寺島しのぶさんが第六十回ベルリン国際映画祭で最優秀女優賞に輝いた若松孝二監督作品「キャタピラー」は、乱歩の「芋虫」が原作のはずなのにどうしてウェブニュースにも「キャタピラー」の公式サイトにも乱歩の名前が出てこないの? という疑問がネット上を駆け巡っているようで、同時にあれこれの噂もまた千里を走っているようです。たとえばこんなの。
▼Twitter / モルモット吉田:『キャタピラー』は乱歩『芋虫』映画化と発表されていた ...(2月22日)
ほんとかよー、と一応は驚いてみましたけど、もしかしたらそんなことではないのかなという気はしておりましたし、同じようなことをお察しだった人も少なくないものと思われます。いやいや、むろん無根拠な風聞のたぐいですから迂闊に信じるのは危険ですけど、しかし「キャタピラー」が「芋虫」に「触発された」作品であるということはいま現在、若松孝二監督がみずからお認めのところです。
▼東京新聞 TOKYO Web:映画『キャタピラー』若松孝二監督 戦争と権力への抵抗貫く(2月22日)
この記事に「江戸川乱歩の短編『芋虫』などに触発されたという」と記されています。とはいえ、先日もリンクした記事では「触発」ではなく「原作」であると、若松監督ご自身が話していらっしゃいました。
▼CINEMA TOPICS ONLINE:映画『チェチェンへ アレクサンドラの旅』を映画監督の若松孝二が語る(2009年1月19日)
若松監督は次回作に関する質問に対して「次回作は、今、脚本第1稿があがって、今、第2稿目に入っています。江戸川乱歩の『芋虫』が原作。太平洋戦争の話。満州に行き、多くの中国人を殺すも、自分もやられて、芋虫のようになって、多くの勲章と新聞記事と共に帰ってくる男の話。“戦争はいろんな人に不幸を与える”っていうことを僕は言いたいし、撮りたい」と答えていらっしゃいます。現在ネット上に見られる風聞によれば、当初は「芋虫」を映画化するつもりだったのだけれどオリジナル作品になってしまったから「芋虫」は原作ではないというのが「キャタピラー」制作サイドのエクスキューズのようなのですが、これはいかにも苦しすぎると思われます。
かりにこの問題が著作権をめぐる裁判沙汰になったとしたら、分が悪いのはもちろん若松さんのほうでしょう。こうした裁判のポイントは依拠性と類似性ということになりますが、依拠性という点では若松さんが100%不利ですし、類似性のほうはむろん「キャタピラー」を観てみなければ確たるところはわからないわけですが、やはり若松さんの旗色はよくないものと予想されます。
ちなみに「キャタピラー」の予告篇はこちらです。
予告篇を見る限り、主人公の弟が登場するなど「芋虫」にない肉づけはなされているものの、作品の骨格は紛れもない「芋虫」であると判断されます。東京新聞の記事には「夫は昼も夜も布団に横たわり、勲章や戦功をたたえる新聞記事が精神的なよりどころだが、戦地で女性を暴行、殺害した過去におびえる」とありますが、「夫は昼も夜も布団に横たわり、勲章や戦功をたたえる新聞記事が精神的なよりどころだ」が「芋虫」そのまんまの骨格、「戦地で女性を暴行、殺害した過去におびえる」がオリジナルの肉づけということになるでしょう。予告篇とこのウェブニュースにもとづいて判断するならば、「キャタピラー」と「芋虫」の類似性は歴然としているというほかありません。裁判において若松監督がクロだという断が下されるのは、ほぼ間違いのないところだと思われます。
しっかしこれが法律の問題かよ、と私には思われます。これは何よりもモラルの問題であり、仁義の問題であるというべきでしょう。ネット上の「トラブルに備えて監督協会を脱退して若松プロで全て対処し突破する目論見という噂だが本当?」という無根拠な風聞にもとづいて記すならば、てめーこら若松、はした金でいちいちケツまくってんじゃねーぞこのすっとこどっこい、というしかありません。どうしてこの程度のことですぐ喧嘩腰になっちゃうんだおまえは、と思うしかありません。あくまでもネット上の風聞にもとづいて私は記しているわけなのですが、もしもその風聞が事実であるのだとすれば、私はひたすら情けない。情けなくて情けなくてもう涙が出てきそうである。なんかもうね、こら若松、若松孝二ともあろう者が喧嘩売る相手まちがえてんじゃねーよこの唐変木、とか私は思うわけです。これがおれの渡世の作法だ、とか甘ったれたことふかしてんじゃねーぞこの便所下駄。いやいかんいかん。ほんとに泣けてきそうになった。
だからまあきょうのところはここまでにしておいてやるけれど、寺島しのぶさんのお母さんがいまの若松孝二監督をご覧になったらいったいどうよ。もしかしたら、
──若松さん、任侠人をば制すの看板が泣いとりますばい。取り替えなはったらどぎゃんな。
とかおっしゃるのではないかしらと私は思います。それにしても情けない話だよなあ、と嘆きつつあすにつづきます。あーもうほんとに情けない。情けなくって涙が出てくらあっと。
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