去年の秋、2009年の翻訳ミステリシーンは『ミレニアム』(早川書房)のひとり勝ちだなという評判を聞き及びました。ところがその後、いやいや『犬の力』(角川文庫)も負けてないぞという声も届いてきましたので、なんとなく意味不明なタイトルに惹かれて『犬の力』で新年の読み初めを飾るべく、年末の多忙さからようよう解放された12月30日に名張市内の新刊書店を二店舗はしごしてみたのですが、残念ながら『犬の力』を発見することはできませんでした。というかもうあれです。うち一店の入口には1月15日で閉店しますという貼り紙がどーんと掲示されていて、なんかほんとに不況なんだなとあらためて思い知らされ、そのうえ二店舗とも結構な売場面積を有しているのですがお客さんの姿はかなりまばらな印象で、この国はいったいどうなってしまったのかと思わざるを得ませんでした。お正月だからといって浮かれ騒いでおる場合ではないのではないか。
しかしお正月ですから浮かれ騒がないわけにもまいらず、きのう3日には大阪で開かれた新年会に出席してきたのですが、家を出る段になって電車のなかで読むべき本が思い浮かばないことに気がつきました。『犬の力』があればそれを携行していったところなのですが、売ってなかったんだからしかたありません。そこでふと思いついたのが山田風太郎の『あと千回の晩飯』(朝日文庫)で、本棚から引っ張り出してバッグに押し込みました。どうしてそんな本のことを思いついたのかというと、たぶん年末に報じられた多島斗志之さんにまつわるニュースのせいだと思われます。
すでにご存じだろうとは思いますが、毎日新聞の記事を無断転載。
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多島斗志之さん:手紙残して失踪…京都在住の小説家

多島斗志之さん
直木賞候補にもなったミステリー小説「不思議島」などの著書がある京都市伏見区在住の小説家、多島斗志之(としゆき)=本名・鈴田恵(けい)=さん(61)が自殺をほのめかす手紙を残して行方不明になり、家族が京都府警伏見署に捜索願を出した。
長女の河合知子さん(33)によると、多島さんは約10年前に右目を失明。12月18日、弟や河合さんに「1カ月前から左目も見えにくい。この年で両目を失明し人の手を煩わせたくない。失踪(しっそう)する」との速達が届いた。19日には「筆を置き、社会生活を終了します」と書かれた手紙が友人や出版社に届いたという。【古屋敷尚子】
毎日新聞 2009年12月25日 2時30分(最終更新 12月26日 13時05分)
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続報がありませんから捜索に進展は見られないものと思われますが、とても気がかりなニュースが年を越してしまいました。私は多島さんの読者ではまったくなく、本棚を調べてみたら唯一『龍の議定書』(講談社文庫)があっただけでした。二十二年前に出た本ですから内容などまるで記憶しておらず、ですからこれはひとりの作家が失踪したというよりも、六十一歳で失明の危機に直面したひとりの男性がみずからの意志で「社会生活」の終了を決意したニュースとして迫ってきたわけで、はっきりいってひとごとではありません。自分がもしもそういう状況に立ち至ったらどんな身の処し方をするだろうかと考えた場合、これはもう山田風太郎が『あと千回の晩飯』に書いていた安楽死施設みたいなものの実現を願うしかないのではないかと思い当たり、ちょっと読み返してみようかなと思い立った次第です。
みたいな感じで『あと千回の晩飯』をネタとするべく本日の残日録を綴り始めたのですが、無責任かつ不謹慎なことを書いてもいられないという気がしてきました。いまちょっと検索してみましたところ、多島さんのご家族がブログを開設して捜索への協力を呼びかけていらっしゃることがわかったからです。
▼父、多島斗志之を探しています。:トップページ
しかもきょう4日、ご家族が当地に捜索の足を運ばれたみたいです。当地といっても名張市ではなく隣接する伊賀市のことだとは思われますが、ますますひとごととは思えなくなってきました。
▼父、多島斗志之を探しています。:行きそうな所その6 伊賀(2010-01-03 05:05:19)
多島さんに伊賀を舞台にした作品があったことも私は知らなかったのですが、ご参考までに。
▼web KADOKAWA:感傷コンパス
あっというまに三箇日も終わり、そろそろ普段どおりの日常生活に戻らなければなと思ってはいたのですが、なんとも悄然たる気分で新年四日目の日暮れを迎えてしまいました。贅言を連ねるのはここまでといたします。
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