に関して何をすればいいとお考えか、教育委員会としての見解なり方向づけを示してほしい、といった内容の文書である。
 教育委員会のしかるべき地位にある方、といちいち書いていてはまどろっこしい。かりにX氏としておくが、X氏からは、しかし何の返事もなかった。やっぱりな、と私は思った。教育委員会には何の見解もないのだ。それは充分に予想されていたことなので、私は驚きもしなかった。そして、とりあえず自分なりのプランを実行するべく、『乱歩文献データブック』の予算を要求するよう手配した。平成七年十一月のことである。つまりお役所では、毎年十一月に次年度予算獲得のための動きが始まる。来年はこういう事業を進めますからこれだけの予算をいただきたいという折衝が始まるのであって、市立図書館は教育委員会に対し、『乱歩文献データブック』刊行という事業を行いたいと申し出たのである。図書館長がことあるごとに事業の必要性を説いてくれたこともあって、ゴーサインが出た。一昨年三月の市議会で、予算が正式に認められたのである。

 ここにX氏とあるのは当時の教育長のことですけど、いまさら公文書の公開を請求するまでもなく、私はここに記したとおり1995年の段階で当時の教育長に「図書館が乱歩に関して何をすればいいとお考えか、教育委員会としての見解なり方向づけを示してほしい」と文書でお願いし、しかしうんともすんとも返答がありませんでしたから、「やっぱりな、と私は思った」ということを経験しておるわけです。

 ここで少しく説明を加えておきますと、かなり以前からこのサイトを閲覧してくださっている方のなかには、名張市の前市長が乱歩記念館のことで大嘘をついたとき、私からなあ教育長よ、市長が大嘘かましてることはおまえが証明できるよなあと厳しく迫られ、ついには市長が大嘘つきであったことを証言してくださった教育長のことをご記憶の向きがあるかもしれません。しかしあの教育長はこのX氏ではありません。X氏が私の質問に答えないまま退職されたその後任として着任されたのがあの教育長なのですが、あの教育長もすでに退職していらっしゃいます。

 なんかややこしいです。ややこしい以上にいつまでも堂々めぐりしてる感じでいやになりますけど、かいつまんでいってしまえば名張市立図書館が乱歩に関して何をすればいいのか、教育委員会は何も考えてこなかったということです。それが公文書のうえで正式に確認できたということです。それだけならまだいいのだがしかし、というあたりのところはまたあすにでも。


 ■8月24日(金)
シュルレアリスムと人間椅子がラフォーレ原宿で邂逅する 

 本日も新聞記事から。

 いままで見落としていたのですが、毎日新聞オフィシャルサイトに5月14日、神戸文学館の企画展「探偵小説発祥の地 神戸」を題材にした「神戸ミステリー /兵庫」が掲載されていました。むろん乱歩も、もとより正史も、ついでに神戸探偵小説愛好會の野村恒彦さんも登場。夏バテ解消にぜひご一読を。

 つづいてはウェブマガジン「excite.ism」の8月21日付記事から冒頭の三段落。

夢と幻想のカオスが漂う、ヤン&エヴァ シュヴァンクマイエル展
 ラフォーレミュージアム原宿にて、8月25日(土)より、シュヴァンクマイエル夫婦の大型企画展『ヤン&エヴァ シュヴァンクマイエル展 〜アリス、あるいは快楽原則〜』が行われる。

 「幼少期と夢は、想像力を生み出す基本的な源泉の一つである。 シャルル・ボードレールが記しているように、想像力とは、人間にそなえられた諸能力の女王である。自分たちがその王国の住人だと我々は自覚している。このアリスの鏡の国では、快楽原理、すなわち際限ない自由が君臨しているのだ。(亡き妻、エヴァの代わりにこの文章を書いているが、彼女も同意してくれることを願ってやまない)」
(ヤン・シュヴァンクマイエル「ヤン&エヴァ シュヴァンクマイエル展」に寄せて)

 チェコのシュルレアリスムを体言するアーティスト、ヤン・シュヴァンクマイエル。そして、妻の故ヤン・シュヴァンクマイエロヴァー。その、類いまれなる想像力と映像美、そして時折見せるユーモア&シニカルな精神は、日本でも多くのファンを魅了する。

excite.ism 2007/08/21/11:30

 この引用文には完全な誤りが一か所、気になる表現が最低でも一か所あるのですが、そんな意地の悪い指摘はどうでもいいとして乱歩ファンにとってほんとに気になるのは、記事のおしまいのほうで「江戸川乱歩の幻想世界を、ヤン・シュヴァンクマイエルはどのように描き出すのか、楽しみである」とされている書籍『人間椅子』のことでしょう。

 さらにくわしいことは企画展が開かれるラフォーレ原宿のオフィシャルサイトでどうぞ。「ヤン&エヴァ シュヴァンクマイエル展」というタイトルをクリックして、あとは「About the Section」だの「Goods」だのへ適当に進んでください。

 適当にごらんいただきましたとおり、ヤン・シュヴァンクマイエルさんが挿画を担当した『人間椅子』は8月25日発売、予価二千六百二十五円とのことです。詳細は版元のオフィシャルサイト「Esquire」に近く掲載されるのではないかと私は踏んでおります。

 このプラハ生まれのシュルレアリストについて私は何も知るところがないのですが、「人間椅子」の挿画を描くというのであれば、小説の内容などいっさい頭に入れずただ「人間椅子」というそれこそ文字どおり決定的にシュールなタイトルだけにもとづいて制作してもらったほうが面白い作品が生まれるかもしれんな、と思います。生まれるかもしれんな、つったって実際にはとっくに制作が終わって本もできあがってるわけですけど。ま、挿画に接するのをおおいに楽しみにしておきましょう。

 さて、さてさて、きのうの当地は午前5時45分ごろに雨が降りはじめ、ときに雷鳴もとどろいて思いがけず涼しい朝になったのですけれど、きょうはそんなこともなくて朝からまた晴れるのか。また暑くなるのか。一時にくらべればずいぶんましにはなったけど、きょうも暑いのかよまったく。やれやれ。

 といった次第でつづきはあしたに先送りします。


 ■8月25日(土)
あるブログの記事にもとづいてお役所の御法度を考える 

 これも早くにご寄贈いただいていたのですが、お知らせするのが遅くなってしまいました。立教大学の「江戸川乱歩と大衆の20世紀に関する総合的研究」がまとめられました。国費補助を受けた研究の報告書です。

 内容はこんなあんばい。

関連冊子
江戸川乱歩と大衆の20世紀に関する総合的研究
5月
A4判 127頁
平成16年度〜平成18年度科学研究費補助金(基盤研究(B)(2))研究成果報告書
研究代表者:藤井淑禎
江戸川乱歩の退場──「断崖」における〈見せ消し〉の修辞学 石川巧
二つの《江戸川乱歩還暦記念特集号》の研究 石崎等
新聞と犯罪文化──怪事件と探偵 成田康昭
江戸川乱歩旧蔵同性愛関係書目録 丹羽みさと
電気解剖刀〔メス〕と消えた傷跡──整形外科手術をめぐる江戸川乱歩と科学啓蒙雑誌の表象関連 原克
〈家族〉の出現──乱歩と明智の時代 藤井淑禎
教育史における江戸川乱歩〈不在〉の意味 前田一男
仮装する乱歩──文体に関する覚書 宮川健郎
「江戸のサブカルチャーから見る乱歩」に関する報告 渡辺憲司

 報告書ですから市販はされておりません。詳細の問い合わせは立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センター(E-mail:rampo@grp.rikkyo.ne.jp)へどうぞ。

 次は乱歩とは無関係。ブログ「「名張を本気で変える!!」田合たけしの活動日記」に気になる記事がありましたので、8月23日付エントリ「昨日の委員会で感じたこと」から引用しておきます。

名張市のゴミゼロリサイクル推進委員会に係わる経費は、
ゴミゼロリサイクル推進委員数 24名
委員会の開催が16回
委員報酬と交通費の合計は
1808280円。
また、11年前に
「名張市のゴミ収集方法はステーション」と
決めた「名張市一般廃棄物処理計画」は
今年度見直しで、
3月の当初予算で、
委託料として約350万の予算が組まれています。

3月の予算質疑で、
名張市のゴミをどうするのかを決めるのに市の職員ではゴミ排出量の試算や
処理計画を立てる事は出来ないのか?と質問しましたが、
コンサルを使わないと出来ないと、難しい資料を頂きました。

今回のプログラムの作成や名張市のゴミの計画に
この2つでも約530万の予算が使われています。

 このブロガーの方は名張市議会議員をお務めで、ブログの内容自体はなんだかとてもおゆるい感じなのですが、「名張市のゴミゼロリサイクル推進委員会」なんかに関しては事実が記されているものと判断されます。

 私は住民監査請求の参考資料として提出した大河漫才「僕の住民監査請求」に、つまりこのことですけど──

僕の住民監査請求(pdf)
第一部 迷走篇
第二部 惑乱篇
第三部 猜疑篇
第四部 零落篇

 この第一部「迷走篇」にこんなことを記しました。

「名張市にある委員会と名のついた組織はおそらくみんなペケでしょうね」

 これは公理と呼ぶべき認識だと私は思っておりますので、この漫才の場合には名張地区既成市街地再生計画策定委員会や名張まちなか再生委員会のことをペケ認定していたわけなのですが、この公理にしたがえばこのブログに記されている「名張市のゴミゼロリサイクル推進委員会」も当然ペケであるということになるはずです。しかしいまはそのことにはふれません。

 私が気になったのは、ていうか驚いたのは、じつはいろいろとあったのですけれど、このブロガーの方が名張市の3月議会で、

 「名張市のゴミをどうするのかを決めるのに市の職員ではゴミ排出量の試算や処理計画を立てる事は出来ないのか?」

 と質問なさいましたところ、

 「コンサルを使わないと出来ない」

 との答弁が返ってきたというのが最大の驚きでした。それで「難しい資料を頂きました」ということで話が終わっているのがなんともおゆるくて困ったものだと思うのですが、そんなことはまあどうだってかまいません。

 私が驚き、そして疑問に思いましたのは、ごみ処理に関する試算や立案もできないというのであれば、あの人たちは毎日いったい何をやっていらっしゃるのかという一事です。あの人たちというのは名張市役所のみなさんのことなのですが、そんな難しいことはコンサルタントにお願いしなければ手前どもではとてもとても、などというせりふがよくも口にできたものだと私は思う。市民生活に直結した問題すらコンサルタント恃みだというのであれば、あの人たちは毎日あの四階建ての市庁舎でいったい何をやっていらっしゃるのか。自分たちの住んでいる地域のことを自分たちの頭で考えることができない、そんな人たちをはたして公務員と呼んでいいのかどうか。

 むろん難しい問題ではあるのでしょう。しかし難しいからといってすぐに尻込みしてしまうのはいかがなものか。その難しい問題をクリアできるだけのスキルを身につけるのは、それほど困難なことなのか。たとえ困難なことであっても、ごみ処理という市民生活に直結した問題を自分たちの手で解決するべく公務員のみなさんに努めてもらわないことには、地域住民としてはとっても不安な気がいたします。ごみ処理の問題をいちいちコンサルタントにゆだねていては、時間もかかれば手間もかかり、だいいちコストが高くついて仕方がないのではないかしら。げんに上の引用には「名張市一般廃棄物処理計画」の見直しのために「委託料として約350万の予算が組まれています」と記されているのですが、こんなことでいいのか実際。

 むろんお役所においては専門性ってやつがいいだけ抑圧されるわけですけど、そんな御法度はそろそろ廃止してしまうべき時期でしょう。いつまでもそんなような責任回避第一主義に凝り固まってなんかいないで、有能な職員がそれぞれの資質に応じて専門性を獲得できるべく道を開くのがお役所の改革ってやつのひとつではないのかな。しかし名張市役所にゃ「有能な職員」なんて存在しないのかもしれませんから、その場合には「比較的有能な職員」とか「そこそこ有能な職員」とか「どっちかっつったら有能な職員」とか、いやまあいいかこんなこと。

 私の大河漫才「僕の住民監査請求」にはこんなくだりがありました。

「ですから結局は名張市が悪いんです」
「どのへんが悪いんですか」
「名張市が名張まちなかの再生を主体的に考えていなかったのが明らかに悪い」
「他人まかせにしてしまっていたと」
「これは完全に行政の問題なんです」
「それはそうでしょうね」
「名張市は名張まちなかについてどう考えているのかをまず示すべきなんです」
「基本的な考え方を明らかにせよと」
「名張市全体のグランドデザインのなかに名張まちなかの再生を位置づけてそれを住民に提示することが先決です」
「それは住民にはできないことですか」
「地域住民は近視眼的になりがちですから別の視点を導入することが必要です」
「高い視点とか広い視野とか」
「よその事例も参考にせなあきませんし地域住民が気づいていないまちなかの可能性を発見する視点も要求されます」
「そうなると住民の手にあまりますね」
「そうゆうことを考え抜いて明確なビジョンを示すのが行政の務めなんです」
「それが全然できてなかったと」
「大切な務めを放棄してそこらのあほに丸投げするだけでは何もできません」
「あほ呼ばわりはやめとけゆうねん」

 これもまたおんなじことで、名張まちなかを再生するというのなら、お役所の人たちがまず死ぬ気で考えてみてくれんかねということなわけなのね。それがお役所の人たちの仕事だろうと。そのために雇われているのではないかいなと。そうした努力を最初から放棄して、何から何まで丸投げしてしまうってのはいったいどうよ。市民の眼に見えるところでは官民合同のなんとか委員会やかんとか協議会に丸投げし、市民の眼に見えないところではそこらのコンサルタントや駅弁大学の研究室に丸投げする。そんなことでいいのかな。行政の主体性や責任ってやつはいったいどこにあるっていうのよ。

 話が横道にそれてしまいましたが、名張市は乱歩をどうする気? というテーマと無関係な話題ではないのだとお思いください。それでその名張市は乱歩をどうする気? という本来のテーマはまた先送りとなるのですが。

 しっかしきょうもまた暑いのかよ。


 ■8月26日(日)
ヤフーオークションはいかがでしょう 

 これもまた以前に教えていただいてあったものですが、東海テレビのオフィシャルサイトで「D坂の殺人事件」の朗読を聴くことができます。どうやらサイトのオリジナルコンテンツらしく、局アナのみなさんが朗読の腕を競っているのがこのページ。岡田考平アナが十三回にわたってD坂全篇を朗読していらっしゃいます。

 聴いてみましたところ、黙読の場合にはついつい読み飛ばしてしまいがちなディテールがすっきりと像を結ぶ感じです。名張市には「FM なばり」というラジオ局があって、オフィシャルサイトはこんな感じなのですが──

 ご町内感覚でちまちままとまるのもいいけれど、乱歩作品の朗読を放送するくらいの企画が実現されてもいいのではないかと私は思う。

 つづきましては、J-CAST ニュースで「三重のインターネット公売 「藤田朋子写真集」が一番人気」として8月22日に報じられた話題です。その前日の毎日新聞オフィシャルサイトではこんな感じでした。

ネット公売:女優の写真集が人気、見積額の39倍も 三重地方税管理回収機構 /三重
 県内市町に代わって滞納地方税の徴収を行っている三重地方税管理回収機構(管理者=柏木広文・大紀町長)は20日、今月初旬に行った今年度初のインターネット公売で、53物件、計約35万3000円を売却したと発表した。53物件中、39件(計約14万3000円)は、女優や女性タレントらの写真集で、売却額が見積額の約39倍になったものもあった。同機構は写真集の思わぬ人気に驚いている。

 公売は今月2日までの3日間行われ、絵画や書、陶芸品など計57物件が出された。うち55件に入札があったが、2件は指定期限までに代金が納付されなかったため売却決定を取り消した。最高売却額は、日本画の4万7775円(見積もり額5000円)だった。

 写真集は、熊野市の男性から差し押さえたもので、計40冊(見積額各500円、計2万円)を別々に公売にかけた。40冊すべてに入札があり、代金納付がなかった1件を除き、39冊が計14万3523円で売れた。同機構は当初、見積額の2倍程度の売却額を見込んでいたが、女優の藤田朋子さんのものが見積額の約39倍の1万9550円、岡江久美子さんのものが26倍の1万3000円、大場久美子さんのものが23倍の1万1150円で売れるなど、大半が予想を上回る値をつけた。

 いつの日か参考になるかもしれませんから記録しておきます。

 何の参考なのかといいますと、これは先日来お知らせしていることですが、6月16日付中日新聞の報じるところでは、名張市は6月定例会において「市が保管するミステリー図書や江戸川乱歩関連資料」に関して「初瀬街道沿いに展示する場所が必要と考える」と表明しております。つまり名張市立図書館の乱歩コーナーは閉鎖し、新町にある細川邸改めやなせ宿で図書を架蔵したり資料を展示したりするということでしょう。しかしそんなことが可能なのかよ。

 細川邸整備の実施設計がそれにもとづいて行われたという三重大学浦山研究室の報告書「歴史・交流拠点としての旧細川邸改修に向けて」を読むかぎり、そんなことはまったく想定されていませんでした。報告書は住民監査請求の証拠書類として提出してありますから現在は手許にないのですが──

僕の住民監査請求(pdf)
第一部 迷走篇
第二部 惑乱篇
第三部 猜疑篇
第四部 零落篇

 この大河漫才「僕の住民監査請求」の第四部「零落篇」から、報告書が示す細川邸活用の方向性を確認しておきましょう。

「たとえばまあ『イベント利用』としては《NPOなばり実行委員会が名張のまちなかを売り出すために、年に数回、まちなか全域を舞台にしたイベントを企画実施し、イベントの拠点会場として使用する。例えば、2006年11月に実施された隠街道市のように、展示や催事の会場などに利用する。駐車場および堤防道路では青空市が開催される。また、「初瀬ものがたり交流館」はイベントの事務局としても利用される》とかですね」
「要するにイベント会場ですか」
「いくら悪だくみしてもこの程度の知恵しか出てこないわけなんです」
「しかし細川邸というハコモノでイベントやりますゆうのやったらほんまに君の言葉どおりハコモノ崇拝主義とイベント尊重思想のあいだで深い考えもなしにふらふら揺れてるだけの話ですがな」
「ほかに《イベント以外の日常的な利用として、第1にNPOなばり実行委員会が運営する事業(例、腕利きおばさんが運営する総菜バイキングのレストラン、腕利きの市民が参加するコミュニティレストラン、地域の人が収集した懐かしの写真展)の会場、第2に市民活動組織やボランティア組織の活動の場(例、ボランティアサークルが行う福祉のパンつくり講座、そばうち講座)、第3に冠婚葬祭などに利用したい市民への貸館が想定される》とかゆう提案もありまして」
「腕ききおばさんのレストランとか蕎麦うち講座とかそんなんでええんですか」
「でも最終的にはこの『提案編』にもとづいて実施設計が行われたんです」
「“やなせ宿”の基本になったのがイベントとか飲食とか展示とか講座とかこんな程度の提案やったゆうことですか」
「いやそんなもん提案ゆうたかて君」
「なんですねん」
「施設が“やなせ宿”だけにこんな提案みんなヤラセですがな」
「しょうもないことゆうとる場合か」

 乱歩のらの字もミステリのみの字も出てきません。いったいどうなっているのかな。

 それに名張市議会で表明されたのはあくまでも名張市サイドのおもわくであって、細川邸改めやなせ宿を運営する NPO がそういったおもわくを受け容れてくれるかどうかはまったく別の問題です。ていうか、NPO サイドはそういった図書や資料の受け入れなんてまず拒否するのではないかしら。それこそ乱歩のらの字もミステリのみの字もご存じないにちがいない NPO にとってみれば、たとえば私のような人間から見れば貴重この上ない財産である図書や資料もただのお荷物でしかないことでしょう。そんなものを抱え込まされるのは迷惑以外の何物でもないはずですし、そんなところに図書や資料の管理をゆだねてしまう名張市の無責任ぶりはいったいどうよということにもなります。

 ですから名張市が現在の方針を強引に推し進めた場合、最悪の結果として図書や資料の行き場がなくなってしまうことも考えられるわけです。どうすりゃいいのよ、といったときにはヤフーオークションの出番でしょう。いっそのこと図書や資料をオークションで売っ払い、危機的状況にある名張市財政の足しにするのも一策であると私は考えます。そのときの参考として三重地方税管理回収機構によるインターネット公売の記事を記録しておいた次第なのですが、乱歩宛の献呈署名が入った横溝正史の『真珠郎』なんて結構な値段で売れるのではないかしら。

 読者諸兄姉は私が冗談を書いているのだとお考えかもしれません。むろん私にしたって図書や資料のインターネット公売なんてのは冗談のレベルにとどまっていてほしい。しかし想定できるあらゆる可能性を想定し、それぞれの可能性に対する方途方策を熟慮しておいて、そのうえで適切かつ果断な決定をすみやかに重ねてゆくのが行政運営の本来の姿というやつでしょうから、オークションに持ち込む可能性だって念頭に入れておくべきではあるわけです。

 しかしまあそれにしても、実際のところはもうまるっきりわかりません。さっぱり見当もつきません。名張市立図書館が所蔵している乱歩やミステリに関する図書と資料がどうなるのか。細川邸改めやなせ宿がどんな施設として運営されるのか。そんなことは私にはまるでわかりませんし、関係者のなかにだってわかっている人間なんてひとりもいないのではないかと推測されます。つまりもうどんづまりなんじゃねーの。

 ところが私の見るところ、意外や意外ってやつですけど、協働だとか新しい時代の公だとか、そういったお題目の真価が問われるのはこれからなのであると判断される次第です。お役所にとって都合のいいうすらばかを何十人と寄せ集めてなんとか委員会だのかんとか協議会を結成し、外部の声にいっさい耳を傾けることなく密室のなかであーでもないこーでもないとおゆるいおつむで税金の具体的なつかいみちを考えるのが協働とか新しい時代の公とかいったものだと思ってたらおおまちがいのこんこんちきなのですが、お役所がまず手のうちを全部さらしてしまい、お役所にとって都合の悪い人間からも坦懐に意見を求め、その意見に深く耳を傾け、そのうえで行政の主体性と責任をしっかりと踏んまえながら適切かつ果断な決定をすみやかに行うことで道が開かれるのではないかしら。

 お役所にとって都合の悪い人間というのは、お役所のおもわくとはちがう意見をもった人間だとか、あるいはお役所の人たちのレベルをはるかに超えた知識や見識をもった人間だとか、別の表現をするならばなんとか委員会やかんとか協議会になんかまったくお呼びがかからない人間だとか、そういった人たちのことだとお思いいただきたいのですが、そういった人間にも胸襟を開くのが協働だの新しい時代の公だのといったお題目の基本であるべきではないかいなと、名張市役所あたりではいまや「歩く不都合」と呼ばれていても不思議ではない私は思うぞ。

 私はそんなふうに思うのであるけれど、つらつら考えるにやっぱ無理なのであろうな。名張市が行政の責任において誰でも参加できるオープンな場を設け、細川邸改めやなせ宿に関する経過報告と意見交換を行って、つまりは仕切り直しを図って協議検討を前進させるなんてこと、名張市に望むことはとてもできんだろうな。それをやってくれたらこちらも手間が省けて大助かりなのだが、望めないのであれば一歩一歩、まず名張市教育委員会から攻めてゆくしかないのである。なんか面倒だけどなあ。


 ■8月27日(月)
駈け足で『国枝史郎伝奇浪漫小説集成』のお知らせ 

 本日はあまり時間がありません。とりいそぎ書籍のお知らせです。やや遅ればせのお知らせながら、『国枝史郎伝奇浪漫小説集成』が出ました。2005年の『国枝史郎探偵小説全集』にはじまって『国枝史郎歴史小説傑作選』から『国枝史郎伝奇短篇小説集成』上下巻とつづき、これでおしまいになったのかと思いきやまだこんなのが残っていました。

 国枝史郎初の長篇小説ながら「講談倶楽部」に連載されたままずーっと埋もれていた「愛の十字架」、「週刊朝日」連載のあと一度だけ単行本になったものの以来八十年ほど顧みられることのなかった自伝的長篇「建設者」。以上二長篇を柱として、ほかにエッセイが「性のせり市」「文士の妻」「世話女房じみるな」「恋愛懺悔録」「女・恋・雑感」。編者は末國善己さん、発行は作品社。限定千部、本体六千八百円。上の画像をクリックすると版元の紹介ページが開きます。


 ■8月28日(火)
無料週刊コミック誌と地域間格差 

 けさのお知らせはきのうの朝メールで教えていただいたものですから新鮮です。「コミック・ガンボ」という週刊コミック誌に乱歩がちらっと登場しました。足立淳さんの連載「人間噂八百」の第三十回が「江戸川乱歩のまき」。作品はインターネットで公開されていて、まあこんな感じです。リンクをたどって「1」から「5」までみんな読んでね。

 この「コミック・ガンボ」、版元のプレスリリース「完全無料配布スタイルの週刊マンガ誌『コミック・ガンボ』を創刊!」によれば「首都圏に通勤する20〜40代の男性をメインターゲットとした完全無料配布スタイルの週刊マンガ誌」とのことで、首都圏のターミナル駅なんかでただで配布されてるみたいです。つまり地方の人間はまったく問題にされてなくて、いわゆるお呼びでない、こりゃまた失礼いたしましたッ、みたいな感じなんですけどどうよこの地域間格差。首都圏に住んでなければまともな暮らしは送れないのか、地方の人間は人間ではないのか、とか思っていたら「掲載マンガを、同時にPCサイト、モバイルサイトでも公開します。URL は、PC・モバイル共に『http://gumbo.jp』となります。これにより、雑誌を受け取れなかった方や、地方在住の方にも、毎週読んで頂くことが可能となります」とも書かれていて、しかしとってつけたような「地方重視」がなんだか安倍改造内閣みたいだなやと、ぼろぼろに痛めつけられて中央不信に凝り固まってる地方在住者は思わないでもないでしょう。

 そんなことはともかく、これがデビュー作らしい足立淳さんの「江戸川乱歩のまき」はネットのごくごく一部でも話題になっているようで、ブログ「パン屋のないベイカーストリートにて」では8月26日付「人間噂八百」、ブログ「明日できること今日はせず」でもおなじく8月26日付「真実はいまもひとつ」でとりあげられております。そうかと思うとブログ「石川誠壱の「こちら熟女捜索隊」」では6月26日付「ミスターエロチスト」に「(そういう、佐野史郎クラスの怖い御意見番が世の中にいらっしゃることも踏まえつつ、再来月ぐらいの『人間噂八百』では「江戸川乱歩のまき」を、お送りしま〜す!)」とありますから、あの結構はんぱない乱歩ネタの出どころは石川さんであったということでしょうか。

 ブログ「パン屋のないベイカーストリートにて」にはやはり8月26日付で「ヤン・シュヴァンクマイエルの「人間椅子」」というエントリもあり、ラフォーレ原宿の「ヤン&エヴァ シュヴァンクマイエル展」会場が熱気に包まれていたとの報告とともに、例の書籍『人間椅子』がめでたく発売されたことが記されています。

 この『人間椅子』、私はきのう夕刻に立ち寄った地元書店、ブックスアルデ名張本店で注文してきましたので、届くのを楽しみにしております。きのうはついでに山田風太郎『わが推理小説零年』(筑摩書房)も注文してまいりました。筑摩から出た山田風太郎の本くらいここらの本屋さんにも並ぶだろう、とか思って待ってたのですが、なんと全然並びません。どうよこの地域間格差。ほかには、乱歩のことが出てくるとメールで教えていただいた出久根達郎さんの『作家の値段』(講談社)も注文。買ってきたのは定期購読している論創ミステリ叢書の『林不忘探偵小説選』(論創社)と、7月に再版が出ていた高見順『敗戦日記』(中公文庫)。まあそんなようなところであった。


 ■8月29日(水)
率爾ながら乱歩の談話に話柄を転じます 

 けさの当地は雨です。朝っぱらから雷も聞こえますけど、雨にはすでに秋雨の気配があります。おかげでおつむもそこそこクール。本日は乱歩関連のお知らせなしで本題に入りましょう。先日来とっとことっとこ先送りしてまいったわけですが、

 ──名張市は乱歩をどうする気?

 この件について話を進めたいと思います。しかし話を進めようとするやいなや一気に筆が重くなるのをいかにせん。まったく困ったものである。

 ていうか、あほらしいのよねもう。きちんと始末をつけとかなくちゃな、とは思うのですけれど、乱歩のことを真面目に考えてくれる気があるのかね、と質問のメールを送ってもいっさい答えてくんない人がいる名張市教育委員会、念のために公文書公開請求で確認してみたところ、案の定「江戸川乱歩に関係する資料の将来的活用や政策的方向性について、長期的展望を示した公文書」はいっさい存在しないということが判明した名張市教育委員会、そんなインチキ委員会をこれ以上まだ相手にしなければならんのか。

 教育委員会は教育委員会として、その教育委員会とろくに摺り合わせもしていないのではないかと私には思われるのですが、市立図書館の乱歩コーナーを閉鎖し、新町の細川邸改めやなせ宿にミステリ図書や乱歩関連資料を展示するという方針を打ち出してしまった名張市もいったいどうよ。

 ──名張市は乱歩をどうする気?

 といくら尋ねてみたところで、乱歩のことを真面目にまともに真剣に考えてる人間なんかものの見事にただのひとりも存在していないこの名張市というインチキ自治体を相手にするのはもううんざりなのである私は。うんざりではあるけれど、しかし始末はきちんとつけとかないとなあ。

 気分転換のために話題を変えるっちゃ。

 江戸川乱歩関連資料の充実に努めます、くらいのことはなんとか口走れてもその収集資料をどうやって活用するのかなんてことは考えることも、ていうかそもそも思いつくこともできないみなさんのために、名張市立図書館がこれから進めるべき資料の収集と活用について私見を記しておくことにいたしましょう。市立図書館の乱歩コーナーが閉鎖され、乱歩関連資料が細川邸改めやなせ宿を運営する NPO の手で管理されることになるのだとしても、その資料が存在するかぎり収集と活用の問題はついてまわるわけですから、これまで収集と活用に微力を尽くしてきた人間としていささかの贅言を費やしておきたいとぞ思う。あながち無益なことでもあるまいて。

 まず、乱歩の談話のたぐいである。談話というのは対談、鼎談、座談会、講演などのたぐいであるとお思いいただきたい。はっきりいって収集はほとんど手つかずである。面目次第もございません。

 ここで試みに、大正15年から昭和20年までの談話をリストアップしてみましょうか。乱歩がつくった「江戸川乱歩自作目録」のうちの「座談会・対談会・合評会・対局棋譜」にもとづいてその遺漏を補い誤記を訂し、ほかに講演も含めることにしてざっとリスト化するとこんなあんばいなのである。

大正15年
探偵小説合評 甲賀三郎、城昌幸、延原謙、川田功、江戸川乱歩、大下宇陀児、巨勢洵一郎
探偵趣味 9輯(2年6号) 1926年6月1日
探偵趣味 *講演録
『ラジオ講演集 第十輯』博文館 1926年11月28日

昭和3年
合作長篇を中心とする探偵作家座談会 江戸川乱歩、小酒井不木、国枝史郎、長谷川伸、山下利三郎、横溝正史
新青年 2月号(9巻2号) 1928年2月1日
精神分析映画『心の不思議』を中心とする新青年座談会 甲賀三郎、江戸川乱歩、辻潤、水谷準、村山知義、渡辺温、飯島正、武田忠哉、横溝正史、飯田心美
新青年 3月号(9巻4号) 1928年3月1日

昭和4年
『アッシャー家の末裔』合評座談会 森下雨村、江戸川乱歩、甲賀三郎、横溝正史、大下宇陀児、水谷準、延原謙
新青年 5月号(10巻6号) 1929年5月1日
探偵小説座談会 江戸川乱歩、甲賀三郎、浜尾四郎、大下宇陀児、森下雨村、加藤武雄
文学時代 7月号(1巻3号) 1929年7月1日

昭和5年
犯罪研究座談会 江戸川乱歩、高田義一郎、川端雄男、大平久
新青年 春季増刊(11巻3号) 1930年2月15日
われらの三人 探偵映画座談会 上山草人、藤原義江、江戸川乱歩
新青年 3月号(11巻4号) 1930年3月1日
犯罪と探偵座談会 恒岡恒、江口治、浜尾、森下、大下、楠本、■■、瀬戸、乱歩
朝日 9月号 1930年9月1日

昭和10年
持ち寄り奇談会 大下宇陀児、浜尾四郎、甲賀三郎、江戸川乱歩、城昌幸、木々高太郎、海野十三、小栗虫太郎
新青年 7月号(16巻8号) 1935年7月1日
「モンパルナスの夜」座談会 甲賀、大下、木々、延原、海野、夢野、水谷、森下
東京朝日新聞 1935年12月8日

昭和11年
一問一答 江戸川乱歩、杉山平助
探偵春秋 12月号(1巻3号) 1936年12月1日

昭和12年
明日の探偵小説を語る 海野十三、江戸川乱歩、小栗虫太郎、木々高太郎
ぷろふいる 1月号(5巻1号) 1937年1月1日
犯人探しと探偵小説 江戸川乱歩、甲賀三郎、海野十三、木々高太郎
ラジオ講演・講座 4集 1937年6月15日 5集 6月25日 6集 7月5日 7集 7月15日

昭和13年
探偵小説漫談 *講演録
五中会々報3号 熱田中学創立三十周年記念祝賀協賛会紀要 1938年10月23日

昭和14年
名士大棋戦 江戸川乱歩、大下宇陀児
新青年 1月号 1939年1月1日

昭和17年
スパイ談義 大坪義勢、江戸川乱歩、甲賀三郎、海野十三
時局雑誌 7月号(1巻7号) 1942年7月7日

昭和18年
大蔵大臣を囲みて名士町会長の貯蓄問答会 賀屋大蔵大臣、岡本一平、木村義雄、山田耕筰、江戸川乱歩
日の出 9月号 1943年9月1日
町会隣組運営座談会 尾崎喜八、河崎ナツ、高橋掬太郎、辰野九紫、辻荘一、大木惇夫、岡本一平、高良富子、大下宇陀児、岸田国士、江戸川乱歩
都政週報 1943年11月13日 11月20日

昭和19年
敵米国の実体を掴め座談会 情報官〔以下判読不能〕
日の出 8月号 1944年8月1日

昭和20年
ラジオはもっと面白くならぬか 菊池寛、村岡花子、木村毅、高良富子、田辺尚雄、江戸川乱歩
朝日新聞 1945年1月23日
東部軍管区情報座談会 中佐より少尉まで五人出席
日の出 3月号 1945年3月1日

 くわしい説明はまたあしたね。


 ■8月30日(木)
とんだところへ横光太宰 

 きのうのつづきです。きのう掲載したリストのうち、初出以降に活字になったものはごくわずかです。大半は雑誌や新聞に掲載されたままそれっきりになっている。ちょっとチェックしてみますと──

昭和3年
合作長篇を中心とする探偵作家座談会 江戸川乱歩、小酒井不木、国枝史郎、長谷川伸、山下利三郎、横溝正史
新青年 2月号(9巻2号) 1928年2月1日

 これは1994年に博文館新社から出た叢書新青年『小酒井不木』に収録。

昭和11年
一問一答 江戸川乱歩、杉山平助
探偵春秋 12月号(1巻3号) 1936年12月1日

 これは2001年に出た光文社文庫の幻の探偵雑誌『「探偵春秋」傑作選』に収録。

昭和13年
探偵小説漫談 *講演録
五中会々報3号 熱田中学創立三十周年記念祝賀協賛会紀要 1938年10月23日

 これは1989年に沖積舎から出た『江戸川乱歩ワンダーランド』に収録。ざっとこんなものです。

 で、乱歩に関する資料収集の方向性としては、対談や講演といった談話のたぐいが今後の柱のひとつとなるべきことは論を俟ちません。しかしなあ、ただ論を俟ちませんというだけでは、名張市教育委員会のみなさんにはとても理解ができないかもしれんなあ。もっとくわしくことをわけて説明してやらなければならんかもしれんなあ。なんかもう連中と来た日には絶望的な理解力だものなあ。そのうえ他者の言に虚心に耳を傾けるという習慣がないのだものなあ。自分ではまったく何も考えようとせず、質問に答えようともしないくせに、人が汗水たらしてやったことは頭ごなしに否定しやがるんだものなあ。人の足をひっぱるのが教育ってことだと堂々と主張してるようなものだものなあ。名張市教育委員会なんてもう終わってるよなあ。まあいいけど。

 ところできのう掲載したリストは以前に作成してあったものなのですが、そろそろ戦後の分もつくらなくちゃなとか思ってさっきから「江戸川乱歩自作目録」の「座談会・対談会・合評会・対局棋譜」をと見こう見しておりましたところ、昭和22年の目録にこんな記載があったので私は泡を喰ってしまいました。

昭和22年
贋作文学大会 田村、横光、太宰、江戸川、胡堂、永井荷風
不詳 月不明

 昭和22年の何月かはわからず誌名すら不明なのですが、とにかく「贋作文学大会」という座談会が発表されたというわけです。それでその参加者はと見てみると、田村というなら田村泰次郎、横光というなら横光利一、太宰というなら太宰治、胡堂はむろん野村胡堂で、おまけに永井荷風まで顔を出している。これはいったい何なのか。ていうか、まいったな。

 何がまいったのかというと私は以前、吉川弘文館から頼まれた原稿に横光と乱歩は会ったことがないであろうという考察を堂々と書いてしまったからなのであって、まさかこんな席で顔を合わせておったとはなあ、とか頭を抱えもしたのですけれど、しばらく考えてこれはいわゆる架空対談のたぐいではないかと結論いたしました。そうだそうだ。そうに決まっておる。

 だいたいが昭和22年といえば横光が死去した年なのであって、横光全集に収録された保昌正夫さん編の年譜によれば、

 ──六月、この頃より軽い吐血があり、床に臥すことが多くなる。

 とのことである。横光はそもそも前年の昭和21年に「戦争責任者」として指名され、脳溢血の発作も起こしているのだから、こんなあやしげな座談会にのこのこ出席していたとは考えにくい。たぶんいわゆる架空対談なのであろう。そうだそうだ。そうに決まっておる。


 ■8月31日(金)
とんでもないことになって北村大膳? 

 昨日付伝言のタイトル「とんだところへ横光太宰」はいうまでもなく「とんだところへ北村大膳」のもじりだったのですが、「北村大膳」と「横光太宰」のあいだにはもじりと呼べるほどの音韻的照応性が存在していないことに気がつきました。しかも「とんだところへ北村大膳」という地口さえいまやポピュラーなものではありません。ねらいの判じにくいタイトルであったなと反省しております。あーこれこれそこのお姉さん、ちょっとこっちへ河内山。意味はまったく不明です。

 それできのうのつづきですけど、名張市立図書館における乱歩関連資料の収集は、今後は対談や座談会など談話のたぐいを柱のひとつとして進められるべきであると私は愚考いたします。資料の管理がそこらの NPO の手にゆだねられることになるのであれば、その NPO にそうした方向性が引き継がれてしかるべきでしょう。

 こういった談話のたぐいはその多くが初出のままで埋もれていて、二度三度と活字になることなどまずめったにありません。例外的に書籍に再録されるのは対談の相手ないしは座談会のメンバーがビッグネームであった場合で、たとえば三島由紀夫、幸田文、徳川夢声、小林秀雄、佐藤春夫、忘れちゃいけない稲垣足穂といった名前が思い浮かんでくるわけですが、こういった顔ぶれなら商業出版社がその対談や座談会に商品価値を見いだしてくれることがないわけでもありません。しかしそんなのはごくごくまれな例である。

 だからこそ、乱歩の談話を集中的に収集する図書館がどこかに存在しているべきであり、かりにそれが名張市立図書館であっても全然おかしくはありません。ていうか、開館準備の段階から乱歩関連資料を収集してきたのが名張市立図書館なんですから、談話の収集にもとっくの昔に着手しているべきなのである。しかし難儀ではある。あちらこちらと訪ね歩いて談話のコピーを収集するのはたいへんな手間である。しかしだからこそ、そうした資料の収集に努める図書館がどこかに存在しているべきだということはいまさら論を俟たぬであろう。

 いや、俟つのか。論を俟つのか。俟つかもしれんな。ていうか、やっぱり俟つのであろうなあ。名張市教育委員会だとかあるいは名張市だとか、あのあたりのみなさんは諄々懇々と説いてやらねば何も理解してくれぬのであろうなあ。いやいや、何を説いてやっても理解はしてくれぬか。まったく困ったものである。頭が痛くなってくる。

 えーい、気分転換を図るっちゃ。乱歩が編んだ「江戸川乱歩自作目録」の「座談会・対談会・合評会・対局棋譜」をもとに戦後篇のリストをつくってみることにいたしましょう。

 戦後の座談会は戦前にくらべて格段に多くなります。理由はいくつか数えられますが、最大のものは乱歩が探偵小説の復興に挺身しようと決意したことでしょう。とくに昭和22年にはみずから「探偵小説行脚」と銘打った講演旅行を行っており、『探偵小説四十年』から引くならば──

 わたしは戦後、探偵小説の流布のためには、いろいろな講演や、ラジオなどに出るようにつとめてきたが、こういう長い、各地にわたる講演旅行は初めてで、その後にも、こんな旅行は一度もやっていない。新聞や雑誌にたのまれたのではなく、わたし自身の発意でやったという意味でも、これはめずらしい行脚であった。

 あるいは──

 それともう一つは、少し思い上った言い方になるが、わたしはこれを探偵小説復興のための行脚と考え、心中ひそかに、昔の俳諧の宗匠などの行脚になぞらえていた。各地の同好に会って、相励まし、その道を盛んにするための旅行という意味を含ませていた。

 戦後の行脚といえばいちばんに想起されるのが天皇巡幸で、昭和21年のお正月に自分はじつは人間であったのだと宣言した昭和天皇がその年から翌22年にかけてとくに精力的に各地を訪問し、その甲斐あって天皇のそれであれ国民のそれであれ戦争責任という言葉がこの国からきれいに消え去ってしまったという愚見はまあどうでもいいのですけれど、この天皇巡幸を倒立させたものが乱歩の探偵小説行脚だったのではないかしら。

 すなわち、われ本邦探偵小説壇の現人神たらん、と敗戦とともに決意したのが乱歩であったと私には思われる次第です。上の引用では自分=俳諧の宗匠=芭蕉といった感じでわれ探偵小説壇の芭蕉とならんみたいな心中が打ち明けられていますから、実際の心中ひそかなところに現人神たらんという決意があったとしても不思議ではないのではないかしら。

 ともあれ、乱歩が編んだ「江戸川乱歩自作目録」の「座談会・対談会・合評会・対局棋譜」にもとづいて進めましょう。

昭和21年
タットル大尉を囲む探偵作家座談会 タットル大尉、大下、木々、水谷、丘、角田、渡辺啓、江戸川
宝石 新緑号(1巻2号) 1946年5月25日
探偵小説と映画 大下、木々、野口晋徹(鶴吉)、江戸川
松竹 12月号 1946年12月
探偵小説家刑事座談会 裁判所側六人、警察側七人、大下、水谷、木々、城、大島十九郎、江戸川
警友 12月号 1946年12月 1月号 1947年1月

 昭和21年はそもそも紙が不足していたこともあってわずかこれだけなのですが、翌22年になると飛躍的に数が増えます。ちなみに探偵小説行脚は昭和22年の11月8日から21日まで。

昭和22年
新文学樹立のために 井上友一郎、伊藤整、江戸川乱歩、大林清、木々高太郎、坂口安吾、平野謙、福田恆存、山岡荘八、松本太郎(司会)
新小説 1月号(2巻1号) 1947年1月1日
新春探偵小説討論会 江戸川乱歩、大仏次郎、野村胡堂、城昌幸、武田武彦、岩谷健司、水谷準(司会)
宝石 新春特大号(2巻1号) 1947年1月25日
海外探偵小説四方山話 江戸川乱歩、木々高太郎、水谷準
黒猫 創刊号(1巻1号) 1947年4月1日
犯罪捜査に作家の推理も一役 大下宇陀児、角田喜久雄、木々高太郎、水谷準、江戸川乱歩
週刊朝日 1947年6月15日
小平事件真相座談会 金原警部、大下宇陀児、浅田一、金子準二、江戸川乱歩
犯罪実話 1947年7月1日
犯人は誰だ 探偵作家三氏の推理競争 江戸川乱歩、木々高太郎、大下宇陀児
サンデー毎日 26年28号 1947年7月6日
夏の夜ばなし 幽霊を語る座談会 植松正、奥野信太郎、江戸川乱歩
トップライト 8・9月合併号 1947年
推理教室 宝石商殺人事件 出題:木々高太郎、解答:水谷準、江戸川乱歩
キング 9月号 1947年9月1日
犯罪事件と探偵小説 堀崎捜査第一課長、江戸川乱歩
Gメン 創刊号(1巻1号) 1947年10月1日
犯罪と異常心理研究座談会 小山良修、金子準二、高橋鐵、式場隆三郎、植松正、江戸川乱歩
人間復興 1947年10月5日
推理作家おのれを推理す 木々高太郎、大下宇陀児、角田喜久雄、城昌幸、守友恒、江戸川乱歩
サンデー毎日 1947年10月12日
五十万円事件探偵作家座談会 岡戸武平、耶止説夫、服部元正、福田昭雄、江戸川乱歩
夕刊新東海 1947年11月2日
知能犯をえぐる 江戸川乱歩氏を囲んで 岡戸武平、耶止説夫、若松秀男、服部元正、福田昭雄、江戸川乱歩
名古屋タイムズ 1947年11月10日
江戸川乱歩氏を囲んで 江戸川乱歩、耶止説夫、服部元正、若松秀男、西田政治、山本禾太郎、及川英雄、杉山平一、矢作京一、大畠健三郎、誌村映二、熊谷市郎、妹尾太郎
神港夕刊 1947年11月12日
江戸川横溝両氏を囲む座談会 推理小説と防犯について 倉敷署長、病院長、図書館長、倉敷署員三人、毎日支局長、江戸川乱歩
毎日新聞岡山版 1947年11月19日・20日
探偵作家は語る 横溝正史、西田誠治、鬼怒川浩、妹尾太郎、阿知波五郎、江戸川乱歩
夕刊岡山 1947年11月20日
最近の犯罪を解剖する 江戸川乱歩、宇田新蔵(愛知県刑事課長)
パレス 12月号(1巻5号) 1947年12月1日
贋作文学大会 田村、横光、太宰、江戸川、胡堂、永井荷風
不詳 1947年

 このうち初出以降に書籍に再録されたのは、たぶん1月の「新文学樹立のために」だけでしょう。坂口安吾全集に二回ほど収録されています。ほかには探偵小説行脚の道中、神港夕刊に掲載された「江戸川乱歩氏を囲んで」が昨年出た「Quijinkyo」五十八号に収められているばかり。

 ですからあとはたいへんで、毎日新聞岡山版だとか夕刊岡山だとかは岡山県立図書館にでも足を運ばないことには見つからんのではないかしら。つまり乱歩の行脚を追体験しなければならんのか。なんだかとんでもないことになって北村大膳?(この場合の「北村大膳?」は「きたみたいじゃね?」といった感じであるとお思いください) どうすんのよほんとに。