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2009年2月6日(金)

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2月4日 日本経済新聞社
関西ミステリーの風土(3)大阪、未開拓の「宝の山」 岩沢健
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関西ミステリーの風土(3)大阪、未開拓の「宝の山」

2009/02/04配信

作家、三島由紀夫脚本の「黒蜥蜴(くろとかげ)」。女賊、黒蜥蜴が資産家令嬢の身代金として、秘宝「エジプトの星」を手に入れる印象的なシーンがある。舞台は東京タワー展望台。

 この作品、江戸川乱歩の原作での場面は大阪の通天閣。守口で作家デビューしながら、物語の主舞台を大阪にすることがほとんどなかった乱歩が、大阪を描写した数少ないミステリーがこの黒蜥蜴だ。

 「…立並ぶ劇場、映画館、飲食店、織るがごとき雑踏、楽隊の響、露天商人の叫び声、風船玉の笛の音、子供の泣き声、数万の下駄の奏でる交響楽、蹴立てる砂ぼこり…」。乱歩は作中で、当時の大阪のにぎわいを、こう記述している。通天閣から見下ろされる「大大阪」の光景は、東京タワーが完成して間もない戦後の東京へと移され、映画館で、劇場で、人気を博していく。

「できるだけ東京を舞台にはしない」と有栖川有栖さん(大阪市)

 ●京都はいいが…

 乱歩の時代から、世紀を1つまたいだ現在。関西から数多くのミステリー作家が輩出され、関西で活動を続ける作家も増えているが、小説の舞台として、大阪が選ばれることは今もそれほど多くはない。

 大阪生まれの有栖川有栖さんは、大阪を舞台にする作家の1人だ。有栖川さんはデビュー直後、編集者から「舞台を京都にするのはいいが、大阪はやめてくれ」と言われた経験を持つ。

 だが、有栖川さんは「本格ミステリーとして面白いものを書くのが主眼で、舞台は東京でも北海道でもどこでもいいとしたら、自分が1番よく分かっている大阪であっていいはず」という姿勢で創作に向き合ってきた。「大阪を舞台にするというと『人情ものを書くのか』とか『ドロドロしたものになるのか』とか、その理由を問われる空気が今でもある感じがする」

 そして、大阪を愛する作家の思いは「良質なミステリー小説の中に、魅力的な大阪の情景を溶け込ませていくことができれば」ということ。一方で有栖川さんは「できるだけ東京は舞台に選ばない」という“抵抗”も続けている。

 評論家の河内厚郎さんは「映画やテレビドラマ化の影響もあって、ミステリー小説の舞台は“マーケティング的”になり、選ばれるのは歴史があるとか風光明媚(めいび)だとか、価値の高い場所になる傾向があった。トラベルミステリーや京都ミステリーというジャンルが成立しているのはその代表例。残念なことだが、大阪はそうした記号的なミステリー舞台から外されてきた」と分析する。

黒川博行さんは大阪府警を題材にした作品などで人気

 ●皮膚感覚を重視

大阪府警の刑事を主人公にしたミステリーなどで人気の黒川博行さんも、大阪を描く作家だ。やはりデビュー後、編集者から「(大阪より)東京を舞台にしたほうが本が売れる」とアドバイスされたという。

 「出版物の購読は関東が6割を占めると言われている」こともあり、最初は真剣に「東京を書く」ことも考えたが、結局、大阪など関西を主な舞台に。「歌舞伎町とか成城学園とか、地図上では分かっても、街のにおいのようなものが分からない」ためだ。「皮膚感覚で街を理解できなければ、自分の小説の舞台にはしたくなかった」

 黒川さんは「主人公が大阪以外の地に出向くことはあるが、舞台は基本的に大阪であり続けると思う」と話す。「読者の中には大阪弁が出てくるというだけで手に取らない人もいる」が、最近では作品の魅力もあって「むしろ東京でよく読まれている」という。

 ミステリー舞台としての大阪について、河内さんは「歴史文化の深さや、世界的にもまれな巨大地下街、あるいは中之島などミステリーの設定になりうる要素は多い。未開拓な宝の山ではないか」と指摘。「大阪出身の作家が自然に地元大阪を舞台にし、また新たな可能性に気づいて舞台に選ぶ作家も増えるのではと期待している」と話す。

 「お笑い」「人情」など固定的なイメージで語られがちな大阪。ミステリー小説は新たな大阪の魅力を伝える“潜在力”も持っているのかもしれない。
(編集委員 岩沢健)

「地域を意識させないように標準語で書きます」と湊かなえさん

◎島から普遍性発信、湊かなえさん

広島県・因島で、小学校時代に江戸川乱歩、そして高校時代には有栖川有栖さんらの作品を読んでミステリー小説に夢中になった少女が、20年後、兵庫県・淡路島に移って、新進の推理小説家になった。デビュー作「告白」が昨年暮れ、週刊文春のミステリーベストテンで1位に選ばれ、今最も注目を集める作家の1人、湊かなえさんだ。

 因島を出て関西の大学を卒業後、青年海外協力隊で南太平洋のトンガに。「島にばかり住んでいますが、あえて選んでいるわけではありません。でも、島暮らしに違和感は感じない」と笑う。

 30歳を過ぎて文筆業を志し、最初は脚本家の道へ。しかし「島にいると、放送直前の急な手直しなどに対応できない」ことなどから、その才能を小説へと向ける。

 「告白」も、人の死が見たいと切望する女子高生2人を主人公にした2作目「少女」も、舞台としている地域は「どこにでもあるような地方都市」。その理由について「地域を特定しないことで、自分のこと、自分の身近で起こっていることと思って読んでもらえるようにしたかった」と話している。

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 次回から「大阪銭湯物語」を連載します。

 
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