RAMPO Entry 2009
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2009年3月13日(金)

書籍
二壜の調味料 ロード・ダンセイニ
3月15日 早川書房 ハヤカワ・ミステリ1822
新書判 カバー 333ページ 本体1400円
著:ロード・ダンセイニ 訳:小林晋
解説 中野善夫
解説 p329−333

 帯に「江戸川乱歩絶賛の表題作を含む幻の傑作ミステリ短篇集、ついに邦訳!」とあります。
 
解説

中野善夫  

 お読みになった方ならもうお判りだろうが、行方不明になって、殺されたことが強く示唆される事件について、ホームズに相当するリンリーとワトスンに相当するスメザーズのコンビが謎を解く話なのだが、推理によって謎を解明したときのすっきり感よりも、最後の一言によってほのめかされる不気味な衝撃がいつまでも消えない後味となって心に残る作品である。この忘れられない後味を「奇妙な味」と命名したのが江戸川乱歩である。いや、乱歩は「二壜の調味料」だけを「奇妙な味」といったわけではないが、その代表例の一つとして言及しており、その後「奇妙な味」を語るときによく名前が出てきた作品というわけだ。

 
 乱歩自身、「英米短篇ベスト集と『奇妙な味』」を書いたときには「奇妙な味」というネーミングがここまで支持され継承され、あまねく世に流布するとは考えてもいなかったのではないでしょうか。私見によれば「奇妙な味」という言葉の定着に与って力あったのは1970年にアンソロジー『奇妙な味の小説』を編纂した吉行淳之介で、私などこの本の解説で「二瓶の調味料」なる作品を知り、読んでみたいなとは思ったもののどこで読めるのかがわからず、創元推理文庫の『世界短編傑作集3』に「二壜のソース」というタイトルで収録されているのを知ってようやく読むことができたものでしたが、このアンソロジーは乱歩の編纂ということになっていますから、若いころから乱歩の掌でぐるぐるしていたわけなのかという感慨もそぞろ抱いてしまいます。

 『世界短編傑作集3』を引っ張り出してみたところ、初版は1960年、私が所蔵しているのは1974年の三十七版で、解説は中島河太郎先生。「二壜のソース」への言及がある段落を引用しておきます。

 
解説──推理短編の展開、その三──

中島河太郎  

 しかしなんといっても本巻での異色作は、ロード・ダンセイニの「二壜のソース」であろう。さりげなく描かれた底知れない恐怖は、読者の心胆を寒からしめずにはおかぬものがある。推理と異常さとを渾然一体にした作者の筆力は一頭地を抜いているし、異常さにおいても比類がない。
 これらの短編の発表された時期は、本格長編の隆盛時代を反映して、本格的構成をとり佳作をうんだ。ダンセイニの作品にしても、奇妙な味をたたえながら、推理の常道を踏みはずそうとはしていなかったのである。

 
 中島先生が何の説明もなく、かぎ括弧もつかわずに「奇妙な味」という言葉を使用していらっしゃいますから、もしもしたら探偵小説ファンのあいだでは乱歩提唱の「奇妙な味」が早い時期からテクニカルタームとして用いられていたのかもしれないなという気がしてきました。そのあたりのことはどうにもよくわかりません。また今度悪の結社の先達に訊いてみようっと。

 『奇妙な味の小説』については以前伝言板に記しましたのでそのリンクを下に掲げておきますが、「二瓶の調味料」のいわゆるネタばらしがありますのでご注意ください。

 
 ハヤカワ・オンライン:二壜の調味料
 名張人外境:人外境主人伝言 > 悪の結社で教えを乞う(2006年6月18日)