赤目一ノ井極楽寺について
「お水取り」が終われば、関西に春が来る
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■真言宗豊山派■西境山大徳院■
目線の高さにほど近い比較的小ぶりな山門と、それに連なる漆喰壁や
石垣が端正なたたずまいで参拝者を出迎える。入り口付近に据えられ
た自然石と低く刈り込まれた植木が、庭園のような趣をいっそう際立た
せている。山内に歩み入っても、美しくしつらえられた緑や玉石がその
端然たる姿勢をくずすことなく、幽寂な散策境に誘い、堂宇や庫裏は山
内に満ちた寂漠の調和の懐ろ深く包みこまれるように佇んでいる。
伊賀 四国八十八ヵ所の第50番、真言の美刹・当寺極楽寺は、本尊に不動明王 を戴く。開
基については道観長者と寺伝は語るが、長者その人にまつわ るさまざまな口承同様伝説
につつまれている。創建は古く、『伊水温故』によれば、「旧記に本堂七間に六間、萱葺」と
あるものの、現在の本堂は明治21年12月に造営されたもので、その天井は 名張・藤堂家の
大広間部材をそっくり買い受けて移築したものであるとい う。また、村内にあった春日神社の
宮坊円楽寺は、当寺の末寺であった。 歴代の住職については、諸資料から次のような名称
だけが判明しているものの、古い時期に属する住職の人となりなどその余については不明
である。
第1代/実法(慶長15年)    第2代/実秀(貞享元年)
第3代/実印(宝永3年)     第4代/西俊(享保6年)
第5代/正心(享保9年)     第6代/浄庵(享保18年)
第7代/宥盛(享保18年)    第8代/宥印(元文2年)
第9代/盛栄(延享3年)     第10代/全威(寛延3年)
第11代/盛宵(宝暦7年)    第12代/義快(寛政2年)
第13代/正住(享和元年)   第14代/裕伝(文化5年)
第15代/法子(天保5年)    第16代/尊圭(嘉永2年)
第17代〜第20代まで不明・・・
第21代/泰山(文久3年)    第22代/勝明(不明)
第23代/荷光(不明)       第24代/大塚実栄(不明)
第25代/最勤(不明)       第26代/西村泰心(不明)
第27代/泉孝善(昭和12年)  第28代/泉俊善(平成5年)
第29代/泉孝明(現在)

寺宝には、正徳2年表装寄進の裏書をもつ涅槃画像や、江戸中期頃まで 当寺本尊であった阿弥陀如来像、『三国地志』にも「画像三鋪あり。明 琢筆するところ、印板といえども至って古雅なり」と謳われた不動明王 印板が数えられる。