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2009年4月16日(木)

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4月15日 朝日新聞社
4月12日付読書面掲載 〈漂流 本から本へ〉第2回
少年探偵団 [著]江戸川乱歩 筒井康隆
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少年探偵団 [著]江戸川乱歩

[掲載]2009年4月12日
[筆者]筒井康隆(作家)

ビシッと三つぞろえで決める=東京・表参道のGIRE。撮影・郭允

怖さ、脳裏に焼きついた

 日本が大東亜戦争へ突入した年にぼくが入学したのは、南田辺小学校ではなく南田辺国民学校だった。その年からそう改められたのだった。疎開するまでの三年半、いちばん仲がよかったのは万年級長の高松英雄君。成績のよくないぼくといつも遊んでくれて、他の生徒とは話が合わないようだった。喧嘩(けんか)した時、彼の方から仲直りに来たからだ。

 この高松君は父親がいず、ひとりっ子だった。歩いて五十メートルばかりの彼の家の彼の部屋に行くと、そこには本棚いっぱいに子供向けの本が並んでいた。ああ、お母さんから大事にされているんだなあ、可愛がられているんだなあと羨(うらや)ましかった。ぼくの家はと言えば、書斎にぎっしり本は並んでいるものの、動物学者である父の蔵書のほとんどが動物学関係の、外国語の本も含めた学術書ばかり。あとは大正教養人らしく漱石全集だの世界文学全集だのがあったものの、子供には手が出ない。ぼくの成績が悪いのは、親が子供用の本を買ってくれないからだ、などと思ったものだが、これが間違いであったことはずいぶんあとで気づくことになる。

    ◇

 その高松君の本棚に、江戸川亂歩(らんぽ)の『怪人二十面相』と『少年探偵團(だん)』があった。昭和十一年から「少年倶楽部」に連載されたものをすぐ単行本にしたのだったろう。

 これが怖かった。

 舞台に選ばれるのは主に東京都内の下町の住宅地であり、今読めばそれは昭和初期のレトロな風景として読めるのであろうが、東京都と大阪市の違いはあるものの、当時はわが環境そのものであり、そこを跳梁(ちょうりょう)する怪人の描写たるやまさに悪夢だった。

    ◇

 本を借りて帰る、などという知恵はまだなかったのか、いつも読むのは高松君の部屋であり、横に高松君がいる。あるページの章題を見た高松君が突然「あっ、その次のページが怖い」と叫ぶ。ページをめくると、見開きでそこに描かれているのは屋根裏に這(は)いつくばった悪魔のような怪人の姿。絵は梁川剛一だった。よくも子供にあんな恐ろしい絵を見せたもんだ。トラウマになる子もいたのではあるまいか。

 探偵小説なるものを読んだのは初めてだったから、不可能と思える犯罪を可能にする矢つぎ早のトリックにはほとんど感動した。そして江戸川亂歩の名はわが胸に焼きついた。その頃はまだ戦争が日常生活に影響するほどのことはなかったが、それでも戦意高揚が叫ばれていて、そのせいか南洋一郎や山中峯太郎の戦争もの、冒険ものが子供たちに読まれていた。さいわいに、というか、そのての本は高松君の部屋にはなかった。読まなくてよかった、と、思っている。正統派を好まぬ性格はこの頃からではなかっただろうか。

 十数年後、その江戸川亂歩に見出(いだ)され、作家としてデビューすることになるなどとは、まだ夢にも思っていない。

    ◇

 1938年刊。当時の挿絵を一部収録した少年倶楽部文庫は古書店で。新編集の文庫がポプラ社や光文社から。

 
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