2005年12月下旬

●12月21日(水)

 名張市教育委員会なんてとても信用できるものではありません、などと申しあげていたらほんとにそうだなと思わざるを得ないような不祥事が発覚してしまいました。引用するのもあほらしい気がいたしますので、「伊賀タウン情報YOU」に昨日掲載された「時間外手当水増し 不正に約10万円 名張市公民館の男性事務職員」をご覧いただきたいと思います。ただし、私が名張市教育委員会なんてとても信用できるものではないと申しますのは、こんなちまちまとした不正に手を染める職員が存在するからではありません。とにかくもう莫迦なの。ひどく莫迦なの。目先のお金をちょろまかすなんて枝葉末節のシーンにおいてではなく、職務の本分において手ひどく莫迦なの。

 しかしこうなりますとそろそろかく申しますこの私、「勤務時間を水増し10万円近い時間外勤務手当てを不正に受け取っていたことが市民の告発で明らかにな」ったという職員同様に、名張市の市民から、あるいは名張市の職員から、どちらにしてもまあいじいじとひたぶるにいじましいみなさんから告発されるころなのかもしれません。と申しますか、私のことを快く思っていらっしゃらないみなさんは、この際ぜひそうなさるべきでしょう。とくにそこらのなんとか委員会だのかんとか委員会だののみなさん、あーた方は率先して私を告発すべきではないのかな。そろそろ私を叩きつぶしておかないと、あーた方どうにも具合が悪いことになりまっせ。なにしろ私はあーた方を徹底的に告発しているわけですから、

 ちなみに私が鋭意展開中の告発はどんなものかと申しますと、名張市においてインチキが普通にまかり通っているのはいかがなものかという点に関わるものです。たとえば名張まちなか再生プランなどというインチキをいい加減でお開きにしてしまわないことには、名張市なんていつまでもいい笑いものではないか。私は名張市民のひとりとして僭越ながらそのように考え、小さな胸を痛めつづけている次第ではあって、それならばその告発の対象はいったいどのような人たちなのかとお思いのみなさんには、手っ取り早く名簿をご覧いただくことにしましょうか。

 えーっと、この名簿を公開することに何か問題がありますでしょうか。何の問題もないはずなのですが、もしも問題があるとお考えの方がいらっしゃるのでしたら、ぜひその旨をお知らせくださいますように。覚悟してかかってらっしゃい。

 それから名張市教育委員会のみなさんにお願いしておきますが、12月定例会もきのうで終了いたしましたので、定例会開会中につき、という言い逃れは通用しなくなりました。いつでもお呼び立てください。私も例の職員同様、三か月間十分の一の減給という懲戒処分を受けるのかもしれないなと覚悟はしております。しかしこんな処分を受けた日には、指折り数えてトータルで二万四千円もの減給ではないか。年が越せんぞ実際。


●12月22日(木)

 じっと待ってても誰も告発してくれそうにありませんので、きのう名張市役所に足を運んできました。いやもう職員諸君の白い目がこの身に痛いこと痛いこと。

 んなこたどうでもいいのですが、庁舎一階の生活環境部では、いつもかけ違ってなかなかお目にかかれなかった部長さんにお会いすることができましたので、あらためてお願いを申しあげてまいりました。用件はと申しますと、以前メールでお願いしたことの重ねてのお願い。

 どうもお世話さまです。名張市の平成17年度市民公益活動実践事業として実施されている「写したくなる町名張」に関して、事業担当セクションの責任者でいらっしゃる生活環境部長のご見解を承りたく、勝手ながらこの文書を送付申しあげる次第です。公務ご繁多のところとは存じますが、ご一読をたまわったうえ、メールでご返事を頂戴できれば幸甚です。

 8月2日から4日にかけて、私が開設している電子掲示板「人外境だより」に、「新怪人二十面相」「怪人22面相」「怪人19面相」という三つの名義による投稿が寄せられました(詳細はこのページ── http://www.e-net.or.jp/user/stako/tayori-Egypt.html ──でご覧ください)。投稿は都合七件。名義と投稿日時、IPアドレスは次のとおりです。

----- 引用開始 -----

新怪人二十面相
 2005年 8月 2日(火) 14時20分 [219.106.180.232]
 2005年 8月 3日(水) 11時18分  [219.106.181.254]
怪人22面相
 2005年 8月 3日(水) 14時53分  [220.215.0.39]
 2005年 8月 3日(水) 15時28分  [220.215.0.39]
 2005年 8月 3日(水) 15時36分  [220.215.0.39]
怪人19面相
 2005年 8月 4日(木) 0時23分  [220.215.2.92]
 2005年 8月 4日(木) 20時 6分  [220.215.61.171]

----- 引用終了 -----

 いずれもきわめて幼稚かつ無責任な内容で、まともに取り扱う要の認められるものではありませんが、卑劣で悪質な嫌がらせであることには間違いがありません。これらの文面を読むかぎりでは、彼らはいずれも、「写したくなる町名張」という事業を実施している「写したくなる町名張をつくる会」のメンバーであろうと推測されます。

 同会は7月、新町の細川邸裏にエジプトの絵を掲示して、「写したくなる町名張」の事業を実践しました。私は7月22日、みずからのホームページ「名張人外境」にその事業に関する見解を発表しました。次のような内容です。

----- 引用開始 -----

 きのうもお伝えしましたとおり、リフォーム詐欺の舞台である細川邸は名張市の新町にあります。新町のメインストリートは名張川に平行してつづいており、細川邸の裏には近年整備された道路を隔てて名張川が流れているのですが、その名張川沿いの道路から眺めた細川邸はこんな具合になっております。

 つまり細川邸の裏には、なじかは知らねどスフィンクスとピラミッドの絵が掲げられているわけ。どうして名張にスフインクスなのか、ピラミッドなのか。

 困ったことに、私にはまったく理解できません。細川邸の裏に突如としてエジプトの絵が掲げられねばならなかったその理由が、悲しいことに私にはミジンコの心理ほどにも理解できません。むろん細川邸の関係者が莫迦なのだといってしまえばそれで済む話なのではありましょうけれど、ここまで来ると莫迦だの阿呆だのといった表現ではとても追いつかぬのではないか。

 名張とエジプトをこのように手もなく難なく脈絡もなく結びつけてしまう背景には、おそらくは木村鷹太郎的な狂人の論理が要請されることでありましょう。すなわち、これぞまさしく気違い沙汰。細川邸の関係者のなかには少なくともひとり、とんでもない気違いが素知らぬ顔をして紛れ込んでいるようです。いやまあ、気違いというやつはいつも素知らぬ顔をしていることでしょうけれど。

 で、このスフィンクスとピラミッドの絵の前にはこんな立て札が立てられているわけです。

 言葉を失う、というのはこんな状態のことを指すのでしょうか。私にはもう……

----- 引用終了 -----

 彼らはおそらくこの私の批判を根に持ち、私の掲示板に幼稚で無責任かつ卑劣で悪質な投稿を試みたのだと思われます。むろん、彼らが私の見解に異を唱え、私に反論を寄せてくるのは彼らの自由であり、私が彼らのそうした自由を最大限尊重するものであることは申すまでもありません。

 ただし、それは彼らがみずからの言論に責任を持っている場合の話です。自身の素性も明らかにせず、電子掲示板に匿名の投稿を行って他人を誹謗中傷するような人間は、とてもみずからの言論に責任を持っているとは認められません。げんに彼らは、私がひきつづき掲示板に投稿するよう呼びかけても、いっさい応じようとはいたしません。この彼らの沈黙は、彼らの言論が無責任なものであることの何よりの証明にほかならないでしょう。

 今回の問題でとくに重要なのは、彼らの投稿内容が、彼らの活動そのものの愚劣さや欺瞞性を浮き彫りにしているのみならず、市民公益活動実践事業全体を貶める結果を招き、ひいては名張市のイメージまで悪化させてしまうのではないかと懸念されることです。この事業を手がける生活環境部の長という重職にお就きの貴職は、この件に関してどのような見解をお持ちでしょうか。また、何らかの措置をお考えでしょうか。

 ちなみに、かりに私が貴職の立場にあれば、私はまず「写したくなる町名張をつくる会」に事実関係を確認し、「新怪人二十面相」「怪人22面相」「怪人19面相」を名乗った投稿者が同会のメンバーであったのか、そうではなかったのか、それを明らかにしたうえで、前者後者いずれの場合でも、必要と思われる措置を講じることになるはずです。

 以上、勝手な申し出を書き並べて恐縮ではありますが、よろしく事情をお酌み取りのうえ、ご高配をたまわりますようお願い申しあげる次第です。

 なお、頂戴したメールは当方のホームページで公開させていただきたく、あらかじめご了解をお願いする次第ですが、もしも公開に差し支えがある場合は、その旨お知らせいただければ非公開といたします。

2005/08/29

 このメールにもありますとおり、生活環境部長に対して「投稿者が同会のメンバーであったのか、そうではなかったのか、それを明らかにしたうえで、前者後者いずれの場合でも、必要と思われる措置」をお願いした次第です。ご快諾をいただきました。

 つづきまして庁舎四階、建設部都市計画室に置かれた名張まちなか再生委員会事務局では、まず12月7日付朝日新聞に掲載された次の記事に関して質問しました。

 ▽推理小説の生みの親、江戸川乱歩の生誕地である三重県名張市は5日、古今東西の推理小説を一堂に集めた「ミステリー文庫」を設置する方針を明らかにした。

 ▽同市は、乱歩に関する街おこし事業が盛ん。08年までに完成させる予定で、市立図書館の乱歩関係の蔵書約千冊を移し、寄贈も受け付けるという。

 ▽「全国の推理小説ファンの集まる場に」と同市。しかし、具体的な運営方法や設置場所は未定だ。行政側の思惑通りにいくか、それもまた「ミステリー」。

 私の質問は、ここに記された「ミステリー文庫」は名張まちなか再生プランの一環として整備されるのかというものでした。答えはイエスでしたが、いまだ具体的な検討には入っていないとのことでした。そのあと名張まちなか再生委員会の委員長に提出した次の文書に関して、そろそろ回答を頂戴できんかねと催促をいたしました。

 前文略させていただきます。名張まちなか再生委員会でのご尽力に対し、名張市民のひとりとして敬意と謝意を表する次第です。

 さっそくですが、貴委員会の審議に関していささかの不審を覚えますので、ご多用中まことに恐縮ではありますが、貴職のご見解をお聞かせいただきたく、委員会事務局を通じてこの書面をお目にかけることにいたしました。

 過日、事務局で承ったところによれば、名張まちなか再生プランに盛り込まれているさまざまな構想のうち、細川邸を歴史資料館として整備する構想が白紙に戻され、細川邸の活用策はあらためて検討されているとのことです。

 また、同プランに記されていなかった桝田医院別館第二病棟跡地の活用も、貴委員会による検討の対象とされております。10月20日付中日新聞には、跡地には乱歩が生まれた長屋を復元するという方向で検討が進められ、年度内にその基本方針がまとめられる見込みだと報じられていました。

 これらの検討内容に関しては、名張市から市民に対して、現時点ではどのような情報も開示されておりません。このまま推移すれば、市民のまったく与り知らないところで、名張まちなか再生プランの実質的な核となるはずの細川邸と桝田医院第二病棟の整備計画がまとめられ、そのまま実施に移されてしまうことになります。

 換言すれば、ふたつの施設に関する整備計画の決定から実施に至るプロセスには、市民の声も届かなければ、目も届かない。そういった驚くべき状況がげんに存在していると判断せざるを得ません。整備計画のすべてはわずか十人ほどの貴委員会歴史拠点整備プロジェクトの恣意に委ねられ、市民の関与とは無縁な密室のなかで不公正な検討が進められていると申しあげるしかありません。

 もしも細川邸と桝田医院第二病棟の整備計画が、市議会の承認を得るでもなければ、市民に公表してパブリックコメントを募るでもなく、ただ歴史拠点整備プロジェクトの恣意のままに決定されてしまうのであれば、そこには紛れもない手続き上の不備が存在することになります。それは看過しがたい不備です。市民不在の決定であると申しあげざるを得ません。かかる密室性はもとより望ましいものではなく、かかる不公正もまたあってはならないものでしょう。

 そもそも名張まちなか再生委員会は、計画策定のための機関ではありません。名張地区既成市街地再生計画策定委員会によってまとめられたプランを実施するための組織に過ぎません。そうした役割しか有していない委員会が、細川邸と桝田医院第二病棟の整備計画を一から決定しようとすることには、明らかに無理があり、矛盾があります。市民は貴委員会に、そこまでの権限を認めているわけではないと思います。

 端的に申しあげてしまえば、歴史拠点整備プロジェクトによる細川邸と桝田医院第二病棟の整備計画の策定は、何ら有効なものではありません。明白に無効であると断言いたします。少なくとも私にはそのように判断される次第ですし、多くの市民の見るところも同様ではないかと推測するものでもあります。

 つきましては、私がいま指摘した点に関して、貴職はどのようなご見解をお持ちでしょうか。貴委員会に、細川邸ならびに桝田医院第二病棟の整備計画を策定する権限があるのかないのか。すなわち、ふたつの施設に関する貴委員会の決定は有効なのか、それとも無効なのか。ぜひともお考えをお聞かせいただきたく、勝手ながらお願いを申しあげる次第です。

 なお、この文書の内容は当方のホームページで公開いたします。ご回答も同様に公開させていただきたく、あらかじめご了解をお願いする次第ですが、もしも公開に差し支えがある場合は、その旨お知らせいただければ非公開といたします。

 勝手なお願いで申し訳ありませんが、よろしくお願い申しあげます。

2005/10/22

 たまたまきのうの夜に委員会の役員会が開かれるとのことでしたので(10月下旬か11月上旬に開かれる予定だったのが12月21日にずれ込んでしまったそうで、私はこの委員会、もしかしたら「役立たずフォーッ!」とか叫んで解散してしまったのではないかと心配していたのですが、無事に存続していたようです)、その席で委員長さんに確認していただくようにお願いを申しあげておきました。

 そのあと庁舎三階の教育委員会を訪れてやろうかとも思ったのですが、閉庁時間が近づいておりましたので、いずれまた呼び出しがあるだろうと考え、きのうのところはスルーしておいてやりました。惻隠の情ってやつですか。この伝言板を読んで胸をきやきやさせていらっしゃる教育委員会職員のみなさんは、自分が何をすればいいのかを自分の頭で考えて行動するように。


●12月23日(金)

 小学館の『精選版日本国語大辞典』第一巻を購入したところ、有料検索サイト「ジャパンナレッジ」を三か月間ただで利用できる特典がついていました。さっそく申し込みました。折り返し会員IDとパスワードがメールで通知されてきましたので、来年の3月31日までこのサイトの検索サービスが無料でつかえることになりました。

 いの一番にどんな項目を検索してみたのかと申しますと、お察しのとおり「江戸川乱歩」です。サイトに搭載された各種辞書事典のたぐいから『日本大百科全書』『デジタル大辞泉』『日本人名大辞典』『Encyclopedia of Japan』の四件がヒットしました。『日本大百科全書』の項目を見てみると、厚木淳さんによる本文の横に関連サイトの欄が添えられていました。紹介されているサイトは次のとおり。

江戸川乱歩関連サイト
1. 乱歩の世界
2. しょうそう文学研究所
3. 明智探偵事務所
4. 名張人外境
5. 東京下町乱歩帳
6. 日本推理作家協会
7. 探偵小説コレクション
8. “類別トリック集成”読破リスト
9. 旧江戸川乱歩邸

 大乱歩がこうならば大谷崎はどうよ、と思いついて検索してみると、辞書事典は『imidas』が増えて五件ヒットし、関連サイトは次のとおり。

谷崎潤一郎関連サイト
1. 群馬県関係の文学者
2. DAS KABINETT DES YAMANAKA
3. 倚松庵
4. 谷崎潤一郎記念館
5. 谷崎潤一郎と映画
6. 兵庫文学館

 文章量は谷崎のほうがはるかに多いのですが、関連サイトは乱歩のほうが数が多い。乱歩という作家の圧倒的なポピュラリティが示されているといえましょう。とはいえ、乱歩の関連サイトに「名張人外境」とあるところには本来であれば「名張市立図書館」が入っているべきで、そのほうが名張市のPRにもなって名張市民は鼻高々、ということになるのではないかと思われます。名張市教育委員会が私の提案を容れていればそうなっていたものを、みたいなことはともかくとして、そのあと思いつきましたのが横溝正史。

横溝正史関連サイト
1. 金田一耕助大事典
2. 横溝正史エンサイクロペディア
3. 横溝正史資料館
4. 金田一耕助博物館

 さらには小酒井不木。

小酒井不木関連サイト
1. 奈落の井戸

 ごく順当な選択でしょうが、なんとなく嬉しい。

 ほかには漱石が八サイト、鴎外が三サイト、鏡花が五サイト、もう少し近いところで太宰が八、三島が二といったところですから、乱歩の九サイトは作家としてはかなり多い部類ではないかと推測されます。

 ところでふとカレンダーに目をやれば、今年はきょうを入れてもあと九日。九サイト、九日、と九かさなりの九九ですから、もうひとつ重ねれば九九九、オバケのQ。九を三つ連ねてみることを天啓のごとく思いつきましたので、時節柄でもあり、きょうから大晦日まで一日ひとつずつ、本年の九大ニュースをまとめてみたいと思います。

 順不同でまいりますが──

 1、自己破産した。

 まずこれが来るでしょう。いやびっくりした。自己破産しちめーやした。面目次第もごぜーやせん。

 とはいえこのニュース、ネタとしてはいっこうに面白いものではありませんでした。ひとつには弁護士がきわめてビジネスライクにさっさと手続きを進めてくれるため、破産の当事者であるこちらには状況がほとんど伝わってこず、郵便物が名張郵便局からいったん管財人のもとに転送されるのがなんとも不便だなと思っているうちに、気がついたらもう免責が降りていたという塩梅。もうひとつ、他人のプライバシーがからむ問題なのであまりずけずけと内情を公表できないという事情もありましたので、ネタとしてまったく盛りあげられなかったことを遺憾といたします。

 ネタとしてなら、東京で置き引きに遭った体験のほうがはるかに上物でした。いずれ置き引き事件も九大ニュースに入ってくるのかもしれませんが、こうして年の瀬につらつら振り返ってみると、今年はほんとにろくなことがなかったなという気がいたします。


●12月24日(土)

 すっかりおなじみになりました本年の九大ニュース。今年はまったくろくなことがなかったなという気分で振り返ると、やはり悲しいニュースばかりが相次いで想起されてまいります。

 2、ゲスナー賞に落選した。

 雄松堂書店が勧進元を務める第四回ゲスナー賞は11月11日に発表されました。しくしく。名張市立図書館の『江戸川乱歩著書目録』は余裕で入賞するだろうと皮算用をしておりましたところ、何のこたーない入選どまりとなってしまいました。しくしくしく。目録・索引部門で申しますと、ちょっと土俵が違うのではないかと思われる入賞作品もあったのですが、少なくとも『南方熊楠邸蔵書目録』と『南方熊楠邸資料目録』のタッグ、すなわち朝青龍と琴欧州が腕組みをして不敵な笑みを浮かべながら仁王立ちしているみたいな強力なライバルが存在していたのですから、こちらはせいぜい高見盛でしょうか、結構人気はあるのですが、肝腎の賜杯に手が届かなかったのは致し方のないところでしょう。しくしくしくしく。

 泣いてばかりもいられません。熊楠目録二巻の版元である南方熊楠資料研究会のオフィシャルサイトを閲覧してみたところ、「サイト更新履歴」のページで授賞式の模様が報告されておりました。

2005.12. 3
 昨12月2日、パシフィコ横浜にて、「ゲスナー賞」雄松堂書店主催、11月16日の項参照)の授賞式が行われました。主催者より賞状・盾と副賞賞金が当会を含む受賞者に授与され、選考委員三氏(紀田順一郎、高宮利行、林望各氏)より選評をいただきました(林委員は書面にて)。紀田委員長からは、金賞受賞の『日本の近代活字 本木昌造とその周辺』(長崎市)、銀賞の『あるサラリーマン・コレクションの軌跡 〜戦後日本美術の場所〜』(山口県周南市)、そして私どもの南方邸蔵書・資料目録(和歌山県田辺市)と、目録・索引部門では地方発信の業績が期せずして並んだことなどが興味深く指摘されました(入賞作品の『江戸川乱歩著書目録』(江戸川乱歩リファレンスブック3、三重県名張市)も、これに付け加えてよいかも知れません)。

 わざわざ『江戸川乱歩著書目録』にも花を持たせていただいて、まことにありがたいかぎりです。発表当初には落選のショックで受賞作品の出版地にまでは気が回らなかったのですが、たしかに紀田順一郎さんのご指摘どおり、長崎市、山口県周南市、和歌山県田辺市、それからどさくさまぎれの雑魚のとと混じりで付け加えていただけるならば三重県名張市と、それぞれの地方で営々孜々として積み重ねられてきた業績が一気に花を咲かせている観があります。

 「国土の均衡ある発展」という金科玉条が見事なほどに通用しなくなり、「地方の主体性を生かす」などという聞こえだけはいいお題目の陰で政府がいいように地方をいじめつづけ、都市と地方とのあいだは申すまでもなくひとつの地方と別の地方のあいだにも亀裂のような格差が深まり、地方のフェイタルな疲弊が日に日に目に見えて進行しているいまのような時代にあっても、全国各地にそれぞれの立場で黙々と本分を尽くしている人間が確実に存在するのだということが実感されて心強さを覚える次第ですし、三重県名張市がそこに名を連ねることができていれば市民のひとりとして嬉しくも誇らしくもあるわけなのですが、残念ながらそんなこたーない。もっとも、名張市の現状についてはいずれ九大ニュースのひとつとして大々的に取りあげるつもりでおりますので、本日のところはここまでとしておきましょう。

 『南方熊楠邸蔵書目録』と『南方熊楠邸資料目録』のゲスナー賞受賞には、ここであらためて祝意を表しておきたいと思います。資料調査など二十年近い準備を経て来年4月にいよいよ開館するという南方熊楠顕彰館にとっても、この受賞は何よりのはなむけとなることでしょう。名張市の歴史資料館とか乱歩文学館とかとはえらい違いで、私はひたすら恥ずかしく思うのですが、名張市の現状については以下同文。

 さて、われらが高見盛たる『江戸川乱歩著書目録』の件。年末を迎えてさすがに書斎のお片付けに着手せざるを得なくなり、おかげさまで整理整頓がかなり進みました。室内のあっちこっちにあった書籍や雑誌や書類の堆積物をなし崩しに崩してゆき、必要なものは「RAMPO Up-To-Date」をはじめとしたページに記載するという日々を重ねているわけなのですが、こうした作業をせっせせっせとつづけておりますと、こういうのはやはり誰かが手がけておかなければならぬことであろうなという気にはなってきて、それで先日も掲示板「人外境だより」でノーネームさんへのご挨拶に、

 「なんか面倒だからもういいか、みたいな気分になってしまうこともないではないのですが、これは誰かがやっておかなければならないことだろう、と気を取り直し取り直しして今日に至っているような次第です」

 と決意のほどを記したのですが、そういえば中島河太郎先生が同じようなことをおっしゃっていたなと思って調べてみたところ、「乱歩文献打明け話」の第十回「中島河太郎先生追悼」に、正宗白鳥研究家でもいらっしゃった中島先生のこんな科白がありました。

 「いまでも暇があると、国会図書館に通って、新聞や雑誌を調べて、白鳥の文章を探しているんです。そうすると、やっぱり出てくるんだよね、見落としていたものが。出版のあてはないんだけど、これはやっておかなくちゃいけない仕事だと思ってね」

 日の目を見る機会はないかもしれないが「やっておかなくちゃいけない仕事」、というのはたしかにあるでしょう。日の目を見ることや名前を売ることにのみ汲々とし、一知半解の知識もなくただの思いつきで歴史資料がどうの乱歩がこうのと口走って恬として恥じるところのないみなさんのことやなんか、そのあたりの名張市の現状については例によって以下同文といたしましょう。いずれ叱り飛ばしてやるからおとなしく待ってろというのだあんぽんたん。

 で、こうした作業をつづけていると脳味噌のなかの書誌作成担当領野が活性化されてくるようで、それが証拠に私は『江戸川乱歩著書目録』に関して新たな発見をしてしまいました。いや発見といったって、要するにただこっ恥ずかしいだけの記載漏れ。とても胸を張ってお知らせできることではないのですが、とにかく発見には変わりありません。

 しかもこれがきわめて口惜しい発見で、たとえばつい先日の17日、「江戸川乱歩著書目録」 の「昭和39年●1964」に『百人百剣』という本のことを追記しました。乱歩が「上総介藤原兼重」という稿を寄せていることをある方からご教示いただいたのですが、わたしはこの本の存在をまったく知りませんでしたから、こうした場合は口惜しい感じはあまりいたしません。口惜しいのは本の存在を知っていながらうっかり見過ごしていたケースで、今回の発見というのがまさにそれなの。早川書房から出た世界ミステリ全集の『37の短篇』、私はうっかり見逃しておったではないか。

 海外ミステリだからというのでそのまま想定の範囲外に押しやってしまったのだろうと推測される次第なのですが、じつはこの巻にはカーター・ディクスンの「魔の森の家」が収録されてるわけです。むろん乱歩の翻訳で。いやまいったな。いまだ現物を確認したわけではないのですが、インターネットを検索し、たとえば「翻訳作品集成」の「全集」と「ジョン・ディクスン・カー」に依拠してデータを整理するとこんな具合になります。

37の短篇 世界ミステリ全集18
収録
昭和四十八年六月三十日 早川書房
編:石川喬司
魔の森の家カーター・ディクスン
初版

 これが漏れてるわけです。われらが高見盛からは。どうした高見盛。巻末に収録された座談会「短篇の魅力について」では「魔の森の家」に下訳があったという事実が語られておりますので(だったと思います)、『乱歩文献データブック』にはこの座談会を乱歩文献としてちゃんと拾ってあったと申すのに、えーいなんたる失態か。穴があったら入りたいぞまったく。

 しかしまあ、こうした不備をフォローしてゆく作業も含め、「やっておかなくちゃいけない仕事」というのはやはり誰かがやっておかなくちゃいけないのであると、年末の気ぜわしいときに思いがけず天国の中島河太郎先生からインスパイアしていただいたような気分になれたことを喜ばしく思います。

 ところでここでお願いですが、世界ミステリ全集の『37の短篇』、ご所蔵の方はご連絡をいただけないでしょうか。


●12月25日(日)

 夢まぼろしのごとくなり、といった感じでしょうか。過ぐる一年を回顧するとまさしくそんな印象です。

 ちょうど一年前、昨年の12月25日といえば、毎度おなじみ池袋の蔵之助で『子不語の夢』刊行記念大宴会東京篇が開催された日でした。なにしろ関係者全員、『子不語の夢』の日本推理作家協会賞受賞を固く信じていた、信じて疑わなかった、そんな幸福な時期でしたから、私も大宴会に顔を出してご出席のみなさんにお礼を述べ、受賞の前祝いも兼ねておおいに盛りあがらねばならぬところであったのですが、名張でちょっとした不幸に見舞われておりましたので(と書くと思わせぶりでしょうか。要するに自己破産がらみの話なんですが)不本意ながら欠席する結果となってしまいました。

 上京を見送って名張で何をやっておったのかと申しますと、12月25日土曜の夜、私はサンタさんの恰好をしてふらふらしておりました。その流れで今年も昨24日土曜の夜にはサンタさんに扮することを余儀なくされたわけなのですが、それにしても乳幼児というのはどうしてサンタさんを見ると泣き出すのか。子供に泣かれた日にゃサンタさんの立場がないではないか。われながら情けねーなーまったく。トナカイさんはいないし。

 さて、中島河太郎先生にインスパイアしていただいた翌日も、本年の九大ニュースの回顧とまいります。

 3、窒息鬼は乱歩にインスパイアされた、のかな。

 最初に訂正をしておきます。「人外境主人伝言」の「2005年8月中旬」。8月18日付伝言で私は、まず8月11日付読売新聞のこんな記事を引用しました。

「乱歩に影響受けた」自殺サイト殺人の前上容疑者
 前上容疑者は「中学生のころ、女性を窒息させる場面を描いた小説の挿絵に興奮した」と供述。小説の作者は江戸川乱歩だったと言い、「乱歩の作品を色々と読み、人を苦しめながら殺す内容のストーリーに興味を持った」と話した。
読売新聞 YOMIURI ONLINE 2005/08/11/03:03

 そのあと、「ほぼ同じ時刻、毎日新聞もこんな具合に報じました」として次の記事を引用しました。

自殺サイト殺人:過去にも「窒息」事件 当時は反省したが
 調べでは、前上容疑者は中学生のころ、快楽殺人をテーマにした江戸川乱歩の小説の挿絵をみて興奮を覚え、他人と違う性癖に気付いたという。

 しかしこの毎日の記事、日付を確認してみると11日ではなく13日の掲載です。たしかにこの件では読売が一歩リードし、毎日がそれを追っておりました。双方の取材を受けた私が申しあげるのですから間違いありません。ですから「ほぼ同じ時刻」としたのは私の明らかな間違いで(どうしてこんな間違いを犯したのか。てゆーか、間違いばかりの人生だという気もしますけど)、「ほぼ二日遅れ」とでもするのが正しいでしょう。で、そのように訂正しておきました。読者諸兄姉には重々お詫びを申しあげます。

 さてこの自殺サイト連続殺人事件、「乱歩の影響」に関しては8月18日付伝言にも記しましたとおり、

 ──容疑者と目されている人物が「乱歩の影響」を自供したとしても、それは記憶の錯誤ないしは歪曲作用、平たく申せば思い込みとか勘違いとかに基づくものではないかと愚考いたします。

 というのが私の結論で、詳細は伝言のほうをお読みいただきたいと思います。結論に至ったプロセスは8月11日付伝言に記してあるのですが、一部を引用しておきましょうか。

 そこで私は昨日夕刻、名張市立図書館の蔵書を調べてみました。ポプラ社版少年探偵江戸川乱歩全集には「子供や女性の口が押さえられている挿絵」がどれくらい収録されているのか。答え、三点。第十三巻「サーカスの怪人」では子供が、第十六巻「魔人ゴング」では女性が、第三十一巻「赤い妖虫」ではまた子供が、背後から賊に取り押さえられ口を押さえられているシーンを描いたイラストが、一ページまたは見開き二ページで作中に配されていました。

 しかし、いまさら指摘する必要もないことでしょうが、これらは殺害シーンではありません。賊は麻酔薬を染みこませた布を手に、子供や女性を眠らせて誘拐しようとしているだけの話なのであって、賊の狙いは窒息死ではありません。乱歩の少年ものは殺人を描かないのが基本とされていますから(リライトものはさすがに事情が違うのですが)、わが愛すべき怪人19面相ではなかった怪人二十面相も、血を見るのが大嫌いな盗賊として設定されているわけです。

 ここで私の推測を記しておきましょう。この連続殺人事件の容疑者とされている人物は、中学生時代にポプラ社版の乱歩全集を読んだ。作中の少年が遭遇する恐怖を自身のものとして体験し、忘れがたい印象を覚えた。その後、乱歩作品のストーリーやディテールは徐々に忘却していったが、印象そのものは色濃く残りつづけ、乱歩とは無縁な小説などからもたらされた恐怖の感情も乱歩の名に結びついて記憶されるに至った。

 つまり、その恐怖の記憶によって無惨な殺人イコール乱歩作品という思い込みが生じてしまったのではないか。そしてみずからの尋常ならざる性癖、他人に恐怖を与えついには殺人にたどりついてしまわざるを得ない性癖を説明するに際し、それが発現するに至った具体的な契機を明らかにする必要に迫られて、「やっぱり乱歩かな」と別に嘘をつくつもりはなく思い込みどおりに自供してしまったのではないか。まあそういったことではないのかと私は推測しております。

 12月2日、大阪地方裁判所でこの事件の初公判が開かれました。マスコミは生きのいいネタを追いかけるのに忙しいのか、一時はあれだけ大騒ぎした日刊各紙も初公判の扱いは嘘のように小さく、私の確認した範囲では乱歩の影響に言及した報道はありませんでした。

 週刊誌に目を転じますと、ソフトバンクホークスの和田毅投手と電撃入籍したという仲根かすみ嬢が表紙を飾る「週刊現代」12月31日号に、「異常事件の闇」と題する二本立ての記事が掲載されています。一本は京都の学習塾で起きた例の事件、もう一本が「大阪自殺サイト殺人事件『窒息鬼』歪んだ性欲」と題されたジャーナリストの中尾幸司さんによる記事で、読んでゆくと乱歩の名前が登場します。「性的興奮を覚えた江戸川乱歩の小説」という小見出しが立てられたあたりから引いておきましょう。

 前上の中の“怪物”は、小学校の高学年のとき、「決定的な体験」をしたことで生まれた。

 〈小学5年生のころ、推理小説で窒息場面(江戸川乱歩の少年探偵団シリーズ)を読んだりするうち、人が窒息して苦しむ姿を想像して、これに性的興奮を覚え、自慰行為をするようになった〉(冒頭陳述より抜粋。以下、冒陳と略。〈 〉内は同)

 新聞報道では、

 「中学生のころ、女性を窒息させる場面を描いた小説の挿絵に興奮した」

 「快楽殺人をテーマにした江戸川乱歩の小説の挿絵をみて興奮を覚え」

 とされていたものが、冒頭陳述では、

 「小学5年生のころ、推理小説で窒息場面(江戸川乱歩の少年探偵団シリーズ)を読んだりするうち、人が窒息して苦しむ姿を想像して、これに性的興奮を覚え」

 と微妙に変化しているのがわかります。新聞記事における「乱歩の影響」はおそらく大阪府警のリークに基づくもので、そこでは挿絵が重要なポイントになっていたはずなのですが、検察側の陳述では挿絵が消え、あくまでも小説における「窒息場面」が性的興奮の引き金になったとされています。しかも、陳述内容がそこはかとなく変ではないか。

 「推理小説で窒息場面(江戸川乱歩の少年探偵団シリーズ)を読んだりするうち」

 読んだりするうち、ってのはいかにも妙な感じでしょう。読んだりしてたら性的興奮に火がついちゃってさあ、っておまえなあ。

 年末とあっていささかあわただしく、途中ですけど本日はこれまで。


●12月28日(水)

 いわゆる年末進行でふうふう申しておりましたせいで、伝言も二日つづけてお休みする仕儀となってしまいました。ブランクをものともせずに進めます。

 さて、解散総選挙に沸く炎熱の日本列島につかのま衝撃をもたらし、たちまち忘れられてしまった自殺サイト連続殺人事件。12月2日、大阪地裁で初公判が行われ、冒頭陳述では「小学5年生のころ、推理小説で窒息場面(江戸川乱歩の少年探偵団シリーズ)を読んだりするうち、人が窒息して苦しむ姿を想像して、これに性的興奮を覚え、自慰行為をするようになった」と被告の「ヰタ・セクスアリス」が報告された、そのつづきです。

 どうも嘘くさいな、と私は思います。挿絵があればまだいい。乱歩の本に女性または子供が窒息悶絶する場面の挿絵が収録されていて、被告がそれにいたく興奮を覚えたというのであれば話はまだわかりますが、ただ「読んだりするうち」に「性的興奮」やまして「自慰行為」に至るものかどうか。新聞報道に「女性を窒息させる場面を描いた小説の挿絵」(読売)、「快楽殺人をテーマにした江戸川乱歩の小説の挿絵」(毎日)とあるとおり、捜査段階では挿絵が重要な手がかりと目されていたことは間違いのないところなのですから、冒頭陳述が挿絵というディテールにまったく触れていない点には疑問が残ります。

 思いつくままに、乱歩の「吸血鬼」から女性と子供の窒息悶絶シーンを引用してみましょう。

 だが、その泣き叫ぶことさえも、今は不能になった。立ちこめる毒煙は、目、口、鼻を覆い、むせ返り咳き入って、叫ぶはおろか、息も絶え絶えの苦しみである。

 無慙にも、幼い茂少年は、もう母親の見境がつかず、まるで彼女を恨み重なる仇敵でもあるかの様に、倭文子の胸に武者振りつき、柔かい肌に、けものの様な爪を立てて、かきむしり、かきむしるのであった。

 そして、アア、何というむごたらしいことだ。我子の苦悶を見るにたえ兼ねた母親は、自分も死に相にうめき入りながら、無我夢中で茂の頸に両手をかけ、絞め殺そうとしたのである。

 これに似たシーンが乱歩の少年ものにかりに描かれていたとしてもだな、はたしてこんなもので抜けるのであろうか、と私は思います。小学生の幼い想像力が目一杯フル回転して活字を肉づけしてみたところで、そんなものは一枚の絵によってもたらされる刺戟の比ではないのではないか。たとえば三島由紀夫の「仮面の告白」における「聖セバスチャン」のごとき一枚の絵こそが、未成熟な官能を外皮を破るようにして刺戟しうるのではないか。

 その絵を見た刹那、私の全存在は、或る異教的な歓喜に押しゆるがされた。私の血液は奔騰し、私の器官は憤怒の色をたたえた。この巨大な・張り裂けるばかりになった私の一部は、今までになく激しく私の行使を待って、私の無知をなじり、憤ろしく息づいていた。私の手はしらずらず、誰にも教えられぬ動きをはじめた。私の内部から暗い輝やかしいものの足早に攻め昇って来る気配が感じられた。と思う間に、それはめくるめく酩酊を伴って迸った。……

 ともあれ、初公判の冒頭陳述で挿絵に関する言及がなかったということは(念のために申し添えておきますと、私は「週刊現代」に掲載された中尾幸司さんの「大阪自殺サイト殺人事件『窒息鬼』歪んだ性欲」に基づいてこの伝言を執筆しており、冒頭陳述を直接耳にしたわけではありません)、要するに乱歩作品の挿絵にそれらしきものは発見できなかったということでしょう(警察や検察が実際にそれを調べたのか、あるいはたとえばインターネットを検索して私の伝言を読むだけで済ませたのか、そのあたりのことは不明ですが)。であるならば、乱歩作品の影響で、なんて話にもさしたる信は置けぬであろうと判断するしかありません。

 だったらもう「推理小説で窒息場面(江戸川乱歩の少年探偵団シリーズ)を読んだりするうち」などと、いずれ迂遠曖昧なものでしかない影響関係の実証はやめておいたほうがいいであろう。そんな実証は不可能である、と私は思うわけなのであって、そのあたりのことは8月18日付伝言から引いておきましょう。

 そもそも、影響関係なるものを明確に実証するのは至難の業であるにちがいありません。早い話が読者諸兄姉もそれぞれ何かしら外部からの影響や感化を受け、それらが渾然一体となったひとつの個性として現在ただいまを生きていらっしゃるわけでしょうが、影響というものはむしろ無意識の領域にこそ深く浸透するもののはずですから、それを具体的に人名まであげて意識化し跡づけるのは、読者諸兄姉ご自身にもおそらく不可能なことなのではないでしょうか。

 しかもこの事件、一連の報道を総合して判断するかぎりでは、生得の不幸な性癖が本人にも抑えがたく行為化されてしまった結果だと見るべきであって、そこに他者からの明白な影響を窺うことはきわめて難しかろうと判断されます。思春期にたまたま遭遇した乱歩作品が不幸な性癖の掛け金を外すきっかけになった可能性も皆無ではありませんが、たとえ乱歩作品に接触する機会がただの一度もなかったとしても、容疑者の心はいずれ決壊せずにはいないダムのようなものでありつづけたと推測され、不幸な性癖は圧倒的な水圧を抱え込んだ水のようにいつか激しい勢いで溢れ出さずにはいなかったのではないか。

 最後に、「大阪自殺サイト殺人事件『窒息鬼』歪んだ性欲」から結びの段落を引いておきます。

 獄に繋がれた前上は、すでに死刑を覚悟していると伝えられる。死にとり憑かれた男の胸中は、誰にもわからない。

 さて、私は以上のように考察する次第で、乱歩はこの事件にはまったくの無関係であると愚考しているのですが、ごく一般的な認識としては、自殺サイト連続殺人事件の犯人は江戸川乱歩の影響を受けて犯罪を犯した、ということになってしまうのでしょう。なにしろ裁判でそのように報告されたのですから。

 むろん乱歩にインスパイアされた犯罪者、みたいな図式は乱歩生前から存在しており、奇しくも自殺サイト連続殺人事件が喧伝される直前、8月8日に開かれた「名張市議会議員の先生方のための乱歩講座」でも、私はそのあたりの事情を「盲獣」を例にあげて説明しておきました。8月17日付引用をどうぞ。

 もしもそこらのPTAのおばさんが、と私は申しあげました。この「盲獣」を読んでどうして名張市はこんな小説を書く作家のためにわれわれの税金をつかうのですか、と行政当局に詰め寄るなんてことが起きないとも限りません。そうした場合、このおばさんの言はけっして頭から否定されるべきではありません。乱歩作品の一面の真実を指摘しているからです。しかし、それが一面的な見解にとどまっているのもたしかなことであって、行政当局はトータルな乱歩像というものを提示してそのおばさんを説得すればいいだけの話です。ただし、いまの名張市にそんな芸当のできる職員がいるかどうかということになると、さあいったいどうなんでしょう。

 さあ、どうなんでしょうか。名張市における官民双方の乱歩関係者のみなさん、市民から「名張市はどうして犯罪を誘発するような作品を書いたエログロ作家である乱歩のことに税金をつかうんですか」と質問あるいは詰問が寄せられた場合、みなさんはいったいどのようにお答えになるのでしょう。もしも答えに窮したら、いつでも私をお呼びなさい。SOSの合図としては、とりあえず笛でも吹いてもらいましょうか。笛吹かば現れん──Oh Whistle and I'll Come to You, My Lad──ってやつですか。笛の音が聞こえたら、私はただちに参上いたしましょう。ただし笛は一回でよろしい。三回吹いたらマグマ大使が来ちゃいますから。

 二日お休みしたおかげで九大ニュースが七大ニュースになってしまいましたが、本日も例のものにまいりましょう。深い意味もなく思いついたままに──

 4、先生になった。

 これにも驚きました。妙なきっかけから、ちょうど五十年前に乱歩が講演を行った三重県立名張高等学校で先生を務めることになり、無事に職務を果たしております。むろん私は以前から先生と呼ばれる身ではあり、たとえば名張市立図書館の女子職員のみなさんからは一様に先生として奉られているのですが、かてて加えて名張高校の生徒や先生からも「先生」と呼ばれて敬われることとなったわけです。

 ちなみに当地の言葉はおおむね関西弁であると思っていただければよろしく、それゆえ「先生」も「センセイ」ではなく「センセ」と発音される次第ですが、私は名張高校の生徒たちからたとえばこんな具合に呼びかけられております。

 「センセ、煙草はやめたほうがええっすよ」

 「センセ、自己破産したこと自分から嬉しそうに喋らんほうがええっすよ」

 「センセ、何もそこまで悩まんかて」

 「センセ、これ、センセの似顔絵」

 どうもろくな先生ではないようです。


●12月29日(木)

 先生勤めもなかなか楽しいもので、面白いネタならいくらでも転がっているのですが、いずれも生徒諸君のプライバシーに属することですから、この伝言板で公表するのは差し控えることにしております。

 とはいえそういってしまっては、愛想というものがあまりにもなさすぎるかもしれません。そこでひとつだけ、日刊各紙の伊賀版(産経新聞はどーんと大阪本社版社会面)で取りあげていただいた話題をお伝えしておきたいと思います。まずは10月14日付産経新聞社会面の記事を引用します。

乱歩 影絵劇で紹介/生誕地の三重・名張 老舗の酒店夫婦ら
 日本の探偵小説の生みの親、江戸川乱歩の生誕地、三重県名張市で、乱歩が生まれるまでの背景を紹介するユニークな影絵劇が公演される。生誕地に近い老舗の酒店経営者夫婦が「乱歩が名張出身であることを広く認識してもらおう」と企画。影絵劇のナレーションや、登場人物のアフレコには地元の県立名張高校の生徒たちも協力し、世代を超えて乱歩の魅力を発信する。

 影絵のタイトルは「乱歩誕生」。台本はむろん私が書いたもので、声の出演は名張高校の生徒を対象に出演者を募集して、応じてくれた四人の生徒に担当してもらいました。内訳は三年生二人に二年生二人、男女別では男子一、女子三。

 台本の地の文、つまりナレーションの部分は老婆の昔語りのイメージで書いたのですが、実際には男子高校生に読んでもらうことになり、狙っていたのとは違う効果が出せました。

 冒頭を引用してみますと──

 明治二十五年、いまから百十年ほど前の名張といえば、伊賀の盆地の山懐に抱かれて、静かに眠りつづけているような小さなまちでございました。まちが形成されたのは江戸時代はじめのことで、織田信長の伊賀攻めによって一面の焼け野原になってしまったこの一帯に、四国は伊予の国からお国替えとなった名張藤堂家初代のお殿様、藤堂高吉公が一からまちを整備して、いまにつづく町並の原型が形づくられたのでございます。

 江戸時代を通じて、人口はほぼ横ばい、とくに発展するでもなければ衰退するでもなく、名張のまちは近世の姿そのままに明治維新を迎えました。廃藩置県や町村制など、地方制度の改革が相次いで行われ、三重県名張郡名張町となりましたのが明治二十二年のこと。当時の名張には十の町がありましたが、そのうちもっとも新しいのが新町で、名張のまちを北東から南西に貫いている初瀬街道の、その南西側のはずれにできた町並でした。

 この名張のまちに、乱歩の父親である平井繁男が越してきます。登場人物は、繁男が住んだ借家のオーナーだった横山家の夫人、それから近所の娘が二人。この三人を女子高生に演じてもらいました。

 なにしろ「乱歩誕生」なんですから、乱歩の出産シーンを引用しておきましょう。母親きくの出産に際しては、産婆が間に合わなかったために大家夫人が手助けをしてくれた、というのは乱歩が記しているところなのですが、ここに近所の娘二人がからんでストーリーが進行します。人物の出し入れはコントの常套を踏襲して──

娘A「えらいこっちゃえらいこっちゃ」
娘B「相変わらずやかましいなあんたは」
娘A「あかんねてもう間に合わへんねて」
娘B「いったい何が間に合わへんの」
娘A「産婆さん」
娘B「へ」
娘A「この平井さんとこな」
娘B「平井さんとこが何やの」
娘A「奥さんがおめでたで陣痛が始まったちゅうのに産婆さんが間に合わへんねて」
娘B「それはほんまにえらいこっちゃ」
娘A「いったいどうしたらええねやろ」
娘B「どうしたらて、あ、横山の奥様」
横山夫人「さよう。わたくし医師横山文圭のまことによくできた妻にござりまするが、平井家の産褥にひとかたならぬ難事が出来したと聞き及び、急ぎ駆けつけてまいりました」
娘A「へへーっ。じきじきにお産のお手伝いとはありがたき思し召し」
横山夫人「何のこれしき土瓶敷き、医師の妻兼家主の嫁ならごく当然のノブレスオブリージュ。それに下世話にも申すではないか。大家といえば親同然、店子といえば子も同然」
娘B「うちの父ちゃんリストラ寸前」
娘A「しょうもないこといわいでええねん」
横山夫人「そちたちもついてまいって、そなたは盥にお湯を、そなたは産着の用意じゃ」
娘A・B「へへーっ」
横山夫人「これ平井の奥様、お気をしっかりとお持ちあそばせ。初産じゃとて心配ご無用。赤子を産むなどそこらの犬や猫にもできることです。よろしいか。まずは落ち着いて、はい、大きく息を吸ってー、すー」
きく「すー」
横山夫人「今度は大きく吐いてー、はー」
きく「はー」
横山夫人「すー」
きく「すー」
横山夫人「はー」
きく「はー」
横山夫人「すー」
きく「すー」
横山夫人「はーいっ」
太郎「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ」
横山夫人「お見事っ」
娘A「ええかいなしかし」
娘B「しーっ」

 こうして見てみますと、最後の科白ふたつは話者が逆であったか。まあそんなことはいいとして、母親きくならぴに太郎の声の出演は、元女子アナだという名張高校の先生に一人二役でお願いいたしました。

 ついでですからもう少し行っときましょう。平井一家はやがて名張から亀山へと引っ越してしまい──

 明治から大正、そして昭和と、時代はあわただしく流れ過ぎました。やがてある小説家の評判が、この名張のまちにも聞こえてくるようになりました。その小説家は昼も薄暗い土蔵にこもり、蝋燭のあかりで怪奇陰惨な小説を書いているという噂です。出す本はすべて飛ぶように売れ、本町にあった岡村書店でもつねにベストセラー。そしてそれらの本のなかでは、怪しく恐ろしい怪人たちが跳梁跋扈をほしいままにしていたのでございます。

娘A「まずは蜘蛛男、魔術師、黄金仮面」
娘B「きゃーっ」
娘A「つづいて吸血鬼、白髪鬼、妖虫」
娘B「きゃーっ」
娘A「それから黒蜥蜴、人間豹、緑衣の鬼」
娘B「きゃーっ」
娘A「そして全国の少年たちを熱狂の坩堝に叩き込んだあの男、その名は怪人二十面相」
娘B「ははははははは、明智君、ははははははは、明智君、ははははははは、明智君」
娘A「横で聞いてたらさっきからそればっかりですねけど」
娘B「ははははははは、すみません」

 こうして見てみますと、台本作者はこのシーンにおいて完全に、乱歩というと怪人二十面相の恰好をして高笑いするしか能のない連中を愚弄しているのだということがよくわかります。ははははははは。

 何にせよよくできた台本です。10月15、16日に初演したあと、リクエストがまとまれば再演もされているようですから、名張市民のみなさんは機会があればぜひご覧ください。勧進元は中町の伊賀まちかど博物館「はなびし庵」。

 さるにても、放課後になってから学校にのこのこと顔を出し、出演者四人に集まってもらって稽古を重ねた日々のことが、いまではずいぶん懐かしい。正規の授業のほうで申しますと、私の教え子は卒業を間近に控えた三年生なので、年が明ければ1月中にわずかに二日、計四時間の授業でお別れとなります。私は指名代打による一年限りの先生ですから、つまりは教員生活もあと二日。まるで発情期の牡犬みたいに(これはどうでもいいことなのですけれど、「牡」という漢字が「オス」なのか「メス」なのか、自分には瞬時に判別することができないという事実にいま気がつきました)切なくも悲しいものを感じてしまいます。

 といったところで話柄を転じ、吉例によります七大ニュースはと申しますと、先生になるにあたって必要だった健康診断の結果、思いがけず知らされた驚愕の事実から──

 5、高血圧だった。

 俺は谷崎潤一郎か、と思ってしまいました。

 もとより自覚症状などはありませんでしたから、高血圧であることが判明して何が変わったかというと、平生の生活にお医者さんでお薬をもらって毎日服用するという行為が加わっただけの話です。私はそもそも現在の血圧の数値さえ知らないありさまですし。こんなことでいいのか。


●12月30日(金)

 今年もいよいよあと二日。なんだか棚卸しめきますが、中途半端なお知らせでうやむやになっていたネタを一件、遅ればせながらフォローしておきます。高血圧のお薬をもらいに行った開業医の待合室に、「週刊新潮」のバックナンバーが何冊も置かれていたので思い出しました次第。

 神無き10月のことでした。夜、家でお酒を飲んでいると、「週刊新潮」の編集部から電話がかかってきました。先の衆院選で刺客候補として名を馳せた佐藤ゆかり議員の母親である佐藤みどりに『情事の部屋』という著書がある、そこに乱歩が推薦文を寄せており、貴下はその本を最近購入した、ということがインターネットを検索し、貴下のサイトを閲覧して判明した、ついてはその推薦文の内容を知りたいのだが、という用件でした。

 最近購入した『情事の部屋』のありかさえにわかにはわからなくていささか焦ったのですが、それでもじきに見つけることができましたので、乱歩の推薦文が掲載されたカバーをコピーし、指定された番号にファクスしました。

 で、「週刊新潮」11月10日号。特集「名声のレシピ」の一篇として、

 ──「佐藤ゆかり」の母親は「傷だらけの天使」のモデルだった ?!

 という記事が掲載されました。「乱歩もビックリ」と題された小見出しのあたりから引いておきます。

 若き日の佐藤みどり氏の印象を、彼女の著作『情事の部屋』に寄せた江戸川乱歩の推薦文から引用すると、

 〈昨年ある出版記念会で、はじめて佐藤みどりさんに会った……女探偵というと、なにかあばずれのしたたかものを連想するが、みどりさんは全くちがっている。言葉づかいも実にしとやかで、やさしく美しい良家の若婦人という感じだ〉

 豪華な家具に囲まれシャンソンを聴きながら執務する、ノーブルで妖艶な探偵局長という岸田今日子の役どころと、まさにソックリなのである。

 三十年ほど前に放送され、人気を博したテレビドラマに「傷だらけの天使」があります。当時の私は人生でもっとも夜遊びに忙しい時期であったのか、このドラマをリアルタイムで視聴した記憶がほとんどないのですが、それでも夜遊びのいでたちとしてはショーケン風のバギーパンツを愛用しておりました。ジュリーの「悪魔のようなあいつ」が評判を呼び、大あわてでジュリー扮する加門良みたいなサスペンダーを買い求めたのは少しあとのことになるでしょうか。

 閑話休題。あのドラマで岸田今日子さんが演じていた綾部貴子という女性探偵局長、そのモデルは佐藤ゆかりさんの母親で女探偵として知られた佐藤みどりらしい、というのが記事の骨子です。乱歩の推薦文は佐藤みどりの人物像を肉づけするために必要とされたものでした。別にどうということのない記事なのですが、とりあえず自殺サイト連続殺人事件の続報が載った「週刊現代」とこの「週刊新潮」の記事二本、「Rampo Up-To-Date」に記載しておくことにいたしました。

 新潮社というのはなかなか丁寧な出版社であるらしく、掲載誌が郵送されてきたことは申すまでもありませんが、いわゆる寸志ってやつですか、少し遅れて伊勢丹だかどこだかの洋菓子の詰め合わせも送られてきました。もので転ぶのは浅ましいことだと重々承知はしているものの、こういうことをしていただくと正直嬉しく、また何かあったら「週刊新潮」のためにひと肌脱いでやらなきゃな、とついつい思ってしまいますから人間というのは可愛いものです。

 さて本年の七大ニュースの時間ですが、ここで名張市の十大ニュースをお伝えしておきましょう。12月22日付毎日新聞伊賀版の「名張市:10大ニュース発表 コミュニティーバス運行開始など /三重」から引き写しておきます。

名張市10大ニュース
▽市地域福祉計画を策定(3月3日)
▽「国津の杜くにつふるさと館」(名張市神屋)が完成(3月28日)
▽名張地区の今後のまちづくりの方向性を示した「名張まちなか再生プラン」策定(3月29日)
▽コミュニティーバス「あららぎ号」本格運行(4月1日)、「ナッキー号」実証運行(10月3日)
▽ブックスタート事業を開始(4月1日)
▽女性消防団員、新興住宅地の男性消防団入団式(4月10日)
▽中知山上水道事業が完了し市民皆水道実現(4月24日)
▽市立名張中学校で弁当販売を試行的にスタート(6月21日)
▽市自治基本条例制定(6月23日)
▽市立病院に関西医科大(大阪府守口市)から新たに小児科医を招き、将来的には障害児の療育機能を持たせる「小児医療・療育センター構想」を発表(12月5日)

 うーむ、名張まちなか再生プランの策定も入っているのか。あんないい加減なプランがよくぞ策定できたものだ、という驚きの意味をこめてのベストテン入りか。いやいやそんなことはないでしょうけれど、行政的にはこんな感じであったとしても、名張市に関係あるニュースの真のベストワンは何であったかと申しますと、日刊各紙の扱いの大きさから考えてもまず間違いなくこれでしょう。4月6日付伝言から転載いたします。

名張毒ブドウ酒事件で再審開始決定 名古屋高裁
 三重県名張市で61年3月、ブドウ酒に入れられた農薬で女性5人が死亡、12人が中毒症状になった「名張毒ブドウ酒事件」で、殺人罪などに問われて死刑が確定した奥西勝死刑囚(79)の第7次再審請求に対し、名古屋高裁は5日、再審を開始する決定をした。小出●一裁判長は「自白の信用性には重大な疑問があり、他の者による可能性は否定できない」などと理由を述べた。名古屋高検は決定を受け、異議申し立てを検討しており、3日以内に申し立てがあれば、改めて同高裁の別の部で審理が行われる。

 ※●は、金ヘンに享

 朝日新聞 asahi.com 2005/04/05/11:14

 七度目の再審請求がようやく実を結んだわけなのですが、三日後の4月8日、名古屋高等検察庁は高裁に対して異議申し立てを行いました。こんな申し立ては検察の体面や面子のためのものでしかないことは明白で、まったくもういい加減にしてやらんか。無実の死刑囚は大正15年1月14日生まれで(ちなみに三島由紀夫は大正14年1月14日生まれですが)、もうじき八十歳なのである。つまりいつはかなくなっても不思議ではない。つまらぬ意地を張ってないで、一日も早く社会に戻してやれ。来年は無理でも再来年の正月くらい、塀の外で穏やかに過ごさせてやってはくれんかね。名張市民のひとりとしてはそんなふうにお願いしたい気分です。

 この事件に関しましては本年4月以降、たまに人から詳細を尋ねられることがあり、いろいろお話しすると結構面白がっていただけるみたいです。お会いする機会があったらお気軽におねだりしてください。

 それはそれとして私の七大ニュース。本日はさしずめこんなところでしょうか。

 6、名張市に莫迦がうじゃうじゃ。

 これは実感です。ほんとにもううじゃうじゃと湧いてきてるぞ。

 先日、半月ほども前のことになるでしょうか、夜、お酒を飲んでいるとある方から電話がかかってきて、

 「いままで何もしていなかったのに、名張市ではどうして最近になってこんなに乱歩乱歩といいだしたんでしょうか」

 とのお尋ねをいただきました。時間が時間ですから私はすっかり酔っぱらっており、口をきわめて東西南北上下左右、前後不覚になるまで当たるを幸いうじゃうじゃ湧いてきた人たちに関する罵倒のかぎりを尽くしたのですが、その内容をあまり記憶していないのが恐ろしいといえば恐ろしい。

 乱歩をめぐる名張市の現状につきましては、朝日新聞オフィシャルサイトに掲載された2005年の回顧記事をお読みいただきましょうか。

【2】 名張の街おこし
 9月に愛媛県四国中央市から、名張市に来た。街の話題を中心に、日々の取材に走り回っていて、あっという間に3カ月が過ぎた。

 前任地の管内は人口約9万6千人。名張市は約8万2千人(国勢調査)。人口差を単純に比較して、街の話題は少ないだろうと思っていたら、予想はよい意味で裏切られた。

 特に、名張生まれの推理小説の生みの親・江戸川乱歩を生かした「街おこし」に取り組む人たちが多いことに驚いた。

 てやんでえべらぼうめ、と私は思っているわけです。何がてやんでえなんだかは毎度毎度申しあげておりますからくり返しはいたしませんが、そういえば産経新聞にも同様の回顧記事「2005 三重この一年」が連載されていて、12月24日に掲載された第二回ではやはり名張市の乱歩イベントにスポットが当てられました。私も取材を受けて登場しております。

乱歩イベント/生誕地名張で偉業を再認識
 一方で、名張市立図書館の嘱託職員で、乱歩研究家の中相作さんは「イベントの主催者として携わりながら、乱歩作品を読んでいない人がけっこう多いんです。内容が上滑りな催しも目につきました」と苦言を呈す。

 読者諸兄姉がご賢察のとおり、取材時における私の苦言というのはこんなにソフトでマイルドでジェントルなものではありません。それはもう口をきわめて東西南北上下左右、前後不覚になるまで以下省略。

 しかしとにかく上の引用にありますとおり、私がつねづね申しあげておりますのは、名張市が自己宣伝のために乱歩の名前を利用するのはかまわない、私はそうした考え方を否定するものではない、といって与する気もないのだけれど、とにかく好きにやればいいのだ、しかしそれならそれでもう少し乱歩という作家のことを知ってくれねば困るではないか、といったことなのであって、ところが名張市うじゃうじゃ連のみなさんは人の言にいっさい耳を藉そうとしないのだから始末に負えぬ。

 で、みなさんいったい何をしでかしてくれるのかと申しますと──

新 怪人二十面相   2005年 8月 2日(火) 14時20分  [219.106.180.232]

ようこそ
からくりの町 なばりへ
僕の計画は、非日常世界をここにつくることです。
スフィンクスも怪人二十面相も、これから出てくるものも
非日常世界です。
君がこの掲示板で他人を名指しで、傷つけ遊んでいますが
僕は、そういう弱いものイジメなる遊びはしない。
これからも、からくりの町 なばりを
楽しみにしておき給え。
           新 怪人二十面相

 掲示板「人外境だより」に一時期この手の投稿が相次いだとき、私はほんとに、いやー、莫迦がうじゃうじゃ湧いてきたぞ、と実感したものでした。

 この投稿者ももう少し気をつけなければいけません。何に気をつけるのかというと、「からくりの町なばり」なんて持ち出してしまうからお里が知れる。そんなものはごくごく一部の名張市民が何の根拠もなしに唱えているお題目に過ぎず、名張がからくりのまちであるという認識が市民権を獲得しているとはお世辞にもいえないわけなんですから、こんなこと口走るやつはいずれからくりのまち名張実行委員会の関係者であることは一目瞭然。であるならば、この委員会と名張エジプト化計画でおなじみの写したくなる町名張をつくる会は同じ穴の狢なのだなということくらいすぐに察しがつきましょう。

 しかしまいったな。「名張市に莫迦がうじゃうじゃ」をテーマに書き綴るとなると、書いても書いても際限がないような気がしてきました。とてものことに年内には終わりそうにありません。いやまいったな。どうしようかな。


●12月31日(土)

 知らなければ知らないで済んでいたものを、知ってしまったばっかりに、ということが世の中にはよくあるものですが、光文社が創立六十周年を記念して月刊誌「少年」の「完全復刻 BOX」とやらを発行したという事実を知ってしまったばっかりに、と申しますか、復刻されたのが「少年」の昭和37年4月号であるという事実を知ってしまったばっかりに、それならばそこには当然乱歩最後の小説作品「超人ニコラ」が掲載されているわけですから、この「光文社創立60周年記念 特別企画 5,000部限定 シリアルナンバー刻印 認定カード付き 月刊漫画誌『少年』昭和37年4月号完全復刻 BOX」を購入せざるを得ない羽目となりました。気になるお値段は税込み五千五百円。

 本屋さんに取り寄せてくれるよう依頼しておいたところ、きのう入荷したとの連絡がありましたので、さっそく受け取りに行ってまいりました。輸送用の段ボール箱から出したところがこんな感じ。

 ボックスを開いたらこんな感じ。

 いまだ内容を検めるには至っていないのですが、つらつら眺めておりますうちに、「少年」といわず「少年クラブ」といわず「冒険王」といわず「少年画報」といわず(ほかにもまだあったと思いますけど)、雑誌の発行を毎月心待ちにしていた少年時代のことがそぞろ思い出され、そういえばお正月には特大号やら増刊号やらがやたら出て、貰ったばかりのお年玉で豪儀に買ったものであった。当時の本屋といえば、本町の岡村書店、鍛冶町の平和堂、それくらいなものであったか。いや懐かしい。単に子供時代のあれこれのみならず、漫画であれ小説であれ、心待ちにしてむさぼるように読みふけった読者としての初心とでも呼ぶべきもの、いまでは心のどこを探しても見つかりそうにないそれがじつにどうも懐かしいではないか。

 いやはや、汚れつちまつた悲しみに、今日も小雪の降りかかる、みたいな大晦日になっちまいましたが、めそめそばかりもしていられません。本年の七大ニュースのうちの「名張市に莫迦がうじゃうじゃ」をどうするべきなのか。いやいや、どうするもこうするもないでしょう。継続案件とするしかありません。ですからあした、2006年1月1日からまたあらためて、名張市におけるなべての愚かしさを相手取った総力戦を展開したいと思います。なにしろ俺は怒っておるのだ。ぷんぷん。

 めでたかるべき元朝から怒りとともに伝言を記すのは、もう四年前のことになるのか、名張市の前市長がかましてくれた乱歩に関するとんでもない大嘘に端を発し、前市長の嘘が嘘であると証言できるのは名張市教育委員会であったから、当時の教育長にそれを質してさあ大変、みたいな一戦以来のことである。「人外境主人伝言緑」の「2002年1月」を読み返してみたところ、あれから四年が経過したというのに、自分には人間的な成長というものがまるでないのだということが惻々として実感され、なんだか手ひどく情けないなという気にもなるのであるが、まあ勢いのままに2006年へとなだれ込むしか道はあるまい。

 名前が出てきましたからついでに記しておきますが、大晦日にこんなこと記してもご覧いただけないのかもしれませんが、名張市教育委員会のみなさんはいかがなさったのかな。私を呼び出してはくれないのかな。なんておちょくりをいつまでつづけても仕方ないか。とにかく名張市教育委員会のみなさん、今度だけは大目に見てさしあげますから、以後充分注意して、めったなことは口走らないように。わからないことがあったら私がいつでも教育してさしあげますから。わかりましたね。

 それでは七大ニュースとまいりましょう。

 7、『乱歩と名張』が出なかった。

 私は本年11月、江戸川乱歩生誕地碑建立五十周年を記念して『乱歩と名張』という本を出版するつもりでいたのですが、あいにく先送りとなってしまいました。

 理由はふたつあって、ひとつはもちろん名張市が乱歩に関して迷走をつづけていることです。『乱歩と名張』は乱歩を視角とした名張のまちのガイドブックという一面を有しておりますので、たとえば名張市立図書館に展示してある乱歩の著作や遺品がどうなるのか、より具体的にいえば名張まちなか再生プランがどうなるのか、それが決定しなければガイドブックの内容もまた確定いたしません。

 今年の年明けからこちら、なんだか危なっかしいなという気配は感じておりました。たとえば2月10日付伝言から2月9日付毎日新聞伊賀版の記事を転載してみましょう。名張市の文字どおりの「迷走」が報じられております。

名張市:
「乱歩記念館」整備、候補地二つで迷走−−イメージもまだ /三重
 ◇距離わずか100メートル

 探偵作家、江戸川乱歩(1894〜1965)の生誕地である名張市が、市の活性化につなげようと計画している「乱歩記念館」の整備に頭を悩ませている。市は当初、同市新町の旧家「細川邸」を乱歩も含む歴史資料館として活用する計画を立てていたが、市民から昨年11月に細川邸からわずか約100メートル離れた、乱歩生誕碑がある同市本町の土地・建物の寄贈を受けたからだ。市は「同じ施設を二つ作っても無駄になるし、(乱歩記念館を)どんな中身にするかイメージも出来ていない」と話している。【熊谷豪】

 乱歩は名張市新町で生まれ、数カ月間過ごした。このため、名張地区まちづくり推進協議会は03年11月、乱歩生誕地にふさわしい歴史資料館の開設を市に要望。名張商工会議所も同じ時期、「なばり OLD TOWN」構想として、細川邸を歴史資料館に整備することや、乱歩の生家復元を市に提案した。

 どうせそんなことだろう。だから私は名張市に「僕のパブリックコメント」を提出し、目も当てられぬ迷走に曙光のごとき方向性を示してやったわけなのですが、何がどうなったのか知らねど迷走はやまず、それどころか名張まちなか再生委員会などという訳のわからん組織が結成されていまや完全に暴走しておるではないかくそったれ、みたいなことはまた年明けに記すことになりますからここまでといたしましょう。

 この伝言板では『乱歩と名張』収録の乱歩作品は随筆十一篇とお知らせしていたかと記憶いたしますが、名張には直接ゆかりがないものの川崎克を回顧した「先生に謝す」もやはり必要であろう、それから内容としては『続・幻影城』の「探偵小説に描かれた異様な犯罪動機」と「変身願望」を読んでおけばいいようなものであるが、乱歩が名張市で、しかも現在私が奉職している三重県立名張高等学校で行った講演「探偵小説雑話」も収録するべきであろう、と熟慮を重ねた結果、ラインナップは次のとおり決定しております。

『乱歩と名張』収録乱歩作品(収録順)
ふるさと発見記(昭和28年)十三枚
生誕碑除幕式(昭和31年)八枚
先生に謝す(昭和31年)十九枚
乱歩、故郷を語る
三重風土記(昭和28年)七枚
名張・津・鳥羽(昭和30年)一枚
ふるさとの記(昭和31年)七枚
東京名張人会(昭和32年)三枚
年賀状(昭和33年)一枚
名張(昭和34年)一枚
ふるさとへの年賀状(昭和35年)三枚
赤目四十八滝(昭和35年)二枚
名張あれこれ(昭和36年)五枚
探偵小説雑話(昭和30年)三十一枚

 レイアウトしてみるとこれだけで六十四ページになります。「ふるさと発見記」と「生誕碑除幕式」は脚注つきで、「ふるさと発見記」の脚注つき全文十五ページ分は本年8月の「名張市議会議員の先生方のための乱歩講座」でもコピーをお配りし、とりあえずこれに目を通しておけば乱歩と名張の関係を最低限理解することができます、とお願いしておいたのですが、はたしてお読みいただけたのかどうか。

 で、『乱歩と名張』が出せなかった理由のふたつめが、まさにこのお読みいただけるのかどうか、ということでした。『乱歩と名張』は乱歩を導入とした名張のまちの歴史のガイドブックという一面を有しており、名張のまちの歴史も知らずに歴史資料館の建設について検討するという無謀なことをしていらっしゃるみなさんにとって必読の一冊なのですが、私はあるとき、

 ──しっかしあいつら本なんか読まんではないか。

 と思い当たってしまいました。名張まちなか再生委員会のメンバーがはたして本を読むか。読まんであろう。名張のまちの住民が本を読むか。読まんであろう。むろん例外は存在するであろうが、総体において読まんであろう。

 私は別に本を読むことがいいことだとか悪いことだとか、そんなことを申しあげているわけではない。これから一冊の本を発行しようと考えている人間が、まさにその本が当面対象としている層こそは本を読むことのない人間の集団なのであると、はたと気がついてしまったときの底知れぬ絶望の話をしているのである。ライターであれエディターであれパブリッシャーであれ、こんな事実に気がついてしまったらそれはもうくらくらと眩暈を覚えて倒れ伏してしまうしかないのではあるまいか。

 あーくらくらするくらくらする。くらくらしながら倒れ伏しつつおいとまいたしましょう。

 それでは読者諸兄姉、それから名張市におけるなべての愚かしさの元凶でいらっしゃるみなさん、どうぞよいお年をお迎えください。