2008年9月上旬
1日 フランス映画「Inju」の主演女優をほめる
2日 西秋生さんの「トアロード文人譚」
3日 平井隆太郎先生に心から謝意を表します
4日 本多正一さんの「複製技術時代に抗して」
5日 岩田準一日記いよいよ来秋公刊
6日 乱歩アンソロジー評判 1990年代篇
7日 乱歩アンソロジー評判 1980年代篇
8日 乱歩アンソロジー評判 1970年代篇
9日 乱歩アンソロジーのゴールデンダズン
10日 東コレの乱歩
 ■9月1日(月)
フランス映画「Inju」の主演女優をほめる 

 バーベット・シュローダー監督の「Inju」の話題です。というより、主演女優の源利華さんの話題です。

 去年5月のことですが、メキシコで開催されたミス・ユニバース世界大会で日本人女性が優勝しました。びっくりした日本人が多かったみたいです。どんなびっくりであったのかということは、ちょっと検索をかけたら2ちゃんねるのスレを保存しているブログがトップでひっかかってきましたので、当該記事「2007年「ミス・ユニバース」世界大会で日本代表の森理世さんが優勝」をお読みいただくことにして、映画「Inju」のオフィシャルサイトで主演女優の写真を眼にしたとき、じつに失礼な話ではあるのですが、去年5月のびっくりがまざまざと蘇ってきました。

 ほんとに失礼な話ではあるのですが、しかしいいのかよ、と思ってしまいました。だいたいこれでは中国かベトナムあたりの女の子にしか見えんではないか。ほかに女優はいなかったのかまったく、というのが正直な感想だったのですが、そういった印象がたちまち消えてしまったのは8月29日付伝言「突然ですが陰獣写真館です」に記したとおりで、「しかしいいのかよ、という初見の印象がぐんぐん変わり、まさしく急に迫ってきて、この子はなかなかいけるぞという確信を抱くに至りました。それにしてもこの子、どっかで見かけたことがあるような気がしてしかたないのですが」といったあんばいでした。

 それでいったいどこで見かけたのかと考えてみて、もしかしたらフランスで出ている乱歩の本の表紙画かと思いあたりました。いくつかご覧いただくことにして、いずれもフィリップ・ピキエ社から出版されたものですが、まずは1988年に出た『La proie et l'ombre』です。表題作「陰獣」のほかに「心理試験」も収録。

 つづいては1992年の『La bête aveugle』。「盲獣」です。

 もうひとつおまけに1993年の『Mirage』。「押絵と旅する男」が蜃気楼や幻影を意味する「Mirage」というタイトルで訳されています。併録は「虫」。

 この三点の表紙画から推測するならば、フランス人が思い描く日本の美人というやつは、あくまでも平坦な顔に軽くつまみあげたような鼻がついていて、眼はやや吊りあがっていわゆる切れ長、しかも両眼がちょいと離れていて、髪はもちろん漆黒であるといったようなところでしょうか。したがってわれらがヒロイン源梨華さんの顔立ちは、フランス人ないしは欧米人あるいはコーカソイドの男性にとってみれば文句のつけようのないストライクなのであろうと思われます。乱歩ファンのみなさんにはできることならば、しかしいいのかよ、ですとか、ほかに女優はいなかったのかまったく、ですとか、一瞥の印象のみにもとづく予断はきれいに捨て去って「Inju」という映画に虚心に向き合っていただければと思います。日本での公開は未定である、と報じられてるわけですが。

 ウェブニュースに眼を転じましょう。「eiga.com」の本日付記事「パリ在住の日本人モデル、仏映画「陰獣」でベネチア映画祭悩殺デビュー!」では、撮影に参加した日本人スタッフが「このヒロイン役には、有名な日本人がたくさん候補になったそうです。スタイルも抜群な宮沢りえや、フランス語に堪能な寺島しのぶも候補になっていたらしいのですが、かなり大胆なセックスシーンがあるというので降りてしまい、急遽オーディションが行われ、フランス語も出来る源さんに決まったんです」と楽屋裏を明かしているのですが、そうかそうか、「大胆なセックスシーン」があるのか、といやが上にも期待が高まりますし、「Inju」を観たドイツ人男性ジャーナリストは「大胆な脱ぎっぷりで、大島渚監督の『愛のコリーダ』の松田英子みたいだった。とにかく、彼女のカラダがすごくいやらしかった」とこちらが恥ずかしくなるほど率直な感想を述べています。そうかそうか、からだが「すごくいやらしかった」のか、やっぱり俺の見込んだとおりではないか、と深く納得されもする次第で、一日も早い日本公開が待たれてなりません。


 ■9月2日(火)
西秋生さんの「トアロード文人譚」 

 8月19日、ということは岩波文庫『江戸川乱歩短篇集』が発行された日にあたるのですが、神戸新聞夕刊に西秋生さんの「トアロード文人譚」が掲載されました。連載「ハイカラ神戸幻視行」の第十回。乱歩と正史をはじめ、谷崎潤一郎、竹中郁、堀辰雄、稲垣足穂、久坂葉子、西東三鬼といった神戸ゆかりの文人がずらりと登場いたします。ここはひとつ、権利関係のことは大目に見てもらえるものと決め込んで、現物をお読みいただくことにいたしましょう。画像をクリックすると PDF ファイルが開きます。

 本日の源利華ちゃん情報は「VARIETY JAPAN」8月31日付「スター誕生、その存在感にヴェネチア沸く」となっております。しっかし「演技力があると言ったら嘘になる」とか堂々と書かれとるからなあ。大丈夫か利華ちゃん。


 ■9月3日(水)
平井隆太郎先生に心から謝意を表します 

 あまり大々的にお披露目したいニュースではないのですが、本日付朝日新聞のウェブニュースです。

「ふるさと名張に」乱歩の子息寄付
 名張市はこのほど、同市で生まれた作家・江戸川乱歩の子息の平井隆太郎さん(東京都在住)から、ふるさと納税の寄付を受けたと発表した。額は平井さんの希望で非公表。

 同市によると、ふるさと納税について市から平井さんに働きかけ、平井さんが応えたという。平井さんは「寄付金は『江戸川乱歩生誕の地』をはじめとした『地域資源を活(い)かしたまちづくり』に活用してほしい」とメッセージを寄せた。これを受けて亀井利克市長は「乱歩先生が名張にお生まれになって110年以上がたった現在においても、平井家の皆様が名張を『ふるさと』と感じてくれていることに、感銘を受けている」と感謝のコメントを発表。寄付金は意思を踏まえて貴重な財源として活用したい、とした。

 何と申しますか、「ふるさと納税について市から平井さんに働きかけ」ということのようで、じつに厚かましいというか恥知らずであるというか、名張市がいわゆるふるさと納税制度にかこつけて平井隆太郎先生に寄附のおねだりを申しあげたわけです。先生は快くお引き受けくださったのですが、しかしなあ、乱歩に関しては下手を売りつづけている名張市がなあ、よくもまあなあ、と思うと平井先生にお合わせする顔がないような気がいたします。

 ともあれ、ご閲覧諸兄姉に名張市が平井隆太郎先生のご厚志をかたじけなくしたことのご報告を申しあげますとともに、僭越ながら名張市民のひとりとして先生への心からの謝意をここに表しまして、顔を赧らめながら悄然とおいとますることにいたします。


 ■9月4日(木)
本多正一さんの「複製技術時代に抗して」 

 きのうにひきつづいてなんとなく平井隆太郎先生に顔向けができないなみたいな忸怩たる思いで記しますが、7月に刊行された先生の新刊『乱歩の軌跡──父の貼雑帖から』のブックレビューが「本の雑誌」9月号に掲載されました。同書奥付には「編集協力」と記されておりますが、実質的にはこの本のいわゆる仕掛け人とお呼びしていいであろう本多正一さんの「複製技術時代に抗して──『乱歩の軌跡』」です。さっそく三段落ばかり引用。

 乱歩令息の平井隆太郎立教大学名誉教授が、『江戸川乱歩全集』月報(一九七八〜七九年)に連載した「乱歩の軌跡──父の貼雑帖から」がようやく一冊にまとまった。社会学者でもある隆太郎氏が専門のマスコミ論やメディア論の知見のもとに『貼雑年譜』について紹介した労作である。先に刊行された『うつし世の乱歩』(二〇〇六年、河出書房新社)が遺族としての回想であったとすれば、本書で隆太郎氏は対象、すなわち父・乱歩と『貼雑年譜』に対し、感傷に流されない冷静なまなざしを保ち、第一次資料に接した学者の規範ともいうべき読解を披露している。
 原本『貼雑年譜』に比べると『乱歩の軌跡』はやや小振りながら、同じく横開きの造本を採用し、可能な限りの写真、資料類の収録に務め、読者の興味に沿う編集を心掛けた。浜田雄介成蹊大学教授の解説も懇切で、隆太郎氏の学究的態度の要諦を掬い上げている。
 『貼雑年譜』は『複製技術時代の芸術作品』の著者ヴァルター・ベンヤミンが死去した翌年、一九四一年(昭和十六年)にまとめられている。隆太郎氏によれば、江戸川乱歩は『貼雑年譜』作成に取り掛かったころ、写経にも熱心だった。芸術作品よりアウラが失われてゆくことに警鐘を鳴らし続けた亡命の知識人、ベンヤミンが自死せざるを得なかった第二次世界大戦下のヨーロッパ、その同時代、地球の反対側で、われらが江戸川乱歩、いや執筆を断念した本名・平井太郎は、転写(コピー)の技術を磨き、自筆による幻影城の歴史書を己と子孫のため編集(モンタージュ)していたのである。膨大な印刷物、自身に関する資料類のコラージュといった複製技術を駆使して。

 最後のほうに出てくる「幻影城」は、むろん旧乱歩邸土蔵のことなんかではなく、最初の段落に「江戸川乱歩にとっての幻影城とは、自らの夢と想像力の集大成で、いわば現実に存在しようはずもない幻影の象徴であり、うつし世の自邸の蔵とは無縁のユートピアなのである」と明記されているその幻影城です。


 ■9月5日(金)
岩田準一日記いよいよ来秋公刊 

 岩波文庫『江戸川乱歩短篇集』発刊の余韻いまだ冷めやらず、乱歩アンソロジー評判、みたいなことを綴ろうかと考えていたのですが、嬉しいニュースが報じられましたのでそちらを話題にいたします。やや気の早いニュースでもあるのですが、岩田準一の日記がいよいよ公刊されることになったようです。

発刊:乱歩や夢二との交流日記に 三重・鳥羽の民俗研究家の子孫ら、来秋に
 ◇中央文壇が地方に影響

 日本探偵小説の父、江戸川乱歩(1894〜1965年)や大正ロマンの叙情画家、竹久夢二(1884〜1934年)らと交流した三重県鳥羽市出身の民俗研究家で挿絵画家、岩田準一(1900〜45年)の日記を子と孫が約10年をかけてまとめ、来秋に発刊することになった。作家との交流や自身の成長がつづられ、立教大文学部の渡辺憲司教授(江戸文学)は「日本の日記文学でも五指に入る」と評価している。【林一茂】

 準一は18歳から45歳で亡くなるまでの27年間、身辺雑感から作家らとの交流までを「折々の日記」と名付けた日記に書き残した。全9冊あったが、うち1冊は紛失した。

 乱歩と出会ったのは1918(大正7)年で小説の挿絵も担当した。夢二とは15歳の時に知り合い、「夢二抒情画選集」を編集して夢二から「日本一の夢二通」と称賛された。

 乱歩と出会った年の日記(18年12月28日)では「偶然彼と自分とがある共通な点の上に立ってゐる事を発見して痛切に喜んだ」と記した。夢二と京都で別れた時をつづった日記(18年4月18日)からは「もうその先生とも当分逢(あ)へないのかとおもうと何だか『悲しみ』が超越して変な気がした」と深い交流がうかがえる。

毎日新聞 毎日jp 2008/09/05

 お懐かしや。立教大学のこの酔っ払い渡辺先生のお名前も登場して、嬉しいニュースがさらに嬉しい。ここで最近このサイトの読者になったとおっしゃる方のために説明を加えておきますと、「この酔っ払い渡辺先生」といっても別に渡辺先生が酔っ払いでいらっしゃるわけではありません。あれは2004年の夏のことでしたか、あの夏もなんだかわけがわかんないほど暑い夏でしたけど、上京して渡辺先生にお会いし、しこたまお酒をご馳走になりました。しばらくしてからまた上京し、渡辺先生にもお目にかかりましたので、いや先生このあいだはどうもすっかりとご挨拶を申しあげたところ、先生から開口一番、

 「この酔っ払いッ」

 ときついお目玉を頂戴してしまいました。お酒をご馳走になったとき例によって酔っ払ったあげく不始末をしでかしてしまったという寸法なのですが、いきなりお叱りを受けたのだからよほどの不始末であったに相違ない、これは深く反省しなければと思いつつ、相も変わらぬ酔っ払いとしてきょうという日に至ってしまいました。いかんなまったく。

 2004年の夏といえば、この毎日新聞の記事に出てくる岩田準一の次男貞雄さんがお亡くなりになったのがまさしくこの年7月のことで、「この酔っ払い」とのご叱責をいただいたあと、たしか池袋東武の何階かの店で中華料理をご馳走になりながら、渡辺先生と貞雄さんの逝去を話題にしたような記憶もあります。当時、準一の日記を出版する話がほぼまとまったという話は耳にしていたのですが、それがようよう発刊にこぎつけるというのはまことに喜ばしい知らせで、しかも渡辺先生が「日本の日記文学でも五指に入る」と太鼓判を押していらっしゃるのですから、一日も早い刊行が待たれる次第です。

 聞き及ぶところによれば、これは以前、鳥羽方面を取材エリアにしていらっしゃった中日新聞の記者の方からお聞きしたことなのですが、準一の日記にはその時代の鳥羽の民俗や風習といったものも克明に記録されていて、乱歩や夢二のことは抜きにしても地域資料として第一級のものであるといいます。ならば鳥羽市が事業化して税金で出版すればいいのである、埋もれている貴重な地域資料を公刊するのもお役所の役目なのである、お役所の好きな全国発信とやらの一翼を担うことにもなるであろう、みたいなことをその記者の方と電話で話したものでしたが、お役所にそのあたりのことを求めるのはそもそも無理な話であるようで、いやいや、自治体の悪態は名張市だけにとどめておきましょう。名張市に対しては悪態の限りを尽くす所存ですけど。


 ■9月6日(土)
乱歩アンソロジー評判 1990年代篇 

 岩波文庫『江戸川乱歩短篇集』の発刊にちなみ、おもに短篇を対象とした乱歩の個人アンソロジーを概観してみましょう。本日は1990年代篇。

 1990年。フランスで乱歩のアンソロジーが刊行されました。映画化が話題の「陰獣」を収録した『La proie et l'ombre』が1988年に出版され、それが好評だったせいなのかどうか、同じ出版社から出た第二弾がこれです。

La chambre rouge
La chenille(芋虫)
La chaise humaine(人間椅子)
Deux vies gâchées(二癈人)
La chambre rouge(赤い部屋)
La pièce de deux sen(二銭銅貨)

 1991年。筑摩書房が文庫本サイズで発行した文学全集の一巻。随筆も収録されているのですが、小説だけを掲げます。

江戸川乱歩 ちくま日本文学全集019
白昼夢
火星の運河
二銭銅貨
心理試験
百面相役者
屋根裏の散歩者
人間椅子
鏡地獄
押絵と旅する男
防空壕

 1992年。国書刊行会から出ていた文学全集にも乱歩が登場しました。編者は別役実さん。

江戸川乱歩 日本幻想文学集成14
押絵と旅する男
目羅博士の不思議な犯罪
パノラマ島綺譚
一人二役
木馬は廻る

 1994年。講談社から上下二巻本のアンソロジーが出ました。いろいろ多彩に収録されているのですが、これも小説だけを掲げます。

乱歩 上
二銭銅貨
二癈人
D坂の殺人事件
心理試験
赤い部屋
屋根裏の散歩者
人間椅子
踊る一寸法師
人でなしの恋
鏡地獄
パノラマ島奇談
陰獣

乱歩 下
芋虫
押絵と旅する男
目羅博士
石榴
怪人二十面相(抄)
月と手袋
防空壕
ラムール

 同じく1994年。河出文庫からこんなアンソロジーも出ました。編集協力は幻想文学企画室(東雅夫さん)。

江戸川乱歩 不気味な話1
人外の恋
 押絵と旅する男
 人間椅子
 人でなしの恋
 虫
 防空壕
異形楽園
 鏡地獄
 火星の運河
 踊る一寸法師
 指
 芋虫
犯罪幻想
 目羅博士
 百面相役者
 白昼夢
 毒草
 お勢登場

 1995年。講談社からやや変則的なアンソロジーが出ました。編者は新保博久さん。これも小説のみ記載します。

明智小五郎全集 大衆文学館
何者
D坂の殺人事件
心理試験
黒手組
幽霊
屋根裏の散歩者
怪人二十面相より
兇器
月と手袋

 1996年。コンビニでの販売をもくろんで企画され、すぐに企画倒れしたと伝えられる新潮ピコ文庫のラインアップに乱歩の名が。

屋根裏の散歩者・D坂の殺人事件
屋根裏の散歩者
D坂の殺人事件

 1997年。リブリオ出版から出たいわゆる大活字本。中島河太郎先生の監修によるミステリー全集です。

江戸川乱歩集 くらしっくミステリーワールド第12巻
押絵と旅する男
二銭銅貨
屋根裏の散歩者
鏡地獄

 同じく1997年。角川文庫。編者はたぶん日下三蔵さん。

鏡地獄 江戸川乱歩怪奇幻想傑作選
人間椅子
鏡地獄
人でなしの恋
芋虫
白昼夢
踊る一寸法師
パノラマ島奇談
陰獣

 1999年。モスクワの出版社から乱歩のアンソロジーが刊行されました。

Повести и рассказы Современный японский детектив
Повести(中篇)
 Чудовище во мраке(陰獣)
 Игры оборотней(化人幻戯)
 Дьявол(鬼)
 Плод граната(石榴)
 Простая арифметика(何者)
Рассказы(短篇)
 Путешественник с картиной(押絵と旅する男)
 Волшебные чары луны(目羅博士)
 Человек-кресло(人間椅子)
 Психологический тест(心理試験)
 Красная комната(赤い部屋)
 Ад зеркал(鏡地獄)
 Близнецы(双生児)
 Зола(灰神楽)
 Невероятное орудие преступления(兇器)

 以上、アンソロジーそれぞれの収録作品をめぐるさまざまなコメントはご閲覧諸兄姉におまかせすることにいたします。


 ■9月7日(日)
乱歩アンソロジー評判 1980年代篇 

 きのうのつづきのその前に、新刊のお知らせをおひとつ。これもアンソロジーです。

 8月5日付伝言「夕刊朝日新聞における発見について 上」、6日付「夕刊朝日新聞における発見について 下」、さらには8日付「「少年少女乱歩手帳」のお知らせ」に関係ある一冊。ミステリー文学資料館の編になる光文社文庫のおなじみのシリーズ、今度は『江戸川乱歩の推理教室』が出ました。続刊の『江戸川乱歩の推理試験』と二冊でワンセットになるドッペルゲンガー仕様もまたおなじみでしょう。現時点では版元のサイトでもまだ紹介されていないようなので、内容は「RAMPO Up-To-Date」でご確認いただきたいと思います。帯の惹句はずばり「乱歩からの挑戦状!」。本体648円。

 それではきのうのつづき。本日は1980年代篇となります。

 1984年。文庫版探偵小説全集が登場しました。当時としてはじつにユニークな試みであったという記憶があります。版元はもちろん東京創元社。そしてもちろん第一回配本は乱歩の巻でした。監修は中島河太郎先生、編は宮本和男さんといいますか北村薫さんと東京創元社編集部。

江戸川乱歩集 日本探偵小説全集2
二銭銅貨
心理試験
屋根裏の散歩者
人間椅子
鏡地獄
パノラマ島奇談
陰獣
芋虫
押絵と旅する男
目羅博士
化人幻戯
堀越捜査一課長殿

 1987年。この年は講談社からやはり文庫サイズで江戸川乱歩推理文庫の配本がスタート、負けてはならじと春陽文庫の江戸川乱歩文庫がいっせいにリニューアルされ、そうかと思うと創元推理文庫には乱歩傑作選と銘打ったシリーズが加わって、最初の配本は『孤島の鬼』と『D坂の殺人事件』でした。後者は日本探偵小説全集『江戸川乱歩集』の落穂拾いの観もありますので、ここに掲げておくことにいたします。編は宮本和男さんといいますか北村薫さんと東京創元社編集部。

D坂の殺人事件
二癈人
D坂の殺人事件
赤い部屋
白昼夢
毒草
火星の運河
お勢登場
石榴
防空壕

 1989年。モスクワの出版社からこんなのも出版されました。

Психологический тест
Путешественник с картиной(押絵と旅する男)
Волшебные чары луны(目羅博士)
Человек - кресло(人間椅子)
Психологический тест(心理試験)
Плод граната(石榴)
Простая арифметика(何者)

 以上、1980年代はこれだけでした。

 ところで8月27日に開幕した第六十五回ベネチア国際映画祭の件ですが、9月6日夜(日本時間7日未明)にすべての賞の結果が発表され、閉幕いたしました。コンペティション部門最高賞の金獅子賞はダーレン・アロノフスキー監督のアメリカ映画「レスラー」が獲得。バーベット・シュローダー監督のフランス映画「Inju」は賞にかすりもしなかったようです。やたら前評判の高かった宮崎駿監督「崖の上のポニョ」、北野武監督「アキレスと亀」、押井守監督「スカイ・クロラ」の日本作品三本も枕を並べました。しっかしミッキー・ローク主演のプロレスラー物語がなあ。ものすごく旧弊なタイプの映画にしか思えんのだがなあ。


 ■9月8日(月)
乱歩アンソロジー評判 1970年代篇 

 1970年代篇となります。最初の年である1970年には、前年刊行がスタートした講談社版江戸川乱歩全集全十五巻が好評のうちに完結しました。そして1979年には、やはり講談社から前年に配本が始まった江戸川乱歩全集全二十五巻が完結。1970年代というのは講談社版乱歩全集にサンドイッチされた十年間であったということになります。

 1971年。この年誕生した講談社文庫に乱歩の作品集が登場しました。

二銭銅貨・パノラマ島奇談ほか三編
二銭銅貨
D坂の殺人事件
心理試験
パノラマ島奇談
陰獣

 1972年。講談社から現代推理小説大系の配本が始まりました。第一巻はもちろん乱歩。

江戸川乱歩 現代推理小説大系1
二銭銅貨
心理試験
赤い部屋
屋根裏の散歩者
人間椅子
パノラマ島奇談
鏡地獄
陰獣
芋虫
押絵と旅する男
石榴
月と手袋
防空壕
堀越捜査一課長殿

 1973年。講談社の大衆文学大系では、乱歩は甲賀三郎、大下宇陀児との三人でワンセットでした。乱歩作品のみ記載。

大衆文学大系21 江戸川亂歩・甲賀三郎・大下宇陀児集
二銭銅貨
二癈人
D坂の殺人事件
心理試験
屋根裏の散歩者
人間椅子
パノラマ島綺譚
陰獣
孤島の鬼
押絵と旅する男

 同じく1973年。筑摩書房の昭和国民文学全集にも乱歩の巻が。1977年には新装版も出版されました。

江戸川乱歩集 昭和国民文学全集13
孤島の鬼
パノラマ島奇談
陰獣
芋虫
押絵と旅する男
石榴
月と手袋
防空壕
堀越捜査一課長殿

 1976年。広論社という出版社から出たシリーズです。山村正夫編。

鏡地獄 探偵怪奇小説選集5
人間椅子
月と手袋
鏡地獄
火星の運河
押絵と旅する男
目羅博士
石榴
防空壕
堀越捜査一課長殿

 同じく1976年。ベストブック社のビッグバードノベルスの一冊。

明智小五郎の事件簿
D坂の殺人事件
心理試験
黒手組
幽霊
屋根裏の散歩者
何者
月と手袋

 1977年。リスボンにある出版社から乱歩の短篇集が出ました。昭和31年に出たJ・B・ハリス訳『Japanese Tales of Mystery and Imagination』の重訳ですが、一応あげておきます。

Contos Japoneses de Mistério e Imaginaçâo
A Cadeira Humana(人間椅子)
O Teste Psicologico(心理試験)
A Lagarta(芋虫)
A Penedia(断崖)
O Inferno dos Espelhos(鏡地獄)
Os Gémeos(双生児)
O Quarto Vermelho(赤い部屋)
Dois Homens Aleijados(二癈人)
O Viajante com o Quadro de Trapos Colados(押絵と旅する男)

 同じく1977年。1975年に出た雑誌「別冊幻影城」の保存版が書籍として出版されました。版元は幻影城。ちなみに港区高輪のギャラリー・オキュルスでは9月16日から26日まで「幻影城の時代展」が催されます。詳細は「Gallery Oculus」でどうぞ。で、収録の小説のみ記載。

江戸川乱歩 別冊幻影城・保存版 No.5
パノラマ島奇談
陰獣
二銭銅貨
屋根裏の散歩者
D坂の殺人事件
心理試験
人間椅子
押絵と旅する男
芋虫

 以上です。


 ■9月9日(火)
乱歩アンソロジーのゴールデンダズン 

 きのうまで三日にわたり、1970年から1999年までに発行された乱歩の個人アンソロジーを概観してきました。乱歩の逝去は昭和40年、西暦でいえば1965年のことですが、この年から1969年までに刊行された乱歩のアンソロジーはと見てみれば、唯一1968年刊行の講談社版現代長編文学全集『江戸川乱歩』があるばかり。収録作品は「陰獣」「一寸法師」「孤島の鬼」「黒蜥蜴」の四作で、短篇はありません。いっぽう2000年以降に眼を転じても、岩波文庫『江戸川乱歩短篇集』が世に出るまでそれらしきものは刊行されておりません。つまり過去三日のあいだに、乱歩歿後の個人アンソロジーをすでに確認し終えたということになります。

 で、集計です。一回の収録を一票とカウントして、得票の多いものから列記してみます。

14票
押絵と旅する男
13票
人間椅子
12票
心理試験
10票
屋根裏の散歩者/鏡地獄
9票
二銭銅貨/パノラマ島奇談/陰獣/芋虫
8票
D坂の殺人事件
7票
石榴/防空壕/目羅博士
6票
赤い部屋/月と手袋
5票
二癈人
4票
堀越捜査一課長殿/火星の運河/何者/白昼夢
3票
虫/踊る一寸法師/人でなしの恋
2票
孤島の鬼/黒手組/幽霊/化人幻戯/毒草/お勢登場/百面相役者/怪人二十面相/指/兇器/双生児
1票
一人二役/木馬は廻る/ラムール/鬼/灰神楽/断崖

 ここで短篇小説に絞ることにして、「パノラマ島奇談」や「孤島の鬼」あたりの長篇は除外します。「陰獣」を長篇と呼ぶことにはいささか無理があるのですが、便宜的に百枚以内の作品に制限するという勝手なルールを設定してみると、「陰獣」百七十枚、「石榴」百十枚、「月と手袋」百十枚、このあたりは自動的にオミットされます。残った作品から岩波文庫『江戸川乱歩短篇集』に準じて十二篇、得票の多いものから順に掲げてゆくとこうなります。

乱歩短篇ゴールデンダズン(得票順)
押絵と旅する男 14票
人間椅子 13票
心理試験 12票
屋根裏の散歩者 10票
鏡地獄 10票
二銭銅貨 9票
芋虫 9票
D坂の殺人事件 8票
防空壕 7票
目羅博士 7票
赤い部屋 6票
二癈人 5票

 発表順に並べ替えてみます。

乱歩短篇ゴールデンダズン(発表順)
二銭銅貨 大正12年
二癈人 大正13年
D坂の殺人事件 大正14年
心理試験 大正14年
赤い部屋 大正14年
屋根裏の散歩者 大正14年
人間椅子 大正14年
鏡地獄 大正15年
芋虫 昭和4年
押絵と旅する男 昭和4年
目羅博士 昭和6年
防空壕 昭和30年

 やや意外なのは「二癈人」と「防空壕」でしょうか。個人的なことを記しますと、新潮文庫『江戸川乱歩傑作選』を初めて読んでもっとも印象に残ったのは「芋虫」、その次が「二癈人」で、なんか人生ってのはとんでもなく残酷なものらしいなと子供心にも暗澹として胸が塞がれてきたのを記憶しているものですから、「芋虫」は極北だからしかたないとしても「二癈人」をセレクトする気にはなれなかったのですが、たしか戸板康二は「二癈人」を乱歩短篇のベストスリーにあげてもおりましたし、収録されていても不思議ではないのかもしれません。「防空壕」のほうはといいますと、こうして眺めてみるとむしろ戦後の作品として収録する意義が少なからずあるのではないかという気がしてきますし、乱歩が戦争という生の素材を使用した点も珍とするに足りるでしょう。戦争の悲惨のなかに美を見てしまうのがまたいかにも乱歩らしく、この作品は案外なアンソロジーピースかもしれません。

 結論を記しますと、どうやらこのゴールデンダズンから「二癈人」「赤い部屋」「防空壕」を除いた九作品あたりが、ごくまっとうな乱歩の短篇アンソロジーを編む場合の鉄板作品ということではないでしょうか。残り三作は編者の好みでいかようにもどうぞ、みたいな感じになるのではと愚考する次第です。


 ■9月10日(水)
東コレの乱歩 

 「不遇をかこつアンゴールデンダズン」というタイトルで本日の伝言を記し始めたのですが、ちょっとした事情で時間の余裕がなくなってしまいました。えーい、と思ってウェブニュースでお茶を濁すことにし、9月1日から5日まで東京ミッドタウンと原宿クエストホールを主会場に開催された「東京コレクション・ウィーク(東コレ)」という何が何やらよくわからん催しの話題といたします。

 産経新聞9月9日付ウェブニュース「09年春夏「東コレ」振り返る 際立つ若手の斬新さ 今後の飛躍に期待」によれば「アグリサギモリ(鷺森アグリ)は、人が言葉を読んだり書いたりするときの気持ちを表現。江戸川乱歩の小説からとった言葉を、生地や柄の一部にデザインとして使うなどユニークなアイデアを連発するとともに、カッティングの美しさが際だった」とのことです。この鷺森アグリさんという新進女性デザイナー、やることに意想外の面白さがあると思います。乱歩の言葉をデザインにつかうなんて、普通は思いつきもできないアイデアでしょう。

 同じく産経の9月5日付「【写真劇場】JFW 東コレきょう閉幕 世界を魅了「東京発エレガンス」」には「シルクオーガンディに日本語の文字をにじませたり、「大好き」という江戸川乱歩の小説の言葉を織り込んだオリジナルジャガードを使ったジャケットやワンピースを披露。「前回のストロングなエレガンスにはかなさが加わった」という」とあって、ほんとに何が何やらよくわからないながらも面白いなと思います。それにしても、乱歩のどの作品からどんな言葉が選ばれたのか、気になってしかたがありません。