RAMPO Entry 2009
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2009年6月22日(月)

書籍
宮野村子探偵小説選 II 論創ミステリ叢書39 宮野村子
4月30日初版第一刷 論創社
A5変型判 カバー 468ページ 本体3000円
著:宮野村子 叢書監修:横井司
孫の言葉
随筆篇 >
エッセイ p442−446
初出:黄色の部屋 6巻2号《江戸川乱歩先生華甲記念文集》 昭和29年10月30日 中島河太郎

 ほんとに全容を窺い知ることのできない論創社の「論創ミステリ叢書」なのですが、宮野村子の二巻目が順調に刊行されました。乱歩の還暦を祝したエッセイが収録されています。
 
孫の言葉

宮野村子  

 いつか奥さまが、「人肉でも食べるように人は思っているらしいけれど、ほんとは、卵焼きだのお芋の煮ころがしだの、子供みたいなものが大好きで……」とお笑いになったことがあったが、ほんとに案外そんな風に考えている人もいるかも知れない。
 時々お目にかかって、お話をうかがうようになってからは、暗い土蔵の中で、蝋燭をつけてお書きになるのがほんとだとしてもそういうお姿はちょっと浮かばず、土蔵造りではあるけれど、陽あたりも風通しもいい明るいお書斎で、読書に飽きて、ぽつん、ぽつんと三味線を弾いていらっしゃる──そういうお姿の方が容易に浮かぶようになったけれど、私も昔は、まさか人肉を召し上るとか、ほんとに美女の手足をばらばらにして殺したがっていらっしゃるとか──そうまでは考えないにしても、何か変ったところがありそうな、あるのがほんとのような、なければならないような──そんな気持がしていたのだから──
 今はそれほど単純ではなくなったが、しかし、つい先頃、私のある作品を批評して下さった時、おじいさまは、大勢死なせたことを指摘なさって、「あんたには、どこかに死なせたい気持があるのだよ」と仰言った。だから、それから考えるとおじいさまにも人肉を召し上りたいお気持がおありになり、美女の首を斬り手足を斬り、思い切って残虐な殺し方をした上に、さらし物にして御覧になりたいお気持が、どこかにおありになるのだ──ということが言えるのではなかろうかと思う。
 大いに召し上って頂きたいし、大いに殺して頂きたいと思う。無論、実際にではなく、お作品の上で──
 おじいさまが残虐な殺し方をなさって、さらし物になさる美女の型はいつもたいてい決まっていた。鼻筋が通り、鼻の下が短く人中が深く、上唇がちょっとめくれ上ったその美女は、お若い頃の奥さまではないかと思って、奥さまにうかがって見たところ、「主人の祖母さま──」というお言葉だった。私は何か大変興味深くそのお言葉をうかがった。

 
 たしかにこれは「大変興味深く」読まれるべきところで、じつは私も宮野村子と同じことを考えていました。乱歩がたとえば「蜘蛛男」で惨殺した美女はいずれも宮野村子が指摘するような容貌上の特徴を与えられていて、それはたぶん乱歩その人の嗜好であり、さらにいえば夫人の容貌の似姿ではないかと愚考していたのですが、美貌の誉れが高かったらしい祖母の面影であったとは気がつきませんでした。いい勉強になりました。

 同じく「随筆篇」に収められた「私より長生きを」は昭和32年12月に発行された慶應義塾大学推理小説同好会の機関誌「推理小説論叢」第十号、木々高太郎の還暦記念号に発表されたものですが、乱歩の名前もちょこっと出てきますから引用しておきます。

 
 いつか江戸川乱歩先生に、「おじいさま、私より長生きなさいませね」と申し上げたら、「あんたよりは長生きするよ」と簡単に仰言ったので大変安心した。先生にもそう申し上げたら、「君よりは長生きするよ」と仰言るだろうか。そう仰言って頂きたいと思っている。
 
 宮野村子はブラッキーという名の猫を愛玩していたそうですが、自身もたぶん猫みたいな女性ではなかったのかと思われます。
 
 オンライン書店ビーケーワン:宮野村子探偵小説選 2
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