光子の日々是好日 金つなぎ

1月3日。  天気晴朗、風ゆるむ。

image午前8時の近鉄特急で京都南座へ。
前進座創立70周年記念と銘打った、初春特別公演「元禄忠臣蔵・御浜御殿綱豊卿」と「口上」、「魚屋宗五郎」を1等席にて鑑賞する。

昭和6年(1931年)、豪快な芸風で知られた2世河原崎長十郎や芝居巧者を謳われた3世中村翫右衛門らが、従来の歌舞伎界の旧態依然とした封建性と独占的な興行資本に抵抗して結成したこの劇団も、今年、はや70周年を迎えるという。今日のお目当ては、7代目瀬川菊之丞を襲名したばかりの山村邦次郎。滋賀の病友、外村房子さんの甥御さんだ。
昨秋、金つなぎ・九州ツア-(3泊4日、いつもながらの“不思議"に守られた旅。内容は、別項「非日常療法」で詳述します)に、房子さんと同行された兄嫁の外村悦子さん(邦次郎さんの母)から、「観劇で免疫力を上げてください。そのおりは、前進座の邦次郎をよろ しく」とご挨拶があり、そのご縁に導かれての今日の観劇である。

実は、これ以外にも前進座には密かな思い入れがある。
昭和20年代の後半、前進座は青年劇場運動を展開。苦労の多い地方巡業を、三重松阪で応援していた実家の長姉に連れられ、公演の間中、楽屋と客席をうろちょろした記憶がある。当時高校教師だったこの姉は20代後半、私はおませな小学生であった。

200人も入れば札止めの出る松阪駅前の小さな芝居小屋。にもかかわらず、連日大入り満員の前進座公演−。(その後、病友の安藤良子さんから、それは松楽座=しょうらく ざ=のことでしょう、と連絡をいただいた)。

image思い返せば、このとき、中村翫右衛門演ずるモリエ-ルの「守銭奴」で人間観察を、また、 河原崎長十郎が気を吐く「佐倉義士伝」の宗五郎に大義・正義のありようを、それぞれ学んだような気がしている。(というのはちと言い過ぎか)しかしまぁ、既にしてこのころから、私はおませで理屈っぽい可愛げのない女の子であったようだ。

さて。劇団を中堅で支える邦次郎さん。御浜御殿の右筆・江島の品良く臈たけた上臈ぶり、魚屋宗五郎の女房おはまの世話女房ぶり。いずれも風姿・口跡ともに良く、5月に襲 名披露が予定されている江戸女形の名跡、7世菊之丞復活に、はや期待がかかる。中入りの口上では、「邦次郎でございます」と顔を上げたところへ、わたくし、すかさず「岡村屋!」と声をかけた。贔屓の役者の応援が果たせて満足である。

芝居の醍醐味を味わうのは、絶妙の掛け声がかかり、かけられたとき。
綱豊卿、嵐圭史の品格には「豊島屋(てしまや)!」が、激情ほとばしる赤穂浪士、助右衛門の梅雀には「成駒屋!」が。そして、妹の非業の死を悼み、権力の理不尽に対する忿(いか)りをたぎらせた酔態で、今や枯淡の至芸を見せる中村梅之助の魚屋宗五郎には、父祖譲りの「成駒屋!」が、間合いよろしくかけられた。
幕切れ近く、梅之助が花道のかかりで白木の角樽をかざして見得を切り、入りにかかるまさにそのとき、大向こうから「日本一(にっぽんいちっ)!」と女声がかかる。絶妙の間合いに、観客一同満足のひととき…。
7代目瀬川菊之丞
新年早々、芝居に“熱中夢中"で、幸せ気分。
思えばいつも、熱中夢中の人生を生きてきた。夢を追って生きてきた。
それかあらぬか、邦次郎さんからいただいた色紙に偶然「夢」の一字が記されていて、重ねて満足の一日となった。

それにしても、熱中夢中の生き方が一方でがんを誘発し、また癒す。この二律背反については、別項「非日常療法」に、詳述の予定です。
お楽しみに。

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