ごみ大爆発の三重県と合併大分裂の伊賀七市町村がなあなあ感覚でお贈りするなんちゃってイベント
どいつもこいつもいーかげんにしろってんだこのばーか。サンデー先生は伊賀の中心で莫迦と叫んだ
2004年だ伊賀大騒ぎ
生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき記念特別大漫才
生誕五十一年サンデー先生がゆく□□□□□□
□□□□□□雑音のくに伊賀のなんじゃこりゃ
伊賀百筆 第十三号

平成16年3月25日発行
定価1800円(本体1715円)

編集兼発行人 北出楯夫
発行所 伊賀百筆編集委員会
〒518-0825 上野市小田町91
TEL. 0595-21-2145 FAX. 0595-21-2145

表紙 古川タク□□題字 坂香織

展望 三重の文芸
藤田明
 県内の地域誌で筆頭格は何だろうか。
 「伊賀百筆」13号に接してそんなことが浮かんだ。上野印刷のメセナから離れ、執筆者自前による3号目、329ページに及ぶ。特集は井上裕雄追悼。名張出身の図書館学者であり、国立国会図書館関西館、名張市立図書館、京都府の文化行政、ミホ・ミュージアムにおける功績など県外8氏が記す。事実上の第2特集は新市名・伊賀市と芭蕉360年行事批判。前者では埼玉の楠原祐介が旧国名の転用は不可などの理由を説得的に説明。後者は中相作(名張)の長大な77ページ分。新発見横光利一書簡の紹介もあり、総合文化誌として幅をひろげた。
2004年5月1日付朝日新聞三重版から引用
お知らせ
上に掲げました地域雑誌「伊賀百筆」第十三号に不肖サンデー、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」をテーマとした特別大漫才「生誕五十一年サンデー先生がゆく雑音のくに伊賀のなんじゃこりゃ」を寄稿しました。

お願い
以下に全文を転載しますが、大漫才というだけあって四百字詰原稿用紙で二百枚もあります。ブラウザで通読すると眼精疲労の原因となりますので、この特別大漫才は「伊賀百筆」第十三号をお買い求めのうえ、本文に十四級の文字を使用した誌面でじっくりお読みになることをお勧めいたします。


特別大漫才が開幕する

「ふざけたこと抜かしとったら承知せんぞおッ」
「君なんでいきなり喧嘩腰ですねん」
「なにしろ僕らは『伊賀百筆』の読者のみなさんに今回初めてお目にかかるわけですから」
「せやからちゃんと挨拶をせなあかんわけですがな」
「ですから僕らの漫才はいったいなんやねんと」
「僕ら普段は名張市で出てる『四季どんぶらこ』ゆう雑誌で漫才やらしてもろてるんですけど」
「ところがとうとう追い出されまして」
「別に追い出されてませんがな」
「けどいつ追い出されても不思議ではない状況です」
「君があほなことばっかりゆうからやないですか」
「まさにそうゆうことなんです」
「どうゆうことですねん」
「つまり漫才ゆうのは元来がふざけるものなんです」
「お客さんに笑っていただくのが商売ですから」
「しかしなかには頭の固いことゆう人もおりまして」
「君いったいどんなこといわれてますねんな」
「ふざけたこと抜かしとったら承知せんぞおッ」
「それ君が怒られとるわけですか」
「ですから『伊賀百筆』の読者のみなさんも僕ら相手にふざけるなとかゆうて本気で怒ったらあきません」
「お客さんに釘を刺してどないしますねん」
「上野には頭の固い人が多いような気がしましてね」
「そんなことはないでしょうけど」
「でも世間にはあほなことゆう人間も必要なんです」
「それは君の勝手な理屈ですがな」
「ところが上野にとって幸か不幸か」
「なんですねん」
「上野にはあほなことゆう人間がおりません」
「君みたいにあほなことばっかりゆうてる人間があっちこっちにおったら傍迷惑でしゃあないがな実際」
「ふざけたこと抜かしとったら承知せんぞおッ」
「それはもうわかりましたから」
「あほなことゆう人間に慣れてない上野の人からそないゆうて怒られることのないようにと念じつつ」
「それでどんなあほなこと喋りますねん」
「じゃーん」
「え」
「しょうもないことに税金つかうのはやめましょうキャンペーン」
「それまだやりますのんか」
「まだまだやらしてもらいます」
「けど『四季どんぶらこ』で二回もやりましたがな」
「二回やってもいっこうに終わりませんから」
「君が要らんことくどくどと喋るからやないか」
「これはまあ二〇〇四年に官民合同で実施される『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』事業に関するキャンペーンなんですけど」
「事業を中止せえとかなんとか君が一人で無茶苦茶なことゆうてるだけの話ですがな」
「そら中止に追い込むためのキャンペーンですから」
「けど二〇〇四年ゆうたら今年ですがな。五月十六日に事業開幕ゆうて正月の新聞にも載ってましたし」
「この分では『四季どんぶらこ』でキャンペーンが終了するのは二〇〇六年ごろになるのやないかいなと」
「それやったら事業はとっくに終わってますがな」
「ですから『伊賀百筆』でまとめてキャンペーンを展開させていただくことにいたしました」
「けどいまから事業を中止するのは神様でもないかぎり不可能なんとちゃいますか」
「神様やったら中止もできるでしょうけど裏のちょんべさんではちょっと無理でしょうね」
「誰やねん裏のちょんべさんゆうのは」

六月、キャンペーンを開始する

「僕が『四季どんぶらこ』でキャンペーンを始めたのは去年の六月のことでした」
「たしか『四季どんぶらこ』の二十七号でしたけど」
「そこで初めて『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』事業をとりあげてこんな税金の無駄づかいはやめましょうと訴えたわけです」
「いきなり無駄づかいとは決めつけられませんがな」
「それでその『四季どんぶらこ』を三重県伊賀県民局の局長さんのもとにお送りいたしました」
「伊賀県民局いいますと」
「上野市にある三重県の出先機関です。伊賀の蔵びらき事業の事務局もここに開設されてまして」
「ゆうたら事業の拠点ですか。伊賀地域における三重県政の拠点でもあるでしょうし」
「拠点があんなんでええんかいな思いますけどね」
「しょうもないことゆうてたらあかんがな」
「それで『四季どんぶらこ』をお送りするときに県民局長さんへのおたよりも同封いたしまして」
「また何を要らんこと書きましてん」
「要らんことなんか書いてませんがな」
伊賀県民局長への書簡 ● 六月二十一日

 謹啓 清流に若鮎の躍る季節を迎えました。ご清祥にてお過ごしのこととお慶び申しあげます。平素は伊賀地域のため何かとご尽力をたまわり、名張市民の一人としてお礼を申しあげる次第です。
 さて、本来であれば拝眉の機を頂戴すべきところ、略儀ながら書面にてお願いを申しあげます。
 名張市で発行されている地域雑誌「四季どんぶらこ」の最新号に、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業について寄稿いたしましたので、その旨お知らせいたしますとともに、万一記事内容に事実誤認などがあればぜひご叱正をいただきたく、勝手ながら掲載誌をお送り申しあげる次第です。記事は九ページから十四ページに掲載されております。
 貴職からのご批判などは同誌に全文を掲載するよう手配いたしますが、次号は秋冬合併号として十一月に発行されるとの由ですので、同誌より先にとりあえず当方のホームページ(http://www.e-net.or.jp/user/stako/)でご紹介申しあげ、地域住民などに広く閲覧の機会を提供したいと考えております。事情をお酌みとりのうえ、お聞き届けいただければ幸甚に存じます。
 右、取り急ぎ用件のみ記しました。公務ご多用のところ、勝手なお願いを申しあげて恐縮しております。ご海容をたまわり、今後ともよろしくご高誼をたまわりますようお願いを申しあげます。
 暑さに向かいます折から、くれぐれも御身ご大切になさいますよう、末筆ながらご健勝をお祈り申しあげます。

敬具

「偉そうなことゆうてたかて君はあくまでも部外者なんですから伊賀の蔵びらき事業に関して事実誤認してる可能性は少なからずあるでしょうね」
「それで県民局長さんにご叱正をとお願いしたんですけどさっぱり返事をいただけませんでしたので」
「なんですねん」
「局長さんは僕の事業批判を全面的に認めてくださったのだなと理解いたしました」
「それは君の勝手な解釈ですがな」

七月、騒ぎを耳にする

「それで局長さんにメールをお出しいたしましてね」
「メールゆうたらインターネットでやるやつですか」
「Eメールとか電子メールとかゆうやつです」
伊賀県民局長へのメール 七月十四日

 おはようございます。過日書面でご挨拶申しあげた者です。その節は不躾なお願いで失礼いたしました。
 当方に万一事実誤認などがあればご叱正をとお願いいたしましたところ、とくにご指摘も頂戴しませんでしたので、貴職も当方同様、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく伊賀の蔵びらき」事業が税金の使途として適正有効でないとのご認識をおもちであると拝察いたしました。お立場上、何かと支障もおありかと存じますが、ご賢察に敬意を表します。
 当方はとりあえず、先日お送りいたしました「四季どんぶらこ」第二十七号を知事宛に郵送し、同事業に関する愚見を具申いたしますとともに、事業の中止を含む善処方を要請したいと思っております。むろん、同事業が税金の無駄づかいであるとする貴職のご見解も申し添える所存です。前知事のばらまき行政による悪政にピリオドを打つことは、現知事が独自の旗幟を鮮明にすることにつながるもので、当方の進言はさぞや知事にもお喜びいただけるであろうと自負しております。
 とは申せ、実施計画も発表されていない状態では事業に対する正当な批判はいたしかねますので、仔細にわたる意見具申は具体的な事業内容が公表されてからにするべきかとも愚考する次第です。つきましては、実施計画案はいつごろ発表されるのか、まことにお手数ながらメールでお知らせいただければ幸甚です。頂戴したメールは情報公開の趨勢に鑑みて当方のホームページで公開させていただきたく、あらかじめご了解をいただければと存じます。もしも公開に差し支えがあるようでしたら、その旨お知らせいただければ非公開といたします。
 ご多用中、お手数をおかけして恐縮しております。「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく伊賀の蔵びらき」事業に関して明快なご判断をお示しくださいましたことに、あらためてお礼を申しあげます。今後ともよろしくお願いいたします。

「せやから伊賀県民局の局長さんは何も君の意見に賛同してくれてるわけではないんですから」
「それはそれとして事業実施計画案の発表はいつかということを僕は知りたかったんです」
「三月末に発表されるゆう話やなかったんですか」
「それが七月の声を聞いてもまだ発表されません」
「どないしました」
「県民局長さんにメールをお出ししました」
伊賀県民局長へのメール ● 七月十七日

 おはようございます。過日はご多用のところ面倒なことをお願いして申し訳なく存じておりますが、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」に関してお訊きいたしました件、ご回答はいただけないのでしょうか。
 むろん貴職が地域住民の質問にいちいちお答えにならねばならぬ理由はありませんが、当方も住民の一人として県民の税金三億円をどぶに捨てる事業の行く末を気がかりに思い、お目にかかったこともない貴職に失礼は承知でメールをさしあげている次第です。
 お手数をおかけするのはまことに恐縮なのですが、ご回答をいただけないならいただけないで、その旨お知らせくださいませんでしょうか。説明責任というご大層な言葉を持ち出すつもりはありませんが、せめて住民に対する応答責任くらいは果たしていただきたく、なにとぞよろしくお願い申しあげます。
 なお、二〇〇四伊賀びと委員会スタッフの方から先日お電話をいただき、今秋開催の「伊賀学講座」で講師を務めるようご慫慂をたまわりましたので、謹んでお受けいたしました。ぜひ会場に足をお運びいただき、当方の「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」批判をお聴きいただければと存じます。

「局長さんの返事はどうでした」
「七月二十五日にメールを頂戴しましたので抜く手も見せず返信をお送りいたしました」
伊賀県民局長へのメール ● 七月二十六日

 公務ご多用のところご丁寧にご返事をいただき、ありがとうございました。お手数をおかけして申し訳なく思っております。
 ただ、まことに残念なことですが、当方の真意をご理解いただけていないように思われます。私は「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業の理念や趣旨をお訊きしたわけではありません。きれいごとを並べただけの内容空疎な能書きなら、事業のパンフレットを拝見して充分承知しているつもりです。それをなぞっただけのご説明など必要ありません。
 すでに公表されている理念や趣旨に添って個々の事業が実施されたとしても、結局は税金の無駄づかいに終わってしまうのではないかということを私は懸念しております。「地域住民の方が主役」となって「伊賀の文化」「伊賀らしさ」を発信するとの仰せですが、独りよがりな思いつきに基づく事業をいくら数多く並べたところで、いったいどんな成果がもたらされるのかといった疑念を抱いております。
 私がお訊きいたしましたのは、この事業は北川前知事によるばらまき行政のひとつであると判断されるが、これは当方の事実誤認か、ばらまきによる予算を伊賀地域が受け容れるとしても事業に携わる人間にそれを有効適正に活用する能力があるかどうか疑わしく思われるが、これは当方の事実誤認か、実施計画案が発表されていない現在の段階ではこの事業が税金の無駄づかいであると判断せざるを得ないが、これは当方の事実誤認か、といったことであり、三月末に発表されるはずだった実施計画案はいつ発表されるのか、ということでした。
 また私のもとには、この事業に携わっているとおっしゃる方から、「本当に税金の無駄遣い事業だとおもいます。どうしたらこの事業をSTOPさせることができますか?」とのメールが届いていることも申し添えておきます。同じく事業関係者のお一人からは、私が「四季どんぶらこ」に発表した漫才の内容は「表現は強烈だが、実際にはおまえのいうとおりだ」とのお電話も頂戴しております。当方の意見に対する反論や批判は、いまのところ寄せられておりません。
 ご返事を拝読して、この事業がいよいよ信の置けぬものであるという気がしてきました。「建設的なご意見を」との仰せをいただきましたが、事業中止のご英断をお願いするのはきわめて建設的な意見であると思っております。ここまで準備が進んできた事業を敢えて中止することは、伊賀地域や三重県が税金のつかい方を根本的に見直すための契機になるとすら愚考しております。私の真意はご理解願えないでしょうか。
 とはいえ実際には、いまから事業そのものを中止することなど不可能であると判断されますので、具体的な事業として『江戸川乱歩小酒井不木往復書簡集』の刊行を提案し、現在その実現のために微力を尽くしている次第です。先日も上京し、書簡集刊行にお力添えをたまわる方々にお集まりいただいて、協議を進めてまいりました。当方のホームページでその内容を公開しておりますので、一度ご閲覧いただければと存じます。
 なお、頂戴したメールを当方のホームページで全文公開させていただいてもよろしいでしょうか。この点につきましては十七日付メールでもご了承をお願いしたところですが、あのメールは「実施計画案はいつごろ発表されるのか」という一点だけをお訊きしたものでしたので、念のために確認させていただきます。可否いずれか、お手数ながらメールでお知らせいただければ幸甚です。
 ご返事をいただけましたこと、たいへんありがたいことに思っております。重ねてお礼を申しあげます。

「『江戸川乱歩小酒井不木往復書簡集』ゆうのはいったいなんですねん」
「江戸川乱歩の先輩作家に当たる小酒井不木と乱歩がやりとりした手紙が残ってましてね。僕はそれを本にしたらどないやゆう話を『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』事業のプランのひとつとして提案してあるわけなんです」
「しかし伊賀の蔵びらき事業を中止するキャンペーン展開してる人間がそんなプランを提案するのは明らかに矛盾したことですがな」
「つまり次善の策なんです」
「といいますと」
「ベストの選択は事業を中止することなんですけどそれは望み薄ですからそれやったら全事業費三億円のうちの幾許かでも有効に活用したいなと」
「それで乱歩と不木の書簡集ですか」
「本はイベントとちがってあとあとまで残りますからね。本をつくって伊賀から全国へ発信するゆうのは事業の趣旨にもぴったりやと思いまして。もちろん乱歩と不木の書簡集という探偵小説研究に不可欠の資料を広く提供することの意義も大きいわけですけどね」
「そんなんどこかの出版社が出してくれませんか」
「いくら資料性が高くても採算の取れる見込みがありませんからまず無理ですね」
「そしたら名張市立図書館が出してる江戸川乱歩リファレンスブックみたいなもんですか」
「まさにそうです。民でできることはどんどん民にやってもろたらええんですけど民で無理なもののなかには官がやらなあかんこともあるんです」
「市民生活に直接関わりのないことでも税金を注ぎ込むだけの意義があるゆうわけですか」
「そらもう裏のちょんべさんに訊いたらよくわかる」
「せやから裏のちょんべさんゆうのは誰やねん」
「ここでちょっと整理しときましょか」
「何を整理しますねん」
「まず事業を企画運営するための二〇〇四伊賀びと委員会が発足したのは二〇〇二年八月のことでした」
「いわゆる官民合同の委員会ですな」
「二〇〇四伊賀びと委員会は二〇〇二年十二月から翌〇三年二月までの期間で事業プランを公募しました」
「伊賀地域住民の知恵を結集したわけですね」
「それで三月末には公募プランを取捨選択して事業実施計画案がまとめられるはずやったんですけど」
「それがずいぶん遅れ込んだと」
「でも六月末には採用プランが決定しましてね。伊賀地域住民から寄せられた三百以上のプランが百ほどに絞り込まれて提案者に郵便で通知されたんです」
「どないなりました」
「えらい騒ぎやったそうで」
「どんな騒ぎですねん」
「事業提案者のあいだに伊賀びと委員会の予算配分に対する不満がくすぶってると聞き及びましたけど」
「三億円という限られた予算をどう配分するかの問題ですから不平不満も出てくるでしょうね」

八月、事業推進委員会が姿を現す

「事業のことがああだこうだと僕の耳にまで入ってきましてこれは大変やなと思っていた矢先」
「何かありましたか」
「事態は思いがけない展開を見せるに至りました」
「思いがけない展開といいますと」
「それがさっぱり訳のわからん展開でしたから伊賀県民局職員の方に質問のメールを出したんです」

伊賀県民局職員へのメール ● 八月四日

 おはようございます。今年の四月、上野市銀座通りのBeで開かれた貴局職員歓送迎会でお目にかかった者です。たぶんお忘れかと思いますが、自己紹介で「私はみなさんの敵なんです」と挨拶したあの私です。
 貴兄が直接ご関係かどうかは不明なのですが、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業について教えていただきたいことがあり、あのとき頂戴した名刺のアドレスにメールをさしあげる次第です。
 じつは先日、貴局ホームページのメールアドレスに局長宛のメールを送信し、やはり「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」に関してお訊きしたのですが、返信は頂戴したものの明瞭な回答がいただけませんので、貴局ホームページへのメールで局長の回答を要請することは諦め、貴兄にご厄介をおかけすることにいたしました。
 ご多用中まことに恐縮ですが、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業担当部署のしかるべき職員の方にこのメールをお読みいただき、お手数ながら当方の質問に対するお答えをたまわるようご手配いただきたく存じます。
 以下、用件に入ります。
 八月一日付毎日新聞の伊賀版に、「上野で初会合/芭蕉生誕360年事業推進委/予算案可決や人事承認/会長に野呂知事を選任」という小槌大介記者の記事が掲載されておりました。一部引用します。

 来年5月16日から行われる「生誕360年 芭蕉さんがゆく 秘蔵のくに 伊賀の蔵びらき」事業推進委員会の初会合が31日、上野市四十九町の県上野庁舎大会議室で行われた。
 伊賀地方の各市町村長などが出席。野呂昭彦県知事が会議の冒頭、来年予定される熊野古道の世界遺産登録と併せて、全県の取り組みとして同事業を推進し、伊賀地方のブランド化を図りたいとあいさつ。事務局が、01年3月から始まった同事業の経過を説明した後、会長に野呂知事が選任された。

 同日付中日新聞の伊賀版にも、「予算案協議へ/芭蕉生誕360年記念事業/推進委の設立総会」という太田鉄弥記者の記事が掲載されました。一部引用します。

 松尾芭蕉生誕三百六十年を記念した事業を来年に開く推進委員会の設立総会が三十一日、上野市の県上野庁舎であった。野呂昭彦知事が会長となり、今後の事業の予算案について協議する。
 同事業はこれまで、伊賀地域の七市町村長と伊賀県民局長でつくる推進協議会が主体となって協議を進めてきたが、より広い範囲から協力を得られるよう組織を拡大した推進委員会に移行した。
 委員は十七人。知事や伊賀七市町村長のほか、近鉄ステーションサービス、JR西日本の代表や大学教授といった県が委嘱した民間委員がメンバーとなった。

 質問というのはほかでもありません、この事業推進委員会とはいったい何かということです。すでに事業予算三億円の配分も内示されたいまの段階で、事業に関するこれまでの経緯もろくにご存じないであろう知事や市町村長や民間委員を寄せ集めた推進委員会が、どうして結成されなければならないのでしょうか。
 また、中日新聞の記事にある「伊賀地域の七市町村長と伊賀県民局長でつくる推進協議会」も、これまでに聞いたことのない組織です。さらに同紙には、事業推進委員会が「今後、事業を企画・実行する官民共同の2004伊賀びと委員会と協議し、来年度の予算案を決める」ともありますが、これはきわめて不可解な話であると思われます。
「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」ホームページ(http://www.igabito.jp/2004/)に掲載された資料を読む限りでは、この時期に来て事業推進委員会を発足させることなど、事業のタイムテーブルにはひとことも記されておりません。
 もっとも、二〇〇二年一月九日付の「基本構想」には、「事業推進体制」として次のようなプランが示されています。

基本構想の策定後、地域住民の積極的な参画を得て事業の実施計画を策定する組織、企画運営委員会(仮称)を設立する。
事業前年度の平成15年度には、三重県全域をあげてのバックアップを受けて、本格的に事業を運営、実施するための実行委員会(仮称)の設置と順次組織体制を充実していく必要がある。
地域住民が中心となる実行組織の熱いおもいを地域を挙げて支援するためには、伊賀の行政が一体とならなければならない。
そのためには伊賀地域7市町村と県民局から成る協議会を設置が必要であり、同協議会がこの事業実行に際しての事務局の役割を果たさなければならない。

 このうち、「地域住民の積極的な参画を得て事業の実施計画を策定する」企画運営委員会(仮称)が二〇〇四伊賀びと委員会であり、「本格的に事業を運営、実施する」実行委員会(仮称)が推進協議会であり、「伊賀地域7市町村と県民局から成る」協議会が事業推進委員会であると考えればよろしいのでしょうか。
 とはいえ、「基本構想」に記された三つの組織と現実の二〇〇四伊賀びと委員会、推進協議会、事業推進委員会とのあいだには厳密な対応性が見られませんし、そもそも「事業推進体制」の文章が三つの組織の関係性を明確にしていないこともあって、このプランにある体制がそのまま実現されたと見倣すことには無理があるように思われます。
 そして、そういった成立にまつわる疑念以上に、事業推進委員会の実効性にも大きな疑問が感じられます。中日新聞にあるような「より広い範囲から協力を得られる」効果が、はたして期待できるのでしょうか。そのための具体的な手だてが講じられているのでしょうか。それぞれお忙しいであろう十七人の委員に、事業のために本当に尽力していただくことが可能なのでしょうか。
 さらに何より問題なのは、これらの新聞記事から、事業推進委員会が二〇〇四伊賀びと委員会の上位機関であるとの印象がもたらされるということです。これは事業と組織の根幹に関わる重要問題であり、二〇〇四伊賀びと委員会がこれまで保持してきたはずの自立性や主体性が、事業推進委員会の発足によって有名無実なものになってしまうのではないかと危惧せざるを得ません。
 当方が知り得た範囲内では、すでに現在の時点で、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業関係者のなかには、この事業が税金の無駄づかいに終わるだろうとの見解を表明している方々がいらっしゃいます。二〇〇四伊賀びと委員会の運営手法そのものにも、事業関係者から少なからぬ批判が寄せられているようです。
 しかしながら、その運営がいかに拙劣であろうとも、また、すでに予算まで内示された事業計画の内容がいかに愚劣なものであろうとも、二〇〇四伊賀びと委員会が官民合同による一箇の自立した組織として存続してきた以上、その主体性は今後も保障されるべきであり、行政による安易な、あるいは必要以上の介入は厳に慎まれねばならないと愚考します。さもないと、三重県の掲げる「協働」というテーマは結局のところ権力の隠れ蓑に過ぎなかったという事実が、あっさり露呈されてしまうことにもなりかねません。
 以上に申し述べましたとおり、一地域住民の目から見た場合、この事業には不可解な点が少なからず存在しています。つきましては、七項目の質問を箇条書きにいたしますので、ご回答を頂戴できれば幸甚です。
 一) 事業推進委員会を発足させることは、いつ、誰によって決定されたのか。
 二) 事業推進委員会が目的とするものは何か。
 三) 事業推進委員会が目的を達成するための具体策はあるのか。
 四) 推進協議会の発足はいつか。これまでに何回の会合を開いてきたのか。その内容は公表されたのか。
 五) 事業推進委員会と二〇〇四伊賀びと委員会との関係はどのようなものか。前者は後者の上位機関か。
 六) 「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業の最高責任者は誰か。事業推進委員会の会長である知事か。二〇〇四伊賀びと委員会の代表には、事業に関して何の責任も権限もないのか。
 七) 事業推進委員会の次の会合はいつか。その会合で何を協議するのか。
 以上です。
 なお、このメールの内容は当方のホームページ(http://www.e-net.or.jp/user/stako/)で公開いたします。ご回答も同様に公開させていただきたく、あらかじめご了解をお願いする次第ですが、もしも公開に差し支えがある場合は、その旨お知らせいただければ非公開といたします。
 勝手なお願いで申し訳ありませんが、なにとぞよろしくお願い申しあげます。

「たしかに事業推進委員会ゆうのはいきなり登場してきた訳のわからん組織ゆう印象ですけどね」
「つまり新しい問題が明るみに出てきたわけです」
「新しい問題といいますと」
「これまでに僕が指摘してきた問題点はふたつありました。ひとつはばらまきの問題ですね」
「せやからばらまきとは決めつけられませんがな」
「あっちで街道フェスタやりましたこっちで東紀州フェスタやりましたほな今度は伊賀地域のイベントにばらまく番ですなゆうのがこのばらまきの流れでして」
「そんな流れがありましたんか」
「もしも行政が単独でこのイベントを実施するのであれば行政の継続性という名のもとにばらまきの流れは問題なく継承されていたはずなんです」
「けど伊賀地域のイベントは官民合同ですからね」
「そう。民の視点や感覚が導入されるわけです」
「そしたらどないなりますねん」
「官においてはごく当たり前のことでも民の目で見直したらこんな事業がはたしてほんまに必要なんかという疑問が出てくるかもわかりません」
「必要やないという判断もあり得ますからね」
「不況が長引いて民が死ぬほどしんどい目ェしてるときに官が税金でこんなイベントやってええのかと」
「民だけやなしに官のほうかて財政難でふうふうゆうてますがな。このままでは全国いたるところで破綻する自治体が出てくるゆう話ですけど」
「ですから三重県がつづけてきたばらまきの連鎖を伊賀地域でばっさり断ち切ったらええんです」
「こんなイベントにはもう税金をつかいませんと」
「じゃーん」
「え」
「しょうもないことに税金つかうのはやめましょうキャンペーン」
「いやそれはもうわかりましたから」
「ところがそうしたごくまっとうな疑問を抱く人間がどこにもいなかったみたいなんです」
「それはどうかわかりませんけどげんに事業の準備は進んでますからね」
「僕のもうひとつの批判は伊賀地域住民の見識と能力に向けたものでした。かりに税金三億のばらまきを受け容れるとしてもそれを有効に活用できるかどうか。そんなことが伊賀の人間にできるかどうか」
「それはやってみなわからんわけですから」
「いやもうだいたいのとこはわかりますがな。このことに関しては『四季どんぶらこ』でも指摘済みですからそれを転載して次に進みます」

乱歩文献打明け話 ● 「四季どんぶらこ」二十七号

「ですから『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』事業もきちんと一から見直さなあかんわけです」
「税金の使途として適正かどうかをもういっぺん見直してみましょうと」
「いまからでも遅くはないんですから武器を捨てて出てきなさい」
「いや別に誰も罪を犯して籠城してるわけやないんですから」
「でも見直しは必要やと思いますよ」
「そしたらその実施計画ゆうのはいったい誰が決めるんですか」
「官民合同の二〇〇四伊賀びと委員会が地域住民から寄せられた事業案も勘案して最終的に決定するわけですけどね」
「それやったら住民の知恵を結集した素晴らしい実施計画ができあがる可能性もあるわけやないですか」
「しかし住民の知恵ゆうのがどの程度のもんかゆう問題もありますしね」
「それはわかりませんがな」
「そしたらたとえばここに一人の地域住民がいて地域振興に寄与できる素晴らしいプランをもってたとしましょうか」
「ほなそれをこの事業でとりあげて実現したらええのとちがうんですか」
「とりあげへんかったらどうします」
「とりあげへんかったらとは」
「つまりほんまに素晴らしい地域振興プランを思いついた人間やったらそれを実現するために行政に働きかけたり事業化したりそれぞれの立場でみずから進んで動いてるはずなんです」
「それはそうかもわかりませんね」
「県が予算くれるのやったらやりますけどとりあげてもらえへんのやったらやりませんみたいな根性の人間はその根性自体がすでにアウトなんとちゃいますか」
「アウトゆうこともないでしょうけど」
「テレビの『マネーの虎』に出たかてそんな人間は美空ひばりのご養子さんにこんこんと説教されておしまいですよ」
「テレビのことはどうでもええがな」
「それにしてもあのご養子さんはどうしてあんなに品がないんですかね」
「人のことほっとけませんか」
「品のなさでゆうたら自民党の古賀前幹事長とええ勝負してますからね」
「いちいち実名を出すなゆうねん」
「やっぱり人間の品格はお金では買えないゆうことなんでしょうね」
「そんなこと知りませんがなもう」

「とにかく伊賀の蔵びらき事業に関して君はふたつの問題点を指摘していたゆうわけですな」
「そこへ事業推進委員会という組織の問題が新たに加わったわけです。これはたいへん重要な問題です」
「たしかに二〇〇四伊賀びと委員会の自立性や主体性に関わる問題ですから」
「二〇〇四伊賀びと委員会を発足させたのであればその委員会に予算も権限も責任もすべて委ねて事業に当たらせたらええんです。事業推進委員会みたいな無駄な組織をつくる必要はまったくないんです」
「一概に無駄な組織ともいえんでしょうけど」
「それにこの事業推進委員会が存在してるだけで官民合同の嘘が見えてきますからね」
「嘘といいますと」
「なんのかんのゆうたかて結局は知事が二〇〇四伊賀びと委員会の首根っこを抑えてるゆうことが誰の目にも明らかになりましたからこんなん官民合同でもなんでもないやないかと。行政の隠れ蓑やないかと」
「そんなふうには決めつけられませんがな」
「とにかく僕も知事がここまで出しゃばるのであればいっぺんご挨拶申しあげとかなあかんなと」
「どないしました」
「事業批判の載った『四季どんぶらこ』を県庁知事室にお送りして手紙でご挨拶を申しあげました」
三重県知事への書簡 ● 八月四日

謹啓 梅雨明けとともに本格的な暑さが到来しましたが、ご清祥にてお過ごしのこととお慶び申しあげます。平素は三重県のため何かとご尽力をたまわり、名張市民の一人としてお礼を申しあげる次第です。
 さて、本来であれば拝眉の機を頂戴すべきところ、略儀ながら書面にてお願いを申しあげます。
 名張市で発行されている地域雑誌「四季どんぶらこ」の最新号に、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業について寄稿いたしましたので、その旨お知らせいたしますとともに、万一記事内容に事実誤認などがあればぜひご叱正をいただきたく、勝手ながら掲載誌をお送り申しあげる次第です。記事は九ページから十四ページに掲載されております。
 念のために当方の主張の要点を列記いたしますと、
 ・「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業は三重県のばらまき行政である。
 ・同事業によるばらまきを伊賀地域が受け容れて事業化を図るとしても、事業に携わる人間に予算を有効適正に活用する能力があるかどうかはおおいに疑わしい。
 ・同事業は税金の無駄づかいであると判断せざるを得ない。
 といったことです。なおこの主張は「四季どんぶらこ」最新号が発行された本年六月二十一日(原稿締切はその一か月前)現在のものですが、いまに至っても変更を加える必要性が見当たらないことを附記いたします。
 貴職からのご批判などは同誌に全文を掲載するよう手配いたしますが、次号は秋冬合併号として十一月に発行されるとの由ですので、同誌より先にとりあえず当方のホームページ(http://www.e-net.or.jp/user/stako/)でご紹介申しあげ、地域住民などに広く閲覧の機会を提供したいと考えております。事情をお酌みとりのうえ、お聞き届けいただければ幸甚に存じます。
 右、取り急ぎ用件のみ記しました。公務ご多用のところ、勝手なお願いを申しあげて恐縮しております。ご海容をたまわり、今後ともよろしくご高誼をたまわりますようお願いを申しあげます。
 暑さの折から、くれぐれも御身ご大切になさいますよう、末筆ながらご健勝をお祈り申しあげます。

敬具

「しかし君も夏の盛りにようこんな暑苦しいことができたもんですね」
「そうこうするうちに伊賀県民局職員の方からメールの返信が届きまして」
伊賀県民局職員からのメール ● 八月五日

おはようございます。
メールをいただきありがとうございます。
「生誕360年 芭蕉さんがゆく 秘蔵のくに 伊賀の蔵びらき」事業は、昨年度は伊賀県民局企画調整部の広域交流プロジェクトグループが事務局となり、事業を進めてきました。
しかし、この事業は、伊賀を主たるフィールドとしますが、県をあげて実施するということで、事務局が県の文化事業の担当部局である生活部に移管されました(事務局は上野庁舎に駐在しています)。
したがいまして、ご質問の件については、この事務局から回答させていただくのが適当かと思います。
現在、事務局の誰から回答させていただけるか照会中です。
明らかになり次第、再度メールさせていただきますので、今しばらくお待ちください。

「なかなかややこしい話ですな」
「お役所はややこしいことするのが得意ですからね。事務局そのものは伊賀県民局に置かれてるんですけど事業を管掌する部署が生活部に変わったわけです」
「それで生活部からの返事はどうでした」
「二〇〇四伊賀びと委員会の事務局と事業推進委員会の事務局の局長さんからメールをいただきました」
「事務局長さんお二人からですか」
「ふたつの委員会の事務局長を一人の県職員の方が兼務していらっしゃるわけでして。このあたりも完全にお役所名物なあなあ感覚で困ったもんですけどね」
事業事務局長からのメール ● 八月十三日

 いつも貴重なご意見ありがとうございます。私たち伊賀びと委員会事務局といたしましても2004年の事業に向けて鋭意準備を行っているところです。
 今後もお気づきの点がございましたらご意見をいただきますようお願いいたします。
 さてご質問の件についてでございますが、この事業は伊賀や三重の魅力を全国に発信し、それにより地域づくり、ひとづくりにつなげようというもので、事業推進委員会の中にあって具体的に事業を企画、実施するのが2004伊賀びと委員会であります。
 また、この事業は三重県全体で取り組んでいく事業であると認識することから、事業実施段階に入る2003年に事業推進協議会(会長:上野市長)から移行し三重県知事を会長とした事業推進委員会を設立したものです。
 この事業推進委員会は事業の方針を決定するとともに伊賀びと委員会での企画・実施に対しバックアップ、支援する機関でもあります。従って、この事業全体についての責任の主体は事業推進委員会であり、この事業の企画・実施主体が伊賀びと委員会であります。
 なお 今後この事業推進委員会は伊賀びと委員会からの提案事業を受け、全体の事業費を決めていくことになります。
参考
1)H14年1月 基本構想発表
2)〃14□5月 事業推進協議会 設立
3)〃14□8月 伊賀びと委員会 設立
4)H15年8月 事業推進委員会に移行

事業事務局長へのメール ● 八月十四日

 お忙しいところご回答をたまわり、ありがとうございました。お手数をおかけして心苦しく存じております。局長職のお勤めは何かと大変だろうと拝察いたしますが、今後ともご尽力くださいますようお願いいたします。いずれ拝眉の機を頂戴して、あらためてご挨拶を申しあげたいと思っております。
 さて、きわめて遺憾なことなのですが、せっかくいただいたお答えに対して、はなはだ失礼なことを申しあげなければなりません。その点をまず、お詫びいたします。そのうえで単刀直入に申し述べますと、お答えは何分にも不得要領に過ぎ、質問した者としては困惑を感じざるを得ません。
 私がお訊きしたかったのは、先のメールにも「質問というのはほかでもありません、この事業推進委員会とはいったい何かということです」と記しましたとおり、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業の事業推進委員会についてであり、この委員会と二〇〇四伊賀びと委員会との関係性についてです。
 質問した理由は、これまで事業の準備を進めてきた二〇〇四伊賀びと委員会の自立性と主体性を確認したいということにほかならず、お答えをいただきやすいよう七項目の質問を設定した次第です。念のために再度、質問を掲げます。
 一) 事業推進委員会を発足させることは、いつ、誰によって決定されたのか。
 二) 事業推進委員会が目的とするものは何か。
 三) 事業推進委員会が目的を達成するための具体策はあるのか。
 四) 推進協議会の発足はいつか。これまでに何回の会合を開いてきたのか。その内容は公表されたのか。
 五) 事業推進委員会と二〇〇四伊賀びと委員会との関係はどのようなものか。前者は後者の上位機関か。
 六) 「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業の最高責任者は誰か。事業推進委員会の会長である知事か。二〇〇四伊賀びと委員会の代表には、事業に関して何の責任も権限もないのか。
 七) 事業推進委員会の次の会合はいつか。その会合で何を協議するのか。
 いただいたご回答から判明しましたのは、せいぜいが質問四のなかの「推進協議会の発足はいつか」くらいなものでしょうか。残りの質問に関しましては、礼を失した表現ながら。きわめて不誠実な内容に終始していると申しあげるしかありません。
 たとえば、「この事業推進委員会は事業の方針を決定するとともに伊賀びと委員会での企画・実施に対しバックアップ、支援する機関でもあります。従って、この事業全体についての責任の主体は事業推進委員会であり、この事業の企画・実施主体が伊賀びと委員会であります」といったお答えから、いったい何を理解せよとおっしゃるのでしょうか。
 私は、事業推進委員会と伊賀びと委員会との関係性について質しております。前者は後者の上位機関かとお訊きしております。もしも事業推進委員会と伊賀びと委員会とのあいだで意見の食い違いが生じた場合、いったいどちらの意見が優先されるのかといったことを確認しております。どうしてその点に、明確なお答えをいただけないのでしょうか。
 先に伊賀県民局長から回答を頂戴したときにも同様の疑問を感じたのですが、もしかしたら三重県庁には、県民から寄せられた質問にはできるだけ曖昧に、焦点をぼかして、ひたすらのらりくらりと回答せよ、とでもいった内規があるのでしょうか。
 冗談はさておきまして、形を変えて質問いたしますと、平成十四年五月に事業推進協議会が発足した時点で、この組織はいずれ事業推進委員会に移行するということが決定されていたのでしょうか、そうではなかったのでしょうか。
 もしも決定されていたのであれば、二〇〇四伊賀びと委員会による事業紹介のタイムテーブルにそれが明記されていてしかるべきですし、もしも決定されていなかったのであれば、先の質問にも記しましたとおり、ここへ来てどうして事業推進委員会への移行が必要になったのか、どうしても理解することができません。
 ですから私は、私のような一般県民にも理解が届くよう、できるだけ回答していただきやすい形で質問をお送りした次第です。たとえば質問七の「事業推進委員会の次の会合はいつか」など、こんな単純な質問にどうして即答していただけないのでしょうか。一事が万事この調子で、この回答は糊塗や隠蔽を勘ぐられても仕方のない内容であると判断されるということを、ここに書き添えておきたいと思います。
 とはいえ、お立場上、ある程度以上のことはお答えいただけない、といったご事情もおありなのかもしれません。むろん、そうした事情は当方の与り知らぬことであり、質問に明瞭にお答えいただきたいのは申すまでもないことですが、もしも何らかの事情がおありでしたら、貴職に強いてお答えをお願いすることは差し控えることにいたします。
 ただ、これ以上のご回答を頂戴することができるのかできないのか、最後にそれだけを確認させていただきます。先のメールに記しました七項目の質問にご回答をいただくことは、可能でしょうか、不可能でしょうか。もしも可能なのであれば、次の質問を追加いたしたく思います。
 八) 事業の計画と予算が最終的に決定されるのはいつか。
 指図がましくてまことに恐縮ですが、都合八項目の質問にお答えをいただけるのかどうか、その点についてメールでご回答をいただきたく存じます。公務ご多用のところ、ご厄介をおかけしてまことに申し訳なく存じます。なにとぞよろしくお願い申しあげます。

事業事務局長からのメール ● 八月十八日

改めて、質問項目に沿って箇条書きにて回答させていただきます。
(質問 1)
事業推進委員会を発足させることは、いつ、誰によって決定されたのか。
A 基本構想の策定時において、三重県をあげた事業とし、県全体として推進していく事業推進委員会を設置することを予定していました。
(質問 2)
事業推進委員会が目的とするものは何か。
A 事業推進委員会は、世界に誇りうる俳聖・松尾芭蕉の生誕360年にあたる2004年(平成16年)に、自然や風土、歴史、文化といった伊賀や三重のあらゆる魅力を360度の全方向、すなわち、全国、そして世界に向けて発信することにより、現代に望まれる「こころの豊かさ」をこの地に描き、歴史文化や自然を活かした個性豊かな地域づくり・人づくりにつなげるとともに、伊賀そのもののブランド化を図ることを目的としています。
(質問 3)
事業推進委員会が目的を達成するための具体策はあるのか。
A 事業推進委員会は事業の方針を決定するとともに、2004伊賀びと委員会の事業の企画・実施に対しバックアップ、支援する機関であり、両委員会それぞれが主体的に役割を担って進めて参ります。
(質問 4)
推進協議会の発足はいつか。これまでに何回の会合を開いてきたのか。その内容は公表されたのか。
A 平成14年に設置し、3回開催しました。内容は公開しております。
(質問 5)
事業推進委員会と2004伊賀びと委員会との関係はどのようなものか。前者は後者の上位機関か。
A 上位・下位の関係というより、事業推進委員会の中にあって主体的、自立的に事業を企画・実施するのが2004伊賀びと委員会です。
(質問 6)
「生誕360年 芭蕉さんがゆく 秘蔵のくに 伊賀の蔵びらき」事業の最高責任者は誰か。事業推進委員会の会長である知事か。2004伊賀びと委員会の代表には事業に関して何の責任も権限もないのか。
A 事業全体としての責任者は会長である知事です。事業の企画・実施主体が伊賀びと委員会で、伊賀びと委員会は具体の事業の企画・実施に対して責任を負います。
(質問 7)
事業推進委員会の次の会合はいつか。その会合で何を協議するのか。
A 次は県や市町村に予算要望する時点であり、秋になります。協議事項は予算と事業内容になります。
(質問 8)
事業の計画と予算が最終的に決定されるのはいつか。
A 来年度予算はH16年3月の市町村や県の議会で議決されて最終的な決定となります。事業の計画は、事業推進委員会で決定されることになりますが、その時期は、秋に開催予定の次回第2回の委員会を予定しています。

事業事務局長へのメール ● 八月十九日

 先にお送りしました質問八項目へのご回答、拝受いたしました。公務ご多用のおりから、勝手な質問でお手数をおかけして恐縮しております。どうもありがとうございました。
 ただ私は、先のメールにも記しましたとおり、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業推進委員会の成立に疑念を抱き、その実効性に疑問を感じている者です。ご回答を頂戴できたのはまことにありがたいことなのですが、通り一遍のお答えを列記していただいただけでは、当方の疑念や疑問はそのまま残るしかありません。たいへん失礼なことを記しますが、ご回答から如実に読み取れましたのは、事業の要たる事務局長の職にある方が、事業に関する当事者意識を大きく欠如させているという事実です。
 取り急ぎ、以下に所見を申し述べます。
(質問 1)
事業推進委員会を発足させることは、いつ、誰によって決定されたのか。
A 基本構想の策定時において、三重県をあげた事業とし、県全体として推進していく事業推進委員会を設置することを予定していました。
 質問の意味がご理解願えませんでしょうか。私は、構想だの予定だのといった不確定要素に関して質問しているわけではありません。夢で蒟蒻を踏むような話をしていただいては困ります。ご回答に添って申し述べますならば、その「予定」がいつ「確定」になったのか、それが誰によって決定されたのかをお訊きしている次第です。
(質問 2)
事業推進委員会が目的とするものは何か。
A 事業推進委員会は、世界に誇りうる俳聖・松尾芭蕉の生誕360年にあたる2004年(平成16年)に、自然や風土、歴史、文化といった伊賀や三重のあらゆる魅力を360度の全方向、すなわち、全国、そして世界に向けて発信することにより、現代に望まれる「こころの豊かさ」をこの地に描き、歴史文化や自然を活かした個性豊かな地域づくり・人づくりにつなげるとともに、伊賀そのもののブランド化を図ることを目的としています。
 質問の意味がご理解願えませんでしょうか。私は、事業そのものの目的を質問しているわけではありません。事業の目的を実現するうえで、どうして事業推進協議会が事業推進委員会に移行しなければならなかったのか、わざわざ推進委員会を発足させたのは、協議会では果たし得ないが委員会でなら達成できる目的があったからであろうと推測されるのですが、それはいったい何であるのかとお訊きしている次第です。
(質問 3)
事業推進委員会が目的を達成するための具体策はあるのか。
A 事業推進委員会は事業の方針を決定するとともに、2004伊賀びと委員会の事業の企画・実施に対しバックアップ、支援する機関であり、両委員会それぞれが主体的に役割を担って進めて参ります。
 質問の意味がご理解願えませんでしょうか。私は、ふたつの委員会の役割分担について質問しているわけではありません。事業推進委員会が目的達成のために具体的にどんな活動を進めるのか、その点をお訊きしている次第です。
(質問 4)
推進協議会の発足はいつか。これまでに何回の会合を開いてきたのか。その内容は公表されたのか。
A 平成14年に設置し、3回開催しました。内容は公開しております。
 お答えありがとうございます。推進協議会から推進委員会への移行は、当然この三回の会合で協議され、決定されたものと考えます。それがいつであったのか、移行を提案されたのはどこのどなたであったのか、といった事実がどこかで公開されているのでしょうか。
(質問 5)
事業推進委員会と2004伊賀びと委員会との関係はどのようなものか。前者は後者の上位機関か。
A 上位・下位の関係というより、事業推進委員会の中にあって主体的、自立的に事業を企画・実施するのが2004伊賀びと委員会です。
 えー、何度もしつこく申しあげますが、私はふたつの委員会の役割分担について質問しているわけではありません。ふたつの委員会の関係性についてお訊きしております。「上位・下位の関係というより」といきなり話をずらしたお答えでは困ってしまいます。ただまあ、ご回答によれば二〇〇四伊賀びと委員会は「事業推進委員会の中にあって主体的、自立的に事業を企画・実施」するとの由なのですが、ひとつの組織の「中に」またひとつの組織があるという場合、これはそこらの小学校の五年三組の「中に」給食委員会があるようなものだと考えてよろしいのでしょうか。もしもそうでしたら、五年三組があくまでも給食委員会の上に位置していることは明々白々、何でしたらご近所の小学校で良い子のみなさんにご確認いただければと思います。ただし、給食委員会は全員が五年三組に所属していますが、事業推進委員会の「中に」あるはずの二〇〇四伊賀びと委員会は事業推進委員会には所属しておりません。ですから結構です。何が結構かと申しますと、ご近所の小学校に行って良い子のみなさんにご確認いただかなくても結構ですということです。事業推進委員会と二〇〇四伊賀びと委員会との関係は、そこらの小学校の五年三組と給食委員会との関係とイコールではないということです。しかしこうなりますと、ひとつの組織の「中に」帰属する組織が果たしていったいどのような主体性や自立性を保持しうるのか、それが問題になってまいります。二〇〇四伊賀びと委員会各位はみずからの主体性や自立性について深くお考えになったことがないのではないかと私は推測しているのですが、かりに主体性や自立性があったとしても、それはあくまでも事業推進委員会の「中に」おける限定された主体性や自立性であることは明々白々、ご近所の小学校で良い子のみなさんにご確認いただく必要もないことであると愚考いたします。いやそもそも、事業推進委員会の「中に」二〇〇四伊賀びと委員会が存在しているという表現自体、じつに意味不明なものであると申しあげるしかないわけですが。ちなみに申し添えておきますと、第三者から見た場合、事業推進委員会は明らかに二〇〇四伊賀びと委員会の上に位置していると判断されます。上下でいえば上、主従でいえば主の位置にあります。事業推進委員会は事業の方針を決定し、二〇〇四伊賀びと委員会をバックアップし支援する機関であるとの仰せですが、すでに方針は決定されているのですから、
(質問 6)
「生誕360年 芭蕉さんがゆく 秘蔵のくに 伊賀の蔵びらき」事業の最高責任者は誰か。事業推進委員会の会長である知事か。2004伊賀びと委員会の代表には事業に関して何の責任も権限もないのか。
A 事業全体としての責任者は会長である知事です。事業の企画・実施主体が伊賀びと委員会で、伊賀びと委員会は具体の事業の企画・実施に対して責任を負います。
 お答えありがとうございます。私は二〇〇四伊賀びと委員会代表の責任と権限についても質問しております。権限に関してはいかがでしょうか。これも要するに主体性や自立性の問題に関わりのある質問なのですが、先のメールにも記しましたとおり、両者のあいだで意見に食い違いが生じた場合、いったいどちらの意見が優先されるのでしょうか。そうした場合、近所の小学校へ行って尋ねることはおそらく不可能であろうと判断されますし。お役所の人たちの感覚では、そんな問題は発生するはずがないといったことなんでしょうか。
(質問 7)
事業推進委員会の次の会合はいつか。その会合で何を協議するのか。
A 次は県や市町村に予算要望する時点であり、秋になります。協議事項は予算と事業内容になります。
 お答えありがとうございます。今年三月末に発表されるはずであった事業実施計画案がいまだ地域住民に示されていないと申しますのに、県および市町村の関係方面にはえらく早手回しで段取りのおよろしいご様子、ひたすら感服つかまつります。しかし、こんなことでは「これでは住民不在ではないか」と怒り出す人が出てくるかもしれません。「なーにが生活者起点の県政だッ。地域住民を無視するのもいい加減にしろッ」なーんて感じッすかね。それからまーたちなみに申し添えてしまいますけど、巷には事業予算に関して官業の癒着を指摘する声が存在しております。むろん根も葉もない噂の域を出るものではありませんが、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業に芳しからざる風聞がついて回るのはまことに遺憾な事態であり、事業推進委員会の予算協議ではその点をぜひクリアなものにしていただきたいと念じております。
(質問 8)
事業の計画と予算が最終的に決定されるのはいつか。
A 来年度予算はH16年3月の市町村や県の議会で議決されて最終的な決定となります。事業の計画は、事業推進委員会で決定されることになりますが、その時期は、秋に開催予定の次回第2回の委員会を予定しています。
 お答えありがとうございます。ご説明感謝いたします。しかしそんなことちっとも存じませんでした。つまりもともとの話をいえば、二〇〇四伊賀びと委員会によるそもそもの事業紹介があまりにも説明不足であったということになります。事業のタイムテーブルには、意図的なものであるかどうかは別として、重要な欠落がいくつも存在しています。事業概要を説明した当初のアナウンスの段階から、この事業には大きな問題があったと指摘せざるを得ません。よくまあこんな無茶苦茶なプランに県民の税金三億円がぶち込めたものだと思わず感慨にふけってしまいますが、ほんとにこの事業はいったいどうなってしまうのでしょうか。心中お察し申しあげます。
 以上、長々と記しましたが、上記に対するご回答をぜひたまわりたく、と申しあげるべきところ、私はもうなんだかあほらしくなっちゃいました。これまでに頂戴したご回答だけで「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業の欺瞞性をより深く認識することができましたし、貴職にまたしてもご厄介をおかけしてしまうのが心苦しく思われますうえ、これ以上いくらお訊きしても明瞭なお答えがいただけそうにありませんので、本日のところは所見の一端を申し述べて挨拶に代えさせていただきます。
 むろん、ご回答がいただけるのであれば、こんなありがたいことはありません。盆と正月と親父の命日がいっしょに来たようなもんだと来たもんです。もしもご回答が頂戴できるのであれば、なにとぞよろしくお願い申しあげます。しかしまあ、どうしてもお訊きしたいことが出てきたら「事業全体としての責任者」でいらっしゃる知事にメールをお出しすればいいだけの話なんですから、あまり堅苦しく考えていただかなくてもよろしいんじゃないでしょうか。
 さて、わがまま勝手なことばかり申しあげてまいりましたが、笑いは人生の潤滑油、かの先人田中善助翁もその最晩年、「わしは長い生涯にあまり笑うことがなかったからとうとう脱腸になってしもうた。皆の衆、笑いなされ笑いなされ」とおっしゃったとかおっしゃらなかったとか。いろいろと失礼を申しあげました非は善助翁に免じてご寛恕いただき、これをご縁に今後ともよろしくご高誼をたまわりますようお願い申しあげます。
 ご丁寧にご回答をたまわりましたこと、重ねてお礼を申しあげます。末筆ながら貴職のご健勝をお祈り申しあげます。

「しかしそこまでくどくどと人のやってることに文句つけられるもんですな君も」
「この事業は文句のつけどころ満載なんです。八月の末にはまた新しい文句をつけることにもなりまして」
「何に文句をつけましてん」
「とりあえず名張市で出てる伊和新聞の記事を見てもらいましょか」
伊和新聞 ● 八月三十日

 ◆「伊賀の蔵びらき」PRパンフ=「2004伊賀びと委員会」はこのほど、来年5月からの「生誕360年 芭蕉さんがゆく 秘蔵のくに 伊賀の蔵びらき」パンフレットを2万部作製、伊賀7市町村や県外に配布する。A4サイズ、カラーで3つ折り。旅のフォーラム・伊賀大茶会・イガいな料理?コンテストといった来年5月16日のオープニングイベントや伊賀体験・夏イベント、コンサートや全国俳句大会を中心とした10月中の「芭蕉さん月間」事業などを紹介。フィナーレ(11月6〜21日)の乱歩展、創作能狂言(いずれも名張で開催予定)も案内している。問い合わせは、県上野庁舎4階の同委員会(電話24・8193)。

「この記事がどうしたんですか」
「どないもこないもありますかいな。まだ事業実施計画案も発表されてへんのになんでいまごろから事業のPRができるねんゆう話ですがな」
「それで君はもしかしたら」

九月、メールを乱れ撃ちする

「事務局長さんにまたメールをさしあげました」
「やっぱり」
「伊賀県民局から県庁知事室から県議会事務局から」
「どうしたんですか」
「そこらじゅうにメールの乱れ撃ちしたりましてん」
事業事務局長へのメール ● 九月一日

 過日はご多用中ご丁寧なご回答をたまわり、ありがとうございました。ご高配にあらためて謝意を表します。またしてもお願いの儀があり、勝手ながらメールをさしあげる次第です。
 八月三十日発行の地方紙「伊和新聞」に、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業パンフレットの記事が掲載されておりました。二万部を作成し、伊賀七市町村や県外に配布するとのことですが、このパンフレットはもう出回っているのでしょうか。できれば早急に拝見いたしたく、厚かましいことを申しあげて恐縮なのですが、伊賀県民局に参上して一部頂戴いたしたいと考えております。ご手配をいただくことは可能でしょうか。もしも可能であれば、県上野庁舎のどちらにお邪魔すればよろしいのか、お手数ながらメールでご指示をいただければ幸甚です。先日来お願いばかりで心苦しく思っておりますが、なにとぞよろしくお願い申しあげます。
 それにいたしましても、過日頂戴したご回答では、「事業の計画と予算が最終的に決定されるのはいつか」との質問に「来年度予算はH16年3月の市町村や県の議会で議決されて最終的な決定となります。事業の計画は、事業推進委員会で決定されることになりますが、その時期は、秋に開催予定の次回第2回の委員会を予定しています」とのお答えをいただいた次第ですが、いまだ事業推進委員会の決定さえ見ていない現在の段階で、事業のパンフレットを作成してPRを開始するというのはどうにも理解しがたい話です。
 拝見していない段階で軽々に申すべきことではありませんが、パンフレットで宣伝する以上、そこに記載された事業内容はすでに決定されたものと見るのが一般的であると判断されます。それともこのパンフレットには、事業計画は未決定であるが一足早くPRする、といったような注意書きでも添えられているのでしょうか。いずれにしてもこのパンフレットは、先日来指摘しております二〇〇四伊賀びと委員会と事業推進委員会との関係性の曖昧さを如実に示すものであると申しあげざるを得ません。そしてそれ以上に、ふたつの委員会のあいだには何の連携もないのではないかという疑問さえ抱かせずにおきません。
 こうした場合、とくに行政が関与して予算を支出する事業であれば、最終的に議会の承認を得て初めて計画が決定され、事業のゴーサインが出されるのが通常であろうと考えます。そうした決定を待たずに事業内容を既決のものとしてPRすることになれば、三重県と伊賀地域七市町村の各議会から「議会軽視」という批判が出されて当然でしょうし、事業推進委員会について申しますならば、このパンフレットの配布によって委員会の存在が形骸に過ぎないという事実が証明されることになり、わざわざ事業推進委員会を発足させる必要はまったくなかったという結論にたどりついてしまいます。
 以上、余計なことですが所見を申し述べました。事業のためにご尽力いただいている貴職はじめ関係者の方々にはまことに申し訳ないのですが、事業に対する不信感はいよいよ強まるばかりであることを附記いたします。なおこの書面は、貴職のご回答をお願いするものではありません。事業に関して疑問が生じた場合には、先のメールにも記しましたとおり、最高責任者でいらっしゃる野呂昭彦知事にメールでお尋ねしようと思っております。今後ともよろしくお願い申しあげます。

三重県知事へのメール ● 九月五日

 おはようございます。先月上旬、書面でご挨拶を申しあげた者です。その後、ご健勝のことと存じます。本日はご多用のところ、またRDF発電所爆発事故ではひとかたならずご心労のことと拝察いたしますが、取り急ぎお聞かせいただきたい儀があってメールをさしあげます。
 貴職が事業推進委員会の会長をお務めの「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業は、このほど二〇〇四伊賀びと委員会の手でA4サイズのパンフレットによるPRが開始されましたが、このPRは果たして有効なのでしょうか。パンフレット配布には何の問題もないのでしょうか。パンフレットで紹介されている事業内容はいまだ正式な決定を見ていないものであり、それを早々とPRすることには小さからぬ疑問が感じられる次第です。
 先月、同事業事務局長の木戸博さんに「事業の計画と予算が最終的に決定されるのはいつか」とお訊きいたしましたところ、「来年度予算はH16年3月の市町村や県の議会で議決されて最終的な決定となります。事業の計画は、事業推進委員会で決定されることになりますが、その時期は、秋に開催予定の次回第2回の委員会を予定しています」とのお答えをいただきました。
 手続き上のことで申しますと、今回のパンフレット配布は事業推進委員会や県ならびに市町村の各議会を無視した越権的行為であると判断されます。あるいは、推進委員会の決定や議会の議決が形式的なものに過ぎないという事実を、間接的に証明する行為でもあります。さらにいえば、事業推進委員会の存在が単なる形骸に過ぎないという事実を、はしなくも露呈してしまう行為でさえあります。
 三月末に発表される予定だった事業の実施計画案はいまに至っても公開されておらず、いっぽうであたかも既定の事実のように事業内容を紹介するなど、この事業には疑わしい点が少なからず存在しております。また、事業推進委員会と二〇〇四伊賀びと委員会の関係性という組織の問題にも、一般の地域住民には理解の届かぬ点が散見される次第です。今秋開催される事業推進委員会の会合では、住民の疑問を解消するためのご協議を、事業の中止も視野に入れてお進めいただければ幸甚です。
 さて、前置きが長くなってしまいましたが、お聞かせいただきたいのは次の点です。すなわち、二〇〇四伊賀びと委員会による今回のパンフレット配布は、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業の趣旨と運営、計画と組織に照らして、果たして正当なものでしょうか、それとも不当なものでしょうか。パンフレットの配布には問題があるのでしょうか、まったく問題がないのでしょうか。もしも問題があるとご判断の場合には、どのような対処法をお考えなのでしょうか。
 以上、お忙しいところお手数をおかけするのはまことに心苦しく思われる次第ですが、なにとぞお答えをたまわりますようお願い申しあげます。ご回答は当方のホームページ(http://www.e-net.or.jp/user/stako/)でご紹介申しあげ、地域住民などに広く閲覧の機会を提供したいと考えております。あらかじめご了承をいただければと存じます。

事業事務局からのメール ● 九月十一日

知事へのメールありがとうございました。
この対応は事務局で行うようにと転送されてきました。このメールは事務局長名で送らせていただいています。
●質問内容
 二〇〇四伊賀びと委員会による今回のパンフレット配布は、「生誕三六〇年 芭蕉さんがゆく 秘蔵のくに 伊賀の蔵びらき」事業の趣旨と運営、計画と組織に照らして、果たして正当なものでしょうか、それとも不当なものでしょうか。パンフレットの配布には問題があるのでしょうか、まったく問題がないのでしょうか。もしも問題があるとご判断の場合には、どのような対処法をお考えなのでしょうか。
●回答
「生誕360年 芭蕉さんがゆく 秘蔵のくに 伊賀の蔵びらき」事業につきましては、事業の基本構想や伊賀シップ等に基づき、2002年から2004年にかけての3年間にわたり事業を展開していくことや、2003年のプレ事業、2004年における4つの共同事業(情報発信力をさらに高めるために個々具体的な事業を共同して実施する事業)を含む事業構成案(展開ストーリー)や事業期間等の事業の全体構想は既に推進協議会における承認を得て、その推進を図っています。
 それを受け、現在、広報や準備、仲間づくりのためのプレ事業を実施し、また、2004年を来年に控え、このようなパンフレットの作成を含むさまざまな広報展開を行っています。
 なお、2004年の全体の事業計画につきましては、2004伊賀びと委員会の企画案に基づき、推進委員会での承認を経て、この秋には策定したいと考えています。

三重県知事へのメール ● 九月十一日

 お忙しいところご厄介をおかけしております。先日メールでお尋ねいたしました件、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業事務局の安藝政比古さんからご回答をたまわりました。「この対応は事務局で行うようにと転送されてきました」とのことで、事務局長名義による回答の添付ファイルを落掌しております。念のため添付ファイルを同送いたします。
 さて、まことに失礼なことを申しあげますが、これではお話になりません。ご多忙なのはよく存じあげているつもりですが、私は事業の最高責任者でいらっしゃる事業推進委員会の会長、すなわち貴職のご見解をお聞かせいただきたいと思っております。事務局長には以前にもこの事業に関して質問のメールをお送りし、ご丁寧なお答えを頂戴いたしましたが、遺憾ながらどちらかと申しますと不得要領な内容でしたので、ぜひとも貴職のご回答をいただきたく思った次第です。
 私がお訊きしているのはごく単純なことです。事務局長のご回答にあった基本構想や事業構成案などは何の関係もありません。私は構想や案ではなく、目の前の現実のことを問題にしております。私が貴職の見解をお聞かせいただきたいと申しあげているのは、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業の計画と予算は今秋から来年三月にかけて、事業推進委員会と三重県ならびに伊賀地域七市町村の各議会によって決定されることになっているが、二〇〇四伊賀びと委員会は決定を待たずにパンフレットを配布して事業のPRを始めている、ここには何か手続き上の問題があるのではないかということです。
 貴職のご回答を再度お願い申しあげる次第です。丸投げはご法度としていただきたく存じます。

事業事務局へのメール ● 九月十一日

 メールと添付ファイル拝受いたしました。お手数をおかけいたしました。私は事業推進委員会の会長でいらっしゃる知事のご見解をお聞かせいただきたいと思っておりますので、知事に再度メールをお送りしてご回答をお願いいたしました。丸投げはご法度としていただきたく存じます。

事業事務局長からのメール ● 九月十一日

 知事へのメールありがとうございます。
 回答につきましては、「生誕360年 芭蕉さんがゆく 秘蔵のくに 伊賀の蔵びらき」事業推進委員会会長の命を受け、この事業の責任あるセクションとして、回答させていただいたものです。
 現在、配付していますパンフレットは、この事業全体の考え方や構想をPRするものです。パンフレットの内容である基本的な方針(事業開催時期、事業展開ストーリー、プレ事業の実施等)は既に事業推進協議会で決定し、市町村議会や県議会で了承されたものです。なお、個々具体の事業の企画・運営については2004伊賀びと委員会に委ねられているものです。
 こうした手続きのうえ、現在、事業を進めているところです。よろしくご理解ください。

事業事務局長へのメール ● 九月十二日

 重ねてご回答をたまわり、感謝申しあげます。たびたびご造作をおかけする結果となってまことに申し訳なく思っておりますが、たとえ百万言を費やしても言い訳は言い訳に過ぎず、言い逃れは言い逃れの域を出ません。
 ご回答には「パンフレットは、この事業全体の考え方や構想をPRするものです」と記されておりますが、パンフレットで紹介されているのはあくまでも具体的な事業内容であると判断されます。
 五月十六日には伊賀全域で「おむすび持ってウォーキング伊賀」があり、上野市で「旅のフォーラム」と「偲翁 伊賀大茶会」があり、伊賀町で「イガいな料理?コンテストINつつじ祭」がある、といった具合にイベントを列挙し、交通機関の所要時間まで掲げた記載内容は誰が見ても事業そのものの紹介でしかないだろうと思われます。
 お言葉の「考え方や構想」ということで申しますと、むしろこんなご町内の親睦行事を思いつきで並べただけのような事業に果たして「構想」や「考え方」と呼べるものが存在するのかどうか、その点がきわめて訝しく思われる次第です。
 それから、「パンフレットの内容である基本的な方針(事業開催時期、事業展開ストーリー、プレ事業の実施等)は既に事業推進協議会で決定し、市町村議会や県議会で了承されたものです」との仰せに関して申しあげますと、私はそんなことを問題にしているのではありません。
 当方の質問に対し、貴職から「来年度予算はH16年3月の市町村や県の議会で議決されて最終的な決定となります。事業の計画は、事業推進委員会で決定されることになりますが、その時期は、秋に開催予定の次回第2回の委員会を予定しています」とのお答えを頂戴したまさにその点を、私は問題にしております。極言すれば、パンフレットの配布は議会制民主主義を否定するものではないかということです。
 お手数をおかけしたうえに失礼なことを申しあげるのは心苦しい限りなのですが、言い訳や言い逃れはもう結構です。お立場上、白を黒だとおっしゃらねばならぬ場合もおありであろうことは拝察しております。ただ、公務員は誰のために働いているのか、パブリックサーバントのサービスの対象はいったい何であるのか、その点を公務員の初心に立ち戻ってお考えいただきたいと、僭越ながらお願い申しあげる次第です。

三重県知事へのメール ● 九月十二日

 たびたび申し訳ありません。「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業推進委員会事務局長の木戸博さんから、重ねてご回答をたまわりました。
 回答が記された添付ファイルを同送いたしますとともに、木戸博さんへの当方の返信も添付ファイルでお送り申しあげます。
 ひきつづき貴職のご回答をお待ち申しあげております。ご多用中恐縮ですが、よろしくお願い申しあげます。

伊賀びと委員会会長へのメール ● 九月十九日

 先日はわざわざ名張までご足労いただき、お礼を申しあげます。腹蔵なくお考えをお聞かせいただけたのを、たいへんありがたいことに思っております。今後ともよろしくご高誼をたまわりますよう、あらためてお願い申しあげます。
 さてさっそくですが、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業について、質問二点を以下に記します。
 質問の前に概略を述べておきますと、貴委員会すなわち二〇〇四伊賀びと委員会と事業推進委員会との曖昧きわまる関係性をはじめとして、この事業には不審な点が少なからず存在しており、事業事務局にそれらの点の説明を求めても明快な説明は返ってきませんでした。私が過去に記したところをお読みいただければ、そのことはご理解いただけると思います。
 つまり個々の事業内容をうんぬんする以前に、事業全体の拠って立つ基盤があまりにも曖昧脆弱であるというその一点だけで、この事業には中止という結論も視野に入れた見直しが必要だと私は愚考しております。
 しかし頭ごなしに否定しているだけでは、事業はこともなく進められてしまいます。事業に関して現実に即した質問を行うことが見直しの端緒になるのではないかと考え、とりあえず事業実施計画案の発表と事業パンフレットの配布という二点に関して質問を行う次第です。貴委員会への批判も記すことになりますが、当方の意をよろしくお酌み取りいただければ幸甚です。
 まず事業実施計画案についてですが、計画案がいまだに公表されていないのは事業にとって致命的なことです。この「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」という事業に見るべきところがあるとすれば、それは徹底した公開性という一点に尽きます。従来お役所という密室の内部で決定されていた事業計画を広く住民に公開しながら決めてゆくという点にこそ、この事業の画期的な意義が認められるはずです。
 しかしながら実際には、住民から委員と事業案を募ったあとはすべて密室のなかで準備作業が進められており、これではお役所の手法と何ら選ぶところがありません。事業の生命とも呼ぶべき点はすでに死んでしまったと判断されます。その点にいまだにお気づきでないのであれば、二〇〇四伊賀びと委員会のみなさんは救いがたい莫迦であるとしか申しあげようがありません。
 もう手遅れではあるのですが、それでも一日も早く事業実施計画案を公表することが貴委員会の責務です。オフィシャルサイトで公表し、メディアを利用することも必要ですが、今年一月から二月にかけて伊賀七市町村八会場で開催したのと同様の説明会を開かなければ、地域住民に対する責任をまっとうできたことにはならないのではないでしょうか。
 早急に八会場を手配するのは困難かもしれません。しかしそれでも、たとえ一会場だけでも、貴委員会には説明会を開催して住民に直接報告を行う義務があると判断いたします。その説明会には事業推進委員会の会長である野呂昭彦知事も当然出席されるべきですから、野呂会長のご都合を最優先して説明会の日程を組んでいただくよう、ここに強くお願いしておきたいと思います。
 説明会では実施計画案の発表のみならず、その発表がここまで遅れ込んだのはなぜなのか、どんな支障があったのか、そうした点をも明らかにして、非公開を余儀なくされた実施計画案策定過程を遅ればせながらオープンにすることも必要だと考えますが、これは貴委員会のご判断にお任せしたいと思います。徹底した公開性が貴委員会の生命であることは、すでに申し述べたとおりです。
 パンフレットの配布につきましては、いまさら贅言は必要あるまいと思われます。先日お会いしたときにも申しあげましたが、いかに愚劣な人間が議員を務めていようとも、議会というシステムそのものは尊重されなければなりません。議会の議決を経ることなく事業内容をPRすることには大きな問題があります。
 そうした手続きの基本もわきまえずにパンフレットの配布を始めたのだとすれば、二〇〇四伊賀びと委員会のみなさんは救いがたい莫迦であるとしか申しあげようがありません。とくに莫迦なのは行政側の委員で、これはもうお役人衆がまともな感覚を麻痺させきった末の眼も眩むばかりの失態であるとしか表現のしようがありません。
 お役所という閉鎖的なムラ社会で身内意識に凝り固まり、何から何までなあなあで仕事してるからこんなことになるのだこの大莫迦者どもッ、と行政側委員にお伝えいただければと思います。パンフレットの配布を発案したのが誰であるのかもお訊きしたいところですが、本日は差し控えます。
 以上、当方の要望もお含みいただいたうえで、下記二点の質問にお答えいただければと存じます。
 一) 事業実施計画案は一般に公開されるのか、公開されることなく事業推進委員会に提案されるのか。もしも公開されるのであれば、その手法はどのようなものか。公開手法のひとつとして、野呂昭彦推進委員会長も出席する住民説明会を開催する考えはないか。
 二) 現時点で事業内容をPRするパンフレットを配布することに、手続き上の問題はないと考えるか、あると考えるか。あると考える場合には、どのような対処法を実施するか。
 以上です。ご多用中申し訳ありませんが、なにとぞよろしくお願い申しあげます。事業実施計画案が公表されておりませんので、具体的な事業内容にはいっさい触れませんでした。ご回答は当方のホームページで公開させていただきますので、あらかじめご了承をいただければ幸甚です。
 近いうちにまた楽しくお酒を酌み交わしたいものだと思っております。今度は公務員抜きでやりましょうか。

事業事務局からのメール ● 九月十九日

 責任あるセクションとして 改めて お答えさせていただきます。
 知事へのメールありがとうございます。
 この事業につきましては、次のような3カ年計画で進めることについて包括的な承認を得て進めているものです。
平成14年度キックオフ
平成15年度1 プレ事業
□□15□□□2 平成16年の実施予定事業の広報
□□15□□□3平成16年の準備
□□15□□□4なかまづくり
平成16年度 事業の実施
 この計画に沿って、今年度は平成16年の実施予定事業についてのPRを含め、このようなパンフレットを作成し広報展開を行っているところです。
 実施予定事業を掲載することにより、事業のイメージをわかりやすくし、事業のPR効果を高めるとともに、協働して事業を実施する仲間づくりにもつながるものです。
 こうした意味あいでパンフレットを策定したもので、実施予定事業の掲載については、手続き上も含め、問題はないと考えています。

事業事務局へのメール ● 九月二十日

 メールと添付ファイル、拝受いたしました。お手数をおかけしております。添付ファイルには署名が見当たらなかったのですが、事務局長の木戸博さんのご見解をお知らせいただいたものと解釈し、以下に返信をしたためます。
木戸博様
 安藝さんからご回答をお送りいただきました。何度もご造作をおかけして恐縮しております。しかし私は、九月十二日付のメールで「言い訳や言い逃れはもう結構です」と申しあげたはずです。言い訳や言い逃れでしかないご回答は、今後いっさいご無用に願います。
 安藝さんからのメールには「責任あるセクションとして 改めて お答えさせていただきます」とありましたが、私はいまや、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業事務局が「責任あるセクション」であるとは微塵も考えておりません。その点もご承知おきいただければと思います。
 しかしせっかくご回答いただいたのですから、拝読したうえでの所感を申し述べます。ただしご回答の具体的な内容には、いちいちお答えする必要が認められません。貴職に申しあげたいことを二点だけ、記しておくことにいたします。
 まず一点目。「知事へのメールありがとうございます」とおっしゃるのですから、私が知事にさしあげたメールはお読みいただいたのであろうと拝察いたします。私は事業推進委員会の会長でいらっしゃる野呂昭彦知事のご回答をお願いしております。その点に関して、つまり知事がどうして私の質問を無視されるのか、なぜ私は知事の回答を頂戴できないのか、貴職はその点に関してまず説明をなさるべきであると判断いたします。
 二点目。貴職の九月十一日付のご回答には、事業のパンフレットは「事業全体の考え方や構想をPRするもの」とのお答えが記されておりました。しかし今回のご回答には、パンフレットの配布は「平成16年の実施予定事業についてのPR」であるとのご見解が示されております。わざわざ指摘するまでもなく、このふたつの見解のあいだには明らかな矛盾が存在しています。したがいまして今回のご回答には、先の回答は間違いであったという前言訂正がまず記されていてしかるべきかと判断いたします。
 以上二点、熟読していただいて今後のご発言の指針としていただければ、幸甚これに過ぎるものはありません。ご回答の具体的な内容については、先にも記しましたようにとくに記すべきことはありません。いくら言い訳や言い逃れを並べていただいてもお相手するつもりはありませんし、私には自分の前言を訂正する必要がありません。
 最後に申し添えておきますと、二〇〇四伊賀びと委員会の辻村勝則会長にもパンフレット配布に関する質問をお送りして、現在そのお答えをお待ちしているところです。辻村さんがどのようなお考えを示してくださるのかはわかりませんが、辻村さんに対してどのような形の圧力もおかけいただかぬよう、老婆心ながら、またまことに礼を失したことながら、貴職に敢えてお願いしておきたいと思います。
 せっかくのご回答に対して失礼なことばかり記す結果になったことをお詫びいたしますが、一度ならず申しあげてまいりましたとおり、もうご回答は結構です。貴職にご造作をおかけするのが恐縮であるというばかりでなく、貴職のお答えを当方のホームページで公開することは、結局のところ三重県職員のレベルの低さを明らかにすることにつながってしまいます。貴職を前面に押し出して逃げ隠れをつづける野呂昭彦知事の醜態が、いよいよ際立ってしまいます。
 もっとも、首長や職員がその嘆くべき実態を白日のもとに曝すことこそが情報公開の第一歩なのですから、今回の件は三重県にとってその得がたい機会であるというべきなのかもしれませんが、しかしそれにしたって、いくらなんでももう、見苦しくうろたえてこれ以上の悪あがきを重ねることはお控えいただいたほうがいいのではないかとも愚考される次第です。よろしくご勘考くださいますよう。

事業事務局へのメール ● 九月二十二日

 何度もお手数をおかけして申し訳ありません。下記の文面を「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業事務局長の木戸博さんにお読みいただきたく、よろしくお願い申しあげます。
木戸博様
 二十日付のメールでは失礼いたしました。ご回答を拝読し、俗に申しますところのむかっ腹を立てた状態で返信をしたためましたので、当然求められるはずの配慮を忘れる結果となりました。せっかくお答えをたまわりましたのに、その内容を頭から否定するような返書となりましたことをお詫びいたします。
 いささか傲慢に過ぎ、誠実さに欠ける態度であったと反省しております。身勝手で厚顔無恥なお願いなどできる筋合いのものではないことは重々承知しておりますが、ご寛恕のうえひきつづきご高誼を頂戴できればまことにありがたく存じます。失礼の段、重ねてお詫び申しあげます。
 さて、先のご回答に関して、あらためてお訊きいたします。「この事業につきましては、次のような3カ年計画で進めることについて包括的な承認を得て進めているものです」とご説明いただいた点に関する質問です。
 このご指摘の根拠は、いったいどこにあるのでしょうか。こうした場合、いつ、どのような場で、誰によってこの三か年計画が承認されたのかをお示しにならず、ただこういうふうに決まっていると指摘していただくだけでは、ご説明は説得力というものをいっさい持ち得ません。私はまったくの部外者ですから、事情を知らない部外者にも理解が届くご説明をお願いいたします。
 もうひとつ、「包括的な承認」とおっしゃるのは、事業の計画と予算が正式に決定する以前に事業内容をPRすることを、三重県ならびに伊賀地域七市町村の各議会が認めたということなのでしょうか。議決を経ることなくPRしてもよいという裏取引めいた承認を与えていたのであれば、これら八議会は自殺行為を行ったと申しあげるしかありません。
 上記の所見に基づき、以下に三点の質問を記します。よろしくお取り計らいくださいますよう、お願いいたします。
 一) 「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業の三か年計画は、いつ、どのような場で、誰によって決定されたのか。決定時の議事録を公開するよう要請する。公開は可か、不可か。
 二) 三か年計画のうちの平成十五年度事業「平成十六年の実施予定事業の広報」は、三重県ならびに伊賀地域七市町村の各議会の承認を得ているのか、得ていないのか。得ていない場合は、承認を得る必要はないと判断しているのか。
 三) 事業推進協議会の三回にわたる会合の議事録を公開するよう要請する。公開は可か、不可か。
 以上です。
 これは二〇〇四伊賀びと委員会の辻村勝則会長への質問にも記したことですが、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」は、何よりも公開性を第一義として実施されるべき事業であると愚考いたします。しかるに現実はその正反対で、事業準備は官公庁における一般的手法そのものの密室性のなかで進められています。少なくとも私には、そのように見受けられる次第です。
 パンフレット配布の件に関して申しましても、先日来指摘しております手続き上の不備以上に大きな問題が、ここには存在しています。それは、二〇〇四伊賀びと委員会が、今年三月末に事業実施計画案を発表するという地域住民との約束をいっこうに果たそうとせず、そのいっぽうで決定もしていない事業計画のPRを開始するという矛盾した活動を行い、しかも委員会自身がその矛盾に何の疑問も感じていないらしいことです。委員会は地域住民を無視し、三重県庁や伊賀県民局だけを見て準備作業を進めているように思われます。これは明らかに信義に悖る行為です。
 かりにこのまま、事業実施計画案が地域住民に公表されないまま事業推進委員会に提案されてしまえば、それは地域住民に対する手ひどい裏切り行為となってしまいます。辻村さんには実施計画案と計画案策定過程をともども公表していただくようお願いしている次第ですが、実施計画案以前に事業そのものの公開性を高めることが必要であることは論を俟ちません。上記の質問で議事録の公開をお願いした所以です。
 議事録公開のためには事業推進委員会の会長である野呂知事の判断を仰がねばならず、場合によっては推進委員会を開催していただく必要も出てくるかもしれませんが、それは会長なり委員会なりが当然果たさねばならぬ責務であると確信しております。その責務を果たそうとしないのであれば、何度も指摘してまいりましたとおり、事業推進委員会が単なる形骸に過ぎぬことが証明されてしまうことになります。公開のためのお骨折りをたまわりますよう、心からお願い申しあげる次第です。
 毎度質問とお願いばかりで恐縮しております。ご多用中お手数をおかけいたしますが、なにとぞよろしくお願いいたします。

三重県議会議長へのメール ● 九月二十四日

 はじめてメールを拝呈いたします。名張市の中と申します。平素は県勢進展のためにご尽力いただき、県民の一人として厚くお礼を申しあげます。おりいってご教示をたまわりたいことがあり、失礼ながらメールで質問させていただく次第です。
 定例会開会中のご多忙な時期であることは承知いたしておりますが、ご返事を頂戴できればまことにありがたく存じます。来年度、伊賀地域を主会場として実施される予定の県事業「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」に関する質問です。
 同事業は、官民合同による二〇〇四伊賀びと委員会が実施主体となって事業実施計画案をまとめ、今秋開かれる予定の同事業推進委員会(会長=野呂昭彦知事)がその計画を承認、さらに県および伊賀地域七市町村の各議会が来年三月の定例会で予算案を可決して、事業内容が正式に決定されることになっております。
 しかるに、今年三月に発表される予定だった事業実施計画案がいまだに発表されていないにもかかわらず、二〇〇四伊賀びと委員会は来年度の事業内容を紹介するパンフレットを作成、事業のPRを開始しております。いまだ計画も予算も正式決定を見ていない事業を既定のものとしてPRすることには、手続きのうえで小さからぬ不備があると判断される次第ですが、貴職のご見解はいかがなものでしょうか。
 むろん同事業には、事業実施計画案の公表をなおざりにしたままで事業内容のPRを開始した点にも大きな問題が存在しておりますが、貴職には同事業と県議会との関係に問題を限定して質問させていただきたく存じます。
 来年三月の県議会定例会で正式に決定される事業をいまから既定のものとしてPRすることに、手続き上の問題はないのでしょうか、あるのでしょうか。
 私個人はこのパンフレット配布には手続き上の問題があると考え、二〇〇四伊賀びと委員会にも事業推進委員会にもその旨をお伝えしている次第ですが、後学のため議会関係者の方のお考えをお聞かせいただきたく、勝手なお願いを申しあげている次第です。
 なお、ご回答は三重県議会議長のご見解として当方のホームページ(http://www.e-net.or.jp/user/stako/)で公開させていただきたく、あらかじめご了承いただきますようお願いいたします。
 ご多用中、唐突に勝手なお願いを申しあげて恐縮しております。当方の意をお酌み取りのうえ、よろしくご回答をたまわりますようお願い申しあげます。

伊賀びと委員会会長からのメール ● 九月二十六日

2004伊賀びと委員会の辻村です。先日は、お忙しい中ご無理をお願いして申し訳ございませんでした。楽しい酒席になったことにお礼を申し上げます。又、中さまからの返事が遅れましたことについてはお詫びを申し上げます。
さて、以下の質問をいただいておりますのでお答えをさせていただきます。
一) 事業実施計画案は一般に公開されるのか、公開されることなく事業推進委員会に提案されるのか。もしも公開されるのであれば、その手法はどのようなものか。公開手法のひとつとして、野呂昭彦推進委員会長も出席する住民説明会を開催する考えはないか。
事業実施計画案は一般に公開をさせていただきます。公開をせずに事業推進委員会には提案をしません。公開の手法については、プレス発表を考えております。時期については現在検討中ですが、10月早々には発表をします。又、ホームページ上でも公開をしますが、工事が遅れていることもあり時期を回答できません。次に住民説明会ですが、申し訳ありませんが開催をする予定をしておりません。計画策定の経過については、当委員会の発足時点から現在までの議事録を順次HP上で公開をします。中さまよりご指摘をいただいています情報公開は私も大きな柱として考えていますし、それが実施されていないことが問題だと認識をしています。
二) 現時点で事業内容をPRするパンフレットを配布することに、手続き上の問題はないと考えるか、あると考えるか。あると考える場合には、どのような対処法を実施するか。
事業確定は、議会で承認をいただいて決定だという手順は当然のことだと思います。今回配布のPRパンフレットは、決定した内容を掲載したのではなくあくまで予定であり、来年度のイメージであると考えています。予算も決定していないのに、来年の事業はこれですとは言えませんから。プレの年として来年にイベントがありますというPRのツールだと思っています。尚、今回公開させていただきます実施計画案も含めて、来年はこれらの事業をするという強い意志で臨んでいますし是非、議会で決定をしていただきたいと思っています。
ご質問をいただきながら、稚拙なご返答になって申し訳ございません。重要なことは公開性、透明性と理解しながら至らぬ結果になっています。「公開を早くやれ」と中さまからエールをいただいたことを糧に進めて行きたいと思っています。今後とも宜しくお願い申し上げます。遅くなりましたが、11月の伊賀学講座を宜しくお願いいたします。又、楽しいお酒などご一緒できれば幸いです。

伊賀びと委員会会長へのメール ● 九月二十七日

 お忙しいところご回答をたまわり、ありがとうございました。お手数をおかけいたしました。明快なお答えを頂戴できて、嬉しく思っております。
 事業実施計画案の発表につきましては、先日お目にかかりましたおり、この事業における公開性の重要さを充分認識していらっしゃることは当方にもよく理解できましたので、いずれ公開していただけるだろうとは思っていたのですが、官民合同の作業にはどこからどんな横槍が出てくるか窺い知れないところがありますので、委員会外部の人間が質問することも発表への道を開く一助になるかと僭越なことを考え、敢えてお訊きした次第です。
 住民説明会に関しましては、当初の日程にも挙げられていなかったことですから、いまから開催を要請するのはかなり無理な話ではあるのですが、実施できればそれに越したことはないと判断されますし、なんとかさんとおっしゃる能なしを引きずり出し、地域住民の前で吊しあげてぼこぼこにしてさしあげたいなとの穏やかならぬ狙いもありましたので、開催を要望した次第です。開催する予定はないとのお答えは、謹んで承りました。
 パンフレットの配布に関するお答えは、辻村さんのご見解として承っておきますが、私にはやはり、あのパンフレットは決定もしていない事業をPRする内容であると判断される次第です。その点、当方の見解としてご承知おきいただきたいと思います。もっとも、お考えそのものは明瞭にお知らせいただきましたので、パンフレットに関してこれ以上お訊きすることはいたしません。あとは事業推進委員会の会長、事業事務局の局長、県議会の議長、以上お三方の回答を拝見してから、パンフレットに関して当方になすべきことがあるかどうかを考えたいと思います。
 二〇〇四伊賀びと委員会の会長として、真摯なご回答をお寄せくださったことにあらためて感謝申しあげます。事業実施計画案を公開すれば、地域住民に対する最低限の責任はまっとうできたことになると考えます。むろんまだ計画案ができただけの話で、この先には越えなければならぬ山や谷が数多く待ち構えているわけですが、存分に腕を揮っていただきたいと思っております。
 私はこの事業に対して決して好意的なわけではないのですが、事業の本質や辻村さんのご苦労はある程度理解できているつもりでおります。事業の批判するべき点は今後も批判してゆきたいと思いますが、私の批判にはすべて私という個人の温かい血が流れております。行政機構という冷酷なシステムの一部と化して発言することしかできない公務員のみなさんとは、その点で決定的に違っております。お役人よりは遥かに頼りになる人間であると自分では思っておりますので、事業に対する批判は批判として、何かお力になれることがあれば遠慮なくお申しつけください。
 それから次回の大宴会の件ですが、せっかく上野にお邪魔するのですから、十一月八日の伊賀学講座のあと、会場近くの適当な店で盛りあがりたいと考えております。できれば委員会のみなさんとも膝を交えてお近づきをいただきたいのですが、ご都合はいかがでしょうか。ご高配をいただければ幸甚です。お手数ばかりおかけいたしますが、よろしくお願い申しあげます。

「こんなことやってて君どこが面白いんですか」
「別に面白いこともないんですけどほかにやってくれる人がおりませんのでつい力が入りまして」
「だいたいどんな立場でこんなことやってますねん」
「立場となるとやっぱり名張市立図書館のカリスマとか伊賀地域を代表する知性とかそのあたりですか」
「どんなあたりやねん」
「最近では世間から彼は三重県最後の良心だと呼ばれることも増えてきてちょっと困ったなと」
「好きなだけ困っとれ」

十月、事業実施計画案が発表される

「そうこうするうちに十月になりまして」
「早いもんですな」
「僕の戦いはさらにつづきました」
事業事務局へのメール ● 十月四日

 お手数をおかけいたします。何度も恐縮ですが、下記の文面を「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業事務局長の木戸博さんにお読みいただきたく、よろしくお取り計らいいただきますようお願い申しあげます。
木戸博様
 九月二十二日付メールでお送りいたしました三項目の質問へのご回答、まだ頂戴しておりません。ご多用のところ催促めいて申し訳ありませんが、ぜひお答えをたまわりたく、よろしくお願い申しあげます。
 それから、これは先日二〇〇四伊賀びと委員会のオフィシャルサイト宛メールでお訊きしたことなのですが、お答えがいただけず、また本来であれば貴職に質問するべき用件でありますので、事業推進委員会に関して新たに質問させていただくことにいたしました。
 先のメールに記した三項目の質問に今回の質問を加え、都合四項目、下記のとおりお尋ねいたします。
 一) 「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業の三か年計画は、いつ、どのような場で、誰によって決定されたのか。決定時の議事録を公開するよう要請する。公開は可か、不可か。
 二) 三か年計画のうちの平成十五年度事業「平成十六年の実施予定事業の広報」は、三重県ならびに伊賀地域七市町村の各議会の承認を得ているのか、得ていないのか。得ていない場合は、承認を得る必要はないと判断しているのか。
 三) 事業推進協議会の三回にわたる会合の議事録を公開するよう要請する。公開は可か、不可か。
 四) 次回の事業推進委員会はいつ、どこで開催されるのか。地域住民がそこに出席し、事業に関して意見を述べることは可能か。
 以上です。
 四点目の質問について補足しておきますと、私は最近、いや以前からそうなのですが、委員会メンバーである三重県知事や伊賀地域市町村長のみなさんはものの道理というものをご存じないのではないかと深い疑念を抱いておりますので、この事業の問題点を具体的に指摘することでみなさんに人並みの見識を身につけていただくお手伝いができるのではないかと愚考しております。貴職のご一存では決定できないことでしょうから、みなさんのお考えをご確認のうえ、お答えをいただければ幸甚です。
 よろしくお願い申しあげます。

三重県議会議長からのメール ● 十月二十三日

 この度は、三重県議会議長へのメールありがとうございました。
 お訊ねの「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業と県議会との関係について、お答えいたします。
 この事業の主催は、「生誕三六〇年 芭蕉さんがゆく 秘蔵のくに 伊賀の蔵びらき」事業推進協議会(平成15年8月1日からは、「生誕三六〇年 芭蕉さんがゆく 秘蔵のくに 伊賀の蔵びらき」事業推進委員会が引き継いでおります。)であり、三重県をはじめ関係する地方公共団体が負担金を出し合って運営しているものであります。
 この三重県分の負担金は、平成15年度三重県一般会計予算の中で可決されております。
 なお、事業展開については、当協議会で事業開催時期、事業展開ストーリー、プレ事業の実施等の承認を経て計画されたものと伺っております。

三重県議会事務局へのメール ● 十月二十四日

 どうもお世話さまです。このたびはお手数をおかけいたしました。お礼を申しあげます。このうえさらにご造作をおかけするのは恐縮なのですが、下記の書面を中川正美議長にお読みいただきたく、ご手配をお願い申しあげる次第です。よろしくお願いいたします。
中川正美様
 ご多用中、ご丁寧にご回答をたまわり、ありがとうございました。お礼を申しあげます。
 ただ遺憾ながら、当方の質問は「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業推進協議会ならびに事業推進委員会の今年度事業に関するものではありません。当該事業そのものと県議会との関係についてお尋ねしております。
 来年度に実施される同事業の内容は、来年三月の三重県ならびに伊賀地域七市町村の定例会で予算案が承認されて初めて、正式に決定されることになります。つまり事業の内容は、現時点ではまだ正式に決定しておりません。にもかかわらず、来年度に実施される事業内容をいまからパンフレットでPRすることには、いささか問題があるのではないかとお訊きしている次第です。
 また、事業推進協議会における「事業開催時期、事業展開ストーリー、プレ事業の実施等の承認」に関して申しあげますと、私が問題にしているのは、プレ事業の次に実施される事業、すなわち「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業そのものにほかなりません。よろしくお酌み取りいただければと思います。
 もしも三重県議会が事業推進協議会あるいは事業推進委員会に対し、来年の三月定例会における予算案承認を待たずに事業内容のPRを行ってもいいという承認を与えていたのであれば、県議会はみずからの存在が単なる形骸に過ぎないことを証明したことになるのではないでしょうか。
 いずれにせよ、お忙しいところまことに心苦しいかぎりなのですが、前回のメールに記した質問を再度記しますので、よろしくご回答をたまわりますようお願い申しあげます。
 来年三月の県議会定例会で正式に決定される事業をいまから既定のものとしてPRすることに、手続き上の問題はないのでしょうか、あるのでしょうか。
 なお、前回のメールでもお願いしましたとおり、頂戴したご回答は当方のホームページ(http://www.e-net.or.jp/user/stako/)で公開させていただきます。よろしくご了承をたまわりますようお願い申しあげます。

事業事務局長からのメール ● 十月三十日

 いつも事業へのご意見、ご忠告、ありがとうございます。
 ご質問いただいておりましたことにつきまして、回答させていただきます。
 1 まず、この事業の実施事業計画案につきましては、10月27日(月)に公表させていただき、また、ホームページにも掲載させていただきましたので、よろしくお願いいたします。
 2 この事業に係ります情報公開につきましては、法令等に規定されている情報や個人に関する情報等を除き、原則として公開していきたいと考えています。委員会の会議の議事録につきましても、今後、ホームページに掲載していく予定です。
 なお、秋頃に開催する予定をしていました事業推進委員会につきましては、12月末に開催することとなりましたので、ご報告させていただきます。

「とうとう事業実施計画案が発表されましたか」
「それでその計画案に目を通してみたんですけど」
「どんな感じでした」
「じつは十月下旬に二〇〇四伊賀びと委員会のホームページに電子掲示板が開設されまして」
「電子掲示板ゆうたらホームページ見てる人が自由に意見を書き込めるあれですか」
「僕も開設以来いろいろ投稿してたんですけど」
「どうせ君のことですからその掲示板でもきっと嫌われもんになってしもたんでしょうね」
「嫌われるも何も伊賀びと委員会の人たちは誰一人として投稿してこないんですから」
「そんなもん委員それぞれの勝手ですがな」
「けど投稿者がいろいろ質問したり提案したりしてるのに彼らはまったく応えようとしないわけでして」
「それで君はどないしたんですか」
「おまえらは山猿だゆうてゆうたりましてね」
「なんでまた山猿が出てきますねん」
「その掲示板で『芭蕉さんのファン』ゆう名前の人と俳句をテーマにいろいろやりとりしてましたらたまたま芭蕉と蕪村が猿を詠んだ句の話題になりまして」
「それで山猿ですか」
「おまえらは見ざる聞かざる言わざるの山猿だ。わかったか伊賀の山猿どもゆうて怒ったりましてん」
「人を山猿呼ばわりしたらあきませんがな」
「それで事業実施計画案についてもこの掲示板でこら山猿どもゆうてええだけ文句かましたったんです」
伊賀の蔵びらき掲示板 ● 十月三十日

 ●二〇〇四伊賀びと委員会の皆様
 いきなりつかぬことをお訊きいたしますが、みなさんもしかしてあほですか。前々からそうじゃないかとは思ってたんですけど、やっぱりみなさんあほなんでしょ。そうに決まってます。だって事業実施計画案とやらをざーっと拝見したんですけど、あんなもののどこが事業実施計画案ですか。たかがあれだけのものまとめるのに、予定を半年以上もオーバーしていままでかかってたっていうんですか。ばっかじゃねーの。あんなもんただの予定表じゃねーか。幼稚園児ならお遠足とかお遊戯会とかいっぱい書かれた年間行事予定表もらって大喜びするかもしれませんけど、はばかりながらこちとらそうはまいりません。
 予定表の内容にいちいち言及するのはいまは控えることにして、みなさんの事業実施計画案とやらの度しがたい点をひとつだけお伝えしておきます。それはいったいどんなことでしょうか。答え、予算がまったく示されていないことです。山といえば川、伊勢といえば津、梅に鶯なら松には鶴、計画といえば予算がつきものだってことくらいみなさんもご存じないわけありますまい。どうして予算が伏せられているのでしょうか。事業実施計画案は発表することにしてましたけど、予算案を発表するとは一度もいってませーん、なんて言い訳はどうぞなさいませんように。
 よろしいですかみなさん。あーたがたは血税三億を気前よくどぶに捨ててくれようって人たちなんです。それならそれで、計画のなかのこの事業にはいくらこの事業にはいくらと予算額をはっきり明示して、血税がどぶに捨てられるさまを地域住民にしっかり見せてくれないと困るんです。結局のところみなさんは、最後の最後まで公開性や透明性にはいっさい無縁な人たちだったってわけですか。そんな連中が官民合同のなんのと偉っそうなことを口になさるものではありません。とくに民間委員のみなさんがた、あーたがたはよくもここまで地域住民を愚弄できたものだ。いや感心感心。ご希望があれば何枚だって表彰状を書いてさしあげますから、どうぞお申しつけくださいな。
 さーあ。こーなったらあしたもばーんばんかますぞー。二〇〇四伊賀びと委員会の見ざる聞かざる言わざるのお猿さんたちは、いまから覚悟しておくように。きゃっきゃっきゃ。

「しかし君も相変わらず難儀な男ですな。人のこと平気であほとか山猿とかゆう癖はええ加減にしとかなあきませんで」
「けどこれはもう僕の芸風として確立されてるもんですからね。ゆうたら罵倒芸ですか」
「罵倒芸か何か知りませんけど伊賀びと委員会の人も初めてのことやからたぶん人にはいえん苦労もしながら計画案をまとめたわけですがな。それを君みたいに頭ごなしに否定してどないしますねん」
「けど僕の罵倒芸は神品であるゆう評判でして」
事業事務局長へのメール ● 十月三十一日

 お忙しいところご回答をたまわり、ありがとうございました。しかし遺憾ながら、まことに失礼なことを申しあげますが、納得のできるお答えではありませんでした。
 私の質問は次の四項目です。
 一) 「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業の三か年計画は、いつ、どのような場で、誰によって決定されたのか。決定時の議事録を公開するよう要請する。公開は可か、不可か。
 二) 三か年計画のうちの平成十五年度事業「平成十六年の実施予定事業の広報」は、三重県ならびに伊賀地域七市町村の各議会の承認を得ているのか、得ていないのか。得ていない場合は、承認を得る必要はないと判断しているのか。
 三) 事業推進協議会の三回にわたる会合の議事録を公開するよう要請する。公開は可か、不可か。
 四) 次回の事業推進委員会はいつ、どこで開催されるのか。地域住民がそこに出席し、事業に関して意見を述べることは可能か。
 質問一および三に関しましては、お答えが曖昧に過ぎるように思われますので、より明快にお答えいただくことを希望いたします。質問四へのご回答によれば、今年十二月末に事業推進委員会が開催されるそうですから、それまでには事業推進協議会の議事録を公開していただかなければ困ります。事業推進協議会の協議に正当性が認められるかどうかを判断したうえで、もしも必要ならば事業推進委員会にお邪魔して事業の中止をお願いしようと考えております。公開のための作業に時間が必要だということであれば、伊賀県民局で議事録を閲覧し、コピーを取ることを許可していただきたいのですが、可、不可、いずれでしょうか。
 質問二に関しましては、県議会議長の中川正美さんにもご見解をお訊きし、お答えを頂戴したのですが、これがまたずいぶんと見当はずれなご回答でしたので、再度質問をお送りしたことを附記いたします。ひきつづき貴職のご回答もお待ち申しあげます。
 質問四に関しましては、「地域住民がそこに出席し、事業に関して意見を述べることは可能か」との質問にお答えいただいておりません。ご回答いただきますようお願いいたします。
 以上、四項目に関するお答えを再度お願い申しあげる次第です。

伊賀の蔵びらき掲示板 ● 十月三十一日

 ●二〇〇四伊賀びと委員会の皆様
 やあみなさん。お元気ですか。いや結構結構。あほでも何でも元気が一番、二児の父親三時のあなたって寸法ですか。それにしてもこのところ何かと大変でいらっしゃるのではないかと拝察いたします。さぞやお困りでしょう。
 ようがす。
 合点だ。
 お任せください。
 困ってる人に手を差し伸べるのが人の道ってやつです。
 おわかりですかみなさん。ものには道理というものがあります。人には道というものがあります。ところがみなさんと来た日にはえらいもので、ものの道理もご存じなければ人の道も弁えていらっしゃらない。そういう人間のことをわが伊賀の地では、ひらがな二文字で古来あほと表現してきた次第です。
 あほ。
 なんと微笑ましい響きをもった言葉であることか。ついつい微笑みながら本日は出血大サービス、みなさんにふたつもアドバイスをしてさしあげることにいたしましょう。あほから抜け出すあしたはどっちだ。
 あしたのために、その一。
 より詳細な事業実施計画案をオフィシャルサイトで公開するようアドバイスいたします。
 一事業に一ページをあててください。三百事業あるのなら三百ページが必要です。それぞれのページには、事業名、提案者名、要求予算額、獲得予算額、事業の内容(趣旨、目的、日程、会場、関係者名、その他いろいろ)と予算の内訳なんてところを記載して、予告、経過報告、終わったあとの評価も書き込みましょう。
 私は27日付投稿に「ホームページで公開しながら事業案を協議するほどの徹底した公開性が必要であった」と記しましたけど、それはそもそものとっかかりから、一事業一ページで協議内容を公開してゆくくらいのことをするべきだったという意味です。お役所そのままの隠蔽体質に凝り固まったみなさんには、ちょっと思いつきもしませんでしたか。きわめて先進的な事例を示すいい機会だったといいますのに、残念至極きゃっきゃっきゃ。
 あしたのために、その二。
 事業推進委員会に事業実施計画案を提案する前に伊賀びと委員会全員による会議を開くようアドバイスいたします。
 その会議では、ほんとにこのまま提案してしまっていいものかどうか、みたいなことを協議してください。みなさんは気にとめてもいらっしゃらなかったでしょうけど、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」の事業と組織には看過しがたい問題が存在しています。それを追及するために私はたとえば事業推進協議会の議事録公開なんてことを要請しており、それに対する事業事務局長のお答えも昨日頂戴したのですが(お答えは本日、当方のサイトにアップロードいたします)、相変わらず夢で蒟蒻を踏むような印象が拭いきれず、じつに困ったものだと思っております。
 しかし日も暮れよ鐘も鳴れ、6月からこちらの長い日月、私がどんな間抜けにもわかってもらえる明快さで問題点を指摘しつづけてきたせいで、いまのみなさんには事業と組織の問題点を充分ご理解いただいているものと拝察いたします。私が追及してきた問題点は本来みなさんが追及するべきものだということも、いまやすっかりおわかりのはずです。
 ですからただの一度でいいんです。一度だけで結構ですから全員で集まっていただいて、みなさんと事業推進委員会との曖昧きわまりない関係性について、事業推進委員会の必要性について、みなさんの自立性と主体性について、地域住民に対する公開性ないしは説明責任を一から十まで無視してきたみなさんの怠慢あるいは不見識についてなどなど、そして何よりこの「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」という事業が本当に必要なのか、ほんとにこんな情報発信に名を借りながら実質はご町内の親睦行事の寄せ集めにしか過ぎぬ事業に血税三億ぶち込まなければならんのか(ここで申しあげておきますと、私は別にご町内の親睦行事そのものを否定しているわけではありません。それならそれで、情報発信のなんのと小賢しいことおっしゃらずに、芭蕉生誕三百六十年を機に伊賀地域住民の交流イベントを盛大に催します、なんて感じでやっていただければいいんです)、その点をみなさんで話し合ってください。問題をクリアする道を探ってください。そして協議内容をオフィシャルサイトで公開してください。
 私は25日付投稿に「何によらずこの『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』では、事業や組織の本質に関わる問題はほとんど顧慮されず、将来の見通しもほぼ五里霧中のまま、ただ事業を実施すること自体が目的化してすべての準備が進められているように見受けられます」と記しましたが、こうした印象を抱いているのは私ひとりだけではないように思われます。このままではみなさん全員、地域住民に対して顔向けができなくなるのではないかとさえ危惧される次第で、それはまことに遺憾至極のきゃっきゃっきゃ。
 以上ふたつのアドバイス、しかと受けとめてくださいな。さて、二〇〇四伊賀びと委員会のあしたはどっちだ。

「はっきりゆうて君いつ伊賀の蔵びらき事業関係者から袋叩きに遭うても絶対に文句いえませんやろ」
「どこかに一人ぐらいものの道理を教えたる人間がおらなあかんのです。僕の罵倒は支援なんです」
「けど二〇〇四伊賀びと委員会の人はそんなふうには見てくれませんがな」

十一月、会長に立候補する

「ですからもっとわかりやすい形で支援をしようと」
「またなんぞ要らんこと考えたんですか」
「『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』事業推進委員会の会長に立候補しました」
「会長は知事さんですがな」
「ですから二代目会長ですか」
伊賀の蔵びらき掲示板 ● 十一月十日

 さて私、思うところありまして、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業推進委員会の会長に立候補する決意を固めました。果たして立候補が可能なのかどうか、会長が選挙によって選ばれるのかどうか、組織上のことはまったくわからないのですが、とにかく今回の事業の本質であれ伊賀地域の歴史風土であれ、僭越ながら現会長よりは私のほうが遥かに深く認識していると判断される次第ですし、二〇〇四伊賀びと委員会への支援や事業のPRという面におきましても、私はこれまでにかなりの実績を積みあげてきているものと自負しております。
 すなわち、事業推進委員会の会長にもっともふさわしい人間は私であるということは、いまや衆目の一致するところであると申しあげても過言ではないでしょう。二〇〇四伊賀びと委員会の自立性や主体性の問題に照らしても、伊賀を代表する知性と呼ばれている私の教養と見識を地域社会に活用していただく意味においても、私の会長就任は伊賀地域住民の悲願ではないかとさえ愚考される次第です。こんな私がどうしたら会長になれるのか、事業推進委員会の組織その他に関してよろしくご教示をたまわりますようお願い申しあげます。

伊賀の蔵びらき掲示板 ● 十一月十一日

 きょうはもう11月11日で、お役所ではそろそろ来年度予算の編成が始まるころだと思われます。ということは、事業推進委員会が開催される12月末あたりになってしまえば、じつはもう三重県および伊賀地域七市町村の来年度予算には「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業のそれぞれの負担分がしっかり組み込まれているのではないかとも判断される次第です。だから事業推進委員会の承認なんて形骸だと私はいってるわけなんですが、この判断はいかがなものでしょうか木戸博さん。
 つまり私がどうあがいても、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業が血税三億つかって実施されるのはほぼ間違いのないところだと思われます。なにしろお役所のことです。事業実施そのものが目的と化していまや盲目的に準備が進められているわけですから、私の諫言など盛りのついた雌犬に貞操を説く程度の意味しか持ち合わせてはいないでしょう。かりに12月末の事業推進委員会で会長たる私が事業中止の動議を提出しても、伊賀七市町村の首長をはじめとした委員によって否決されてしまうことは目に見えています。
 となると、私のなすべきことは何でしょうか。せめて自分にできる範囲内で、事業の公開性を高めるべく努めることが私の役目だと思われます。この点に関して私は、事業推進協議会の議事録を公開するよう要請しておりますし、10月31日にはこの掲示板に二〇〇四伊賀びと委員会へのアドバイスも投稿して、まあいろいろと試みてはいるのですが、いっこうにはかばかしい成果が得られず、それならいっそ事業推進委員会の会長に就任して事業に関するすべての情報をぱぁーッと公開してやろうじゃないの、と決意するに至った次第です。

「どこからどう見ても君はただ好きなように無茶苦茶やってるだけの話やないですか」
「これでも僕は混迷する三重県政を正しい方向に導こうと必死なんです。これは二〇〇四伊賀びと委員会の自立性と主体性を回復し伊賀の蔵びらき事業を地域住民の手に取り戻すための戦いなんです」
「君がいくら必死でも事業推進委員会の会長に立候補するとかなんとか冗談か本気かわからんことばっかりゆうてたら誰も相手にしてくれませんがな」
「ところが願ってもない追い風が吹いてきましてね」
「なんのことですねん」
「十一月二十二日付の朝日新聞伊賀版に『権限移譲へ協議会』ゆう記事が掲載されてたんです」
朝日新聞伊賀版 ● 十一月二十二日

 権限移譲へ協議会1月めど知事、全市町村長と論議

 野呂昭彦知事は20日までに、県から市町村への権限移譲などを巡り、知事と県内の全市町村長で構成する「県と市町村の新しい関係づくり協議会(仮称)」を来年1月にも立ち上げることを決めた。国と地方の税財源を見直す「三位一体」論議が進む中、県と市町村の関係も見直す。県によると、この問題についての首長の定例的な組織は全国初という

「この記事がどないしました」
「つまり国から地方へという『三位一体』論議を背景として知事は県から市町村への権限移譲を検討したいとおっしゃってるわけですね」
「国のレベルでは国から地方へ権限を移譲しそれと同じように地方のレベルでは県から市町村へ権限を移譲していくゆうようなことですか」
「それが権限移譲のおおまかな流れなんです。ですから知事が『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』事業推進委員会の会長を務めているのはそうした流れに逆行することなんです」
「伊賀のことは伊賀に任せなさいと」
「知事にいま望まれるのは会長を辞任することで権限移譲の流れを身をもって示すことなんです。この流れを追い風といわずしてどこに追い風があるか」
「その追い風を受けて君はどないしました」
「追い風を受けながら伊賀県民局を訪れました」
「伊賀の蔵びらき事業の事務局へですか」
「十一月二十八日のことでしたけど」
「君よう無事に帰ってこれましたな」
「そらもう手みやげとして創業昭和五年近鉄名張駅前賛急屋謹製の名張名物なばり饅頭を持参したりなんやかんやとにかく命ばかりはお助けをと」
「君の命なんか誰も欲しがりませんがな」
「それで事務局で事業推進委員会の規約を見たら『会長は、三重県知事とする』とか書いてありましてね」
「それやったら君は会長になれませんがな」
「これは仕方ないなと思いまして」
「諦めなしゃあないですね」
「しかしまだ道がないわけではありません」
「君どこまでしつこかったら気ィ済みますねん」

十二月、知事に相まみえる

「そうこうしてるうちにいよいよ十二月です」
「二〇〇三年もあと一か月ですか」
「じゃーん」
「え」
「名張市立図書館の江戸川乱歩リファレンスブック3『江戸川乱歩著書目録』がついに完成いたしました」
「そんなん何の関係もない話ですがな」
「この際ですから宣伝さしてもらおかな思いまして。すでに乱歩研究の基本資料として高い評価をいただいている『乱歩文献データブック』『江戸川乱歩執筆年譜』につづく第三弾として乱歩の著書千四百二十四点のデータをまとめましたのが『江戸川乱歩著書目録』」
「日刊紙の伊賀版でも紹介してもろてましたな」
「ほかにも紹介してくださる方がありまして」
小西昌幸 ● 「創世ホール通信」十二月号

 2003年の大偉業、名張市立図書館 『江戸川乱歩著書目録』ついに完成

「創世ホール通信/文化ジャーナル」2002年9月号で三重県の名張市立図書館の乱歩資料集刊行事業についてご紹介した。そこでも予告されていた資料集『江戸川乱歩著書目録 江戸川乱歩リファレンスブック3』が11月下旬ついに完成し、同館では12月9日から通信販売の注文を受け付けている。北島町立図書館にも寄贈いただいたが、非常に美しい造本と緻密な内容で渾身の力作というべき立派な資料集として仕上がっている。それはひとえに編集担当である同館嘱託・中相作氏の功績である。巻頭には「ふるさと発見五十年」という中氏の長文の論考が収録されているが、これも名張市と乱歩の関わりを実に手際よくまとめた屈指の名文といってよいと思う。
 中氏が我が国トップ・クラスの乱歩研究ホーム・ページ「名張人外境」を主宰されていることなどは、「創世ホール通信」当該号をお読みいただきたいが、同サイトで中氏は、この本を独特のシニカルな文体で次のように自己紹介しておられる。

一●江戸川乱歩の生誕地にして深刻な財政硬直化に直面する三重県名張市が乱歩を愛するすべての人のために血税を注ぎ込みました。
二●前二巻にひきつづいて平井隆太郎先生のご監修と全面的なご協力をたまわり、巻頭には新保博久さんの書き下ろしエッセイ「池袋十二年」を頂戴いたしました。
三●同じく前二巻にひきつづき、戸田勝久さんの美麗な装幀で書籍本体、函、扉、見返しを飾っていただきました。
四●『心理試験』が探偵小説ファンを瞠目させた1925年から『貼雑年譜』完全復刻版が乱歩ファンを驚喜させた2001年まで、七十七年のあいだに刊行された乱歩の著書千四百二十四点のデータを一巻にまとめました。
五●(略)巻末には狂気と妄執が凝り固まったかのごとき索引を附してリファレンスの便に供しました。

『江戸川乱歩著書目録 江戸川乱歩リファレンスブック3』、A5判、310頁、ハードカバー、トンネル函。本体価格3000円+税150円。
 郵送注文方法は氏名と住所を明記の上、現金書留か郵便為替で名張市立図書館宛てに代金3150円+送料340円合計3490円を送ること。《名張市立図書館 518−0712 三重県名張市桜ケ丘3088-156 電話0595・63・3260 FAX0595・64・1689》
 すばらしい人材に恵まれた乱歩と名張市の幸福をしみじみと思う。

「世間には君のことを全面的に誤解して買い被ってくれてる人もいてはるわけですね」
「そら僕かて行くとこ行ったらえらいもんですから」
「いったいどこ行きますねん」
「僕が東京行ってちょっと片手を挙げてみなさい」
「どないなります」
「すぐにタクシーが停まりよるがな」
「そんな古い漫才はせんでもええねん」
「ほかにもまたきょうびのことですからインターネットでもいろいろ紹介していただいてまして」
須永朝彦 ● 「明石町便り」十二月二十二日

 大乱歩のリファレンスブック完結

 三重県の名張市立図書館から《江戸川乱歩リファレンスブック》の第3巻として『江戸川乱歩著書目録』が刊行されました〔本体¥3000〕。97年の『乱歩文献データブック』、98年の『江戸川乱歩執筆年譜』に続くもの。これで無事完結した事になりますが、編纂に携はられた中相作さんの御苦労のほどが偲ばれますね。泉下の乱歩〔書物といふものに一方ならぬ愛情を注いだ人と想像されます〕も嘸喜んでゐることでせう。

東雅夫 ● 「幻想的掲示板2」十二月二十六日

 乱歩あれこれ

 さて、乱歩がらみの仕事では、いつも大変重宝に活用させていただいているのが、名張市立図書館発行の〈江戸川乱歩リファレンスブック〉。このほど、その第3巻として『江戸川乱歩著書目録』が刊行されました。
 例によって、徹底したデータ調査と周到を極める索引類、検索に便利な二色刷りの本文レイアウトによって、さまざまなクロス・レファレンスが可能な乱歩研究必携ツールに仕上がっております。

「これは名張市にとっても名誉なことですね」
「ぜひお買い求めをいただきたいものだなと」
「僕も一冊ぐらい買わなあきませんか」
「いまなら僕のサイン入りサービスも実施中です」
「君のサインもろてどないせえゆうねん」
「しかもサインには六コースございまして」
「どんなサインがあるゆうんですか」
「Aコースはカリスマ。Bは大権威。Cは人間豹。Dはサンデー先生。Eは酔っ払い。Fは中相作」
「本名以外は訳のわからん名前ばっかりですな」
「愛称とか尊称とかいろいろありまして」
「そしたらサンデー先生ゆうのはなんですねん」
「結局は僕の学識と人間的魅力に由来する名前なんですけどそんなこと自分の口からはとてもとても」
「全部自分で喋っとるやないか」
「サンデー先生は正直一途の人ですから」
「とにかくまともやないですな君のやってることは」
「それはそれとしてそのサンデー先生がどないしたら事業推進委員会の会長になれるのかゆう話ですけど」
「なんぞ道は見つかりましたか」
「三重県庁知事室にメールをお送りいたしました」
三重県庁知事室へのメール ● 十二月十日

 どうもお世話さまです。以前、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業のことでメールをさしあげた者です。同事業のことでぜひ知事にお目にかかりたく、ご手配をお願い申しあげる次第です。知事は先週、同じくこの事業のことで伊賀地域住民とお会いになられたと仄聞いたします。折悪しく定例会開会中で、ほかにもご多用のこととは拝察いたしますが、十分か十五分ほどお時間を頂戴することは可能ではないでしょうか。
 用件は、本来であれば「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業に関して疑問点を質したいところなのですが、知事はこの事業のことを何ひとつご存じないようですから、事業に関する質問などという無意味なことに時間は割きません。知事に同事業推進委員会の会長を退任されるよう勧告し、会長権限で私が新会長に就任できるよう差配していただくことをお願いしたいと考えております。
 この件に関する私の見解は下記の掲示板に投稿しておりますので、知事にもぜひご一読いただきたく存じます。
http://www.iga2004.jp/bbs/bbs.php
 むろん知事に直接お会いできなくても、上記の件に関してメールでご回答を頂戴できればそれで用は済むのですが、これまでの経験から申しあげて、メールではまともなお答えがいただけないであろうと思われる次第です。
 とりあえず、事業推進委員会が開催される今月下旬までにお会いいただけるのかいただけないのか、その点についてメールでご回答を頂戴できれば幸甚です。なお、ご回答は当方のホームページ(http://www.e-net.or.jp/user/stako/)で公開させていただきますので、あらかじめご了解いただきますようお願いいたします。
 まことに勝手なお願いで知事にも貴チーム各位にも申し訳なく思う次第ですが、なにとぞご高配をたまわりますようよろしくお願い申しあげます。

「そんな訳のわからんメール出してからに知事室の人にはちゃんと相手をしてもらえたんですか」
「まったく相手にしてもらえませんでしたから僕もう頭に来てしまいまして」
「どないしました」
「県庁知事室にいきなり電話かけたりましてん」
「向こうはどないゆうてはりました」
「えらいうろたえてはりました」
「そらそうでしょうね」
「担当の者がおりませんのでまたあらためて連絡させていただきますみたいなことでして」
「あらためて連絡がありましたか」
「ありましたけど知事に会いたいという僕の要請は知事室から生活部にたらい回しにされておりまして」
「伊賀の蔵びらき事業の担当は生活部ですから」
「また生活部からあらためてお電話いたしますと」
「それで生活部から電話はあったんですか」
「ありまっかいなそんなもん」
「まあ向こうの気持ちもわからんではないですけど」
「そうこうするうちに十二月二十五日ですがな」
「クリスマスがどないしました」
「クリスマスは関係ないんです。この日の夜に伊賀県民局で事業推進委員会が開かれまして」
「君も招待していただいたんですか」
「招待はなかったんですけど傍聴は自由やゆうことでしたから。それで会場の受付で委員会開会中の写真撮影はOKですかゆうて訊いたら写真はかまいませんけど発言と飲酒は駄目ですゆうて釘を刺されまして」
「そらまたなんちゅう釘の刺され方やねん」
「それで委員会を傍聴した報告を僕は自分のホームページで公開いたしました」
「名張人外境とかゆうホームページですか」
「人外境主人伝言ゆうコーナーに四日連続で」
人外境主人伝言 ● 十二月二十七日

 お役所はきょうから年末年始のお休みで、きのうが御用納めでした。その前日の12月25日という、どこから見てもどさくさまぎれだとしか思えない日程で「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業推進委員会が開催されました。会場は三重県伊賀県民局の大会議室。私は傍聴者として潜り込みました。
 本日付の朝日新聞伊賀版には「芭蕉生誕360年記念事業推進委/計画や要求額承認/総額3億3千万円/知事ら委員、PR不足指摘も」といった見出しが躍り、委員会の模様が報じられておりますので、それを引用しながら報告を進めることにいたします。
 私の報告は、タイトルをつけるとすれば「いやー、野呂昭彦知事に一本取られてしまいましたー」みたいなことになるのですが、まずは朝日の記事のリード全文。

 来年5月から始まる松尾芭蕉生誕360周年記念事業の推進委員会(会長・野呂昭彦知事)が25日夕、上野市四十九町の県上野庁舎で開かれた。県や市町村などが実施する事業の計画案や総額3億3千万円の要求額案が承認されたが、野呂知事ら委員からは同事業のPR不足を指摘する意見なども出された。

 委員会で配付された事項書は次のとおり。

第2回「生誕360年 芭蕉さんがゆく 秘蔵のくに
伊賀の蔵びらき」事業推進委員会 事項書
日時:平成15年12月25日午後5時〜
場所:三重県上野庁舎 7階 大会議室
1 あいさつ
2 報告事項
(1)「生誕360年 芭蕉さんがゆく 秘蔵のくに 伊賀の蔵びらき」事業の経過──資料1
(2)平成15年度の主な事業の実施概要──資料2
3 議事
第1号議案 平成16年度事業計画(案)について
第2号議案 平成16年度事業要求額(案)について
4 その他
04事業 事業所サポーター(仮称)の考え方(案)──資料3
※ その他配付資料
○ 伊賀びと通信 vol.6,7
○ 「生誕360年 芭蕉さんがゆく 秘蔵のくに 伊賀の蔵びらき」事業における現在募集中の事業チラシ

 この伝言板を継続して閲覧していただいている方にはいまさら紹介の要もないことですが、事業推進委員会は三重県知事、伊賀地域七市町村長、学識経験者、関連企業関係者ら十七人で組織され、二〇〇四伊賀びと委員会がまとめた「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業の計画と予算を審議して承認する組織です。
 こんな委員会はまったく必要のないものだということを私はくりかえし主張してきましたが、実際に委員会を傍聴してみて自分の主張に間違いのなかったことが確認された次第です。みたいなことはあらためて記すとして、ふたたび朝日の記事から今度は最後の段落を引きましょう。

 野呂知事は官民が一緒に進める同事業が今後のモデルケースになることを期待する一方で、「この事業が県民に十分理解を得られていないように感じる」などと述べ、広報態勢を中心とした今後の進め方への課題を指摘。委員からも同様の意見が出され、木戸博事務局長は「来年3月までが勝負と考えており、厚みのあるPRをしていきたい」などと答えていた。

人外境主人伝言 ● 十二月二十八日

 12月25日、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業推進委員会が始まりました。最初に野呂昭彦知事が挨拶をなさいました。
 知事はまず、三重県が策定を進めている「県民しあわせプラン」という総合計画に触れ、このプランでは多様な主体性をもった人たちが協働して市町村や県を担ってゆく「新しい公」という考え方を示しているが、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業はそうした「新しい公」のモデルケースになるものと期待している、とおっしゃいました。
「県民しあわせプラン」か、安物の生命保険会社が考えつきそうなプランだな、とかなんとか不謹慎なことを考えながら聞いていた私は、つづく知事の言葉に耳をそばだてました。知事は、
「最近、私の耳に雑音が入ってくるのですが」
 と前置きして、事業推進委員会の存在が地域住民から充分な理解を得ていないとの認識を示されました。ぶっちゃけて申しますと、事業推進委員会に関していろいろ文句いってくるやつがおるが、それはこの委員会のことを正しく理解していない人間である、といったことになるでしょう。
 あ、俺のことだ、と私は思い、その場で知事の事実誤認を訂正してさしあげたい気分になりました。充分な理解も何も、事業推進委員会の存在を知っている伊賀地域住民などほとんど存在していないはずですし、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業そのものさえ、そんなものよく知らねーよ、という地域住民が大半であろうと判断される次第です。実際には伊賀の山猿どもが身内だけできゃっきゃきゃっきゃいってるばかりで、伊賀地域住民の多くはこの事業に無関心でありつづけているというのが実状でしょう。
 知事はつづいて、事業推進委員会に関して「組織のあるべき姿としてこれがいいと判断している」との見解をお示しになり、事業に関しては「どのような『新しい公』の担い方があるのかを探るモデルケースとして、市民の主体性を活かし、力を充分に活かしていただくことを期待している。いろいろな考え方があるなかで、このイベントを通じて『伊賀はひとつ』という全体としての姿を見せていただきたい」と述べられました。
「新しい公」とおっしゃるのであれば、官民合同組織であるはずの二〇〇四伊賀びと委員会における旧態依然とした官僚的体質をいったいどのようにお考えなのか。市民の主体性がどうのこうのとおっしゃるのであれば、事業推進委員会の存在が二〇〇四伊賀びと委員会の自立性や主体性を抑圧している事実をどのようにお考えなのか。伊賀はひとつとおっしゃるのであれば、上野や伊賀なんて大嫌いさといって名張市が市町村合併に加わらぬ事態をどのようにお考えなのか。いったい何を根拠に伊賀はひとつなどという世迷い言を口にされるのか。
 えーい、事業のことも伊賀のこともあまりよく理解できておらぬくせに何をきれいごと抜かしておるのかこの知事は、と思っているところへ庁内放送が入り、午後5時30分になりました、時間外勤務以外の人は帰りましょう、みたいなアナウンスが流れました。これではまるで下校をうながす小学校の校内放送です。いちいち放送してもらわないことには、伊賀県民局の職員諸君にはこんなことさえわからんのでしょうか。
 そんなことはともかく、「雑音」に関する言及があったせいか単なる挨拶にしてはやや長かった野呂昭彦知事の挨拶は、「素晴らしい自然と文化をもち、誇るべき先人たちを生み出してきた伊賀から、いまの伊賀の人たちの生きざまを全方位に発信していただきたい」との希望でしめくくられました。生きざまなどという恥知らずな言葉をつかう人間が最近すっかり地を払ったのはいいことだな、と私は思っていたのですが、三重県にはいまだ使用者が生存しているようです。
 つづいて議事。事業の計画と要求額が審議されました。
 事業計画の審議では、事務局職員が計画案を読みあげたあと、委員が意見を述べました。委員会副会長で中部大学教授の岡本勝さんからは、「事業が伊賀だけで盛りあがって伊賀だけで終わってしまう危険性がある。伊賀から外へ向けての働きかけが不足している」との指摘がありました。
 これは当然の危惧というべきで、と申しますか、さあ全国発信だと力み返ってみたところで事業の実質はご町内の親睦行事の寄せ集めなんですから、伊賀だけで盛りあがって伊賀だけで終わってしまうのはむしろ当然の帰結だと思われます。
 ほかの俳句関連事業との連携を深めるようにとのアドバイスなども出て、採決に入った結果、第一号議案は原案どおり可決されました。
 つづく第二号議案は要求額。事業の予算は三重県が三分の二、伊賀地域七市町村が三分の一を負担することになっているのですが、県と市町村に総額でいくら要求するかが審議されました。
 要求額の案は次のとおり。

単位:千円
区分
内  訳
要求額
総務費
委員報酬・旅費、事務局経費
24,625
広報費
広報・宣伝・記録費
100,823
事業費
共同(大規模)事業 A オープニング
29,500
B 伊賀体験・夏イベント
16,000
C 芭蕉さん事業
19,640
D フィナーレ
28,100
市町村域事業
81,350
伊賀一円事業
11,390
県域・全国的事業
12,600
その他しくみづくり等
7,700
合計
 
331,728
*広報費には「広報事業」費を含む

 総額三億三千百七十二万八千円の要求額も原案どおり可決されました。
 いやー、野呂昭彦知事に一本取られてしまいましたー、という報告はさらにつづきます。

人外境主人伝言 ● 十二月二十九日

 12月25日、三重県伊賀県民局七階大会議室、第二回「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業推進委員会。私が野呂昭彦知事から一本取られる時間が刻一刻と近づいています。
 事業の計画と要求額を決定した議事のあと、事務局が「その他」として「04事業 事業所サポーター(仮称)の考え方」という案を示しました。
 簡単にいえば企業や法人などから事業への協賛を募ろうかという案で、一口五千円の協賛金を出す「広報協賛」と、施設や商品の提供などを行う「事業協賛」のふたつがあるとのことでしたが、このプランに対して委員から厳しい批判が飛び出しました。
 事業関連企業の近鉄ステーションサービスから委員として出席された方の意見でしたが、「もう少し真剣に考えていただきたい」とのっけからかなり手厳しく、たとえば近鉄の駅にポスターを掲示した場合のコストは二日で九十万円、それを無料にするのも立派な協力であって、ことほどさように企業によってさまざまな協力の方法があるにもかかわらず、どんな企業からも一律に一口五千円で協賛金を募るというのではあまりにも姿勢が安易であり、「企業が苦しんでいるときにこんな形で協力を要請するのは企業側のモラールを低下させる要因になる」とのことでした。ビジネスの第一線で切った張ったに明け暮れる企業戦士の発言にはさすがに説得力というものがありましたが、平たく申しあげてしまえばこの委員の方は、おまえらもう少し頭をつかわんか、ということをおっしゃりたかったのだろうと推測されます。
 しかしまあ、何度も申しておりますが、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業は要するにご町内の親睦行事の寄せ集めであり、すべてはご町内感覚で発想されておりますから、夏祭りが近づいたからご町内の商店から寄付金を集めてまわろうか、みたいな話が出てくるのは当然のことでしょう。
 私はむしろ、一口五千円の協賛金を集めていったい何をしようというのか、それがいっさい明らかにされていないことが気になりました。本来であれば協賛金もまた予算に組み入れられているべきなのですが、いまごろ何を思いついてこんな不得要領なプランを出してきたのか、伊賀の山猿の考えていることはどうもよくわかりません。
「04事業 事業所サポーター(仮称)の考え方」に関する協議が終わったあと、このプランの決議に関して、議長をお務めだった知事と事務局とのあいだに面白いやりとりがありました。
「これも『案』となっているからここで決議するわけだね」
「いえ」
「しかしどこかで決議しなければならないわけだから」
「本日頂戴したご意見を踏まえて伊賀びと委員会のほうで決議いたします」
「あそう」
「はい」
「それなら事業推進委員会なんかまったく必要ないじゃないか」
 いやうっかり筆が滑りました。知事は「それなら事業推進委員会なんかまったく必要ないじゃないか」とはおっしゃっていません。これは私がいま思いついて書き加えたものです。どちらさまもお間違えのないようにお願いいたします。
 とはいえ、「それなら事業推進委員会なんかまったく必要ないじゃないか」という言葉がつづいてもちっともおかしくない話の流れではありました。このやりとりには、事業推進委員会と二〇〇四伊賀びと委員会の関係性がきわめて曖昧なものであり、事業推進委員会の存在は形骸に過ぎないということが端的に示されています。
 むろんこんなやりとりがなくたって、事業推進委員会が無用の長物であり屋上屋を架すものに過ぎぬということは発足当初から私がくどくどくどくどと指摘してきたところなのですが、一時間あまりの会議を傍聴しただけで、私には自分の指摘の正当性をあらためて確認することができた次第です。
 知事は事業推進委員会の存在が地域住民から充分な理解を得ていないとご認識のようですが、たとえ伊賀地域住民にその存在があまねく知れわたるに至ったとしても、委員会の存在意義なんか百年たったって誰からも理解なんかされるものかと私は思います。
 私の批判が「雑音」にしか聞こえないというのは権力者として当然の反応であるにせよ、あの知事にはあとでちょこっとかましておいてやらねばならんなと、私は傍聴席で腕を撫でました。

人外境主人伝言 ● 十二月三十日

 いやー、伊賀ってのはずいぶん騒がしい土地だなー、と野呂昭彦三重県知事はお思いなのでしょう。日本書紀ふうにいえば、
「遂に皇孫天津彦彦火瓊瓊杵尊を立てて、葦原中国の主とせむと欲す。然も彼の地に、多に蛍火の光く神、及び蝿声す邪しき神有り。復草木咸に能く言語有り」
 なんて感じでしょうか。まつろわぬ民は雑音を発して騒がしい、というのが権力の座にあるものの共通認識であると思われる次第です。
 しかしそれは当然のことで、大丈夫かこいつらと思わざるを得ないほど無教養きわまりない十八万伊賀地域住民のみなさんはご存じないことかもしれませんが、われらが伊賀は古来、反王権の土地であったと申しあげてもさしたる差し支えはありません。権力者にとって、さばえなすあしき神の土地であり、また草木ことごとくによくものいう土地であったということです。
 したがいまして、野呂昭彦三重県知事が12月25日に開かれた「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業推進委員会冒頭の挨拶で、私がこれまでに重ねてきた批判を「雑音」として一蹴されたのは権力者としてごく当たり前の反応であったと申しあげるべきでしょう。正当な批判を雑音としか受け取れぬのは、権力者として致命的な欠点ではあるわけですが。
 そんなこんなで「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業推進委員会は午後6時20分ごろに終了しました。私は机にひろげた資料とノートを鞄に収め、立ちあがってコートを着用したあと、つかつかと野呂昭彦知事のもとに向かいました。
 知事のもとに向かいながら私が考えていたのは、せっかく知事から雑音と認定していただいたのだから、これを通り名に利用しない手はないな、ということでした。サンデー先生に代わる新しい名前はないものか。
 とりあえず考えつくのは、雑音魔。いやこれではなんだか海野十三みたいではないか。
 乱歩ふうなネーミングを考えるならば、いわゆる通俗長篇にちなんで、蜘蛛雑音、黄金雑音、魔術雑音。さっぱりわやですがな。
 それなら短篇で行くことにして、二銭雑音、屋根裏の雑音者、雑音椅子、押絵と旅する雑音。どうもいけません。
 少年ものに範を求めるとすれば、雑音人ZZZ。これではいびきかいて寝ているだけではありませんか。
 なんてこと考えながら知事の席に歩み寄っていたときのことです。ふと知事のほうを見やった瞬間、知事もまたこちらをお向きになりました。知事と私の視線が交錯しました。そのまま視線をそらさずに歩いていると、知事の顔には完爾とした笑みが浮かびました。
「中さん、どうもありがとう」
「え……」
 いっぽぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんッ。
 私が野呂昭彦知事から一本取られたと感じたのは、まさにこのときのことでした。機先を制されました。虚を衝かれました。知事とお会いするのはこの日が初めてですから、まさか知事が私のことをご存じであろうとは、しかも知事からお礼の言葉をいただこうとは、これはいったいどうなっておるのか、いやまいったな、いまだ戦闘態勢に入っていないうちに一本取られてしまったではないか、などと思っていると知事はさらに、
「二銭銅貨煎餅、おいしかったよ」
 と追い打ちをかけるようにおっしゃいました。
 ああ、二銭銅貨煎餅。名張市中町にある山本松寿堂謹製の名張名物二銭銅貨煎餅。
 そういえば私はこの日、事業推進委員会への手みやげとして二銭銅貨煎餅を持参していたのでした。委員会開会前の会場で、その場にいあわせた伊賀県民局職員の可愛いお姉さんたちに頼んで委員の席に一袋ずつ二銭銅貨煎餅を置いてもらったのでした。委員会では知事の両隣に上野市長と名張市長が着席し、知事と名張市長が肩を寄せ合うようにして何やら話し合っているシーンも見られましたから、二銭銅貨煎餅のことや傍聴席にいる私のことが知事の耳に入っていても不思議ではないのですが、それはいま振り返ればそう思えるというだけの話で、知事から声をかけていただいたときの私はただびっくりするばかり。知事のそばまで近づいて一礼し、『江戸川乱歩著書目録』をお送りいたしましたところご丁重な礼状をたまわりありがとうございます、とまずお礼を申しあげ、そのあと、
「えー、来年もまた思いきり雑音を立ててやろうと思っておりますのでよろしくお願いいたします」
 と申しあげるのが精一杯でした。
 知事はさすがに複雑な顔つきになられましたが、周囲にいらっしゃった伊賀七市町村長ら委員のみなさんは大爆笑。私から見て正面の席にお坐りだった大山田村村長などじつに愉快そうに呵々大笑していらっしゃいました。
 おかしいな、どうしてこんなに受けるのだろう、知事の挨拶にあった「雑音」の張本人が私であるということが委員各位に認識されていなければこれほどの食いつきは見られぬはずなのだが、と私は不審を抱いたのですが、翌日になって聞き及んだところでは、委員会開会前の控え室において知事をはじめとした委員各位のあいだで私のことがひとしきり話題になっていたそうです。
 そうでしょうそうでしょう。そうでなければ私の言葉にあれほどの反応は見られなかったはずです。それにしても私はいまや伊賀地域一番の人気者となっているようで、いっそ来年11月に伊賀市が発足したら伊賀市長の選挙に出馬してやろうかとも思われる次第です。
 いやー、野呂昭彦知事に一本取られてしまいましたー、という報告は以上のとおりです。

「忙しい時期に何しょうもないこと書いとるねん」
「しょうもないことはありません。地域住民に事業推進委員会の実態を報告する渾身のレポートです」
「それにしても君は自分のホームページに毎日毎日こんなあほなこと書いて喜んでるんですか」
「ですからきょうの漫才でもホームページに書いた文章をもっとたくさん紹介したかったんですけど」
「あんまり紹介できませんでしたか」
「なんにつけ金が恨みの世の中でして」
「お金がどないしましてん」
「この『伊賀百筆』に原稿載せてもらお思たら四百字一枚につき五百円を支払わなあきませんねん」
「そんなもんお金を出したら済む話やないですか」
「でも伊賀の蔵びらき事業のためにお金出すのはもったいないゆうかあほらしい感じがしまして」
「あほらしかろうがなんやろがここまで来たら君は最後まで伊賀の蔵びらき事業の批判者としての立場を貫かなあかんのとちゃいますか」
「たしかにまあ『伊賀百筆』みたいな刊行物に事業批判を発表して後世に伝えることも僕の責務やなと」
「ほな問題はありませんがな」
「けどまあ五万円程度やろなと思いまして」
「上限五万円までやったら出せるゆうことですか」
「僕の生活感覚からしたらそれ以上の出費はどうも」
「それはそうかもしれんですね」
「ゆうても五万あったら女子中学生二人半ですから」
「なんの話ですねん」
「先日名古屋にあるテレビ局の五十九歳の偉いさんが十五歳の女子中学生の春を買って逮捕されましてね」
「なんやテレビのニュースでやってましたな」
「そのときの気になるお値段が二万円ゆうことで」
「それがどないしましてん」
「せやから五万円もって名古屋に行ったら女子中学生二人半とみだらな行為が楽しめるわけです」
「二人はわかりますけど半ゆうのはなんですねん」
「半は悩みどころでしょうね」
「いったい何を悩みますねん」
「上半身を取るべきか下半身を取るべきか」
「そうゆう問題とちゃいますがな」
「最終的には下半身を選択するであろうなと自分なりに予測もできるわけですけどね」
「好きなように予測しといたらよろしがな」
「さりとて上半身も捨てがたい」
「知らんがなそんなことは」
「掲載料五万円ゆうたら原稿用紙百枚ですから何とか百枚に収めようと削りに削りまして」
「それで君が自分のホームページに書いた文章はきょうの漫才ではほとんど紹介できませんでしたと」
「ところが削っても削っても百枚には収まりません」
「どないしますねん」
「しゃあないから原稿は二百枚にしました」
「一気に倍増ですか。十万円要りますがな」
「よかったら分割払いでお願いできませんか」
「僕に尋ねられても困りますがな」
「月々のお支払いはなんとか女子中学生半人前ぐらいでお願いできたらありがたいんですけど」
「女子中学生は関係ありませんがな」
「そうこうゆうてるうちに大晦日になりまして」
「なんやあわただしい一年でしたな」
「伊賀の蔵びらき掲示板でご挨拶をいたしました」
伊賀の蔵びらき掲示板 ● 十二月三十一日

 12月25日、伊賀県民局で第二回「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業推進委員会が開催され、議案として提出された事業の計画と要求額(つまり事業のために三重県と伊賀七市町村からふんだくる予算の総額です)が承認されました。朝日新聞の伊賀版など日刊紙地方版でも一部報道されましたが、私は委員会を傍聴し、その報告を自分のサイトに掲載しておりますので、私が野呂昭彦知事から一本取られてしまった話その他、じっくりご閲覧いただければと思います。下記のページで、「人外境主人伝言」というロゴをクリックして、12月27日付の伝言からお読みください。
http://www.e-net.or.jp/user/stako/main.html
 以下、報告の補足を少々。
 事業推進委員会を傍聴して感じたのは、ああ、この人たちはしょせんオブザーバーないしはアドバイザーだな、ということでした。たとえばこれは朝日の記事でも触れられていたことですが、ある委員から事業のPRが不足しているという指摘がなされました。それはそのとおりだがおまえらはいったい何なんだ、と私は思いました。もしもおまえらが事業に対して助言するだけの第三者ならどこにも問題はないのだが、おまえらは事業推進委員ではないか。事業を推進し、二〇〇四伊賀びと委員会を支援する立場の人間ではないか。それが何なんだその他人ごとみたいな口の利きようは。PRに関していうならば、おまえら推進委員の役目はそれぞれの立場で事業をPRすることではないのか。それが推進ではないか。支援ではないか。それができないおまえらのどこが推進委員だ。おのれの立場も弁えず当事者意識皆無でおめでたいことばかり並べてるような推進委員なんかもう要らない。最初から要らなかったんだけどほんとに要らないということがよくわかった。しかしまあ、よくわかったからといってどうにもなりません。何の意味もなく役にも立たぬ事業推進委員会、次回は3月末の開催だそうです。
 それから要求額の予算書、これがじつにひどいものでした。たった一枚の紙に総額三億三千百七十二万八千円の予算がごく大雑把に記されているだけで(内訳は私のサイトでご覧ください)、いったいこれは何なんだこら二〇〇四伊賀びと委員会の莫迦ども。山猿ども。とくに民間委員の莫迦ども。間抜け面してへらへらしとるんやないぞこら。おまえらいったいどこまで莫迦だったら気が済むんだ。透明性や公開性をここまでないがしろにしておいて、こんな事業のどこが官民合同だというんだ。お役所の予算書だってもう少し詳しいはずだ。こら二〇〇四伊賀びと委員会の莫迦ども。おまえら血税三億をどぶに捨てるなら捨てるでその予算の詳細を公開しろ、それが血税三億を無駄づかいされる地域住民への最低限の礼儀ではないかと俺のいったことが理解できんのか莫迦。なんていってみたところで、たぶん理解できてはおらんのでしょうな。なにしろ莫迦なんですから。
 ほかにも批判すべき点は多々あるのですが、本日のところはここまでとしておきましょう。ともあれ、東紀州から伊賀へと架け渡されたばらまきの連鎖は、どうやら断ち切ることが不可能のようです。

「君ほんまいつ刺されても知りませんで」
「人を板垣退助みたいにゆうたらあきませんがな」
「そんなええもんですか」
「そらたしかに僕はこれまで二〇〇四伊賀びと委員会に手厳しい批判を投げかけてきましたけどね」
「手厳しいゆうよりわやくちゃですがな」
「でも僕の批判や罵倒は愛の鞭なんです。この鞭が二〇〇四伊賀びと委員会を大きく育てるんです」
「そんなもん大きなお世話や思いますけど」
「しかし彼らも一応は全国発信を目指してるわけですからね。狭い伊賀盆地でべたべた馴れ合ってるだけではとても全国発信なんかできません。彼らを一から鍛えあげて広い世間へ出ていけるだけの人間に育ててやろうという僕の親心が君には理解できませんか」
「君は最初からそんな奥の深い親心で二〇〇四伊賀びと委員会を批判してたんですか」
「いやこれはいま思いつきでゆうてみただけで」
「思いつきでええ加減なこと喋るなゆうねん」
「でも僕はもともとええ加減な人間ですからね」
「たしかにええ加減はええ加減ですね。君は一人でぎゃあぎゃあ大騒ぎして事態を紛糾させてるだけで結局のところ問題には何の進展もありませんから」
「それはじつに僕の不徳のいたすところでして」
「あっちこっちへメール送りつけてごちゃごちゃ質問してそれで事業がちょっとでも動きましたか」
「動かざることおかんのおいどのごとし」
「古い漫才はせんでもええねん」
「けどほんまに僕は事業関係者から見事なくらいに無視されつづけてまして」
「それは自業自得やがな。人の顔見るたびにあほとか山猿とかゆうててはほんましゃあないで実際」
「だいたいメールのやりとりにしても質問して回答もろてきれいにけりがついたのは二〇〇四伊賀びと委員会の会長さんだけでしたからね」
「あとはどないなってますねん」
「結局ほったらかしにされてまして」
「それではあかんがな」
「さっぱりわやですわ」
「けどまあどこからも相手にされんようになったら君もおとなしいしとかなしゃあないですね」

一月、二〇〇四年が始まる

「新年あけましておめでとうございます」
「新年になってもまだやるんですか」
「原稿用紙二百枚分はやらしてもらいます」
「適当なとこで切りあげられませんのか」
「新年を迎えてからもいろいろなことがありまして」
「いろいろなことといいますと」
「たとえば県職員への知事の年頭挨拶ですけどね」
「何をおっしゃったんですか」
「もっと県民に顔を向けなさいと」
「それは大事なことですけどね」
「それで僕も伊賀の蔵びらき掲示板でさっそくその話題をとりあげたりなんやかんやいたしまして」
伊賀の蔵びらき掲示板 ● 一月十日

 ところで、県民に顔を向けるという知事のお言葉は6日行われた知事の定例会見でも話題になったようで、三重県オフィシャルサイトにはそのやりとりが──
(質)昨日の職員への年頭挨拶の中で、県職員は優秀だが、ややもすると知事の顔を向き過ぎるきらいがあると、県民に顔を向けてくれということなんですけども、具体的な事例、なんかエピソードはないですか、知事に顔を向いて仕事をしている事例。
(答)具体的にというよりも、8カ月以上経ってまいりましたから、その間に県庁の職員の皆さん、私がこういう記者会見の時に申し上げていたり、あるいはいろんなところでご挨拶したり、あるいは講演したりというようなことがありますが、そういったことまで含めて、かなり気を遣って、それをこれからの県政のいろんな形を作っていくときに、盛り込んだりしてくれておりますね。そういう意味で非常にいろいろ優秀であるし、いろいろ気を遣ってくれているなということも感じます。しかし、そんなことよりも、やはりそれぞれ優秀なんでありますから、それぞれが持てる能力で一所懸命考えてもらって、仮に私と違う意見があったって、それは大いに議論をすればいいと、こう思っております。そういう意味では、必ずしも私に合わせてほしいなど思っているわけではありません。しかし、私としては見過ごすことのできないことはそれはストップをさせたり、方向を変えるということは、しなければならないときは、これは口出しをいたします。しかし、ぜひ知事に顔を向けて仕事をやるんではなくて、県民に向けて仕事をやってほしいということ、そのことを昨日はやや強調してああいう形で表現して申し上げたということです。
 ──と記録されています。
 知事は「私としては見過ごすことのできないことはそれはストップをさせたり、方向を変えるということは、しなければならないときは、これは口出しをいたします」と述べていらっしゃいますが、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業に必要だったのは、北川県政によってレールが敷かれたこの事業を無批判にそのまま継承することではなく、まさに「ストップをさせたり、方向を変える」ことも念頭に置いて見直すことだったはずであると、私にはあらためて思い返される次第です。

「いまごろになってストップさせるとか方向を変えるとかゆうたかて手遅れですがな」
「手遅れは手遅れですけど事業の問題点をこの際はっきりさせておくことは必要ですからね」
「たしかに問題点はいろいろあるみたいですけど」
「伊賀地域が二度と同じ轍を踏まないようにこの事業がなぜ失敗したのかを分析しておくべきなんです」
「いや事業はまだ始まってないわけですから」
「でも事業の準備段階において悪いほうへ悪いほうへ舵が切られてきたのは事実なんですから」
「悪いほうへ悪いほうへといいますと」
「知事ふうにゆうたら地域住民に顔を向けないほうへ顔を向けないほうへゆう感じですかね」
「しかし官民合同事業ですから地域住民に顔は向けてるのとちがいますか」
「そのはずなんですけど実際にはそうなってませんから事業準備は失敗やとゆうてるわけです」
「どないなってますねん」
「そもそもなんで官民合同事業の話が出てくるのかゆうたら官が民に顔を向けてないからなんですね」
「その点は知事も認めておられますけど」
「つまり情報公開の一環なんです」
「なんでそないなりますねん」
「情報公開ゆうのは首長の交際費を発表したらそれでおしまいゆうことではまったくありません」
「もっとやらないかんことがあると」
「要するにお役所という密室のなかでお役人衆がどんな基準や価値観や外的圧力その他に基づいて税金のつかい方を決めているのか。政策を決めているのか」
「それを明らかにするのが情報公開ですか」
「お役所が政策決定過程を公開する。それに対して地域住民が意見を述べる。その意見が政策に反映される。それが情報公開の流れなわけなんです」
「官と民が合同で政策を決定するわけですか。それがほんまの官民合同かもしれませんね」
「むろん政策決定過程を公開することには混乱も伴うでしょうけど公開しないことによってもたらされる混乱よりは公開による混乱のほうがまだましなんです」
「最近ではお役所もパブリックコメント制度とかいろいろやってるみたいですけど」
「官民合同事業は徹底した情報公開制度へ至るための試みのひとつだと考えると目安になるでしょう」
「いったいなんの目安ですねん」
「行政と住民が対等の立場で情報を共有するのはいわゆる住民自治への道を開くことでもありますしね」
「話がえらい大層になってきましたけど」
「いや簡単なことです。官民合同事業で第一義とされるべきは公開性であるというだけの話なんです」
「つまり官単独の事業には望めないような公開性を官民合同事業には期待できると」
「公開性を無視したら官民合同の意味がありません」
「それでは普通のお役所仕事と同じことになってしまうかもしれませんからね」
「まず公開性を確保したうえで民の手法や民の発想を盛り込むのが官民合同事業の本来の姿なんです」
「そうゆう意味では伊賀の蔵びらき事業ももっと公開性を高めたら有意義な試みになるわけですね」
「そうです。かりに実施される個々の事業は全国発信にほど遠いご町内の親睦行事であるとしても」
「そんな失礼なことゆうたらあきませんがな」
「官民合同で高度な公開性のもとに事業計画を決定していったらそれなりの成果はあったはずなんです」
「全国発信はたいしてできなくても伊賀の地に官民合同の画期的な事例を実現できたはずであると」
「その意味では知事がこの事業を『新しい公』のモデルケースだとおっしゃるのはまったく正しいんです」
「でも実際にはモデルケースにはなっていないと」
「そうなんです。二〇〇四伊賀びと委員会がお役所に完全に丸め込まれてしもたゆうことでしょうね」
「民が官に丸め込まれましたか」
「お役所が官民合同組織を発足させる場合には行政側が御しやすい人間を集めるのが一般的ですからある意味やむを得ないことではあるんですけど」
「たしかに君みたいな無茶苦茶な人間に委員になってもろたらえらいことになりますからね」
「ただまあ乗りかかった舟ゆうやつですか。今年になってからも僕は伊賀の蔵びらき掲示板で公開性を高めるためのアドバイスをしたりしてるんですけど」
「なんぞ反応はありましたか」
「一月三十一日の時点ではさっぱりですね」
「この先いったいどないなりますねん」
「とにかく三重県と伊賀七市町村の三月議会で伊賀の蔵びらき事業の予算案が承認されるわけですから」
「そうなったら君も江戸川乱歩小酒井不木往復書簡集刊行事業で忙しなるのとちがうんですか」
「まあ僕は去年から動いてますけどね」
「どんな動きですねん」
「去年一番印象的やった動きは書簡集刊行で協力していただく研究者の人や出版社の人と打ち合わせしたあと新宿のスナックに行ったときのことでしょうね」
「新宿ゆうたら東京の新宿ですか」
「もちろんそうです。七月のことでしたけどこの動きも僕はホームページで情報公開してるんです」
人外境主人伝言 ● 八月一日

 ゴールデン街の萌はママが電車でお帰りになる習わしで、つまり終電までには閉店されるシステムが採用されております。私にはすでに時間の観念がなく、それが何時ごろのことであったかさっぱりわからないのですが、とにかく店じまいを終えたママと新宿駅に向かって歩き始めました。
「このへんにカプセルホテルありますか」
「うん。あのあたりにいっぱいありますよ」
「ああそうでんのか」
 しかし私の胸中には、俺のゴールデン街デビューがこのまま終わってしまっていいわけがない、との思いも沸々とたぎっておりましたので、横にいらっしゃった皓星社の社長さんに、
「F巻さんッ。もう一軒ッ」
 と図太くおねだりしました次第。初めてお目にかかった方なのに、こんなに甘えていいのかしら、などとはこれっぽっちも思いません。ぽっと出の酔っ払いなどというのはじつに厚かましいものです。
 で、案内していただいたのが花園神社横の凛凛。社長さんのあとについて花園神社を横断すると、夜の境内にはお芝居の舞台らしきものが組まれ、ひっそりと静まり返っておりました。
 さてその凛凛では、こんな酔っ払いにいつまでもつきあってられるか、とお思いになられたのでしょう、社長さんは適当な時間に席を立たれ、気がついたときにはカウンターに五人の客が残されておりました。
 私の左の席、さっきまで社長さんがお坐りだった席には、いまや一人の女性客が腰かけていらっしゃいます。この女性客がいつ店に入り、どうして私の隣に位置を占めたのか、私はまったく記憶していないのですが、たぶん私が手のひとつも挙げて、
「お姉さんこっちこっち」
 などと気やすく誘導したのではなかったでしょうか。いかにもありがちやりがちなことですが、ともあれ私はかなり早い段階で、今夜はこのお姉さんとホテルに一泊しようと決めていたもののようです。
 いっぽう私の右側には、椅子ひとつ空けて妙齢の女性客がいらっしゃいました。近所でシャンソンとカンツォーネを聴かせるお店をご経営だというたいへん気さくな方で、お話をお聞きしますとすこぶるつきで面白い。なにしろシャンソンの話となると銀巴里時代の丸山明宏さんや戸川昌子さんの名前がぽんぽん飛び出し、金子由香利さんあたりはまだ駆け出しねみたいな感じで話が進むんですからえらいもんです。
 そしてこの方の向こうには、一組のカップルの姿がありました。男性のほうがステージ衣装そのままみたいないでたちで、やや耳障りな声の大阪弁だったこともあり、私はなんとなくこの男女は漫才コンビなのではないかという印象を抱きました。
 さて読者諸兄姉、肝心の左隣の女性客はと申しますと、話せば話すほどなかなかに癖のあるお姉さんであることが判明してきました。一例を挙げますと、自分は小説を書いているのだ、本も出しているのだ、とおっしゃるものですから、これはごく自然な話の流れとしていったいどんな小説なのかとお訊きしましたところ、
「えーッ。どーしてあーたにそんなこと教えなくちゃならないわけーッ?」
 とかほざきやがんの。こんな切り返しは禁じ手だろうと私はいまも思います。
 要するにまあ一事が万事この調子だったのですが、私にはホテルで一泊という大目標がありますからごく鷹揚に話をつづけ、えッ、早稲田在学中に学生結婚してそのときの息子がもう二十六ってか、えッ、旦那とはとっとと別れて息子と二人暮らしってか、えッ、年は四十六ってか、などと内心では驚いたり呆れたりいろんなことしながらウイスキーを飲みつづけた次第です。
 いやいや、もっとひどい目にも遭わされました。これもやはりごく自然な流れとして、お姉さんの手をこっそり握ったときのことです。まあこれも仕方ないか、と私は思っていました。子供抱えた女が東京で生きていれば男相手に肩肘張るのが習い性となるのも仕方ないか、なんか不憫な話だな。ですから私は、よしよし、でかした、よくやった、子供育てながらよくぞきょうまで生きてきた、あっぱれである、俺はおまえを褒めてやろう、あとで表彰状書いてやるからおとなしく待ってろ、みたいないたわりとねぎらいの心をこめて手を握ったのですが、まあ七三の割でこのお姉さんは手を引っ込めるだろうな、しかしここは勝負どころだ、お姉さんは俺の手を握り返してくるにどーんと十八ガバス、とかわけのわからないことを考えながら手を握ったのですが、お姉さんは思いもかけない反応で私を驚かせました。
 あろうことか、お姉さんの手を握った私の手は、すーっと垂直に眼の高さまで持ちあげられてしまいました。そしてその手の向こうから、
「あーたどーしてあたしの手なんか握ってるわけーッ?」
 とお姉さんは厳しい詰問を投げかけてきます。
「姫、率爾ながらお脈を拝見」
 などと悪徳御典医を装う余裕もあらばこそ、私は椅子から転落しそうになりました。

「君まったくのあほやないですか」
「サンデー先生は正直一途の人ですから」
「しょうもないことゆうとる場合か」
「そんなことよりえらいことです」
「どないしました」
「いよいよお別れの時間になってしまいました。もっとくわしく知りたいとおっしゃる方は僕のホームページ名張人外境をご覧ください。なお本日ご紹介したメールはすべて発信者のご承諾をいただいて僕のホームページで公開しているものであることを申し添えます。それではみなさんのご多幸とご健勝を心からお祈り申しあげながらあばよグッバイさようなら」
「掲載料十万円つかいきってしまいましたか」
「女子中学生五人前がぱーですわ」
「女子中学生はどうでもええねん」

(名張市立図書館カリスマ嘱託)


生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき記念特別大漫才
開設日
2004年5月16日
開設者
中 相作 NAKA Shosaku
御意見無用
名張人外境
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stako@e-net.or.jp